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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第六章】キャタリスト
25/27

〔2〕-1

 叢雲学園横浜校・本棟五階にある理事長室の窓から差し込む日差しが色濃い緋色に染まる頃。

「本日は、リョウに我々の立場とユーキが置かれている状況を納得してもらえたなら良しとして、今後の対策についてはまた日を改め相談しましょう」

 疲労の色が濃い朱羅を気遣ったアレクセイの言葉で、この日の話し合いは解散となった。

 愛用の腕時計で確認した時刻は十八時を少し回ったところだ。急いで寮に戻れば食堂のラストオーダに間に合うだろう。

 横浜校の学生寮は学園敷地に隣接しており、本棟からは徒歩で十数分の場所にある。寮母が管理する下宿風の館山校学生寮とは違い、朝食と夕食が用意される食堂とスポーツ科生徒のためのトレーニングルーム、特進科生徒のための設備が充実した学習室、来客用ゲストルームを備えた三階建ての近代的なマンションだ。

 食堂は事前に連絡しておけば二十一時まで利用可能だが、通常ラストオーダーは十九時三〇分までである。遼は人影まばらになった食堂に駆け込み、温かいカツカレーをのせたトレーをテーブルに置いて椅子に腰を下ろした。しかし、まだ張り詰めていた気持ちが緩まないのだろう、食欲はわかなかった。

 アレクセイは「敵の先手を打ち、ユーキを保護するためアメリカに連れて行く」と提案してきた。

 優樹は本当に〈エクスペリメンター〉に狙われているのだろうか?

 もしそうなら、いつ、どこで、誰が接触してくるのか?

 あるいは既に?

 九月に入れば叢雲学園特進コース・合同強化合宿が始まる。そして館山校の参加メンバーには、篠宮優樹の名があった。

 全ての事情を話しても、優樹が大人しく従うことは無いだろう……。

「うん、以前レディ・シュラも学食のカレーが美味しいと言っていましたがワタシには少々、口に合わないようデス。隣、いいですか? リョウ?」

 小さな溜め息と共に顔を上げると、コーヒーとクラブサンドがのったトレーを手に、アレクセイが和やかに微笑んでいる。遼は返事の代わりに隣の椅子を、やや横柄に引いた。

「オゥ……ワタシの素性を知って、嫌われましたか? 気を悪くしないでください。ワタシはいま、合宿準備のため学生寮のゲストルームに泊まっているのですが、まだcanteen(学食)が利用出来る時間だったので夕食をオーダーに来たのですよ。部屋に持ち帰ろうとしたらリョウを見つけたので、一緒にと思いましてね」

「嫌ってはいませんよ。ただ、偶然を装う回りくどいやり方に辟易しているだけです。横浜の一件も、計画的だったんですね?」

 アレクセイは肩をすくめて笑うと、遼の隣に腰を下ろす。

「横浜赤レンガ倉庫の一件は、予定外の出来事でした。リュシーとオスカーには、なるべく穏便な方法で学園に馴染んでもらうつもりだったのです。ところが随分とSensational(刺激的)な出会いになり、警戒心を抱かれたら困るところでしたが……結果として、親密になる切っ掛けがつくれました」

 親しみを込めた笑顔を浮かべ目の前にいる人物は、リュシーとオスカー同様、軍卒並の強靱な肉体と精神力を備えているに違いない。遼の背を、嫌悪感に似た悪寒が走る。

「交換留学生としてリュシーとオスカーが館山校に来たのは、優樹を守るためですか?」

「う~ん、正確には〈エクスペリメンター〉からの接触を警戒して……ですね。彼等が標的とする人物に接触してからの行動は、概ね四通り。一つ、親密な友好関係を築き説得〈洗脳〉して仲間に引き入れる。二つ、強引な手段〈脅迫〉を持って強制的に連行する。三つ、組織に必要ないと判断され危険性がない場合は放置。そして四つめ、反意を抱き危険性があると判断された場合は……」

