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アニオタ、待ち伏せされる

 昼休みも終わり、四、五時限も終わり、帰りのホームルームとなった。


 それも終わり、帰ろうとした常春だったが、


「おう、ちょっと待てや子豚ぁ」


 槙村(まきむら)が呼び止めてくる声が聞こえた。


 だが自分は「子豚」ではない。聞こえないフリをして立ち去ろうとしたが、


「おい待てや! 聞いてんのか、伊勢志摩ぁ!!」


 肩口を乱暴に掴まれ、止められた。


 常春は「何かな」と普通に尋ねた。


「何かな、じゃねぇよオイ。お前、頼子ちゃんとずいぶん親しげだったじゃねぇかよ。ああっ!?」


「頼子ちゃん? ああ、宗方さんのことか」


「はっ、お前まだ苗字呼びかよ? じゃあ俺の方が一歩リードってことか?」


 槙村は常春の首の後ろに腕を回し、低く脅すように言った。


「俺の邪魔したら殺すぞ、伊勢志摩ぁ。頼子ちゃんは俺が狙ってんだよ。テメェは液晶画面の嫁でも見ながらマスでもかいてろや」


「いや、あの、本当に何を言ってるのか分からないんだけど」


「テメェ……そんなに殺されてぇか?」


 常春の肩口を掴む力がさらに強まる。その圧力には殺気が内包されている。


 この状況を脱するのは、常春にとっては非常に簡単だった。だがそれをやると、さらに槙村を逆上させる可能性が高い。なので、大人しくするべきだろう。


 その時だった。




「おい、校門見てみろよ! バイクがいっぱい集まってるぞ!!」




 クラスの男子が、そう教室に向かって言い放った。


 野次馬根性にあふれた生徒が、その声につられて校門方面の窓へ行って校門を見る。


 常春も、緩んでいた槙村の拘束をするり(・・・)と抜け、その野次馬に混ざった。


 窓の前に来た途端、たくさんのスロットル音が耳にやかましく響いてきた。


 ウォンウォンウォンウォウォウォウォォォォォォォォォン……! という爆音とともに聞こえてくるのは、




「カマキリ野郎、出てこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 そう怒鳴りつけてくる声だった。


 校門を見ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。


 十台、いや、二十台以上ものバイクが、校門の向こう側で密集していたのだ。


 乗っている者は皆、同じフライトジャケットを身につけていた。


 ——マッチョな悪魔のイラストが背中にプリントされたジャケットを。


 そのイラストには見覚えがあった。


 あれは、頼子に絡んでいた男たちが着ていたのと、同じジャケット。


「おい、見ろよ、あのジャケットのマーク! あれ、「魔王軍」だぜ!」


「嘘だろ!? なんで「魔王軍」がこんな学校に来てんだよ!?」


「知らねーって! でも、あれが「魔王軍」なのは間違いないぞ!」


 生徒たちが口々に話し出す。


 常春は彼らに話をうかがい、あのバイク軍団の素性を知った。


 「魔王軍」という、有名な暴走族らしい。


 その「魔王軍」は、さらに高らかに叫んだ。


「今すぐカマキリ野郎をここに呼んでこいやぁ!! でねぇと、俺たちはずっとここに留まり続けるぞぉ!! 早く出せや、カマキリ野郎をよぉ!!」


 ウォンウォンウォンウォウォウォウォォォォォォォォォン……!!


 連中がしきりに叫んでいる「カマキリ野郎」というのは、確実に常春のことだ。


 あの四人をやられた報復に来たのだ。


 暴走族や愚連隊などといった組織は、暴力を売りにしている分、舐められることを嫌う。やられっぱなしではいられないのだろう。


 一瞬、校舎裏の塀を飛び越えて逃げようという考えが頭に浮かんだ。


 しかし、校門を塞がれて、立ち止まっている生徒が数多くいた。


 あのままでは下校できない。


「伊勢志摩……」


 ふと、横から声をかけてきた頼子。その顔は、なんだかひどく不安そうだった。


 もしかすると、彼女は「自分のせいではないか」と思っているのかもしれない。


 常春は頼子に笑いかけた。


「大丈夫。これは君のせいじゃないよ」


「でも……」


「違うったら違うよ。……それじゃ、さようなら」


 そう言って去ろうとした常春を、頼子が裾をつまんで止めた。


「まさか……あいつらの所に行く気じゃないよね」


「うん。でないと、みんな帰れないし」


「危ないわよ! あいつら(ゾク)なんだよっ?」


「心配してくれてありがとう。でも、僕は大丈夫」


 そう言って、常春は頼子の手を優しく振りほどいて、走り去った。


 階段をいちいち降りるのは手間がかかるので、窓から外へ出て、雨どいのパイプを伝ってスルスルと下へ降りていく。誰も見ている者はいなかった。


 パイプが途中の階で途切れたので、足場になりそうな所へ飛び移りながら下っていき、やがて着地。階段を使うよりずっと早い上に、昇降口からも近い場所だ。


 「軽身功(けいしんこう)」。筋肉と気の特殊な操作によって、まるで猿のごとき身軽な動きを実現する技術。昔の中国では盗賊が好んで使っていた。


 昇降口で靴に履き替え、バイクの一団へと近寄った。


「おっ、見ろよ! こいつだ、カマキリ野郎だ!!」


 「魔王軍」の一人が常春を指差した。やはり、昨日の四人の男のうちの一人だった。


 ウォンウォンウォンウォウォウォウォウォウォウォウォンウォンウォォォォォォォォォン!!


 狼の群れの威嚇のように、スロットル音が耳障りに鳴り響いた。


 しかし、常春はその威嚇に少しも気圧されなかった。


「よぉ。おめぇかい? カマキリ野郎ってのは」


 バイクの一団の中から、一人の男が出てきた。


 金髪のリーゼントに、戦意と生気を強く感じさせる精悍な顔立ち。見にまとう白い特攻服の背中には、例にもれずマッチョな悪魔のイラストがプリントされていた。


 常春の眼力が、その男の「本質」を見た。


 このリーゼント男は、その他全員とは一味違う。


 一挙手一投足に、濃い武術の痕跡がある。


「俺ぁこの「魔王軍」を仕切ってる、(かけい)転助(てんすけ)ってもんだ。早速で悪りぃんだけどよぉ、この俺と喧嘩でもしようぜ?」


 好戦的な笑みをまじえてそう言ってくる転助。威圧感を強く感じる。


 常春はただただ真顔のまま、言った。


「ここではなんですから、場所を変えましょう。バイクに乗せてください」


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― 新着の感想 ―
[一言] >スロットル音が耳障りに鳴り響いた。 私はバイク乗りですが「スロットル音」なんて表現は初めて見ました。 族だから「コール」の事かも知れないけれど普通に 空吹かしが耳障りに~で良いのではないで…
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