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アニオタ、武力で威嚇する

 この部屋の中で、一番厄介な男を倒した。


 その他の連中は、いずれも大したことがない。立ち姿一つ見れば明白だった。


「や、野郎! どこの組の鉄砲玉だぁ!?」


 たとえ銃を向けようと意味はない。

 常春は引き金を引こうとする一瞬の間を使ってそいつの懐まで詰め寄り、銃身を別の方向へ向けて弾道をズラし、拳銃を奪い、正中線の経穴を強打して意識を奪い取った。


 ケンカの玄人が、戦意を失うほどの早技。


 戦力面でも、精神面でも、すでに勝敗は決していた。


 たった一人のアニオタの手によって。


 そのアニオタはおもむろに黒檀机へと歩み寄り、


「お前たちの負けだ、岩田寅吉」


 銃口を、すべての元凶たる寅吉(とらきち)に向けた。


 寅吉はなんとも形容しがたい表情を浮かべていた。憤怒、驚愕、恐怖、企み、それらが変な形に表情筋を歪ませている。


 しかし、やがて寅吉は嘲笑を見せた。脂汗が浮かんだ、苦し紛れの嘲笑だが。


「へっ……なんだよその拳銃(チャカ)は? もしかして、俺を撃とうとしてんのか? やってみろや。てめぇみてぇなお坊ちゃんに出来るもんなら——」


 バァン!!


 常春の銃口が轟音とともに火を吹き、そこから音速で射出された弾丸が寅吉の頭部スレスレに通過して壁に突き刺さった。

 

 寅吉の頭頂部には、それを裏付ける直線状の焼け跡があった。


「次は眉間だ。それが嫌なら、もう銃撃を煽るような発言はよせ。僕も、お前なんかの返り血で肌を汚したくない」


 今度こそ、寅吉の顔が恐怖一色で染まった。


 やる。コイツは絶対にやりかねない。「そういう目」をしている。


 今、寅吉の生殺与奪権は、この十代半ばほどの少年に握られていた。


 ドアの向こうからダカダカと走り去る音が聞こえたが、気にせず常春は続ける。


「お前は遅かれ早かれ警察の厄介になるだろう。実行犯に比べれば罪は軽いだろうが、罪は罪。息子がいる身のくせに、愚かな真似をしたものだ」


「な……なんだよ!? 殺さないなら、俺らに一体なにしようってんだ!?」


 恐怖で上ずった声で、寅吉が問う。部下に自分の威を示そうと精一杯威勢を張っているが、どう見ても虚勢以外の何ものにも見えなかった。


 常春は無感情な眼差しでそんな寅吉を見つめ、言った。


「お前たちにやってもらうことは一つだけだ。……二度と宗方家の人間に手を出さないことだ」


「あ、ああ! やるよ! やるから! もう勘弁してくれ!」


「ああ、あともう一つだけ、言っておくべき事があったな」


「な、なんだよ、まだ何かあるのかよ……!」


 戦々恐々とした面持ちで、常春の言葉を待つ寅吉。


 常春は黒檀机にふわりと跳び乗ると、しゃがみ込んで寅吉の眉間に銃口を押しつけた。


 ヒィッ! と細い悲鳴。


「……約束を破ったなら、今度こそこの眉間に風穴を開ける」


 暗闇の奥底にひそむ怪物の眼差しを思わせる、金属質な輝きを発している常春の瞳。


 寅吉には、目の前の少年が、人以外の何かに見えた。


 声が出ない。なので、コクコクうなずくことで肯定を示す。


 常春は拳銃を下ろすと、安全装置をロックし、机の上に置く。


 机から飛び降り、何事もなかったかのような歩様でドアから去っていった。


 ——少年の姿をした鬼神が去るまでの間、誰一人として声を発しなかった。






 これで目的は達した。


 あとは、頼子のもとへ戻るだけだ。


 岩田組の運命はもはや決まったも同然。警察に捕まるか、もしくは壊滅して逃亡するか。いずれにせよ、ロクな結末にならないだろう。


 それは分かりきった結末。もう何も心配いらない。


 でも、常春は少しでも早く、頼子の事を安心させたかった。


 唯一の肉親を傷つけられて、ただでさえナイーブになっているのだ。まだ小夜子は病院から出られないけど、もう安心だと伝えるだけでも慰めになるだろう。


 常春はもうろうと(・・・・・)する意識の中(・・・・・・)、その事を考えていた。


 荒い息を立てながら、人気のない夜の歩道を歩く常春。


 いつもは病など寄りつかないはずの常春だが、今、その全身を不調が襲っていた。


 熱っぽい。だるい。体の節々が痛む。寒気が止まらない。頭がクラクラする。


 インフルエンザのような症状。


 その原因を、常春はすでに察していた。


 魯銀星(リュー・インシン)に打ち込まれた『打開』の影響だ。


 打たれた衝撃が体内に浸透し、内部にダメージを負った。


 それによって気の流れも滞り、肉体が急速に不調を起こしている。


 寅吉を脅している時、常春はずっと気づかれぬよう隠していた。だが岩田組から離れたことで気が抜けたのか、一気に悪化したのだ。


 足元がふらつく。体が重い。自分の体じゃないみたいだ。


 これはマズイ。早く知り合いの医師に連絡しなければ。放っておくと、後遺症がしばらく残る可能性もある。


 常春は震える手でスマホを操作し、電話帳からその医師の電話番号をタップした。


 呼び出し中画面となる。


 だがそこで、常春の体のバランスは崩れた。


 硬くひんやりしたアスファルトの感触を最後に、意識は消失した。

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