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アニオタ、麗しの生徒会長に見とれてしまう

 夏の熱気がただよう潮騒(しおさい)高校の体育館には、全校生徒が整列して立っていた。


『——これから夏休みが始まるわけですが、高校生になった今、必ずしも皆が楽しみというわけではないでしょう。私たち高校生は、言うなれば大人と子供の境目に立つ存在です。これから先の身の振り方を考えなければなりません』


 涼やかな声色で、丁寧に言葉が連ねられる。スピーカーで拡張された女子の声である。


 ステージの上には、並ぶ生徒たちを俯瞰(ふかん)している一人の女子生徒がいた。


 二階の窓から差し込む日光を反射しているのは、生え際まで金色のロングヘア。どう見ても天然の金髪だが、凛とした美貌を持つその顔つきは、明らかに日本人のそれである。


 女子にしてはやや長身。背中に棒でも入ったような姿勢が見せる挙動は、まるで宙を流れる羽毛のように軽やかであり、普通の人とは違う「何か」を感じさせた。それが生徒たちに異質な存在感を見せつけていた。


『進学、就職活動、部活動の大会やそれを勝ち抜くための練習……いろいろあることでしょう。それらに伴い、なにかしらの壁にぶつかることもあることでしょう。そうして私達は知るのです。世の中というものが、いかにままならぬものであるのかを』


 耳に涼しい彼女の声色が、マイクを通してスピーカーから発せられ、体育館の空気を優しく揺らし続ける。


『ですが、うまくいかなくても、どうかそれを「無意味である」とは思わないでください。鳥はどうして空から落ちてくるのでしょう? それはその鳥が勇気を出して、空という名の大海に飛び立ったからです。生きていれば、その落ちた原因を知り、もう二度とそうはなるまいと反省の気持ちが生まれる。ビーバーは台風で巣を流されてもまた同じ場所に巣を作り始めますが、私達人間は違います。どのような経験でも、己の財産とできる。だからこそ私達は、今日のような優れた文明を築き上げることができたのです。どうか皆さん、それぞれの飛び方で空を旅する鳥となってください。——私からは以上です。ご静聴ありがとうございました。夏休み、楽しんでください』


 天然金髪の下に雅な笑みを浮かべ、一礼。


 多くの生徒が惜しみない拍手を送りつつ、そんな彼女に夏の日差しよりも熱い視線を送っていた。


「ああ……(たちばな)先輩、すごく綺麗だよね。憧れちゃうわ……名前以外」

「生徒会長、素敵すぎるわ……名前以外」

「勉強も運動もトップクラスで、おまけにとっても優しくて話しやすいの。完璧だわ……名前以外」

「高嶺の花だよなぁ。あんな完璧な(ひと)見た事ねぇよ……名前以外」


 夏服に身を通した生徒達は男女問わず、口々に彼女を褒めそやす。……名前以外。


 二年D組所属、生徒会長——橘戦女神(ゔぁるきりー)


 成績はいたって良好。運動神経は部活動のエース選手に匹敵するほど。米国人の母と日本人の父を持つハーフで、和洋(わよう)折衷(せっちゅう)な美貌がしとやかに輝いている。


 学園三大美女の最後の一人。才色兼備を絵に描いたような、男女問わず(・・・・・)全校生徒の羨望の的。


 そのあまりに尊すぎる存在感ゆえに、逆に彼女を口説き落とそうという人物が現れない。不可侵条約のようなものが慣習法的に存在していた。


 親の顔が見てみたいようなあからさま過ぎるキラキラネームも、その尊き存在感の前では、葉の裏にくっついた一匹のアブラムシ程度にまで(かす)む。


 長い金髪を柔らかくたなびかせながら壇上を降りていく生徒会長。一部のガチ(・・)な女生徒達から熱っぽいため息が漏れる。


 たおやかでありつつも芯の入ったその歩き姿からは、足音が一切しなかった。


 伊勢志摩常春は、その歩き方をじっと見つめていた。






 


 正午。


 一学期最後のホームルームを終え、生徒達はそろって帰宅を開始した。


 待ちに待った夏休みの始まりである。


 多くの生徒が足を楽しげに弾ませていたが、中には普段とそれほど変わらない歩調の者もいた。これからの夏休みを受験勉強や部活に捧げる戦士達である。


「……常春、生徒会長さんに見惚れてたでしょ」

 

 常春と一緒に昇降口を出た宗方(むなかた)頼子(よりこ)が、やや不満そうにこぼした。


 (やぶ)から棒にとばかりに目をぱちぱちさせてから、常春は否定した。


「いや、見惚れてはないよ」


「嘘。生徒会長さんのこと、ずっとじーっと見てたじゃん。見惚れてたんじゃないの」


「……なんか機嫌悪い?」


「別にっ」


 ぷいっと顔を背ける頼子は、まるで拗ねた子供みたいに見えた。


 常春は小首をかしげつつ、生徒会長のことをじーっと見ていた理由を明かした。


「生徒会長さん、素人じゃないかもなって思って」


「それって……何か「やってる」って意味?」


「うん。武術。歩き方から全然足音も振動もしなかった。多分あれ、万歩計も反応しないと思うよ。それから察するに、「糸東(しとう)流空手」か、あるいは「忍術」か」


「忍術って……あの、ドロンと消えるやつ?」


「それはNINJAかなぁ。本物の忍術はもっと地味で、もっと実用的で、もっと生々しいものさ。単に格闘技術だけじゃなくて、催眠術とか、情報伝達術とか、薬草調合とか、房中(ぼうちゅう)(じゅつ)とか」


