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アニオタ、昼食に誘われる

体育の授業が終わった後は、昼休みだ。


 生徒はすぐに体操着から制服に着替え、昼食の準備に入った。


 弁当を持参してきた者もいれば、購買へ駆け込む者もいる。


「僕は今日は購買に行こうと思うんだけど、綱吉くんはどうする?」


 常春が訊くと、綱吉はぬふふふと笑いながら、懐からパン3個を出して見せてきた。


 その中の一つを見て、常春が驚愕した。


「そ、それは……「チョコ王国コッペパン」じゃないか! いつの間に買ったんだい?」


 購買のパンの中で、たまにしか売らない上に、売る個数も極端に少ない激レアパン。チョコフレーバーを生地に練り込んだコッペパンに、板チョコとチョコクリームを挟み込んだ、まさにチョコ好きのためのコッペパン。


「ぬふふふ、実は体育の授業が終わる十分前にこっそりと体育館を抜け出し、購買で買ったでおじゃるよ。その時でも、マロが最後の一個でおじゃったがなぁ、ぬふふふ」


「そんな掟破りを平然とやってのけるなんて……汚い! 綱吉くん汚い!」


「そう、マロは汚い男でおじゃるよ。だから、常春殿の目の前で、この「チョコ王国コッペパン」を蹂躙してやるでおじゃる。ぬふふふふふふ」


「ひどい! 綱吉くん、君は本当に血の通った人間なのかい!?」


 わざとらしい三文芝居を繰り広げる仲良し二人組。


 綱吉がコッペパンの袋を開けようとした時、その袋が横から伸びた手にひったくられた。


「俺このコッペパン買うわ。ほれ、金」


 コッペパンを奪い取った槙村は、机の上にチャリィン、と小銭を投げた。コッペパンと同じ額だった。


 綱吉が抗議した。


「な、何をするでおじゃるか?」


「は? 言ったじゃねぇかよクソデブ。お前のコッペパンを、俺が買ってやるっつったんだよ」


「マロは売った覚えはないでおじゃる!」


「るせぇよ。金はちゃんと払ったんだからいいじゃねぇかよ。取引だよ取引」


 槙村のあまりの横暴っぷりに、常春は口を挟んだ。


「そういうの、取引って言わないよ。双方に意思がなきゃ、取引は成立しない」


「は? なんだお前、アニメでそんなこと覚えたクチか?」


「コッペパンを返してほしい。それは綱吉くんのものだ」


 瞬間、槙村は常春の胸ぐらを掴んだ。


「……おい、テメェ、あんまナメた口利くんじゃねぇぞ」


 胸ぐらを掴むその腕の力は屈強で、理屈を無視して言うことを聞かせようとしてくる圧力を感じた。


 だが常春は全く動じず、その腕を掴む。


 掴んだその手に、ちょっと力を入れた(・・・・・・・・・)


「ぎゃああああああああああ!?」


 突然訪れた激痛に槙村は絶叫し、常春の胸ぐらから慌てて手を離した。


 一見、細く柔弱な常春の腕だが、その指の筋は特殊な鍛錬法によって無駄なく強靭に鍛えられている。その力は、片手の指だけでクルミを潰せるほどであった。


 槙村は信じられないものを見るような目で常春を見ていたが、やがて憤怒の形相になり、


「この……オタ野郎がァァァァァ!!」


 握りしめた拳をまっすぐ放った。


 何か格闘技をやっているのか、素人より拳が速い。


 だが、常春から見ればスローも同然。拳を素通りしつつ、後ろへ回り込む。


 それは意図的な回避だが、あまりに自然な動きだったため、周りの目から見たら、槙村が怒り狂うあまり狙いを誤ったようにしか見えなかった。


 だが、違う。あのまま行けば、槙村のパンチは常春の顔面をとらえていた。


 避けられた。


 しかし、その事実を、槙村は受け入れられなかった。


 槙村は、中学時代にフルコン空手の大会で優勝するほどの腕前を持っていた。そんな自分のパンチを、こんなオタク野郎に避けられるはずがない。


 今のはマグレだ。今度は絶対当ててみせる。


 槙村が再び拳を固めたその時、


「やめなよ! あんたさっきからオカシイよ!」


 常春と槙村のあいだに、頼子が割って入った。


 とたん、槙村は憤怒の形相を、媚びた笑顔に急変させた。


「こ、これは違うんだよぉ頼子ちゃん、ちょっとこいつらとジャレてただけでさ」


「強引にパン買い取って、それに文句言った伊勢志摩に殴りかかるのを、あんたの中じゃ「ジャレてた」っていうんだ?」


 頼子の厳しい物言いに、槙村はたじろぎ、何も言えなくなった。彼女のキツめな目つきも相まって、刃物みたいな切れ味があった。


 頼子はくるりと常春へ向き直ると、片手に持っていた弁当箱を見せつけた。


「ねえ伊勢志摩、ウチ今日弁当作りすぎちゃったんだけど、よかったら一緒にどっかで食べない?」


 周囲が一瞬ざわついた。


 ざわつきの元は主に男子だった。


 潮騒高校三大美女の一人に名を連ねるほどの女子が、常春のようなズブズブのアニオタ男子を率先して昼食に誘ったことが、男子らには信じ難かった。


 だが常春からすれば、「お弁当を分けてくれるなんてラッキー」くらいの認識でしかなかった。なので頼子の提案にうなずいた。


「喜んで。あの、綱吉くんも一緒じゃダメかな?」


 綱吉も一緒に呼びたかったのは、自分たちがいなくなった後、槙村から強引にコッペパンを奪われないようにするためだ。槙村はクラス内カースト最上位の男子なので、よほど酷い奪い方をしない限り、周囲のクラスメートは槙村の味方をするだろうから。


 だが、綱吉はコッペパンの封を切ると、コッペパンをものすごい勢いで完食してしまった。


「ふう、美味だったでおじゃる…………マロのことは気にせず、常春殿だけで行ってほしいでおじゃるよ。同志の春の到来を邪魔するほど、マロも野暮ではないでおじゃるから」


 チョコまみれの口でニッと良い笑みを浮かべ、そう言う綱吉。


 どうやら、常春の意図に気づいたようだった。その上で、気を利かせてくれたのだと常春は確信した。……春の到来うんぬんの意味はよく分からなかったが。


「ありがとう、綱吉くん」


 常春は感謝を告げると、頼子を見た。


「それじゃ、行こうか、宗方さん」


「う、うん」


 なぜかちょっぴり赤い顔をした頼子とともに、常春は二年A組の教室を後にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポも主人公の性格設定も絶妙でとても面白いです。
[良い点] 綱吉ぃぃぃ!これは親友
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