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第12章 綻びと繕い(2)

 謁見の間に向かう前に、僕はイェッドにある指示を出していた。乳児二人をあやしながらも話を聞いていた彼は、サディラ、シュルマのことについては「いいのですか」と一言問うただけだった。僕は頷いた。ヴェスタ卿にはサディラからもう何も引き出させないし、シュルマはあの宣言の通りに、もう揺れることは無いだろう。彼女たちの本当の顔を知ったことで、逆に今度は心から彼女たちを受け入れられる気がした。

 人との歩み寄りは結局こうやって本音を知るしかないのかもしれない。僕がずっと避けてきたことだった。

 足下から響く固い足音を聞きながら、いまだ本音を知ることが出来ない一人の男を思い浮かべる。10年ずっと一緒にいたのに、良く知っていると信じていたのに、本当は何も掴むことができていなかった、その男。

 さっき引き出しに大切に仕舞った書簡。──それは、ミアーとループスからのレグルスを脱出させたという知らせ。

 突然で驚いたのだけれど、メイサに連絡を取ろうとしていた彼女達がシトゥラを張っていたら、急にシトゥラが侍女侍従を募集し出したという事だった。事前に借りていたアウストラリスの難民の身分を偽って彼らが紛れ込んだところ、屋敷内にレグルス──一緒に居ると思っていたスピカは居なかったけれど──が捕らえられている事を知ったらしい。

 侍女に化けたミアーが部屋の鍵を盗み出し、ループスが騒ぎを起こして馬を盗み出せば、あとは簡単だったそうだ。以前の事で、レグルスは入り口以外の出口を知っていたのだから。予め脱出口のある部屋に捕らえられていたのであれば、彼一人でも逃げる事は可能だったのだと思うけれど──

 ただ……レグルスはジョイアには戻らないと言い張ったという。僕の気持ちが変わらずスピカにあることを知った彼は、スピカが自分の意志で国を出たのだから、どうか追わないでくれと、諦めてくれと、以前と同じことを言った。ミアーがルティの陰謀のことを説明しても頑として譲らないそうだ。彼はスピカを助け出して、ジョイアでもアウストラリスでもない、全く違う土地に行く。そうしてもう終わりにしたいと。……それが出来ないならばスピカを殺して自分も死ぬと言い続け、ミアーが説得している最中だった。

 ミアーが言うには「隊長はスピカ様のせいで戦が起こる事を恐れている」そうで。──それは当然の危惧だと思う。

 皇太子妃が閉ざされたアウストラリスに居る理由などどこにも無いのだ。この事が今この時点で国民に知られたら僕に残された手は一つしか無い。

 彼女の裏切りが知れ渡れば、彼女はもう、僕の隣には立つ事は出来ない。それどころか、一生ジョイアの土を踏む事は出来ない。それはジョイアそのものである僕との永遠の別れを意味していた。だからこそ僕は慎重にことを運ぶしか無いのだ。

 万が一彼らがその事を口にするようだったら、僕にも『覚悟』があった。奪われたものは奪い返す──もう、手段など選べない。彼女の失踪を誘拐とこじつけて兵を挙げるのだ。しかし、ルティにしても『今』僕に兵を挙げられたら困るのだろう。だからこそ沈黙している。僕に国とスピカを天秤にかけさせる。最後までその決断は下さない僕を知っているからこその手だ。そうやってアイツは僕の足に枷をつけ続ける。そしてその枷が外されるのは──彼の準備が整ったとき。

 今、かの国が国交を閉じているのは、スピカを奪い返されないためだけでなく、ジョイアの国力を削ぐため。現に塩が流通しなくなり、国は混乱し始めていた。ジョイアは変なプライドを掲げている場合じゃなくなっている。平和的な解決方法をジョイアは望むに決まっているけれど──一度閉じた国交の回復を願うとき、かの国はどれだけの要求を僕たちに突きつけるつもりなのだろう。僕の妃に加えて、一体何を望む気なのだろう。

 交渉は決裂する。そして──ジョイアとアウストラリスは一人の女性を巡って刃を交えるという愚行・・を始める。アイツはその覚悟をしているだろう。僕がスピカよりもジョイア国民を選んで欲しいというのが彼の本音だろうけれど、それは……もう出来ない相談だった。

 そうしてスピカを奪い返せたとしても、最悪の結末が待っている。

 アウストラリスと違ってジョイアは独裁国ではないのだ。過去の歴史が僕にその行き先を教えてくれる。国の安寧よりも妃を選んだ愚かな僕は、民の信頼を失って、皇太子の地位を追われ、スピカを守る術を失う。本末転倒だと、たとえそう知っていたとしても、僕が彼に刃を向けるだろうと彼は予測していた。──彼の残した唯一破滅を呼ばない道は、僕が大人しくスピカを手放すという道しか無かった。


 暗い廊下の先、謁見の間の扉から僅かに溢れる小さな光を見つめ、僕は大きく息を吐く。

 ──でも。僕には彼の知らない情報がある。スピカを完全に取り戻す唯一の方法を僕は手にしていた。それがうまく行けば、目の前に広がる血なまぐさい悪夢を避けられる。全て・・が丸く治まる。そう信じていた。

 ただ、そのことを彼はまだ知らない。とにかく急ぐ必要があった。──何もかも手遅れになる前に。


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