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5話


お見合い当日。

フィリアはウィンフレイ伯爵家へと赴いた。

(ロスト様...いったいどんなに方なのでしょう...)

お見合い相手のことを一切知らないなんて相手に失礼だ。フィリアはそう思いロストのことを知ろうと必死に情報をかき集めようとした。

だがすべて空振りに終わり、挙句の果てには本当に存在しているのかと疑う始末。

(何故名前は知っているのにその方のことを誰も知らないのかしら?もしかして伯爵家の方々はロスト様の存在を知られたくなかったのかしら。)

様々な憶測が頭の中に浮かぶ。

だが今更考え込んでももうお見合い当日なのだ。フィリアは諦めて直接会って相手を知ることにした。



屋敷へと入ると一人の壮年の執事が出迎えた。

「お待ちしておりました、フィリア・オランジェスタ様。ではお部屋へご案内致します。」

執事に案内され、部屋へと辿り着く。

執事がドア越しに声をかけた。

「ロスト様。フィリア・オランジェスタ様がお越しになりました。」

「ああ。入ってくれ。」

執事がドアを開け、入室を促される。

「失礼致します。」

フィリアは連れてきた一人の侍女と共に部屋へと入る。

部屋の中には二人の男性がいた。

一人は窓際に控えていた、従者の服を纏った黒髪の男性。

恐らくロストの従者なのだろう。

そして部屋の中ほどに置いてあるソファやテーブルの近くにもう一人が立っていた。

フィリアは彼を見た瞬間固まった。

フィリアはロストはほぼ室内で生活していると思って、あまり健康的では無い見た目をしていると予想していたのだが、彼の見た目はフィリアの予想から大きく外れていた。

長身で、装飾は少ないが品の良い服を着こなした隙のない立ち姿。無駄な筋肉がついておらず、バランスよく身体を鍛えてあると見て取れる。

髪はとても深みのあるダークブルー。背まで伸びているそれを一つに纏め、横に流している。

瞳の色は髪より明るめのマリンブルー。光の加減で色味が変わるところが、光り輝く海を思わせられた。

鼻は少々高めで、口元もすっきりした印象。

全体的に見るととても整った顔立ちをしていた。


つまりイケメン。

世の女性達が彼を見たら大騒ぎになるだろうなと、少々間の抜けたことをフィリアは思った。


「はじめまして。フィリア嬢。私はロスト・ウィンフレイです。本日は当家へようこそ。」

「フィリア・オランジェスタです。本日はよろしくお願い致します。ウィンフレイ様。」

「...名前で呼んでもらって構わないですよ。フィリア嬢。」

「畏まりました。ロスト様。」

「そんなに畏まらなくても大丈夫です。とりあえず座りましょう。...キース。」


ロストは従者を呼ぶ。どうやら彼はキースという名前らしい。


「しばらく話をするから人払いを。」

「畏まりました。」


その言葉を合図にキースの足元に術式が現れた。


「!?」

「ああ、心配いらないですよ。キースの魔術です。この部屋と周辺に人払いの術をかけさせました。キース、ついでに防音術もかけておいてくれ。」

「畏まりました。」


驚くフィリアをよそにキースにそう言うと、また彼の足元に似たような術式が現れ、消えた。


「...驚きました。魔術師の方に初めてお会いしましたわ。」

「そうでしたか。確かに魔術師はそう滅多にいないから、直接会ったことのある人は少ないですね。」

さて、とロストは話を切り替える。

「これで人払いは出来ましたが、今から話すことは誰にも言わないでほしいのです。」


そう言うとロストはちらりとフィリアの後ろ、ドアの近くに控えた彼女の侍女を見た。


「私の侍女でしたら信用出来ます。私が幼い頃から共に育った乳姉妹のようなものですから。」


そう言うとフィリアは侍女を見て微笑んだ。

侍女はその微笑みに対して笑みでもって答えた。


「そうですか...では話しましょう。実は見合い話は貴女を呼ぶ口実で本題は別にあるんです。」


いきなりそうロストに暴露され、フィリアはまたしても驚く。


「驚かせてばかりで申し訳ない。実は私はある事件を追っているんです。」

「ある事件...ですか。」

「ある事件というのは奴隷売買のことです。」

「っ...!」


驚きのあまり、息を呑むフィリア。

彼らの住む国アルファイト国は奴隷の売買、使役を禁止している。

一人一人の人権を侵すようなことはしてはならないと幼い頃からしっかりと教育され、平民であろうとも彼らの意思が尊重される。

もし奴隷売買等に手を出したら良くて死刑、最悪一族全員処刑という大変重い罪が課せられる。

にも関わらずこの国で奴隷売買だとは。かなりの命知らずかただの阿呆だ。しかしその件で、しかもお見合いという別件を利用してまでフィリアをここへと呼び、この話をするということは...。


「その件に手を出した愚か者はもしや...。」

「...お察しの通り。貴女の父親です。」

フィリアの問に少し苦い顔をしつつロストは肯定する。


フィリアの頭の中が真っ白になった。

まさかと思ったが、疑う材料は揃っている。爵位を継いでからの父親の言動。

もともと選民意識の強い人だとは思っていたがよもや奴隷売買にまで手を出すなんて...。一時期領民がよく訴えに来ていた。フィリアはそこにたまたま居合わせたことがあった。


『お願いします、領主様!どうか...どうか娘を...!!』


フィリアが居るのに気づいた父親は彼女を急いで余所へやり、結局彼女はあの領民が何を訴えに来ていたのか分からなかったが。

それからというもの領民が訪れることもなくなり、父親も屋敷にあまり寄り付かなくなってしまった。今思うとあれは人身売買への直訴だったのではないだろうか?


