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アニオタ、電脳世界で知れ渡る


 「お茶茶茶茶会」というイベントは、写真および動画の撮影が厳禁である。


 けれども、その禁を破った者が一人だけいた。


 その「一人」が巧妙に隠していたHDカメラは、とんでもない映像を収めていた。


 相変わらず天使のように美しい仁科透華。


 その仁科透華に襲いかかる刃物男。

 

 そして——忍者のように素早く近寄り、その刃物男を無力化してみせた一人の少年。


 仁科透華が襲われたという事実は、もちろんネット民の間で驚愕の種となった。


 だがそれと同じくらい、透華を助けた少年の異常な動きが話題となった。


 観客の肩を足場にして高速移動など、普通はできるものではない。さらにステージに上がってから刃物男へ近づいた時の速度も、誇張抜きの「一瞬」であった。





 ——超大手SNSサイト「シャベッター」では。


《日本のトレンド》


1.仁科透華


2.お茶茶茶


3.お茶茶茶茶会


4.謎の少年


5.刃物男


6.声豚


7.透華たん


8.忍者


9.アホノマックス


10.敵基地攻撃能力







 ——とある巨大掲示板では。




【速報】「死ねぇ、このクソビッチがぁ!!」お茶立て町のお茶目なお茶屋さんイベント、襲撃される! 犯人の狙いは声優の仁科透香



1.名無しさん

映像見つけたよー( ´∀`)

【リンクへアクセス】



2.ロッキー

これが声豚の末路です

みなさん現実を見据えましょう

手遅れになる前に



3.教育的指導

これシャベッターの動画だよな?

無断撮影だってシャベ民から叩かれまくってたやつ



4.アスタリスク

うわぁ……気持ち悪い

見るからに三十超えてるよな

こんな大人にはなりたくないわぁ



5.ダークマン

人生オワタ\(^o^)/

社会のゴミ確定♪



6.サッカリ〜ン

なんと恥ずかしい……



7.寒ブリや宮殿

ていうかあの少年やばくね?

動きが普通じゃねぇよ



8.サッカリ〜ン

なんかワイヤーアクションみたい

カンフー映画でよくあるアレ



9.アスタリスク

どこにワイヤーがあるんだよ。



10.サッカリ〜ン

心の中に



11.アスタリスク



12.寒ブリや宮殿

ステージに着くまで他の観客の肩踏み台にして歩いてんな



13.ダークマン

迷惑行為ワロタ



14.鉄腕アテム

ていうか何このガキ?

何で出しゃばってんの?

普通警備員とかの領分だろこれ



15.教育的指導

>>14

警備員はお前だろ、昼間からこんなスレに書き込みやがって。働け自宅警備員



16.鉄腕アテム

>>15

テメーもニートだろ

脳天にぶっ刺さってる特大ブーメランに気づけ





(しばらく不毛な論戦が続く…………)




424.アクション大魔王

ていうかさ、誰もあの子供の動きのすごさに追求しないのね



425.ダークマン

いやすごくねーだろ

あんなん誰でもできるわ



426.寒ブリや宮殿

無理



427.四枚刃

できないよ

アニメじゃよくやってるけど、人の肩を足場にして走るなんて、よほどの運動神経じゃないと不可能だよ

それもアスリートレベルの



428.ダークマン

あんなアニメイベ来てるような陰キャにそんな運動神経あるわけねーだろ



429.甜茶男

……実は俺、そのイベの参加者で、しかもあの子供に踏まれたんだよね



430.アクション大魔王

>>429

目覚めた?



431.甜茶男

>>430

言わせんなよ恥ずかしい////



432.寒ブリや宮殿

変態爆誕



433.甜茶男

冗談だっての


……踏まれたけどさ、全然痛くも重くもなかったんだよ

まるで、綿でできたボールが俺の肩の上で跳ねたような感触だったよ

普通踏まれたら、痛いし重たいはずなのにね



434.アクション大魔王

>>433

幽霊とかかな



435.アンタレス

あらやだ

このスレ怪談板に移転?



436.ダークマン

んなわけねーだろ

いい加減現実見ろや

甜茶男ってコテハンも嘘書くなや



437.甜茶男

嘘じゃねーよ





(しばらく不毛な論戦が続く…………)








649.リージェン

彼がステージで見せたあれは蟷螂拳の秘伝歩法『八歩趕蝉歩』。

この現代で、あれをあそこまで速くこなせる人間はほとんどいない。

ささいなことでもいい、彼に関する情報を求む。





 ◆



 翌日。


 朝の教室には、夏服姿のクラスメイトたちがまばらにいた。


「いやー、昨日はずいぶんと怒られたなぁ」


 彼らと同じく夏服になった常春が、疲れた口調で言った。


 綱吉がやや憤った声で、


「そうらしいでおじゃるなぁ。しかし手ひどく叱りつけるなど、少々恩知らずにも程があるのではおじゃらんか? 常春殿は、透華たんだけでなく、お茶茶茶さえも救ったのでおじゃるよ?」


