復讐の聖女
たまにはがっつりシリアスなものを短編で。
苦手な方は注意してください。
一人の少女が、荒野を歩いていた。
否、ここは先ほどまでは荒野ではなかった。
《クロリア帝国》領内のラース平原――緑一色の原っぱだったこの地に、先ほどまでは数千という部隊が展開していた。
その部隊を、たった一人の少女が壊滅させたのだ。
少女の名はミナ。
かつて、小さな村で《聖女》と呼ばれていた少女だ。
「いい、最高だよ。お前は」
そんな声が、少女の耳に届く。
少女の持つ剣から声がしていた。
「褒められて、も、嬉しくない、よ」
「くははっ、謙遜するな。だが、まだ足りないだろ?」
こくりとミナは頷く。
無表情のまま、少女は荒野と化した平原を歩く。
その剣の名は《吸魂》のカルタウス――魔神が封印された剣だった。
***
小さな村で、ただ平穏に暮らす――それだけでミナは幸せだった。
ボロボロの教会を村の人達と立て直して、ちょっとした回復魔法で怪我をした人達を治療する。
とても心優しい性格だったミナは、村の人々から愛されていた。
回復魔法はとても希少なもので、過去に《聖女》と呼ばれた者にしか使えなかったとされている。
だから――ミナもいつしか聖女と呼ばれていた。
そんな平穏が壊されたのは、とある兵士が村を訪れた時の事だった。
怪我をしてやってきた兵士は、《クロリア帝国軍》に所属していた。
ミナの住む村もクロリア帝国領内にある。
その兵士は、ミナの回復魔法を見てこう言った。
「お前のその能力は使える。我々に協力しろ」
回復魔法を使えるミナは、兵士達を治療するために勧誘されたのだった。
だが、ミナはそれを拒否した。
村で平穏な暮らしをする――それがミナ望みだったからだ。
兵士は、ミナに対してそれ以上勧誘する事はなかった。
ただ、去り際に一言だけ――
「後悔するぞ」
そう言い残したのだった。
村が焼き払われたのは、それから一週間後の事だった。
***
反逆罪――ミナが問われたのは、そんな謂れのない罪。
怪我をした兵士は、ただの兵士ではなかった。
帝国軍の師団長を務める男だったのだ。
彼は小さな部隊を率いて秘密裏に作戦を実行している際に、作戦に失敗して撤退をしているところだった。
寮内まで逃げ込んだ彼が辿りついたのが、ミナの暮らす村だった。
男――クラウス・ホーキンスはミナを見下ろして言う。
「だから言ったろう? 後悔するぞ、と」
――なぜこのような事をッ!
ミナはそう訴えたかったが、もう声にならなかった。
喉を焼かれ、手足の腱を斬られた。
周りの兵士に支えられていなければ――もう起きている事すらできない。
「俺がお前をスカウトしたのに、お前はそれを拒否した。任務に失敗したばかりの俺には、手土産の一つも必要だったのに」
軍部での彼は任務に失敗した事により、師団長を下ろされる危機にあったという。
ただ、クラウスがミスをしただけだ。
ミナには何も関係はないが、クラウスは作戦自体が漏れていたと嘘をついた。
途中の小さな村を経由した時に、ミナを利用して隣の国へのルートを作った、と。
そして、その作戦が失敗した原因は――ミナが裏切っていたからだというただのでっち上げだった。
そんな事のために、村の人達は殺された。
ミナは怒りの表情でクラウスを睨んだが、クラウスはそれを鼻で笑う。
「お得意の回復魔法で治してみたらどうだ? それも含めて、実験すると言ってあるがな」
「……っ!」
「なんだ、治せないのか? 使えないな。おい、一応記録しておけ――ははっ、こういう事をすると気分がいいな……」
「……っ」
「安心しろ。お前は殺さずに逃がしてやる――魔物の巣食う洞窟で生きていられたら、な」
ミナが放り込まれたのは、凶暴な魔物が巣食う洞窟――それも入り口ではなく、わざわざ洞窟の横穴を探し出し、奥地に落ちるように落とされた。
ミナはもう、動く事もできなかった。
いくら回復魔法があるといっても、ミナの力では失われた声は戻せない。
手足も動かなければ、治療する事はできなかった。
地面を這うように、ミナは移動する。
――殺してやる。
あの男だけは、否――村を全て焼き払うと決めた帝国もすべて許さない。
そのために、ミナは何としても生きなければならないと誓った。
薄れゆく意識の中で、ミナの目に入ったのは――どす黒いオーラを放つ祭壇だった。
――なんだ、贄か?
そんな声が、ミナの耳に届く。
底冷えするような声に、ミナの身体は震えた。
――お前、いい目をしているな。
その声が何者かなんて、どうでもよかった。
けれど、今ミナが助かるには、その声に縋るしかなかった。
「……ぃ」
――ん? お願いだと? 俺に何を願う?
もう失うモノはない。
だから、どんな事でもするから、助けてほしいと。
そう、声にならない助けを求めた時、声は答えた。
――いいだろう、俺と契約するという事だな?
契約という言葉を聞いた時、その声は人間のものではないと理解した。
けれど、ミナにとってはどうでも良かった。
もう一度、立ち上がるだけの力があるなら、どんな相手だろうと構わなかったからだ。
ミナは――魔神と契約した。
***
「な、なぜ貴様がここにいる!? いや、何故生きているのだ!?」
燃え盛る帝都の作戦本部――その一室でクラウスと対峙した。
ミナは何も言わずに地面を蹴る。
そのまま、クラウスの両足を切り落とした。
「がっ、ぐ、ぎゃあああっ!」
クラウスの叫びが聞こえるが、ミナは表情を変えない。
ヒュンッと剣を振って血を振り払う。
「なぜ、生きて、いる? あなた、が、わたしを、殺さなかった」
「う、嘘だ……あそこに落として、生きているはずが――」
ヒュンッ、また剣を振るう。
今度は両手を吹き飛ばした。
クラウスは悲鳴をあげながら、のたうち回る事もできていない。
そんなクラウスを見下ろしながら、ミナはようやく笑顔を見せた。
「わたし、使えない、って? 回復、魔法は、きちんと、使えるよ」
ミナがそう言って、切り落とした足を乱雑にクラウスに取りつけると、回復魔法を使う。
ミナの言う通り――クラウスの足は元に戻った。
だが、ミナは再びその足を切り飛ばす。
「ぐ、がああっ!?」
「ね?」
クラウスは理解した。
ミナはまた同じ事を繰り返す。
回復させては切り落とす――それを続けるつもりだと。
だから、クラウスはミナが本当にやりたい事を願い出た。
「こ、殺せ! お前が、そうしたいのなら、一思いに――」
「大、丈夫」
――お前は殺さない。
ミナはそう答えた。
聖女と呼ばれた少女の復讐は、始まったばかりなのだから。




