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「結局こうなるのか」
「もう観念してください」
カナデとユーミルは、炭鉱車に乗って落盤したとの情報がある場所まで向かっていた。
国立ギルドのメンバーと一緒だ。
「隊長のバンス=トータスだ。急な依頼を受けてくれてありがとう。心より感謝を申し上げたい」
「一応、隊長のカナデ=クルシュマンだ。つっても俺たちは二人だけだぞ。大丈夫なのか」
カナデとバンスは、炭鉱車の上で握手を交わす。
「状況は、先行して国立ギルドの土木チームがいま落盤撤去作業を行っている。力づくで岩盤をえぐった後から魔物の危険性を考慮してな。まぁ念のため、緊急で戦闘チームの派遣要請が出たのさ」
「力づく……ですか」
ユーミルは天井を見上げる。
土魔術で完璧に洗練された天板に、魔物除けの魔鉱石ライトが散りばめられている。
通常、低レベルな魔物ならば、近づくことすらできないほど頑丈な作りになっている。
「想定できるのは、ロックワーム。それも大型のだな」
「そういうことだ。場所も手狭だ。できる限り少人数で、ハイレベルの人員が望ましい」
カナデは思案を巡らす。
最悪の事態に、最小限の労力で挑むため。
「ああ、そうだ。バンス、ダガ―ナイフを貸してくれ」
「別に構わないが……。お前、まさか手ぶらで来たのか?」
「急だったからな」
「……すいません。うちの隊長が、だらしなくて本当すいません」
ユーミルは有事に備えて、当然だが自身が使うマジックアイテムや、詠唱に使用する杖は準備していた。
比べてカナデは、財布と嗜好品のみ。
ユーミルはチームメンバーのせいで――それも自己責任による恥をかくという経験を、初めて味わった。
「よし。あとは」
そんなユーミルをよそに、カナデはダガーを受け取り、炭鉱車に積んであった魔鉱石に手を伸ばす。
「……カナデさん、なにをしているんです?」
「有事の際の、下準備だよ」
カナデは、ダガーの柄を使い魔鉱石を砕く。
手のひらサイズになったそれに、なにやら文字を刻んでいるようだ。
カナデが文字を刻み終える頃。
炭鉱車も目的の場所に到着した。
「バンス隊長! お疲れ様です。来ていただいて、ありがとうございます」
「気にするな。仕事だ」
先行していた土木チームとの合流を果たし、バンス率いる部隊と、カナデ、ユーミルは周辺警戒へと当たる。
落下した岩盤の撤去作業が順調に進んでいた中。
「カナデさん! 起きてください! し、信じられませんこの男! 仕事中になに堂々と寝ているんですか!?」
壁にもたれ掛り、腕組をしたままカナデは寝ていた。
先刻から動く気配のないカナデに気付いたユーミルは押し倒す勢いでカナデを揺さぶった。
「ん、ああ。おはよう。……終わった?」
「こ、この、この男は」
ユーミルの顔は真っ赤だった。
社会人失格を前に、怒りを露わにする。
遠巻きで、バンスたちもそのやりとりを見ていた。
……かわいそうに。
ユーミルに対する同情しかなかった。
「よーくわかりましたッ! あなたが左遷された理由! なにが優秀すぎるからですか! ただ単にサボり癖が抜けないからじゃないですか!」
「ほほう。よくぞ見破ったな」
「やかましいですよ!」
けたけたとユーミルをあざ笑うカナデ。
真面目な反応が新鮮で、からかうのが楽しくなってきたのである。
「このギルドカード詐欺! 張りぼて! ダメ人間!」
「はっはっは。なんとでも言えー」
およそ隊長と部下とは思えないやり取りを前に。
そいつはやってきた。
「ぜ、前方より魔物探知に反応あり! 大きいです!」
「きたかッ! 総員戦闘準備に移れッ!!」
――おお!
バンスの掛け声と共に、国立ギルドメンバーは統制の取れた動きを見せる。
「……私たちはどうするんです。た、い、ちょ、う」
怒鳴りすぎて、涙目混じりのユーミルがカナデを見上げる。
「どの道お前は後衛職で、俺は中衛だ。ますは国立ギルド様のお手並みでも勉強させてもらおう」
「またそういう……」
この男には勤労意欲とか、使命感はないのか。
「やはりロックワーム……! し、しかしこれほどの大きさは」
バンスは驚愕する。
通常のロックワームは、成人男性と同じくらいの大きさだが。
目の前の大型種はそれを遥かにしのぐ。全長で言えば、十メイルはある天井にすら届かんばかりの大きさだ。
「ま、魔法。放てッ!!」
バンスの掛け声で、後衛部隊のメンバーが一斉に水魔法を唱える。
水圧でロックワームの体が押し出されるも、致命的なダメージには繋がっていない。
「くそ、やるしかない」
バンスは自身の武器――ロングソードを抜き、果敢に斬りかかるが、表皮が岩で覆われているロックワームには物理ダメージはほぼ入っていない様子だ。
「か、カナデさん! 私たちも援護を!」
苦戦する国立ギルドメンバーを見て、ユーミルは居ても立ってもいられなかった。
「いや、ユーミルはここで待機だ」
「まだそんな悠長なことをッ!」
カナデに食ってかかるユーミル。
ぽん、とユーミルの頭に手を置くカナデ。
落ち着け、と言わんばかりに。
「大丈夫だ」
そういうと、カナデは。
『この場に於いて宣言する』
――鉄は、岩より硬い。
カナデがそう唱えた瞬間。
カナデの足元から、ユーミルが今まで見たこともない魔術式が展開された。
術式はカナデの足元から円上に地面を駆け巡り、バンスの武器へ移った。
「な、なんですか今の!?」
「あとはこれで仕上げだ」
ポケットから、炭鉱車で作成した魔鉱石を取り出す。
それをカナデは、ロックワーム目掛けてぶん投げた!
『加速』『自動追尾』の術式を刻んだ魔鉱石は、ロックワームの表皮を軽々突き破り、今までで一番のダメージを負わせた。
「バンス!あとは頼む!」
カナデはそうバンスに向けて言い放つ。
呆気に取られていたバンスだったが、その言葉で我に返った。
突然表皮を砕かれたロックワームは、わけもわからずに怯んでいる。
「おおぉぉぉッ!!」
雄たけびを上げ、バンスは力いっぱいロングソードを振りぬく!
先ほどまで弾かれていた剣が、ロックワームの岩ごと斬り裂いた。斬ったハンス自身が驚くほど、ロックワームの表皮がウソみたいにもろく感じた。
真っ二つになったロックワームの頭を、バンスは油断せず切り崩し、止めを刺した。