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第5章 火祭り(4)

 どうして僕は、スピカ以外の女性には強く出る事が出来るんだろうな。そういうのも惚れた弱みなのかな。そんな事を頭の隅で考えた。

 本当は他にもスピカがその情報を得る手段はあった。でも、僕はシュルマに違いないと思っていた。そう疑ったのにはいくつか理由があったんだけど──。

 シュルマは唇を噛み締め、青くなって震えている。その態度で確信した。やっぱり彼女は何か知っていて、隠している。

「君、知ってたんだろう? 両親が後見を引き受けるつもりだって。そして、スピカに教えた」

「た、確かに、お教えいたしました。ですが、正式なお話ではないとも……」

 やっぱり。

「それだけなら僕も気にしない。……僕はスピカが隠した事を気にしてるんだ」

 彼女は知っていて、知っている事を隠していた。なぜ? ──シュルマから聞いたの! 良かった! そう言って喜べばいい話なのに……。何か僕が知らない情報があるとしか思えない。それを皆僕に隠している。

 僕がじっと見つめると、シュルマは困った顔をして顔をそらした。

「皇子、おやめください」

 その言葉にはっとするけれど、やめなかった。この際『力』を利用しても構わない。

「やめて欲しい?」

「──困られるのは、皇子でしょう。スピカ様にどう説明されるのです」

「スピカは……僕が誰を抱こうと構わないと思ってるよ」

 僕は静かに言った。シュルマはぎょっとしたように目を見開く。その反応を見て、前から気になっていた事を尋ねた。

「……そう言えば、<あれ>を僕に聞かせたのは、わざと? それとも、──誰かに指示された?」

 スピカの嘘に気がついた時に、細く緩く僕を取り囲む罠の存在が思い浮かんだ。今までとは違う、僕とスピカの仲を決定的に壊すような、そんな罠。考え過ぎなのかもしれない。でも、考えておく必要もあると、この二月の間に思った。

 シュルマは、ルキアを泣かせて、不安定なスピカを煽ったんじゃないか──。あの言葉を言ったのはスピカだったけれど、泣き声が聞こえなければ、窓が閉じてあれば、あんな事にはならなかった。この侍女はあの日、自分で言い出した務めを全うしなかった。

「わ、わたくしは、決してそのようなつもりは──」

 シュルマは瞠目したまま震え出していた。

 僕は眉を寄せる。この娘は──

「ねぇ、お願いだよ。教えて欲しいんだ。──君はいったい何に怯えてるんだ?」


 開け放たれた窓から差し込む夕日が、彼女の褐色の髪を赤々と染める。床に落ちた影が長く伸びて扉のところまで届いていた。

 シュルマはやがて震えるような声を出す。

「私は、本当に何も知らないのです。ただ──確かに皇子が私の家の者とお会いになられる前日に、母からの手紙をスピカ様にお渡ししました。私、なんだか気になってその手紙読もうとしたのですけれど──その手紙には何も書かれていなかったのです。私、両親が何を企んでいるのかが分からなくて、怖くて」

 白紙の手紙? 僕は気になりつつも、シュルマをまだ疑っていた。

「でも、君は──」

 咎めるような口調になる。シュルマは僕の追求を遮った。

「ルキア様を預からせていただいた日の事は、申し訳なく思っております。皇子がまさか聞かれていらっしゃるなんて。私、考えが及ばなかった──あんなこと、スピカ様が言われるなんて思いもしなかったのです。でも……申し訳ありません。私は、あの日、スピカ様を……結果的には試してしまった」

「試した?」

 意外な言葉だった。

「宮の侍女の中で、あなた方の不仲説が持ち上がっていて、──妃は皇子よりもお子様の方がいいみたいよって、お子様を泣かせてたら皇子の隣はいつも空っぽよって、そう言われて悔しかったのです。私、スピカ様は皇子をちゃんと大事にされてるって、確かめたかっただけなんです!」

「え、でも──君、さっき比べるのはおかしいって……」

「そんなこと、建前です! 人は選ばずに生きていく事など出来ないでしょう? どこかで絶対選ばなければいけないのです。私、ルキア様が泣かれても、スピカ様は皇子を選ぶと信じてたのに……だから、本当に彼女が戻って来た時にはびっくりして。だって、泣いても見ててあげるってあれだけ言ったのですから。でも、──皇子も悪いのです!」

