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アニオタ、「日常」へ帰る

 それから、ゴールデンウィークは風のごとく過ぎ去っていった。


 6月に開催されるアニメイベントのチケットを手に入れたことを除けば、なんてことはない普通の連休だった。


 ……そんな風に平和に過ごした常春の知らぬ間に、愚行を犯した者達へはそれなりの因果がおとずれていた。


 ネイサン・スミスは住居不法侵入、銃刀法違反で逮捕となった。さらにオーバーステイと、過去に寅吉(雇用主)の命令で標的に暴行を加えたという余罪も明かされ、強制送還は秒読み段階だった。


 そのネイサンの証言により、岩田寅吉も後ろに手が回り、現在取り調べを受けている。


 もともと組員たちは、組長の息子のわがままによって振り回される岩田組という組織に対して不満を抱いていた。寅吉の逮捕をきっかけに、一人、また一人、そのまた一人と組を去っていた。組の崩壊は目前である。


 その原因を作った寅吉の息子、岩田剛士(たけし)は、千重里をナイフで刺したところを近所の家の住人に目撃され、殺人未遂の疑いで逮捕された。十七歳という年齢ゆえ、行く果ては少年刑務所である。


 一方、刺された千重里は失血こそ激しかったが、命に関わる部位は損傷しておらず、一命は取り留めた。しかし、従順だった幼馴染にいきなり殺されかけた経験は、千重里の心に深い心傷(トラウマ)を残した。槙村から見限られた事実、「出来が悪い」という理由から親に冷遇されているという家庭環境が相まって、本格的に精神が病んでしまった。近いうち、親から追っ払われる形で精神病棟への入院が決まっている。


 寅吉の護衛だった魯銀星(リュー・インシン)も、小夜子を襲撃した実行犯として罪に問われるはずだったが、いつの間にか姿を消していた。もともとは金だけで岩田組と繋がっていたので、旗色が悪いと見るや、神奈川県S市から早々に行方をくらましたのだ。今彼がどこで何をしているのか、知っている者は誰もいなかった……。


 ……千重里のお門違いな怨恨から始まった一連の騒動は、こうして幕を閉じた。


 頼子の育て親である小夜子は、ゴールデンウィーク最終日にお見舞いに行った時、あと二週間ほどで退院できると聞かされた。退院の目処が立ったことで、頼子は嬉しそうに笑っていた。


 年相応の少女らしい笑顔を見て、常春もうっすら微笑んだのだった。


 





 やがてゴールデンウィークが明け、登校が始まった。


 常春はいつも通り、潮騒高校の校門をくぐって中へ歩みを進める。


 最初に見つけた馴染みの顔は、槙村だった。いまだにあの坊主頭には視線を吸い寄せられる。


「槙村くん、おはよう」


 常春はそう声をかけるが、


「……ふん」


 鬱陶しそうに鼻を鳴らし、早歩きで先に行ってしまった。


 相変わらず、心は開いてくれないようだ。常春は少し残念に思う。


 だが、前を歩く槙村が、両掌で体の前を守るように円を描く動きをしているのを見て、自然と口元がほころんだ。


 あれは『廻し受け』という空手の手法だ。防御からの反撃へと転ずるためのもので、「空手に先手なし」を体言したような技。


 少し前まで「先手」しか知らぬがごとく荒々しかった彼が、「後手」の技を率先して練習している。その光景に、悪しからぬ変化の色を感じた。


 彼は見つけたのかもしれない。自分にとっての良師を。


「おはようでおじゃるー」


 横から綱吉が挨拶してきた。常春も同じように返す。


 ゴールデンウィーク中に見たアニメの内容を話しながら、昇降口へと進む。


「常春殿、6月に開催される「お茶茶茶」のイベント、もうチケットは手に入れたでおじゃるか?」


「もちろん! 絶対一緒に行こうね!」


 そこで、常春の肩がポンと叩かれる。


「おはよ、伊勢志摩くんっ! 男バス入部の件、考えてくれた!?」


 挨拶と勧誘をセットでしてきたのは、女子バスケ部に所属する三大美女の一人、早坂めぐみだった。明るい表情と瞳の色が眩しい。


 常春はやんわりと断る。すると「まだ諦めないからねー!」と言って、足早に昇降口へ去っていった。


 見知った顔が次々と目に入る。


 だが、まだ頼子の姿がない。


 そう思っていた時、後ろからこちらへ向かって走ってくる人の気配。


 振り向くと、息を切らせた頼子がいた。


「はぁっ、はぁ……もう、常春、歩くの早すぎ。走っちゃった」


「え? 頼子、どのへんから追いかけてたの?」


「校門出て最初の横断歩道のあたりからっ……」


 ああ、と常春は納得する。あそこから、登校してくる生徒の数が増える。人が多かったから頼子の気配をうまく感知できなかったのだろう。


「ごめんね頼子。じゃあ今度から、分かれ道で待ち合わせる?」


「……うんっ。そうしよっか。ありがと、常春」


 口元を嬉しそうにほころばせ、頼子は頷いた。


 右に綱吉、左に頼子を置き、常春は並んで昇降口へと歩いていった。





 


 ————こうして、また「日常」が始まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一部、完! こういうはっきりとした区切りがある作品は読みやすくて良いですね。
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