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私立叢雲学園怪奇事件簿【第三部 朱雀編】  作者: 来栖らいか
【第四章】朱雀の血
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〔2〕-1

 叢雲学園の代表理事長である篠宮剛志朗しのみや ごうしろうの孫娘であり、六名の常任理事の一人。そして幼い頃、強制的に本家に引き取られ、本来の家族とは生活を別にしてきた優樹の実姉。

 朱羅を目の前にした遼は、自分を取り巻く空気が変わった事に気が付いた。冷たいザラザラとした氷の粒が、背中を伝い降りていくような感覚。

 これは、八神の感情だろうか? 真顔になった『笑わない生徒会長』からは、何も読み取る事は出来ない。

「そちらこそ、珍しいですね。お忙しい朱羅さんが、除幕式前にオブジェを見に来られるなんて」

「今日は午後から定例理事会だったのよ。業務報告と来年度の生徒募集要項最終確認、データは送っておいたから生徒会でも確認お願いね。これから、お爺さま……理事会長と一緒に朱雀祭実行委員と除幕式の打ち合わせなんだけど、半年前は私が学園の生徒会長だったのよ? 今年の学園祭の象徴が気になるのは当然だわ」

 二人の会話は、第三者から見れば親しい者同士の会話に見えただろう。しかし遼には、親しみというより対立しているように見えた。

 先ほど聞いた八神の話では朱羅が生徒会長の時期、一緒に活動していたようだが確執の生じる出来事でもあったのか……?

 二人の関係性はともかく、いまは朱羅に接触する好機を逃すわけにはいかなかった。八神が不自然に思わないように、優樹の話を切り出さなくてはならない。

「朱羅さんは確か、昨年の青龍祭に来てくださいましたよね? その時に青龍のオブジェを見てもらいましたが、確かに横浜校の朱雀に比べたら見劣りします」

 遼の言葉に、朱羅は困惑したように微笑んだ。

「あの時は『目障り』だなんて言って、ごめんなさい。生徒会長として館山校には対抗意識を持っていて……何も知らなかった自分が恥ずかしいわ。でも今は、この朱雀校よりも青龍校を大切に思っているの」

「えっ、どうしてですか?」

 遼が問い返すと、朱羅が答えるより先に八神が口を開いた。

「それは多分、横浜校創設者である篠宮星華に関係があるのでは?」

 すると朱羅は、少し考え込むように眉根を寄せる。

「そうね、それもあるけど……」

 篠宮星華……数分前に八神から聞いた、横浜校創設者の名だ。

「朱羅さんの考え方を変えた篠宮星華という人は、どんな方だったんですか?」

 ようやく朱羅と接点を持つことが出来たのだ、この期を逃すまいと遼は問い掛けた。しかし朱羅は遼から視線を逃し、八神に向ける。

 意を解した八神は朱羅から遼へ向き直った。

「あぁ、申し訳ありませんでした。朱羅さんは立場上、説明しにくい事件でしたね。横浜校創立から二年後、篠宮星華は怪しげな新興宗教に嵌まって当時の婚約者を裏切り、その新興宗教の教祖と海外に駆け落ちしてしまったんです」

「駆け落ち?!」

 意想外の理由に困惑する遼を見て、朱羅が微笑んだ。

「両校の創立と星華さまには、少し入り組んだ問題があったのよ。いずれ優樹と秋本くんにも話しておきたいと思っているんだけど……」

「では今夜、秋本遼くんを夕食に招待してはどうかね?」

 突然、背後から低く落ち着いた声で名を呼ばれ、驚いて振り向いた遼の前に背の高い初老の男性が立っていた。

 年齢は七十歳くらいだろうか。深みのあるネイビー生地に控えめなストライプ柄の代表的ブリティッシュ・スーツに身を包んだ優しい面差しの男性は、優雅な動きで遼の前に立ち笑顔を向けた。

「初めまして秋本くん、君のことは朱羅から聞いています。会えて嬉しいですよ。私は篠宮剛志朗、優樹の祖父です」

 柔らかで礼儀正しい挨拶と共に差し出された右手を、遠慮がちに握り返す。熱く感じるのは自分が緊張しているからだろうか?

 気を落ち着かせるため深く息を吸い、遼は真っ直ぐに剛志朗を見つめた。

「こちらこそ初めまして、秋本遼です。僕も、お目にかかれて嬉しいです」

「あっはっはっは! 私は優樹に良く思われていないから、夕食になど誘ったら秋本くんを困らせてしまうかな? 無理にとは言わないが、よければ優樹の話を色々聞かせて欲しい。優樹が私を嫌っていても、私は彼をとても大切に思っているのです」

 剛志朗の快活な笑い声で、遼の緊張は一気に解れる。優樹から聞いていた強面で融通が利かない独裁者のイメージからは掛け離れた、威風堂々たる実業家だ。

「お爺さま……いえ、理事長。秋本くんの予定も聞かず、いきなり本日の夕食に誘うなど失礼ですよ? 秋本くんは理事長の私的なゲストでは無く、この学園のサマーセミナーで学ぶために来ているのですから」

 諭すように進み出た朱羅に遼は、ふと違和感を感じた。

 そもそも朱羅は、遼を剛志朗と会わせるため横浜校のサマーセミナーに誘ったはずである。だが、いまの態度と言動はまるで会見の機会を先に延ばそうとしているようだ。

「お誘い、ありがとうございます。今日は夜の講義がないので、御迷惑でなければ喜んで御一緒させていただきます」

 懸念を抱きながらも遼が誘いを受けると、意外にも朱羅は笑顔で頷いた。

「そう、それは良かったわ。十八時に男子寮まで迎えの車を送るわね。もし良ければ、八神くんも一緒にどうかしら?」

 朱羅が八神を誘いながら剛志朗を伺う。

「うむ、きみが現生徒会長の八神享一郞くんですね? 学園は朱羅に任せていたので直接会うのは初めてになりますが、この機会にぜひ生徒の立場から学園のことを聞かせて欲しい」