「へ?」

 急に矛先を向けられて驚く僕の前で、シュルマはひどく取り乱し出す。

「子供の泣き声に負けるってどういうことです! なんで、スピカ様を強引にでも引き止められないのです! それから、さっきの話自体、スピカ様に直接お聞きにならずに私に聞かれるのはどうしてです! 嫌われたくないからですか? それは──あまりに意気地がなさ過ぎではございませんか!?」

 僕は何も言えずに目を見開く。確かに言われる通りだし、その上、迫力に圧倒されて黙るしか無かった。こんな風に女性に罵倒される事にはさすがに慣れていない。

 シュルマはいつの間にか侍女の立場を捨てていた。

「スピカはなんで皇子のお心を読まないのよ! 皇子が読ませないようにしているんですか!? 読まれちゃ困るから? 貴方の愛をスピカが信じているのなら、スピカがあんな風になるわけが無い!」

「……スピカが勝手に読まないようにしてるんだよ」

 いくら何でもここまで言われると腹が立つ。多少ムッとしてそう言うと、シュルマはガサガサとポケットを漁って、一枚の紙くずを僕の前に置いた。あ──

「読ませればいいじゃないですか! 読ませないなら……ちゃんと彼女が貴方の愛を信じるまでおっしゃって下さい! 皇子はなんでここぞと言う時に押しが弱いのです!? スピカ以外にはこんな風に追求もお出来になるって言うのに! そういうのはずるいです!」

 どうも彼女にとって追求が相当にきつかったらしい。なんだかもうメチャクチャだった。どう対応すべきか途方に暮れる僕の前で、彼女は、スピカの友人の顔でぼろぼろと涙を落としながら訴え続ける。まるで子供のようなその姿は、嘘をつく人間のものではなかった。

「私は! 一年前の貴方達を見ているのが本当に好きで! だから応援したくて、近くに居てあげたくて、親の反対も押し切って侍女を務めさせてもらったんです!」

 何だって? それは、聞き捨てならなかった。

「待って、──反対されていたのか?」

 そうだとすると、色々と見方を変えなければならない事が出て来る。

「ええ、最近まで。スピカの負担になりたくないから黙ってましたけど! あの子、人が犠牲になることを嫌うから」

「じゃあ、何で君の両親は──」

 ルキアの後見を引き受けたんだ? 僕の脳裏にあの人の良さそうなヴェスタ卿の笑顔が蘇る。彼はパイオン卿よりも、狸だという事か……?

「うちの両親は──外面はいいのよ。何を考えてるか分からない! ルキア様の後見も駄目元でお願いしたらあっさり頷いて、スピカの侍女の件も、突然歓迎し出して……理由は私には教えてくれない! だから私は──怖いのです!」

 シュルマはそう言いきると、しゃくり上げた。

 女性を泣かせてしまったという罪悪感が今頃になって沸き上がる。僕は困り果てて、手元にある紙くずを開く。それはルキアの成長記録を書き損じたものだった。妙に感情的になりすぎて、恥ずかしくて、小さくちぎってゴミ箱に入れていたもの。しっかりと糊付されて復元されてしまっていた。

 僕がじっとメモを見つめていると、シュルマが涙を納めて囁くように言った。

「……そのお心のまま、スピカ様に接して下さればいいと思うのです。あなた方は……気持ちを伝える事があまりに下手で……。素直に伝え合えばいいのに、探り合う事に慣れてしまっている。そんな風ではいつまでも本物の夫婦になどなれませんわ」

 そうかもしれない。僕は……いつも怖がって、大事な事を聞けないし、言えない。伝わらない事を恐れて、伝えようとしていなかった。


「──皇子」

 透明な鈴のような声に扉を振り返る。扉からスピカが顔をのぞかせていた。そして僕らが話し込んでいるのを見て、軽く目を見開く。でも直後、とても綺麗に微笑んだ。

「終わったわ。待たせてごめんなさい」

 ──仮面のような笑顔だ。僕はそう思った。

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