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カナデとユーミルが食事を終えて汽車に戻ると、なにやら人だかりができていた。
商人らしき男たちが、駅員に詰め寄っているようだ。
「どうしたんですかね」
ユーミルが不安そうにカナデに聞いてくる。
「ただ事ではなさそうだな」
「私、ちょっと事情を聞いてきます」
どこか他人事のカナデを置いて、ユーミルは小走りで人だかりに混じっていった。
「す、すいません。どうかされましたか?」
「あぁ、お嬢さんもダグラス港行きの汽車かい?」
「はい」
「この先のトンネルで落盤事故が起きたそうでね。復旧がいつ終わるかわからないって言うんだ。まったく困るよ。明日までには荷物を関税に通さなくちゃいけないのに……」
商人らしき男は、心底困った様子でため息を吐く。
「誠に申し訳ございません。今、上の者が国立ギルドへ依頼を出したところです。今晩中には安全確認も含めて出発できる支度を整えますので……」
「ほーら散った散った。そーいうことなら俺たちが今ここで騒いでも、余計に彼の仕事が遅れるだけだ」
「カナデさん」
いつの間にか、ユーミルの後ろにカナデが立っていた。
カナデの言葉に商人たちは肩を落として落胆する。
彼らも分かっている。今彼に八つ当たりをしたところで、現状はどうにもならない。
「しゅ、出発は明日の始発には必ず! 皆様には誠にご迷惑をお掛けいたします」
その言葉で駅員に詰め寄っていた人だかりは、ぽつぽつと解消された。
幸い、ギルスタントは宿も多い。明日の朝まで、という言葉に渋々納得せざる負えなかった。
「ほらユーミル、俺たちも行くぞ」
「え、あ、はい。……あの」
ユーミルは、汽車の先にある、落盤があったと言われたトンネルを見た。
「駄目だ。却下だ」
「ま、まだ何も言ってません!」
カナデ、ユーミルは『黄金の林檎』所属のギルドメンバー。
こういった交通機関での事故対応の依頼も、少なからず経験がある。
だが、それゆえに。
「会社を通さずに依頼なんて受けれるわけないだろ」
「それは……そう、ですよね」
「さっき駅員の彼も、国立ギルドに依頼をしたと言っていたし。ここは彼らに任せればいい」
「……はい」
国立ギルドは、大きな街には必ず支部を置いている。
民間ギルドより、こういったインフラ――帝国の行政に関わる依頼を中心に受けているのだ。
カナデの言うことは正しい。
「たしか、この街にもギルド支部があったはずだ。この状況なら、宿も経費で落ちるだろう」
ギルドカードがあれば、こういった時でもギルドの恩恵を受けることができる。
大手企業さまさまだ。
ユーミルは、まだ少し不満があるものの。カナデが言っていることには納得した。
――困っている人を助けたいからです!
納得はしたが、ふと。
自分がギルドの面接で言った言葉を思い出した。
◆
「カナデ=クルシュマン隊長と、ユーミル=アルニスさんですね。長旅、御苦労様です」
黄金の林檎、ギルスタント中央支部。
採掘産業が盛んなギルスタントは、人の集まりがいい。
依頼もそれだけ多く集まるため、下手な帝都支部よりも立派な建物、数多くのギルドメンバーがいた。
「すごい立派なところですね……。私がいた第八支部よりも大きい」
「ま、帝都は土地の物価も高いしな」
「カナデさんはここに来たことがあるんですか?」
「昔な。古代種ドラゴンの化石があったとかなんとかで、各ギルドがこぞってこの街に人員を派遣したんだよ」
ドラゴン自体、ハイレベルモンスターとして有名だ。その鱗一枚でも市場価格100万リラはくだらないとされている。
その中でも『古代種』は、学術的に存在していると確立されているだけで、未だにその存在を裏付ける物証は何一つ見つかっていない。
化石であろうが、発見・採取されればその価値は計り知れない。
「ありましたねー。あの時は流石に申請書類の山に殺されると思いました」
受付のお姉さんが、朗らかに恐ろしい単語を吐く。
「結局、ガセネタだったけどな」
「な、なるほどです」
――ガチャ
カナデたちの後ろから、扉が開く音が聞こえた。
「ナシュリーさん、こんばんわ」
「あら、ジーニスさん。こんばんわ」
受付のお姉さん――ナシュリーは突然の来訪者に慌てることなく、にこやかに挨拶を返した。
ジーニスと呼ばれた男は、カナデたちの存在に気付くとふかぶかと頭を下げた。
「突然失礼した。私は帝国ギルスタント支部営業部課長、ジーニスと申します」
「わ、私は黄金の林檎所属、ユーミル=アルニスです」
「同じく、カナデ=クルシュマンだ」
ジーニスに合わせて、ユーミルもふかぶかと頭を下げる。
カナデは、右手をへらへらさせて挨拶をした。
「ナシュリーさん。急ですまないが、黄金の林檎に依頼を申し込みたい」
「あらあら。本当に急ですね」
「す、すまない。君と私の中だと思って、失礼を承知でお願いしたい」
カナデは、この時点で嫌な予感がした。
「先ほど鉄道会社より落盤撤去の依頼を受けたんだが、どうやら自然落盤ではなく、魔物が絡んでいるようだ。落盤規模から考えると、大型クラスが絡んできているともわかった」
「なるほど。うちに依頼は、落盤撤去作業時の護衛・または魔物の討伐、ですか」
ナシュリーは腕を組み思案する。
大型ともなれば、Bクラス以上の部隊で望むのが好ましい。
現在、当直で残っているギルドメンバーは全員Dクラスだ。
通常のDクラス部隊平均レベルは30前後。これでは二次災害の可能性が高まるだけだ。
ちらっと。
ナシュリーはカナデを見る。
先ほど、カナデのギルドカードを見て驚愕したばかりだ。
レベルだけで言えば、値千金、一騎当千の猛者と捉えてもなんら不思議はない。
カナデは、それが分かっていたかのようにナシュリーの方向は一切見ない。
いやだ。やだ。絶対いやだ。
「カナデ=クルシュマン隊長?」
そんなカナデの心境を見透かすかのごとく。
ナシュリーはカナデにプレッシャーをかける。
カナデは、わざとらしく咳払いをした。
「な、ナシュリーさん。宿の手配は、まだかね」
そう言いながら、後ずさりをするカナデ。
がし。
と腰の服を力強く握られた。
「カナデさん?」
ユーミルだった。
ここまでくると、ユーミルも流れは察知した。
先ほどは、『会社を通さずに依頼は受けられない』とユーミルを納得させたが。
それももう通用しない。
ちくしょう!
「ユーミル」
「はい」
「俺はな。働きたくない」
「出会ってから今までで! 一番まっすぐな瞳でそんなこと言わないでください!」
しかし。
カナデも分かっていた。
「そんなカナデ=クルシュマン隊長には」
ナシュリーが手元の書類を猛スピードで書き上げる。
よせ。やめろ。やめるんだ!
「はい。『正式』なギルドからの依頼書です。報告書が上がるまで、隊長への給与は支払いがストップしますから、がんばってください」
悪魔のような頬笑みだった。