1話
「あ゛ーーーやってらんねーー!!」
俺は思わずそう叫んでしまった。
理由はいくら頑張っても仕事で得た収入の殆どが悪徳領主に搾取されるからである。
昨年前領主が亡くなってからいきなり税が上がった。前領主はとても素晴らしい方だったが、今の領主はてんで駄目なやつだ。
前領主が亡くなってからまず一番にした事が税の値上げた。他の領地と比べるととんでもなく高い。以前の約2倍ぐらい取られている。なんでそんな取るんだよ。バカかてめーは!
と、罵りたくなる程上がった...。
はぁ...。
領主をいくら心の中で悪く言ったところで何も変わりはしない。
うん、わかってるよ。だけど!文句を!心の中でどれだけいっても!心の中だからバレはしなーい!ってことで愚痴愚痴言ってるんだが、まぁ言い続けるだけでも疲れるんだよなぁ...。
とりあえず文句ばかりを言っていても仕方ないということで俺は仕事の続きをする。俺は農家だ。今は畑仕事に勤しんでいる。今の時期はちょうど作物の収穫時期だ。肥大化しすぎる前にあらかた収穫して売りにださなきゃなーと思いつつせっせと収穫中。
今収穫しているのは葉物の野菜のヒャクサイ。
なんでも100歳の老人並みにしわっしわだからこんな名前になったんだとか...。
俺はそんな生きてる奴見たことないけどな。どうでもいいけど話がそれたな...。
とにかく人手も足りないし税収も上がるしで只今家計は火の車。
今夜のご飯もヒャクサイサラダになりそうだ。
肉食いてぇ…(泣)
夜飯を食べたあと(予告通りのヒャクサイサラダオンリーだぜ!泣けてくる)、余計な体力を使わない様にとさっさと寝ようとしていた俺の家のドアがノックされた。
こんな時間に誰だ?
ここらの住人達はもともと早寝早起きだったが、税が値上がってからは特に夜更かしなんかしないでとっとと寝ている。だが今夜は誰かが訪ねてきた。
「はーいはい、こんな時間に訪ねてくるなんてどんな非常識な方ですかー?」
...つい口をついて出てしまった。
まあいいか...。
するとドア越しから澄んだ声が聞こえた。
「夜分遅くにすみません。旅のものなのですが、一晩泊めてはいただけないでしょうか?」
うっわあぁぁ!なんか美人っぽい気配がする!
俺はいそいそとドアに近づき再び問いかけた。
「旅人?こんな辺鄙なところになんでわざわざ来たんだ?」
「それが...私達は三人で旅をしていたのですが、途中で野盗に襲われ応戦したら野盗の数が多過ぎて三人それぞれ離されてしまって...私が応戦した野盗を倒した後探したのですが、他の二人がどこにいるのか皆目検討もつかず...。」
「あ゛ーーそりゃー災難だったな。ここいらの山間には野盗が潜みやすいところが多くてな。基本的にはあの野盗達は商人なんかを狙うから俺たちはあいつらを放置してんだよなぁー。」
「放置...ですか。放置してあなた方は襲われたりしないんですか?」
「奴らはそこまで馬鹿じゃないんだよ。あいつらが潜んでいる一番近くの村がここなんだ。俺たちを襲えば確実に領主兵か王国兵達に捕えられてるだろうしな。」
「...つまりあなた方が彼らの存在を黙認するかわりに彼らはあなた方を襲わない...ということでしょうか?」
「まあそんな感じだな。」
「ですが、商人ばかりを襲っているとなるとこの道はいずれ使われなくなるのでは?」
「その心配はないな。この当たりは魔獣が多く生息しているから新しい道を開拓するにも10年以上時間がかかる。迂回路もあるにはあるがここの道を通るのと迂回路を通るのじゃ3倍ぐらいの時間がかかるんだよ。」
「それは...簡単には迂回する選択肢を選べないですね...。」
「まーな。」
ドア越しにぽんぽんと会話を続けていく。
「けれども商人達は利益に貪欲です。彼らを襲うにしても結局のところ領主兵や王国兵が出てくるのでは?」
...なんか尋問されてるような気分になってきたなー。
「まあふつーの商人ならとっとと国や警邏隊に訴えて、盗賊達をとっ捕まえさせるんだろうがなー。」
「ふむ...結論をいわせてもらうと野盗が襲う商人はそういった機関に頼ることが出来ない、後暗い商売をしている商人を狙うことが多いということでしょうか?」
「正解だ。」