「防虫? 虫除けのこと?」


「違うよ。房中術っていうのは、えっと、その…………性技(せいぎ)に関わる技術かなぁ」


「せいぎ?」


 常春は頼子の疑問に答えるべく、スマホのメモ帳を開いて、「房中術」「性技」の二単語を記入した。


 見て意味を察した頼子は顔をかーっと真っ赤にし、常春の肩をばしばし叩いてくる。痛くはないが。


 常春は誤魔化すように咳払いをする。


「まあ、何にせよ、あの生徒会長さんが素人じゃないっていうのは確かなはずだよ」


 そう言った後、おとがいに指を当てて考える仕草を見せる常春。


 その横顔を、頼子はじっと眺める。


 こうして二人きりで、しかも結構近い距離を保って歩いているというのに、その横顔が遠くにあるように感じられた。


 理由はひとえに、彼が自分の知らない世界について思考しているからだ。


 たとえば、頼子自身も常春と同じような重度のアニオタで、なおかつ鬼のような武術の腕前を持っていたなら、話がたいそう弾んだことだろう。


 だが、自分は極限の経験をしてきた彼とは違う。それなりに辛い目にはあっているものの、その「質」が異なる。


 そこに、頼子は伊勢志摩常春という少年との「距離」と「齟齬(そご)」を感じていた。


 彼とは名前で呼び合えるまでに進展したが、時間とともに次の成果を欲してしまうのが人間というもの。


 もっともっと、常春に近づきたいと思っていた。


 けれど、自分も彼と同じように極限の生活をするわけにはいかない。きっと彼も勧めないだろう。


 どうすれば、この男の子にもっと近づけるだろうか。


 しばらく考えた末に、ある名案が浮かんだ。


「あのさ、常春……」


「うん?」


 おずおずと声をかける頼子。きょとんとした表情で向く常春。


 両手の指を絡ませてもじもじとし、幾度も言葉をにごす。


 そのまま、とうとう校門前まで着いてしまう。


 やがて意を決して頼子は声を出した。


「あのさ、常春っ。もし、あんたが良かったらさ、その、さ、あたしに……」


「——常春くんっ?」


 頼子が全て言い切るのを、割り込んできた鈴の音のような声が断絶させた。


 うつむいていた頼子は顔を上げる。


 校門の先、自分たちと向かい合う位置に、一人の女生徒が立っていた。


 潮騒の生徒ではない。その制服は光野女学院(ヒカ女)のものだ。


 素材が良い事はなんとなく分かるが、哺乳瓶の底をくり抜いたような眼鏡と、両肩に垂れる三つ編みのせいで、なんだか芋っぽく見える。


「あ、初音(はつね)じゃない。どうしたの?」


 常春がその眼鏡っ子——中里(なかざと)初音に声をかける。


 親しげに。


「あの、常春くんに用があって来たの……」


「もしかして、麗剣(れいけん)さんも一緒?」


「ううん。わたし一人……」


 他校の敷地であるため、初音はやや遠慮がちに話す。


 通りがかる生徒達は「あれ、ヒカ女の生徒じゃん」「何してんだろ」などと口々に話していた。


「………………常春。この子、誰?」


 頼子が冷えた声で尋ねた。


 今を輝く人気声優さんです——とは言えないので、常春は急ごしらえの嘘をまじえて紹介した。


「えっと、光野(ひかりの)女学院の中里初音さん。この間、偶然知り合ったんだ」


 初音はぺこりとお辞儀する。三つ編みが跳ねる。


「ヒカ(じょ)……」


 頼子の眼差しが、どんどん険しいものになっていく。


「その、常春くんには……怖い人から助けていただいたご恩がありまして」


 初音も常春の嘘の意図に気づき、話を合わせにかかった。……事実をぼかして話すことで。


「そういうこと。そういえば、頼子は初音のこと知らなかったんだっけ」


「…………知らないわよ、このばかっ!!」


 頼子は爆発した。


 自分が一大決心のもとに切り出そうとした話の腰を折られた。しかも女の子に。


 そこへ、あっさり名前で呼び合っているという事実が火種になって引火したのだ。


「もういいっ! ばか! アニメオタク! もう知らないっ! たくさん女の子助けてたくさん仲良くしたらっ!?」


 そう怒気を込めて言い募ると、頼子はドスドスと足早に校門を出ていった。


「よ、頼子っ? どうしたの?」


「うるさいっ! ふんっ!」


 聞く耳もたずとばかりにどんどん遠ざかる頼子。


 あっという間に姿が見えなくなってしまった。


 呆気にとられている常春に対して、初音がためらいがちに訊いた。


「もしかして……常春くんの彼女さん?」


「違うけど」


「そうなの? でもあれってどう見ても……ううん、なんでもない」


 なにやら勘付いた様子の初音に、常春は小首をかしげる。


 その事については後で考えることにして、常春は話題を変えた。


「ところで、僕に用って何かな?」


「あ、そうだった。えっとね、常春くんに会って欲しい人がいるの」


「会って欲しい人? 誰だい?」


「えっと……人前じゃ話しにくいから、わたしに付いて来てっ」


 初音がぴっぴっと制服の袖を引っ張ってくる。急かすように。


 仕方なく、常春は黙ってついて行くことにしたのだった。


ヴァルキリー会長、そのうちまた出したいな……

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― 新着の感想 ―
[一言] >ヴァルキリー会長、そのうちまた出したいな…… ん? これは、物語に絡むキャラじゃないという意味? それなら、恋愛ADVゲーム系の話でもないのに、何故こんなヒロインが霞むような濃いキャラ…
[一言] かわいい!
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