第6章 君らしいやり方で(3)
「スピカをどうした」
僕はもう一度問うた。
「おやおや、逃げられたというのに、諦めの悪い……」
「言え」
僕は睨みつける。
「祭りの行商人に金を握らせて任せました。彼女の行きたいところへ連れて行ってやれと。大丈夫です、あの近衛隊長が付いておりますからね」
僕の中では答がほとんど出ていた。飛び出しそうな胸を押さえて、目をシュルマに向ける。そして静かに最後の確認をした。
「シュルマ、君、スピカの力の事、誰かに話したりした?」
もし、はいと言ったなら、その腕の中にはルキアを預けられない。シュルマは僕の目をしっかり見て、答えた。その目には、僕と同じ色の怒りが浮かんでいた。
「いいえ、皇子」
「――イェッド!!」
直後、僕は叫んだ。喉が裂けるかと思った。彼は頷いて出て行く。
さっきふと気になったこと。シュルマの母の手紙は白紙だった。〈白紙〉、つまり普通の人間には読めないはずの手紙だ。それは、オルバースがスピカの力を知っているという事? もしそうだとしたら、なぜ? シュルマが話していないなら……誰も知らないはずの、その情報をどこから――?
それから、今朝ハリスでの暴動が起こった。昨日イェッドが報告して来たのは何だったか。アウストラリスからの不法入国者が集まり不穏な動きを見せていると。そして、今朝の突然の暴動。ハリスの騎士団は、彼らを取り押さえるだろう。そしてジョイアは、過去に習う。暴動に抗議してアウストラリスとの国交を一時閉じる。
その二つ事実の交わる先は、ある一人の男を指し示していた。
これは、僕に対する宣戦布告だ。
なぜ気がつかなかった。『塩』だ。岩塩、それはアウストラリスの主要輸出品。そして、交易の拠点は、オルバース。
「スピカを売ったな」
この男はどこまで強欲なんだ。妃の地位だけでなく、彼女を騙し、利用して、アウストラリスとも繋がった。
「さて、何の事やら」
男はとぼける事に慣れているようだった。
「僕は、お前を許さない。絶対に尻尾を掴んでやる」
奥歯を噛み締めると鉄の味がした。目の前の狸はふん、と鼻で笑う。
「それが花嫁の父に対する態度でしょうか」
「誰が父だ! 僕がそう呼ぶのは父上とレグルスだけだ!」
そうだ。レグルスは僕に対していくら厳しくても、馬鹿みたいに誠実だった。僕が義父上と呼ぶなら、それはレグルスでしかない。
「……ふん、あの曰く付きの騎士団長ですか。……彼がいいと言われるのであれば、よろしいのですよ、私は。後見を降りさせていただいても」
ヴェスタ卿は含みのある声でにんまりと笑う。弱みを握った気で居るのだろう。そちらがそのつもりなら、僕にだって意地も覚悟もある。
「分かった。降りてもらおう」
僕は、男の目を真っ直ぐに見据えて言う。彼の目が泳ぐ。
「……お子様の髪の事はどう説明されるので? もう隠し立てできませんよ?」
ヴェスタ卿の顔からはじめて余裕が消えた。笑みが消え、酷薄そうなその顔は、誰か別の人間のようだった。
「髪が赤かろうが、ルキアは僕とスピカの子供だよ。スピカの母は、髪が赤いんだから、おかしな事じゃない。――それを証明できればいいんだろう?」
そうだ。最初から僕はそうしていれば良かったんだ。
――シトゥラ。彼女はあの家の娘だ。その縁を断ち切ってるから、こんな事になる。
色々な事に決着を付けずに居たのがいけなかった。事実を確かめるのが怖くて、逃げていたのがいけなかったのだ。
いくら誤摩化しても彼女は、あの家の一員なんだ。そこを認めないから全てが歪む。
僕は縁を繋いでみせる。そして、その上でスピカを、取り戻す。
「誕生日まで、時間がありませんぞ」
「五ヶ月もある」
握りしめた手を開く。そこには金色の髪の束が変わらず煌めいていた。僕は再びそれを強く握りしめる。
――愛してる
彼女の言葉は真実だった。僕にはそれだけで十分だった。
スピカ。僕は、諦めだけは、人一倍悪いんだ。
「――僕は、欲しいものは全部、この手に掴んでみせる」