この旅人はそこそこ場慣れしているみたいだ。
「まあ稀に君たちみたいな旅人を襲うこともあるみたいだけどな。」
「疑問が解決してすっきりしました。ありがとうございます。...ところであの...こちらに一晩泊まらせてはもらえないでしょうか...?勿論宿泊代を払いますので。」
「おーそうだった忘れてた。いいぜ。一晩くらいなら余裕だ。」
うっかりうっかり。
俺はとりあえず近くにあった鍬をすぐ持てる位置に立て掛け(一応護身用ってことで置いておこう)、ドアを開けた。
するとドアの向こうには声から察せられてはいたが想像を超えた美人が立っていた。
すらりとした立ち姿だが出るところは出ていて、髪は艶やかな漆黒で腰よりも長く一纏めに結わえてある。瞳は不思議な色合いで少し赤みがかっているが黒に見える。顔は...俺の語彙力では表せないな...。
と、とにかく旅人らしい軽装な美人な女性が立っていた。
「ご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願い致します。」
「お、おお。大したものはないがゆっくりしていってくれ。」
「ありがとうございます。」
とりあえず、部屋へ案内するかな。
「ここの部屋を使ってくれ。しばらく使っていなかったから多少ホコリっぽいかもしれないが...。」
「大丈夫です。野宿になれていますのでホコリは気になりません。」
「そう言ってくれると助かる。じゃあ俺はもう寝るから...。あーそういえば名前聞いてなかったな。俺の名前はジーク。あんたは?」
「申し遅れました。私の名はエルキールと申します。」
と言うと彼女は微笑んだ。
「おう。一晩だけだがよろしくエルキール。」
俺もニコッと笑い返した。
農家の朝は早い。
どんな仕事でもやることは多いが、農業関係は時間帯によってやることが変わるからだ。
「あーー良く寝たな。」
くあっとあくびをしながらまだ日が登る気配のない空を見上げる。
そういえばエルキールはどうしたかな...
。流石に女性が寝ている部屋へ押し入ることは出来ない。
とりあえず日課の水汲みから始める。それから汲んだ水を作物へ。
ひと通り水をやり終えたら朝飯の時間になった。
そろそろ彼女を起こすかな...
俺は彼女が寝ている部屋へ行きドアをノックする。
「おーい、エルキールー朝だぞーー。」
しかし部屋から返事が返ってこない。
んーー?朝に弱いのか?それとも...。
「おーい、ドア開けるぞエルキール。」
ガチャリとドアを開け、そっと中を覗くが部屋にいるはずの彼女はいなかった。
あーー!やっぱいなくなってる!逃げやがったか!?
いないことに慌てたがよく見ると彼女が持っていた荷物は置いてある。
あれ?ってことは出かけているのか?それとも荷物の中身はカラでやっぱり逃げたとか?
周囲を見回すがやはり誰もいない。
俺はそっと荷物に近づき中身を確認した。
.........見なかったことにしよう...。
そしてそっと荷物を元通りにしてその場を立ち去った。
家を出た瞬間声をかけられた。
「あ、ジークさん!おはようございます!」
ついビクッとしてしまった...。
「お、おお!エルキールおはよー...ってなんだそれ。」
「これですか?一宿一飯の恩っということでちょっと山へ狩りに行ってきました。」
「一宿一飯って...泊めはしたけど飯はだしてないぞ。」
「ええ。ですが泊めてもらったので感謝の気持ちをと思いまして。」
「そ、そーか。」
そう言うエルキールの背にはかのじょよりもかなりおおきないきもののしたいが...
はっ、いかん現実逃避しそうになっていたな。あれはこの当たりに生息しているドボノシと言われる生き物だな。成獣になると大体2メートル越えは当たり前と言われる獰猛な雑食動物だ。それにしても彼女はあんな大きなドボノシをいとも容易く運ぶとは...。
あれ2.5メートルほどありそうだよな!?あんな美人なのになんて恐ろしい...。
「とりあえずこれだけ大きなものが狩れたのでささっと捌いてご飯にしますか?」
「そうだな...朝飯にしよう...。ちょうど準備しようと思っていたんだ。」
なんか朝から疲れた...。
まあ肉のおかげですぐ復活したけどな!
