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* * *
……話は、三日前に遡る!
「これで全部終わったかな?」
異世界の山中、少し開けた空き地、その片隅で、レキが呟く。
周囲には乱立する灰の小山。命を失ったゴブリンの成れの果てだ。
「おつかれー! 楽勝だったな! うちの弟より弱い!」
「ゴブリンの強さを自分の弟と比べる人、うち初めて見たわ」
なんて言いながら、レキの方へ、とまととうずらが駆け寄ってくる。
召喚されたのは、彼らを含む六人。
残りの三人は、怪我の治療やワゴン車の点検に勤しんでいた。サポート役のナビも、治療組に付き添っている。レキの見たところ、怪我といってもそれほどひどくはないようだった。
「こっちに来ていきなり戦闘だったからびっくりしたけど、ゴブリンって結構弱いな」
レキが二人に笑いかける。
「レキも武器を貰えなかった割には頑張ってたじゃん! 私より倒した数少ないけど」
「うん、ようやっとるやん。うちより倒した数少ないけど」
二人が息を合わせてレキをからかう。
「いいんだよ! 俺はスキルで戦えるんだから!」
レキはそう言返し、近くの石を『取得』した。手のひらの上で、石がふわりと浮遊している。
『取得』……近くにあると分かっている物を、自分の手に呼び出すスキル。
『発射』……手の上にある物を、好きな場所へ撃ち出すスキル。
ついでに言えば、『取得』には手に入れたものをある程度鑑定する効果も付属している。
周囲の石をゴブリンに放つことで、レキは無傷で魔物たちを倒していた。
「そういやさぁ」うずらがレキに向き直る。「レキくんのスキルって、どこまでの範囲の物を取得できるん?」
この言葉が追放への第一歩になると知らず、レキは答える。
「よし、試してみるか!」
「ほいよ!」とまとの投げる石を『取得』する……成功。
「これは?」うずらが木の後ろに隠した石を『取得』する……成功。
「これやってみ?」とまとの指定した大岩を『取得』する……失敗。
「うーん、これはできやんのかな?」うずらの持つ弓を『取得』する……失敗。
その後も、実験を何度か行う。
「大体わかってきたな」地面に書いていた結果を眺めながら、レキが総括した。
「手で持てないサイズの物、他人の物、遠すぎる物はアウトだ」
「なかなか便利そうやん」うずらが笑う。
「だろ?」レキも笑みを返す。
「なあ、もしかしてさ……」
突然、とまとが嫌な笑顔を浮かべた。
「レキのスキルって、自分のウンコも呼び出せるんじゃね?」
「さすがにうちも引くわ……」うずらはドン引き。
「とまとお前……そんな小学生男子でも馬鹿にしそうなこと……」
レキはそう言うと、とまとと同種の笑みを浮かべる。
「やろうぜ!」
「行くぜ!」レキが叫び、「よっしゃー!」と、とまとが応える。
うずらは既に興味を失い、ナビと遊んでいた。
「よし、『取得』!」レキは叫んだ。その瞬間、脳裏に様々な想いが浮かぶ。
(今更だけど、これでウンコを召喚してどうするんだろう)
(とまともバカなことを思いつくよな、実際バカだけど)
(とまとはどんな顔してるんだ……うわノリノリだよ)
「くっせ! マジで成功してんじゃん!」
……気が付くと、レキの掌の上には一本の茶色い塊が浮遊していた。それを眺めつつ、腹を抱えて爆笑するとまと。
「うわ……」
レキは、浮遊している物体を、できるだけ体から遠ざけようとする。
……その瞬間、脳内に物体の情報が流れ込んできた。
アイテムを自動で鑑定するのは、『取得』に備わる能力の一つだ。
問題は、そのアイテム名が『とまとのウンコ』だったこと。
(なんで!? いや……『取得』の時にとまとの事を考えちゃったからか!?)
混乱するレキ。
とまとは自分の物だと全く気づかずに、臭いや大きさをネタにしては一人で笑っている。
(ヤバい……なんとかその辺に発射しないと)
証拠隠滅を計ろうと、森の奥に狙いを定めるレキ。しかし木が邪魔で、とまとの視界からブツを消す射線が見つからない。
その必死な姿を見て、「ウンコ発射とかウケ過ぎて死ぬわ」と震えるとまと。
そこへ、ナビが楽しそうに飛んでくる。後ろで追いかけるのは、顔をしかめているうずら。
「うわ、ほんとにやったん……って、え」
うずらは弓術の他に、狐耳による『感知』と『鑑定』のスキルを所持している。
どちらのおかげか、この一瞬で状況を理解したうずら。
「そや、とまと。あっちで委員長が呼んどったで?」
うずらが咄嗟に注意をそらす。
「そう? じゃあ……」
とまとがよそ見した隙に、うずらがレキに目で合図する。
(今のうちに早く捨てとき)というメッセージが、うずらの目からレキに伝わってきた。
(ありがとう、この隙に森の奥へ捨ててくるよ!)レキは心の中で感謝し走り去ろうとする。
その時……ナビが無邪気に言った。
「スキルの練習っすか? それにしても、とまと様のウンコを『取得』するって何やってんすかもう」
笑っていたとまとの表情が変わる。レキの経験上、この顔のとまとは非情にマズい。
「……ろす」「待てとまと、誤解だ!」「殺す!」
次の瞬間、レキは木立の中へ吹き飛ばされた。激痛に呻くレキ。
広場からは、「とまと様のスキル『激情』の発動確認っす! 素手であそこまで吹き飛ばせるとは、今のはかなりの倍率っすよ!」というナビの声。
視界がぼやけるレキに聞こえてきたのは、「じゃあな、クソ野郎」とまとの声と、ワゴン車のエンジン音。
そして、レキの意識は途絶えた。
* * *
「その後、うちらはこの王都まで車で来て、そしたら王様に招待されてん」
うずらが話を終える。
「ナビはレキ様を起こして、安全な場所まで連れてきたっす」
胸を張るナビ。
「それで、どっちが悪いと思いますか?」レキはマスターに問いかけた。「とまとですよね?」
「いや、レキの方ですよね!?」とまとも声を張り上げる。
二人を見て、マスターはため息をついた。
「そうね、理由を聞いて浮かんだのは……くだらないの一言ね」
「「ええー!?」」同時に不満の声を響かせる、とまととレキ。
うずらはそれを、諦めたような笑顔で見守っていた。