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「冒険者になりたい? いいわ、面接してあげる。正直に自己紹介してみて?」
異世界のとある小国、賑わう王都。その一角にある、冒険者ギルドの集会所。酒場と言っても通じるようなカウンターの向こうで、ギルドマスターが問いかける。
「波切レキ。別世界出身。中学三年生。修学旅行で京都に行ったら何だかんだで女神様に召喚されて、ダンジョン攻略しろって言われたので来ました!」
カウンターの前に立つ少年――波切レキは正直に答えた。
「好きなものは、チョコと漫画とインターネット。特技は不眠不休で三日三晩歩きながらゴブリン退治することです。ギルドに来るまでの道でやってました。二度とやりたくはないですけど。以上!」
更に自己アピールを追加。
(よし!我ながら完璧な自己紹介だ!)レキは心の中でガッツポーズをする。
「はい不採用。お疲れ様でしたー。帰っていいよ」
ため息をつきながら、マスターが酒瓶を呷った。
「いやいやいや! ちょっと待って下さいよ! マジなんですって!」
レキの方を向いてすらいないマスター。彼はその肩を掴み、精一杯懇願する。
彼にとっては、三日ぶりにまともな食事にありつけるかの瀬戸際だ。
「やめなさい! 女の子の肩を触るな!」マスターがレキの手を振り払う。
「女の子……?」「文句あんの?」「……」
マスターは勢い良く、カウンターに片足を乗せる。
「いい? こっちも嘘つきの相手をしてるほど暇じゃないの。入会には魔法による審査があってね? 質問嘘をつくと、この水晶球が真っ赤に……」
「青いですよ?」
マスターの両目が丸くなる。
「真っ赤に……え? あれ? もしかして……本当なの?」
数分後。
マスターはレキの周りをぐるぐる回りながら、唸ったり頷いたりしていた。
「ふむふむ、確かに、この服もここらじゃ見ない造りだしねえ……臭いけど」
「俺の世界の学校の制服ですよ。三日間着替えてないだけのことはあるでしょ?」
少年は胸を張る。
「威張ることじゃないっすよそれ」
彼の頭上で飛んでいた、サポート天使のナビが苦笑する。
「えっ何これ浮いてる子猫? 子犬?」
マスターが驚く。ナビの姿は、レキからはずっと見えていた。しかし彼女からすれば、空飛ぶ小動物がいきなり現れたように見えたのだ。
「驚かせてすまないっす、マスター様。ナビは女神に派遣された、サポート役の天使っす。以後お見知りおきを。……って、普段一般人には認識できないんすけどね」
「あら、これはご丁寧に」「いえいえこちらこそ」二人がお辞儀しあう。
「……で、これがギルドカードね」マスターが無造作に、革紐のついた木製のカードを投げてよこす。
「あざっす。……で、ダンジョンってどこにあるんですか?」レキはカードを首にかけながら尋ねた。。
「ただのダンジョンじゃないっすよ? おそらく、この辺で一番デカいやつっす」ナビが補足した。
「あるわ。周辺に魔物を送り込んでいる、大規模ダンジョンが」マスターは椅子に座り、頬杖をつく。「でも、新人を一人で行かせるのは流石にねえ……。少年って、仲間はいないの?」
「ええと……」「その……」レキとナビの目が同時に泳ぐ。
「この世界に来た時はいたんですよ! 同じように召喚された、一緒に戦う仲間が! でもそいつらに……その中の恐ろしい暴力女に、ちょっとしたことで追放されてしまって。それで山奥から歩いてここまで……うう……」
マスターが水晶球をちらりと見るが、青く光るままだ。
彼は嘘をついてないから、当然だろう。少なくとも、本人にとっては真実だ。
「ふぅん……なら、ちょうど良かったわ」マスターが、嬉しそうに両手を合わせる。
「実は三日前、うちのギルドにすごいルーキーが来てね……。小規模ダンジョンを、もう二箇所も攻略した新星なの!」
「すごそうですね」相槌を打つレキ。
「お城に訪れている『鉄匣の賢者』様って知ってる?その人と一緒に来た子たち! その子達、道中で仲間の一人に裏切られたらしくて……あの調子ならもうすぐ許可が降りるだろうから、その子たちと組むのはどうかしら?」
「それは知らないですけど……その冒険者って、どんな人なんですか?」
「良い質問ね、少年。もうすぐクエストの報告に帰ってくると思うから、ちょっと待てば……って、ちょうど来たみたいね」
マスターの言葉が言い終わらないうちに、ギルドの扉が勢い良く開く。
「ただいま、マスター! 今日もゴブリンの巣を潰して来たイェー……イ……」
冒険者が扉を蹴り開けた姿勢のまま、レキを見て固まる。
レキの方も、冒険者の顔を見たまま言葉を失っていた。
「あ、この子がさっき言ってた新人チームの子、とまとちゃんね」マスターが嬉しそうに言う。「とまとちゃん、この子はレキくんって言うんだって、追加メンバーにどう?」
「……とまと」
レキは目の前の少女に向かって、言葉を絞り出す。
「レキ……」
とまともまた、やっとのことでレキの名を呼ぶ。
(三日前に来たルーキー……なるほどな。むしろ、この可能性を考えなかった俺が悪い)
レキは自戒した。そう……目の前の赤髪少女こそ、彼を追放した張本人だ。
嵐の前のような沈黙。そして……。
「とまと、お前ぇ! よくもあんな山奥で追放しやがって! ここまで来るのに大変だったんだぞ!? ゴブリンも狼も出るし崖から落ちたし!」
「はぁあ!? そっちがクソみたいな事するからだろクソ野郎! むしろ生かして追放しただけ感謝して欲しいんだけど?」
「あんなのスキルの暴発事故じゃねーか!」
「レキの言うことなんか信じられるか! 偶然あんなことになるならお前の存在が変態だろ!」
「あ、あれ……?」困ったようにレキととまとの口論を見るマスター。
「やれやれ……こんなことだろうと思ったっすよ」二人の頭上で、ナビがため息をつく。
追放された少年と、追放した少女。
この再会が、二人の運命を変える……かもしれない。