「残りのお肉は干し肉にしておきましょう。毛皮なんかは...うーん。これ売れますかね?」
「ああ、こいつらの毛はそこそこ重宝されているから割と高値で売れるぞ。牙もちゃんとした鍛冶屋に依頼すれば立派な剣になるしな。」
「なかなかに万能なんですね...。」
エルキールは感心した様に頷いた。
「ああ。こいつらは雑食動物だが獰猛なうえ、攻撃性が高く群れで行動する。あいつらを狩るには割と人数が必要なんだが、この村には猟師が一人しかいないから狩ることが出来ないんだ。一頭だけでも狩れるとそこそこ高値で売れる。」
「...森に入ってからほぼこの生き物しか見ませんでしたけど...」
「ま、まあ雑食だから他の生き物と比べると生存確率は割と高めだな。」
というかここら一帯はほぼこいつらの縄張りだ。
「他の生き物はいないんですか?」
「ああ、全然いないな。以前はいたんだがこの村の猟師が乱獲しまくったせいで個体数が激減したらしく、今じゃほぼこいつらドボノシしかいない。」
「その猟師さんは後先考えずに乱獲してしまったんですね...猟師なのに何故そんなことを...」
「まあ理由を知ってる俺としては仕方ないと思わなくもないんだがな。」
「?どうしてですか?そのせいでこの辺りの生態系崩れまくっていますけど。」
「今の領主が原因さ。自分達の食い扶持稼ぐだけでもかなり無茶しなくちゃ生きていけないからな。」
「そんなに酷いんですか...?」
「酷いなんてもんじゃない。最悪だ。領主が変わってからというもの俺たちはろくなものを食べることが出来なくなった。何度も抗議もしたが聞き入れてもらえず、かといって何もしていないと領主の下に連れていかれる。そのあとどうなるのかは一人も帰ってきてないから分からないがな。」
「一人もって......」
「その家族の中に若い娘がいればそいつが連れていかれる。今この村で独身なのは俺だけだが他の家族は大体娘がいた。殆どその娘達が連れていかれたが...これ以上は考えるだけでも胸くそ悪くなる。」
「.........」
おっと、若い娘のこいつに話すような内容じゃなかった。またやらかした...。
「と、とにかくそういうことがあってこの村の人間はほぼろくな抵抗はしたがらないんだ。抵抗した村人達はそれは酷い目にあわされた。この村には医者がいないから治療も間に合わなかった...。だめだめ領主だとは言え領主には変わりない。俺たちはこの村に愛着があってここから離れたいなんてこれっぽっちも思えない...。生きれるだけでもありがたいなんて思っている村人もいるほどに俺たちは打ちのめされてしまったんだ。」
「.........」
そんなに考え込んだ顔されるとなんかやるせなくなるんだがなぁ...
「......もし。」
「...ん?」
「もし、今の現状を打開できるとしたら貴方はどうしますか?」
「な...なにを言って...。」
そう言った彼女の顔はとても真剣だった。
「貴方達がこの状況を憂いていて、どうにかしたかったという思いはわかりました。しかし、貴方達にはどうにかする程の力はない。そしてここから逃げることも出来ず現実からも逃げ続けている。」
「...」
「私ならこの状況を覆し、連れていかれた娘達を助け、この村の平穏な日々を取り返すことができます。」
「...!」
「どうしますか?」
それはさながら悪魔の囁き。甘い誘惑で人を誘き寄せ、地獄へと突き落とす。
「...昨日知り合ったばかりの君にそのようなことをしてもらえるほどの恩を俺は与えてはいないだろう。ほぼドボノシでチャラになってしまったからな。それにもしそれらを解決してもらったとしてもこちらから報酬が出せるほど懐に余裕もない。...何が望みだ?」
「...実は私は人の生き様を見る為に旅をしているのです。故に私から貴方達への要求は貴方達の生き様を見せてもらうことですかね。」
「なんでそんなことしてんだよ...生き様って...わけわからん理由で旅をしてるんだな。」
「そうでしょうね。」
彼女は楽しそうに笑う。
「まあ正確に言わせてもらいますと、死に様を見ることなんですが...ほら、こういうともっと不可解だという顔をするでしょう?だからあまり言いたくないんですよね...私の真の旅の目的は人の死ぬ理由をこの目で見ることなんですよ。」
そんな理由聞けば誰だって顔をしかめると思うぞ...というか
「人の死ぬ理由...?」
「ええ。人はどうして死ぬのか。どうやって死んだのか。何故死を選ぶのか。何故死から逃れようともがくのか...それらの理由を、人の死の真理を私は知りたいのです。」
「...ほんっとにわけわからんな。せっかく美人なのにそういう事言ってるとあんまりモテないぞ?」
俺は茶化すように言った。
「モテなくて結構です。私は恋愛感情などには興味ないので。」
「......ほんっっっっとにもったいないな...」
にこりと。彼女は満足げな顔で微笑んだ。