アニオタ、デートの約束をする
翌日。
すでに放課後となり、校門から開放感に満ちた表情の生徒たちが浮き足立って出ていた。
浮き足立っているのは下校時間になったからではない。
明日から、ゴールデンウィークに突入するからだ。
「伊勢志摩ってさ、ゴールデンウィークは何すんの?」
隣を歩く頼子がそう何気なく訊いてくる。
「うーん、やっぱりいつも通り、「バイト」かなぁ」
「それじゃつまんなくない? どっか行ったりしないの?」
「今のところ、アテはないなぁ」
「そっか……」
頼子はもじもじと指元を絡ませながら、躊躇するような口調で訊いてきた。
「あのさ……もしよかったら、だけどさ。休み中さ……ウチと、どっか出掛けない?」
「宗方さんと僕で?」
「こ、この話の流れで他にいないでしょ」
「デートのお誘い?」
「ち、違うばか! そ、そんなんじゃなくて! ただ、えと、ウチも休み中なにもすることないしさ、だったら暇人同士で一緒にどっかで遊ぶのもいいんじゃないかな、っていう提案。そう、提案!」
それをデートというのでは。常春は思った。だが頼子はそれを認めたがらないだろう。
だけど、頼子の言うことも一理ある。
せっかくのゴールデンウィーク、使わずにだらだら浪費するのはもったいない。
だったら、普段しないような事をして使った方が有意義だ。
相手が女性であるならば、男である自分から誘うのがエチケットというものだろう。
「それじゃあ宗方さん、明日、僕とデートしない?」
ひゅっ、と頼子が喉を鳴らす。その顔が一瞬にして真紅に染まった。
せわしなくキョロキョロしたり、手元を小刻みに動かしたりしてから、やがて唇を尖らせてうつむき、
「あ……あんたが、その、どうしてもしたいっていうなら、ウチは構わないけど……」
「どうしても、だよ。宗方さん、僕と明日、デートしてください」
微笑み、手を差し出す常春。
頼子は真っ赤な顔でその手を何度もチラチラ見てから、
「…………うん」
おずおずと、自分の手を添えてきた。
すこし冷たく、なめらかな白い手だ。
常春は、ほんの少し心音が高鳴るのを感じた。
下着姿を見ておいて今更だが、常春は今、初めて頼子の事を「女」だと意識してしまった。
その「女」と意識した相手をデートに誘ってしまったという事実に、またも今更だが、ちょっとだけ気恥ずかしくなってしまった。
こんな風に気分がざわつくのは、かなり久しぶりかもしれない。
「それで、どこ行きたい? 海外とかじゃなければ、どこでも連れて行ってあげるよ」
気分をまぎらすように、常春はそう尋ねた。
頼子は唇を尖らせてうつむきながら、ぼそぼそ声で言う。
「……あんたの行きたいところなら、どこでもいいよ。でも……さすがにオタクイベント的なものは勘弁して欲しいかも」
「行かないって」
常春は苦笑い。さすがにそこまで女心に無知ではない。
「それじゃあ……ネズ公ランドはどう?」
頼子がバッと顔を上げた。ものすごく期待に輝いた目だ。
「ネ、ネズ公ランドって、あのネズ公ランドだよね!? 世界的テーマパークの!」
「いや、それ以外無くない?」
「行く! そこがいい! ……あ、でもごめん、ダメだ、ウチお金あんまりない」
頼子の元気な態度が一変、しょんぼりする。
「大丈夫、僕が出すよ」
「いや、流石にそれは悪いよ……」
「デートだからね。男が出すさ。もし奢られるのに引け目があるなら、これからも僕の分の弁当を作ってきてくれると助かるかな。宗方さんの弁当美味しいし」
女性というのは、案外、無条件で奢られることに引け目を感じるものだ。男のそういう献身を、かえって重たく感じてしまうのである。だからこそ、常春は希望的な見返りを考え、あえて口に出しておいた。警戒心を薄めるためだ。
頼子は赤い顔で唇を尖らせ、ためらいがちに返事をした。
「……それじゃあ、お願いできるかな」
「任せてよ」
そう意気込む常春だが、不意に重要なことを思い出した。
「そういえば、僕、宗方さんの携帯の番号、知らないな」
「……ウチも」
「交換、する?」
「……しよっか」
二人顔を合わせ苦笑してから、番号を交換したのだった。




