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「じゃ、勝負は明日からってことで」マスターは赤く染まりかけた陽射しを見る。「今日はもう休んだほうがいいわ」
「そうですね」レキは素直に頷いた。何しろ、この世界に来てからまともに休息をとっていないのだ。
「ほな、うちらも帰らな」うずらが立ち上がる。「委員長もあやめちゃんも待ってるやろしな」
「そういや、うずら達はどこに泊まってんの?」
「ふふーん、王都で一番高級なホテルだし! いいだろー? レキは入れてあげねーけどな!」
レキの問いに横から答えて勝ち誇るとまと。
経験上、こいつが調子に乗っている時はスルーしたほうが楽だ。レキはそう判断し、ウザさ満点の表情を無視した。
「ほら、修学旅行の時の運転手さんがおったやろ? ワゴン車のさ」うずらが補足する。「あのおっちゃんが王都まで車で送ってくれたんやけど、車を見た王様がびっくりしはってな? おっちゃんを『賢者様だ!』なんて言っておもてなししてくれたん」
「へえ…『鉄匣の賢者』って、自動車を運転するおっさんって意味か」
「そうなんよ」うずらがくすりと笑う。「最初はうちらもお城に招待されとったんやけど、なんか悪いし、委員長も女神様の言うことの通りに動きたそうやったから」
「委員長だからな」とまとが頷く。
「確かに、委員長はな」レキも頷いた。
「だから、今のうちらは……お城を抜けて、最高級ホテルに泊まってまーす! いぇい」
うずらがポーズ付きで勝ち誇る。
「しかも、王様の金で! うぇーい!」とまともポーズを合わせて勝ち誇る。
レキは正直ムカついたが、反応したら負けっぽいので冷静に流した。
……とまととうずらが、今日のクエスト結果を報告し終わった後。
「じゃあなー、付いてくんなよクソ野郎」とまとがギルドを後にする。
「うっせーよ誰が行くか」レキは、後ろ姿に向かって言い返す。
「ほな、うちも行くわな……っと、その前に」
うずらが、くるりとターンしてレキの前へ来た。緑の髪がふわりとなびく。
「これ、王様に貰ったお金のおすそ分け。とまとには内緒やに?」
耳元で囁きつつ、うずらはレキの手に金貨を数枚手渡す。
「うずら……!」レキは半泣きで感謝する。
王都までの道でゴブリンを何度となく倒してきたが、残るのは灰の山だけ。時々牙や骨が残っていることもあったが金を持っているゴブリンはいなかった。
「とまとの事は、こっちでうまくやるから」うずらははにかむ。「しばらく経って、もし一緒に冒険したなったら……その時はうちらのホテルに、おいな?」
おいな、とは『来てな』みたいな意味だったと思う。
「そうだな、うん。またな」
うずらに別れの挨拶をして、レキは金貨をアイテムボックスに収納した。
とにかく、今日は疲れた。早めに寝て、明日に備えよう。
そう考え、レキはカウンターで酒を呑んでいたマスターに声をかける。
「すみません、今晩寝る所がないんで、ここで泊まりたいんですが……いくらですか?」
マスターは酒瓶を置き、ぱちりとまばたきした。
「ん?ここは宿じゃないし、空いてる部屋なんてないわよ?」
「えっ」
レキは薄々理解し始めた。
――どうやら俺の異世界生活は、予定通りにはいかないものらしい。