「...いきなり証拠もなしに、貴女の父親がそんなことをしているとは信じられないかもしれない。我々も彼の動向を追ってはいるのですが、中々証拠が掴めないんです。けれど証拠さえ手に入れることが出来れば、彼を捕らえることが出来る。どうか手を貸してはくれないでしょうか?」

そう言ってロストは頭を下げた。

それを見て慌てるフィリア。


「頭を上げてください!...今の話が事実だったとして、あの父親を捕らえるのに協力することはまったく問題ありません。我が家はあの父親のせいで没落してもおかしくない状況に追い込まれてしまいましたしね。ですが、何故私に協力を仰いだのでしょうか?ロスト様とは一度もお会いしたことはないのですが...。」

「私の父や兄達から貴女の正義感の強さを聞いていましてね。昨年の夜会で侯爵様の取り巻きをあしらう貴女の振る舞いは素晴らしかったと絶賛していたんですよ。」

彼はそう言って微笑んだ。

それを聞き、フィリアは顔を赤く染める。

「あ、あれは!その...あのような振る舞いをするあの方達を見過ごせなかったのです。」



それは去年のシーズン中の夜会での出来事。

フィリアと同じ男爵家の娘が色目を使ったと言って他の令嬢達に囲まれていた。

彼女達は同じ男爵位か子爵位でその夜会に参加していた中でも気が強く、囲まれていた令嬢は縮こまっていた。

フィリアはそんな令嬢を見捨てることが出来ず助けたのだ。


『皆様方。一人のご令嬢を囲んで夜会を過ごすよりも、もっと有意義に時間を使うべきだと思いますよ?』

『...いきなり割り込んできてそんなこと言うなんて貴女は何様のつもりかしら?』

『何様とはおかしなことを仰いますね。私はただの好意で皆様方に進言しただけですわ。現に皆様が狙っていると思しき侯爵様が先程いらっしゃって他のご令嬢方に囲まれておりますし。』

『な、なんですって!』

『本当だわ、乗り遅れましたわ!』

『急ぎましょう、あの方が今度いつ夜会へ参加されるか分かりませんし。』

『そうですわね。...私達は逃げるわけではありませんから。また次回の夜会でお会いした時には覚悟しておくことね。』

『ええ、楽しみにしております。』


コロコロと笑いながら令嬢達を見送り、囲まれていた令嬢に向き直った。


『大丈夫でしょうか?』

『は、はい。大丈夫です。』

『...気を悪くしないで欲しいのだけれど、あのご令嬢方は貴女のようにあまり反論してこれなさそうな方を選んでは難癖をつけてくるわ。また絡まれでもしたら今私がしたように彼女達が狙っていると思しき殿方に押し付けてみてはいかがかしら。』

そういって微笑むと令嬢は少し驚いたあと、フィリアに微笑み返した。

『ありがとうございます。もし次に同じことがあったら殿方に押し付けてみます。』

『ふふ、その意気ですわ。』



その日の夜会はフィリアにとって友人一人が出来た大事な日になったからしっかりとあの出来事は覚えている。

まさかあのやり取りを見られていたとは思わなかったが。


「方法は男である父達からすると少々恐ろしさを感じたそうですが、令嬢達に取り囲まれている令嬢を助けるなんてそう簡単に出来ることではないと言っていましたよ。その夜会以来父達は貴女がまた何かしてくれるかなと気にかけていたらしく、貴女の情報は割と入ってきていたんです。」

「あ、わ、忘れてください!」


さらに顔を赤く染めながらフィリアは必死に懇願した。


「はは、別に悪いことではないでしょう。」


ロストは笑いながらそういった。

そして真剣な顔つきに戻り、話し始める。


「では、話を戻します。貴女にして欲しいことですが、証拠となる人身売買の書類があるはずなのですが、それらがなかなか見つからなくて...その書類を見つけ出して欲しいのです」

「書類ですか」

「ええ、捕えられている人、売られていった人々の居場所等は目星はついています。あとは証拠さえ揃えられれば...」

「なるほど。わかりました協力致します。」

「...ありがとうございます。では少しでも成功率を上げられるよう、こちらをお渡しします。」


そう言ってロストが持ち出したものは香水瓶だった。


「こちらの香水瓶に入っているものは睡眠薬です。揮発性に優れているので部屋に一滴垂らすだけでも充分効果が得られるでしょう。遅効性、無臭なので気が付かれることもないでしょう。...あとこちらは睡眠薬の効果を打ち消す薬です。合わせて持っていってください。」

「...わかりました。」


そう説明を受け、恐る恐る受け取る。

少し手が震えてしまったが、しっかりと持つ。


「貴女にこのようなこと頼んでしまい、申し訳ないですが、よろしくお願いします。」

「はい。お任せ下さい。」


こうしてお見合いという名の捜査協力要請は無事終わった。



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