「まあ、仁科さんが助かったんだし、いいじゃない」


「そうでおじゃるけど……」


 納得がいかぬとばかりに言葉を濁す綱吉。


「ねぇ、さっきから二人して何の話してんの?」


 一つの机を囲う常春と綱吉の他にもう一人、宗方頼子。彼女がそう質問してきた。


 すっかりその立ち位置が板についている頼子の問いに対し、常春が説明した。


 昨日、常春と綱吉が、アニメのイベントに行ったこと。

 そこで、大いに盛り上がったこと。

 だが突然、主演声優である仁科透華に刃物男が襲いかかったこと。

 それを、常春が電光石火の迅速さで食い止めたこと。

 その後、警察が駆けつけ、イベントが急きょ中止となったこと。

 さらに刃物男が連行された後、常春がイベントのスタッフ達からこっぴどく叱られたこと。


 初めて常春の技を見た綱吉は、そりゃー驚いたそうだ。


 その綱吉がさっきから不満に思っている点は、最後の叱られた件だった。


 スタッフ側の言い分はこうだ。「警備員がちゃんとステージ端に控えていたのに、何故出しゃばったのか」である。


 正直、これを聞いた常春はスタッフの正気を疑った。


 確かに警備員の存在は知覚していたが、その立ち方からして、武道を少しかじった程度の腕前しかないのは一眼で分かった。


 ましてあの距離では、もはや拳銃でもなければ刃物男を止めるのは不可能だった。なぜそんな事も分からないのか?


 ……自分が動かなければ、「お茶茶茶」の主人公の声優が変更されていたことは間違いなかったのだ。主役の声の変更が、そのアニメの人気にどれほど影響を与えるのかを常春は知っていた。ならば、動かねばならないのが真のアニオタというものである。


 けれど、常春はそれを口に出したい気持ちを抑えた。表面上は深く反省した態度を見せ、手っ取り早くその話を終わらせて帰った。


 説明は以上である。


「……それ、変じゃない? なんで常春が怒られなきゃいけないのよ」


 顔をしかめてそう言う頼子。


 頼子は知っていた。助けて欲しい時、助けてくれる人がいることのありがたみを。あのワゴン車での一件で、もし常春が助けに来てくれなかったらと思うと……気持ち悪さがこみ上げてくる。


 常春は確かに無茶苦茶なことを平気でしでかすが、その無茶苦茶でしか誰かを救えない時だってあるのだ。


 そんな頼子の心境を知ってか知らずか、常春は微笑んで言った。


「ありがとう頼子。でもいいんだ。僕は、やぶきたの声を生で聞けただけでも幸せだから……」


 それから両手を合わせ、神に感謝するような所作を見せた。なんだかキモい。


「ところでところで、どうだったでおじゃるか? 間近で透華たんを見た感想は?」


「綺麗な子だったよ。あんな綺麗な子がこの世にいるんだな、って思ったくらいに」


「あんな近くから推し声優の顔を見れるなんて、常春殿は果報者でおじゃるなぁ」


 ホクホクした笑顔の常春。それを羨ましげに見つめる綱吉。


「……ふーーーーーーん。推し声優、ねぇ」


 常春を白い目で見つめる頼子。


「ん? どうしたの頼子」


「べつにっ」


 ぷいっと素っ気なく顔をそらす頼子。


 別に声優にガチ恋しているわけではないのは分かる。常春は、キャラと声を崇拝している感じだ。


 だが、それでも他の女性の容姿を絶賛しまくることは、彼に想いを寄せる身としてはやはり面白くなかった。


「ところで、あの刃物男は、いったいなんであんな事したんだろうね」


「常春殿、ネットは見ないでおじゃるか?」


「あんまり見ないなぁ」


「これでおじゃる」


 綱吉がスマホに表示した写真を見せた。


「これって……」


 常春が少し驚く。


 そこには、透華が写っていた。


 透華は短いスカートと谷間が大きく強調される服装を身にまとい、頭ひとつ分以上の背丈の男の片腕に抱きついていたのだ。背後にラブホテルがあるところから、誘惑しているようにも見えなくはない。


 清純っぽいイメージの透華とは、真逆の姿。まして、男に媚を売っている様子であった。


「……そういうことか」


「そういうことでおじゃる常春殿。この写真が何者かの手によって隠し撮りされ、掲示板にアップされたでおじゃるよ。その結果、あっという間に掲示板は世紀末のごとく燃え上がったでおじゃ。それはもう、目を背けたくなるほどの悪罵(あくば)誹謗(ひぼう)の数々におじゃる。……この写真を見て激昂した透華たんの狂信的ファンが、今回の凶行に及んだと見て相違はなさそうでおじゃる」


 三人はあらためて、透華のスキャンダラスな写真へ視線を移す。


「昨今の声優というものはおかしな存在でおじゃるな。本来、声を武器にする職人のような仕事のはずなのに、まるでアイドルのような扱いでおじゃ。……まあ、それを面白がって賞賛するマロたちにも、責任の一端はあるのでおじゃろうが」


 綱吉は冷静な見解を示し、


「……それにしても、よくこんな破廉恥な服着れるわよね。ウチだったら恥ずかしくて死んじゃいそう」


 頼子はやや引いた様子でそう言い、


(……違う。これは、絶対仁科さんじゃないぞ)


 常春は心中でそう確信していた。


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[一言] 本人じゃない…写真にはホクロがなかったのか
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