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第2章 変化と自覚(3)

 ────あつい、いた、い

(スピカさま、がんばって)

 ────だめ、しんじゃう、だれ、か……シ、リウス!

(ほら、もう少し)

 ────は、やく、

(上手)

 ────ま、だ? ……あぁ、もう、しんじゃいたい、

(息を止めて、ほらもう一度)

 ────────!!


(やったわね……! がんばった! あ! え、うそ──────!?)



 * * *


 遠くで赤ん坊の泣き声が聞こえる。

「あたしの、あかちゃん……」

 体はベッドに埋まってしまったかのようで、動かそうとしても感覚が戻らなかった。特に腰は自分のものとは思えないほどに重い。死にそうなくらいに辛かった痛みは嘘のように去ったけれど、代わりにずしんとした怠さが全身を覆っていた。でも、疲れているはずなのに興奮して頭も目も異様に覚めていた。

 今がどのくらいの時刻なのか分からないけれど、部屋が明るくなってるってことは半日はかかったんじゃないかしら……。

 赤ん坊はまだ抱かせてもらえない。産まれてすぐに別室に連れて行かれた。まだ沐浴をさせているのかもしれないけれど、随分かかっている気がした。せめて顔だけでも見せて欲しいのに。

 男の子? 女の子? シリウスに似てる? あたしに似てる?

 頭の中でいくつも疑問が浮かんで来るけれど、答えてくれる人は周りにいなかった。人は全部出払っているみたいで、遠く赤ん坊の声に混じって大人の叫び声や怒鳴り声が聞こえてくる。

 ────普通じゃない

 不安がどんどん増して来て、たまらずに起き上がろうとする。力の加減が分からず、ベッドから転がり落ちる。

「はぁっ!」

 全身を床で強く打ち付ける。骨盤がぐらりと歪んだ気がした。ガタンと大きな音がして、扉が大きく開いた。

「スピカ!? 何やってるの!」

 飛び込んで来たのはシュルマだった。

 侍女の彼女は、あたしの為にオリオーヌまで付き添ってくれていた。

「シュルマ……ねぇ、赤ちゃんは? な、んで会わせて、もらえないの?」

 言ってるうちに涙が出て来る。ひどく情緒が不安定だった。

「元気なの? 男の子なの? 女の子なの?」

「……スピカ様…………。赤ちゃんは元気ですよ、男の子です」

 シュルマは固い調子でそう言う。いつもの気軽さはそこにはなく、顔が異常に強ばっている。

「どこか、おかしいの?」

 五体満足じゃなかったら……どうしよう。

 あたしの不安を悟ったのか、シュルマは横に首を振る。

「どこもおかしくありません。元気な立派な男の子です」

「じゃあ、なんで……」

「とにかく、安静に」

 シュルマはあたしに肩を貸して、ベッドへと誘う。あたしは、動揺のあまり、力の制御を忘れていた。シュルマの見た光景が一気に頭に流れ込む。


「…………う、そ」


「スピカ様?」


 シュルマが怪訝そうにあたしを見る。

 力の事を彼女は知らない。でも、もうそれを隠す余裕は、あたしには無かった。


「なんで……。なんで、そんな髪……」


 有り得ない。どうして。あたし………………シリウスの子供を産んだはずなのに。

 黒髪でも金髪でもなく……それらが混じり合った色でもなく──


 赤い髪。

 それは、あの男の。そんなわけない。そんなわけ────


 必死で否定するあたしの脳裏に、一筋の記憶が入り込む。


 あたし……あの夜、……シトゥラから逃れて雪山で遭難した夜……シリウスに抱かれる夢を見た。とっても幸せで、本当にあった事かと思うくらいに、生々しい夢を。

 そして、目覚めた時に一番近くにいたのは…………ルティ。あの赤い髪・・・のアウストラリスの王子、だ。

 もし……あの時の夢が現実だったら。知らないうちに、彼を受け入れてたとしたら──


 心の隅にあった恐怖が増幅して全身を蝕んだ。体が引きつけたように硬直する。息が出来ない。だれか。だれか、誰か!!


 ────あたしが産んだのは────


「────いやぁああああああ!!!!」


 遠くで叫び声が聞こえた。自分の口から出ていることにも気づかなかった。気がついても、叫び声を止める事が出来なかった。

 シュルマが驚いて医師を呼びに行くのが視界の端に映った。直後目の前が真っ暗になる。瞼の裏にシリウスの顔が浮かぶ。

 あたし……彼に、なんて言えばいいの……?


 急激に迫りくる深い闇の前で、赤い髪の男の声が鳴り響く。


『……このままで終わると思うな! スピカは……遅かれ早かれ必ず俺の所アウストラリスに戻って来る。

 その血シトゥラの意志でな!』


 あれは……こういう事だったのかしら……

 消え行く意識の隅で、小さくそう考えたのが最後だった。胸の中を暖めていた光は消え、後には冷たい闇だけが広がった。

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