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アニオタ、守る宣言をする


「ここまで来れば、ひとまず安心かな」


 頼子を持ってしばらく走り、常春がたどり着いたのは電車の中だった。


 流石のパトカーでも、走る電車には追いつけない。あとは適当な駅で降り、その地域で時間を潰してから帰ればいい。


 常春と頼子は隣り合わせに座っていた。密着しそうな距離だ。


 しばらく両者とも無言だったが、頼子が先に口を開いた。


「電車に乗っちゃったけど……どこ行く?」


「そうだなぁ、アニマイトとかどう?」


「……普通、女の子連れてそんなトコ行く?」


「あはは」


 誤魔化すように笑う常春。


 それからまた沈黙する二人。


 しばらくして、頼子が常春の手を握ってきた。


 ひんやりして滑らかな感触。その手は震えていた。


「ウチ……ホントに怖かった」


「だろうね」


 追いかけて良かった——常春は改めてそう思い、自分のカンを褒めた。


 常春が頼子と別れた途端、頼子の行く道へ向けてワゴン車が猛スピードで走っていくのを目撃したのだ。


 長年のカンが、胸騒ぎを起こさせた。それに駆られるままワゴン車を追いかけ、飛び乗ったというわけだ。


「あんたが来てくれなかったら……そう考えるだけで、吐きそうなくらい怖くなるの」


 常春は、震える頼子の手を強く握り返した。


「やめようよ。「もしも」の話をするのは。考えだしたらキリがなくなるよ」


「伊勢志摩……?」


「もう、コトが起こってしまった後だ。君はこうして無事だった、それでいいじゃない。その事を幸福に思おうよ」


 常春の微笑みは、頼子の心を安心させた。


 それでも、不安で悲観的に考えたがる自分もいた。


「また、あいつらがウチの前に現れるかもしれない……その時、あんたが側にいなかったら、ウチは……」


「いるよ」


「えっ……?」


「もし、またああいうのが出てきても、呼んでくれればいつでも助けに行く」


「……本当に?」


「うん。何だったら、今日から一緒に住んじゃう? 僕の部屋でさ」


 常春はからかい半分でそう言った。


 頼子はかーっと頬を紅潮させ、


「もう! このすけべっ!」


「いて、いてて。じょ、冗談だって」


 猫パンチみたいに叩いてくる頼子。


 少しは元気になったみたいである。


「……いつでも助けに行く、っていうのも冗談?」


「それは本気だよ」


 常春はもう一度、勇気づけるように言った。


「大丈夫だ。君は、僕が守るから」


「……どうして、そうしてくれるの?」


「君が、もう僕の「日常」の一部だからだ」


 なんとも常春らしい答えが返ってきた。


 ……ウチはいったい、どんな答えを期待していたんだろう。


 そんな事を考える時点で、もう頼子には分かっていた。




 自分が、この少年に恋をしているということを。




 




「くそっ! くそっ! クソがっ!! なんなんだよアレ(・・)は!?」


 剛士は毒づきながら、必死に走っていた。


 すでにサイレン音はかなり遠ざかっていた。努力の甲斐あってかなり切り離せたようだ。


 本当はワゴン車で逃げたかったが、手下は全員脳震盪でしばらく起き上がれなかった。なので警察にはうまいこと言い訳するように手下どもへ命じてから、脱兎のごとく走り去った。


 サイレン音は、もう聞こえなくなった。


 しかし、それでも剛士は安心できなかった。


「あんな化け物見たことねぇぞっ!? 走行中の車にしがみつくなんて、何考えてやがんだよっ!」


 自分の理解の範疇を超える、とんでもない人間を見てしまったからであった。


 見た目こそ、そこらへんを歩いている平凡な高校生にしか見えない。だが化けの皮を剥がせば、走行中の車に飛び乗り、手下をあっという間に蹴散らし、あげくに刃物まで難なく無効化するという、ヤクザ者でも滅多にいないであろう強さと豪胆さを併せ持った怪物だった。


 おまけに、あの眼差し。


 暗い瞳の奥底に、殺気が(おき)のように静かに、だが確かに輝いていた。目が合った瞬間、全身が抵抗をやめてしまった。


 なんだあの理解不能な生き物は? なんであんなのが制服着て学校に通ってやがるんだ。

 

 自分の中の予定では、今ごろ千重里の味わうはずだった苦しみを頼子に与え、心身をボロボロに壊しているはずだった。


 しかしその予定はご破算となった。予想だにしない、とんでもない逸材の妨害によって。


「くそっ!」


 常春のことを考えた途端に震えだした膝を、苛立ち任せに叩いた。


 自分が恐怖で膝を震わせている。その事実が、剛士は許せなかった。


 しかし同時に確信していた。あの少年の皮を被った怪物は、自分の手に負える相手ではないと。


 くじけかけたその時、脳裏に浮かんだ。——千重里の泣き顔が。


 とたんに、剛士の両脚をむしばんでいた恐怖が消え、静まった。


「そうだ……俺は、千重里を守るんだ。俺以外、あいつを救える男はいないんだ」


 自分に課せられた、男としての使命を思い出したからだ。


 幼い頃からずっと想い続けてきた幼馴染、千重里。

 その笑顔を思い浮かべると、自分も元気になってくる。

 その泣き顔を思い浮かべると、そんな顔をさせた奴に対して怒りがこみ上げる。


 怒りは冷静さを狂わせるとよく言われているが、恐怖で乱れていた剛士の心に、怒りは良い冷や水となった。思考が冴えてくる。

 

 ビビったら負けだ。心を強く持て。


 冷静になって考えろ。敵を守っている奴がいくら強かろうと、所詮は人間一人の暴力。限界は知れている。


 人間は工夫する獣だ。工夫しろ。俺の持ってるモノを全て思い浮かべろ。そいつを全部使って、必ず宗方頼子をボロボロにしてやる。


 怒りで冴えた頭で考えながら、剛士は日没の街を歩いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 汚くても真っ直ぐなのが哀れだなぁ。
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