 剛志朗に差し出された右手をしっかりと握り、八神は微笑んだ。

「理事長にお誘いいただくとは光栄です。しかし申し訳ありません、今日中に終わらせないといけない生徒会の仕事があるので残念ですがまた、別の機会に御一緒させていただければと思います」

「それは残念です。では近いうちに、次の機会を設けましょう」

 八神が断りを入れたとき、少しだけ朱羅の表情が動いたのを遼は見逃さなかった。

 やはり朱羅は、第三者を挟むことで剛志朗が遼に立ち入った話をすることを避けたかったのでは無いだろうか?

 剛志朗の言葉は、遼と会談する場に八神がいても問題ないという考えだった。

 ということは、優樹のことについて剛志朗から遼に話があると言った朱羅の言葉は嘘?

 朱羅はなぜ、嘘をついてまで遼を横浜校に誘う必要があったのだろう?

 明らかに優樹との接触を謀ってきた交換留学生。そのタイミングで遼を引き離す理由があるとしたら……?

 今夜の食事会で、朱羅の真意を聞き出すことが出来るだろうか?

 軽く会釈をして立ち去った剛志朗の背を見送った朱羅は、再び遼に向き直った。

「ところで秋本くん、何か苦手な食材があったら教えてくださる? 洋食と和食、どちらがお好き? おもてなしするために是非、聞いておきたいのだけれど」

 意想外な質問に思考を遮られ一瞬、遼は狼狽えた。

「あっ、えっと……特に無いと、お答えしたいんですけど実はジビエ系の肉が苦手なんです。それと、にょろにょろした魚……ウナギとか穴子とかもちょっと。洋食か和食がリクエストできるのでしたら和食でお願いします。実は昼食にカツカレーを食べたので……」

「あら、カツカレー?」

 ふっと、朱羅の目元が緩んだ。

「学食のカレーは美味しいわよね、私も好きよ? じゃあ、夕食は和懐石を用意しましょう。にょろにょろ抜きでね? それでは今夜を楽しみにしているわ」

 悪戯っぽい笑みを付け足し朱羅が別れると、遼は小さく溜息をついた。

「雨宮くんも僕がカツカレー食べてたら意外そうな顔したけど、僕からしたら朱羅さんとカレーの組み合わせの方が予想外だな」

 遼の呟きに八神が真面目な顔で答える。

「朱羅さんが我が校の生徒会長だったとき、行事関連で忙しいと学食のデリバリを頼んだんだ。その時、チキンカレーを食べているのを見たな。生徒会室にカレーの匂いが残って後悔してた」

「そうなんだ……」

 納得して遼が素直に頷くと、八神が笑った。『笑わない生徒会長』は以外とよく笑う。

「きみは結構、面白い人だね。親友のお姉さんとはいえ、あのように朱羅さんと話せる生徒は僕を含め横浜校にいない」

「うん、僕も以前は猜疑心や不安感から言いたいことが言えなかったり、斜に構えた返事をすることが多かったんだ。だけど相手が誰であろうと、どんな問題であろうと真正面から向き合って真剣になれる友人のおかげで少し変わることが出来たと思う」

「篠宮優樹くんのことだね? 信頼できる親友がいて……羨ましいよ」

 八神の言葉と共に一瞬、遼を冷たい空気が取り巻いた。

 初めて会ったときから、優樹の話が出ると空気が変わるのだ。表には出さないが、八神は優樹に何かしらの感情を抱いている。

 しかしそれは、好意と異なる感情に思われた。

 優樹のために横浜校剣道部の成績が館山校に負けて面白くないだけなのか、それとも他に理由があるのか? 

 優樹の話題を出せば、『見えないものを感じる』遼の力で何か解るかもしれない。

「親友と言うより優樹は、もっと大きな存在だと思っているんだ」

「大きな存在?」

 遼を取り巻く空気が少し、優しくなった。

「優樹は一緒にいると、どこまでも続く青空の下で雄大な大海原を眺めている気分になる。だけど孤独感は全くなくて、穏やかで暖かい。誰に対してもそんな安心感を与えてくれる存在だと思ってるよ」

「ずいぶんと大袈裟な人物像だな。まるで神格化してるようじゃないか?」

 静電気に触れた感覚が、遼の首筋に走った。八神が反応したワードは何だ?

「神格化って、それこそ大袈裟だな。具体性は無いけど頼りになるって感じだよ」

「ふぅん……安心して頼ることが出来る存在か。でも、時には彼の空に暗雲が流れ大海原が激しく波立つこともあるのでは?」

「その時は、優樹が優樹であるために僕が止める。僕の存在がそうありたいし、出来ると思っている」

「自信が、あるんだ?」

 八神は眼鏡の奥で、スッと目を細めた。

「秋本遼……きみの見えない所で命令を遂行しようと思っていたけど、気が変わったよ」

「えっ?」

 その言葉の意味を考えるより早く遼は、両肩を激しく八神に突き飛ばされてオブジェ台座脇に片付けられたグランドピアノ下に倒れ込んだ。

「いきなり何っ……!」

 突然の出来事に唖然としながら遼が身体を起こすと、上から八神が覆い被さった。

「動くな!」

 八神の肩越し、遼の目に映ったもの。

 それは……大きく傾く、朱雀像の頭部だった。



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