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「わ、私のはもういいですよね! カナデさんのも見せて下さい!」
ばっとカナデの手からギルドカードを取り上げるユーミル。
「俺のギルドカードね。ほい」
カナデは胸ポケットから無造作に取り出し、ユーミルに見せる。
ところどころインクかなにかの染みが付いているのが気にかかるが。
ユーミルはカナデからギルドカードを受け取り、凝視した。
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N:カナデ=クルシュマン
S:黄金の林檎
L:141
M:207
【才能】
:絶対宣言
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「ちょッ!」
ユーミルは、目を疑った。
ありえない。
このレベルは、通常であればA部隊長クラス。それどころか、本部勤務クラスだろう。
帝都支部統括のアイザック補佐長でさえ、レベルは公式プロフィールで150だったはずだ。
魔力適正値はユーミル自身より低いが、それでも平均ギルドレベルの中堅クラスだ。
「はっはっはっ。どうだまいったか」
無駄に偉そうにするカナデ。
「だ、第一支部に配属の人は、こんなスペックばかりなのですか……?」
ユーミルが所属していた第八支部の前線部隊長でも、70レベル程だった。
レベルは、個人のスペック・才能にも左右はされるが、10も開けば相当な実力差になる。
「いーや。レベルだけで言えば俺に敵う奴はいないな」
「なら、なんで」
なんで辺境へと左遷されているんだ、この人は。
ユーミルは心底疑問であった。
実際問題、カナデは入社当初からレベル100オーバーの超大型新人。
会社から寄せられる期待値は、他と比べて異常なまでに掛けられていた。
がしかし。この男。
学生時にアホ程の魔物狩レベリングと、古今東西の魔法・魔術研究を重ねたこの男は。
すべては『優秀な人材が集まる場所に入社』し『優秀な人間におんぶにだっこで楽する』ためであった。
カナデは、楽をするためにはどんな努力も労力もいとわない人間であった。
「ま、優秀過ぎるがゆえに……ってやつだな」
真面目なユーミルにこの事情を話したら、いよいよ部下との溝は深まるばかりと考えたカナデは、とりあえずテキトーなこと言って場を濁したのだった。
そうとも知らず、ユーミルは小さな体を震わして、やっぱり第一支部にいた人は格が違う!人は見た目じゃない!とカナデの印象が百八十度変貌していた。
少女の純粋な瞳は、カナデのような人間には眩しかった。
この子詐欺とかに引っ掛かりそうだなぁ。
◆
――次はギルスタント。次はギルスタント。
――なお、お客様へご連絡です。誠に恐れ入りますが、整備時間があります。
――停車時間は二時間となります。お急ぎの中、大変申し訳ございません。
日も暮れて、時刻は夜へと移っていった。
ここは、鉱山都市ギルスタント。
魔鉱石の出荷数は帝国でも五本の指に入るほど、採掘産業が盛んである。
また、ダグリス港から入国した共和国の商人が帝都に向かう道中で一番最初に訪れる街でもあるのだ。
「カナデさん! 見て下さい! 夜なのに、色んなところが明るいです!」
「はしゃぐな、はしゃぐな。ユーミル、とりあえず停車時間で飯でも食べに行くか」
「はい!」
ギルドカード見せてからというもの、ユーミルはカナデに対してころっと態度が良くなった。
明るく、少女相応の笑顔を見せている。
おそらく、今朝は上司としても、異性としてもいろいろ警戒されていたのだろう。
「よっしゃ。駅前の酒場だ! 行くぞ!」
「お、お酒ですか」
「ばか野郎! ギルスタントの酒場はな、帝都じゃまず食べられない魔鉱石を調味料に使った貴重な料理も多いんだ! ここに来たなら、絶対に食べたほうがいい!」
渋るユーミルに、ここぞとばかりに力説をするカナデ。
本命は、ギルスタントの地酒『魔物殺し』である。
「まぁ、そこまでカナデさんが言うのなら」
「よーし、今日は二人で部隊結成前祝いだ! いくぞー」
「な、なんか照れますね。二人で、だなんて」
照れているユーミルをよそに、カナデはうきうきで席を立ったのだった。
二人が向かった先は、ギルスタントでも一、二の売上を誇る酒場、フェアリーノックス。
採掘仕事終わりの屈強な男たちや、武器を腰に掛けたカナデたちと同業のものまで、大勢で賑わっていた。
カナデは慣れた様子で空いた席を確保し、おどおどしたユーミルを案内する。
「わ、私こういうところで食事するの初めてです」
「帝都にだって、似たようなところはあるだろう? チームメンバーとは行かなかったのか?」
「皆さん、私に気を使ってか、食事もファミリー層向けのところを選んでいただいてて……」
なるほど。
見た目も見た目だ。こういう場所に連れ出すのが気が引けたのだろう。
昨今は、やれ『飲みにケーション』だのでパワハラ・セクハラ扱いを受けるからな。
「じゃ、ユーミルは酒を飲んだこともないのか?」
「ないです。い、一応成人してますので、飲めることは飲めますが……」
なん、だと。
「今いくつだ。ユーミル」
「女性に年齢を聞くのは」
「いや、そーゆーのはいいから」
「……二十です」
見えん。
いや、まぁ高等部卒であれば、少なくとも十八だとは思っていたが。
「ってことは入社して二年目ってとこか」
「あ、いえ。私は魔法士官学校卒なので、今年卒業して新入社員です」
国立魔法士官学校は、五年間のカリキュラムである。
入学、卒業のハードルは他の高等学校とは比べ物にならないほど難しいが、卒業するだけで将来を約束されたと言われるほどの価値がある。
「お、てことは俺の後輩だな」
「はい。お噂はかねがね。実は会う前から知っていました」
にっこりと悪戯っぽく笑うユーミル。
場慣れしていない緊張からか、頬がうっすらと赤みを帯びていて、どこか色っぽく見えた。
いやいや。
見た目はちんちくりんだけどな?
俺が手を出したら、完全に犯罪コースだけどな?
「はい、お待ちどう。今日のおすすめ魔鉱石で熱を取った、マナたっぷりのビーフシチュー二人前と魔物殺しだよ。そっちのお譲ちゃんは水で良かった?」
「ああ、おばちゃん。ありがとう。大丈夫だ」
「美味しそうですね! 時間もありますし、さっそくいただきましょう」
よく考えたら、女の子と二人で食事なんていつ以来だろうか。
ここ最近は、帝都でも馴染みのある酒場で野郎どもとしか飲んでねーな。俺。
己の人生の花のなさに、少々のむなしさを抱きつつ。
カナデは久々の女の子(部下)との食事を楽しむことにした。