 右手の指を一本ずつ立てながら説明していたアレクセイは、四本目の指を立てる代わりに人差し指一本を口元に当てた。

 口封じ……死。

「困ったことに、ユーキの場合は見逃してもらう可能性が低そうです。〈秋月湖〉の怪異は目撃者も多く、自然現象と言い切るには不審点が多かったので」

 確かに〈秋月湖〉の件で優樹は、自分の中に潜む衝動を恐れながらも、悪意に囚われ破滅寸前の女性を救うことが出来た。だが、一部始終を知っているような口ぶりに疑問がわく。

「……アリョーシャ、貴方は〈秋月湖〉の事件をよく御存知のようですね。〈エクスペリメンター〉の動きを警戒して優樹を保護しに来たと言いましたが、本当は相手が動き出す前から優樹を監視していたのでは?」

 遼は、まだ全面的にアレクセイを信じてはいなかった。

 当然だ。いきなり聞いたことも無い組織の名と目的を告げられて、「はい、解りました」と納得出来るわけが無い。

 誰が味方で誰が敵か、確信を持って見極める必要がある。そのためには相手を知る必要があった。

「あぁ、詳しくは言えませんが我々と同じ考えを持つ組織は、実はとても古くからあるのですよ。そのため世界中のあらゆるコミュニティに多くの情報提供者がいて、我々は彼等から得た情報を些細なものでも精査し状況に応じ見守っています。そしてそれは、〈エクスペリメンター〉も同じですね。十三年前、レディ・シュラの件で我々はOne Step(一歩)後れをとり、結果、ユーキと母君を守ることが出来ませんでした……。ですが、その後は亡くなった篠宮剛史郎氏の協力を得て、ユーキの周囲を特に警戒していたのですよ。ただ、これはレディ・シュラにはナイショです」

 コーヒーを口に運びながらアレクセイは、悪戯っぽくウインクした。

 真意はわからないが、どうやらアレクセイも遼のことを知りたいようだ。

 冷めかけのカレーを口に運びながら、改めてアレクセイを観察する。

 遼は幼い頃から、人や物や場所に強く結び付いた残留思念を感じ取る力があった。それらは主に激しさを伴う感情と紐付いており、自身に影響を与えることも多々あった。両親には理解されるどころか、離婚の原因にまでなってしまったのだ。

 辛く苦しい幼少時代……それを救ってくれたのが優樹だった。

 いま、隣に座っているアレクセイから悪意は感じない。むしろ優しさと、おぼろ気な寂しさの影を纏っているように見える……。

 食事を終えるタイミングでアレクセイが、遼の前にコーヒーを置いた。

「うん、ラストオーダー前にコーヒーを頼んでおきました。このホールは二十四時間開放しているので、ゆっくり話せますね?」

 緊張から解放されるまで、まだ時間が掛かりそうだと覚悟した遼は、食器を下げてからアレクセイの斜め向かいに座り直した。

「ところでリョウは、ユーキと長く友人関係にありますね。そして深い信頼関係にあり、尚かつユーキの特異性をControl(制御)することも出来る。これは我々にとって、想定外のことでした」

「そこまで詳細な情報を持っているなら当然、僕の特異性も把握しているのでしょう? 監視対象には、ならなかったんですか?」

 アレクセイは小首を傾げ、少し考え込んだ。

「脅威では無い、と思っていたのですが……事情が変わったかもしれません。この先、ユーキの選択肢にリョウは大きく影響するでしょう。だからこそ、我々はリョウの信頼を得る必要があります」

「僕を利用しても、優樹は思い通りになどなりませんよ? 貴方たちが、先ほど説明してくれた〈エクスペリメンター〉のやり方と同様の手段を取るつもりなら、彼が容認できない行動は止めておいた方が良いかもしれません」

「オゥ、牽制されてしまいました。何度も言いますが我々の目的は、敵が強硬手段に出た場合、いかにユーキと関係が近い人達を守るかです。そのためにリョウの協力が必要なのです。懸念されるような企みなど、何もありません」

 どちらかと言えば、牽制されているのは遼の方だった。

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