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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第六章】キャタリスト
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〔2〕-2

 この状況に乗じて〈ウオッチャー〉であるアレクセイは〈エクスペリメンター〉のエージェントを特定し、何か情報を得ようとしているに違いない。そのために遼が〈エクスペリメンター=敵〉と認識していることを尊重し、協力を仰ぐ方が都合いいと判断したようだ。

「わかりました。アリョーシャは合同強化合宿中の優樹のプライベートを警戒して、僕から情報が欲しいのでしょう? 全面的に信用したわけではありませんが、協力しますよ」

「んっ、その通りです。とても助かります。館山校に派遣したリュシーでは、性別の違いで近付けない場所も多いですからね」

「確かもう一人、男子学生も交換留学生で入校していたはずでは?」

「あーそうなんですが……彼、オスカー・ナイセルは少し攻撃的な所があって、ユーキの側に置くのは適切ではないと判断したのです」

 アレクセイは、困ったように溜息を吐いた。

 オスカーが、館山校の武道館で部活動中の部員と揉め事になり、場を納めようとしたアキラ先輩が怪我をしたことは優樹のメールで知っていた。いまは横浜校の学生寮にいるらしいが、姿を見たことはない。

 赤レンガ倉庫で一度だけ見た印象は、確かに優樹と相性が悪そうな雰囲気だった。何かしらの衝動を抑え込んだ、触れがたい緊張感を纏っていたからだ。

 それはどこか、時に優樹が纏う空気と似ていた。

「オスカーは、館山で行われる二校合同強化合宿に参加しないんですか?」

 遼の問いに、アレクセイが微笑んだ。

「もちろん、参加させません。彼はユーキの友人に怪我を負わせましたから、しばらく行動を制限しています。ユーキのbodyguard(警護)は私が務めますので安心してください」

 どうやらアレクセイも、接触は強化合宿中にあると確信しているようだ。

「心強い……と、言いたいところですが、貴方は篠宮理事長を守ることが出来なかった。本当に、優樹とその周りにいる友人や僕を守ることが出来るのですか?」

 するとアレクセイは顔色を変え、左手に持ったコーヒーカップをソーサーに戻した。

「sorry(申し訳ない)……あの時、私はレディ・シュラを守るのが精一杯でした」

 その様子に遼は、ようやく思い出した。救助活動中、アレクセイの真っ白なシャツの右半分が血で朱に染まっていたことを。朱雀像の羽は、朱羅をも危険に晒していたのだ。

「しかしユーキに、bodyguardが必要かどうかは判断に迷うところですね。リュシーやオスカーから、彼は身体能力が高く戦い方も心得ていると聞きました。何か特別な訓練を受けてきたのですか?」

 怪我に気付いた遼が体裁悪そうに黙り込んでしまったので、気まずい空気を変えようとアレクセイは話題を優樹に移した。

「子供の頃から優樹は身体能力が高かったので、まわりの大人や学校の先生に勧められてサッカーやバスケ、野球、他にも様々なスポーツチームに入会したんですけど……チームプレイで目立つと面倒事が多く出てくるようになって、結局、学校の部活動で個人競技の剣道だけをやるようになったんです。他には、世話焼きの先輩が、無茶しがちな優樹を心配して少し合気道を教えています」

 遼も今日初めて知ったが、幼い頃に優樹と母親が岬の先にある叢雲神社境内から海に落ちたのは〈エクスペリメンター〉に追われたからだった。その事件の後、母親は意識の戻らないまま入院中であり、中学に上がる前に父親は病気で亡くなっている。

 スポーツは、上に行こうとすれば金銭的にも時間的にも負担が掛かる。

 優樹は、ペンションを経営しながら両親に代わり自分の世話してくれる田村に、迷惑をかけたくなかったのだろう。

「んー、ユーキが無茶をするのは、いつも他人のためですね。リョウは、彼の行動が彼自身を傷付けないか心配で、我々に協力するのですか?」

「それもありますけれど……」

「他に理由が?」

 スポーツに限らず、優樹は自分のために生きる意欲がないように感じることがあった。己の生を達観し、誰かを助けることで存在意義を確認するような生き方。

〈秋月湖〉で、自らの死さえ厭わない行動に出た理由。

「約束したんです……彼が、彼でなくなることを僕が許さないと。優樹は、理不尽と戦い乗り越える力を持っている。だから彼には、自分を信じて自分らしく生きてほしいだけです」

「ほぅ、リョウはユーキをrespect(敬愛)しているのですね」

「友人の、力になりたいだけですよ」

 遼の訂正に、アレクセイが笑った。

「羨ましいですね。思いやり尊重できる、利害関係の一切無い相手がいるのは。私には、縁がないものです」

 その笑顔が、少し寂しそうに見えたのは気のせいか? 

 いや、アレクセイの心象風景が遼には見えた。

 学園で再会したときにも見た、どこまでも広がる乾ききった砂漠。アレクセイとは髪色も瞳の色も違う、幼い少年の姿。

「アリョーシャには、誰もいないのですか?」

 思わず出た言葉に、アレクセイの笑みが凍った。

「うん? 何か見えたのですね?」

「あ、いえ、えっと……ただ、そう思っただけです。気を悪くしたなら謝ります」

 不用意な発言だった。当然、アレクセイは遼の能力を知っている。不躾にプライベートを探られるのは、誰でも嫌に違いないのだ。

「no!(いいえ)、謝るのは私の方です。疲れているところリョウが私に付き合ってくれたのは、お互いをよく知るためなのに私ばかり質問していました。そうですね、私が話せる事といえば……」

 狼狽える遼にアレクセイは、再び優しい笑顔を向ける。

「to tell the truth (真実を言うならば)、私は〈キャタリスト〉の存在を疎んじているのですよ。彼等など存在しなければいい。しかし、現実には古の時代から多くが確認されている……ならば監視が必要でしょう? 私には母親の違う弟がいましたが、ある〈キャタリスト〉の能力が暴走し弟の母親を死なせてしまい、〈キャタリスト〉を憎んだ弟は〈エクスペリメンター〉となりました。そして私は、ここにいます」

 衝撃の告白だった。

 信用を得るためか、それとも遼に、何かを伝えようとしているのか……。

 心象風景に現れた幼い少年は、話に出た弟なのだろうか? 

 敵対する組織に属す弟に対し、アレクセイは何を想うのか。

「そぅ……自らの身上や弱みを開かすのは、相手の信頼を得るために有効な手段です。少しは、私を信用してくれましたか?」

「……っ」

 見事な人心掌握術だ。

 迂闊にプライベートに踏み込み、後ろめたさを感じている遼に追い打ちをかける傷ましい過去。アレクセイは真実を語っている。

「少なくとも、貴方たちが目的のために優樹を危険に晒さないという約束は、信用しますよ」

「うん……推測ではありますが、ユーキを強力にguard(守る)することで接触が失敗に終われば今後、彼等が現れる可能性は低くなるでしょう」

 協力関係を確信し、席を立ったアレクセイの背に遼は問う。

「本当は、解っているのでしょう? 誰が、〈エクスペリメンター〉のエージェントなのか?」

 振り返ったアレクセイは肩を竦め、意外そうな表情で遼を見た。

「おぅ……言うまでも無いでしょう? リョウの考えは正しいです」

 あぁ、やはりそうか。

「キョーイチロー・ヤガミ。彼は敵です」

 そう告げたアレクセイの表情は、どこか楽しそうだった。

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