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第三章 路地裏の顛末

 ***


 どうも! 第三者の良く分からないナレーです。

 いきなり登場すればびっくりするかもしれないけど、いい加減慣れて頂戴。


 さて、彩夏の身に起こる事件から、遡ること二十分前、彼女が最初に出会った八百屋のおばさんこと「鎌足(かまたり)(みなと)」は、笑顔で彩夏を見送っていたが、ふと顔を曇らせた。

 ――しかし、変わった子だねぇ……。

 それを旦那である「鎌足友彦(かまたりともひこ)」があざとく見つけ、湊に話しかけた。

「どうした、神妙な顔をしてよ。あの嬢ちゃんが心配かい? それとも……、子供たちが恋しくなったかい?(にや)」

 そんなことを言うもんだから、どうやら湊はイラッとしたみたいで、友彦の方向は見ずに右手を思いっきり後ろに引き、持っていた伝票の束を後頭部に叩きつけた。

 スッパァン!――

 良い音がしたね……。

「っっっっっっっつ!!!」

 相当痛かったのか、顔が歪み、頭を抱えるようにして突っ伏した。友彦は湊を睨んで色々と文句を言い始めた。

「あのな、冗談のつもりで言ったんだから、そんな本気で叩かなくったっていいだろ!! 俺の脳細胞を消していくつもりか!?」

「余計な冗談を言うからだよ、あんたが! というより、それだけの脳細胞が有り余ってんのかい?」

 ムスッ、とした顔で友彦が湊から目をそらす。相当不機嫌な様子だ。

 そんなことはお構いなしに、湊は話を続ける。

「あたしはね、どっちかっていうと、不思議でならないのよ。歳がどう見ても十二歳かそこらの女の子が、こんな人でごった返した雑多な場所を、親の許可もなしに一人で歩くことができるのかということにね。普通なら、どっかその辺に親がいてもおかしくないのに……」

「まぁ、確かに、な……」

 それもそのはず。ここ神都は国の中で一番大きな町、地球でいえば首都と呼ばれる場所だから、人の量はそれなりにいる。だからこそ、子供たちはみんな怖がって親を離れないし、親も迷子にしたくはないから離す気にはなれない。いわゆる、彩夏は珍しい子供だったのだ。

 そんなことに疑問を感じつつ、湊が悩んでいると、友彦が口を開いた。

「だったらよ、どっかの貴族の娘とか言うのは? もしくは、どっかの隠し子だったりするとかさ、あり得そうじゃねぇか?」

 その疑問にも、湊は首を傾げた。

「それはないと思うね。お嬢様だったら、警吏の者を二・三人は付けるだろうし、そもそも、こんな所に来ないだろうから。それにさ、隠し子だったら、子供は知らなくても親が絶対に手放さないからあり得ないと思う。何せ、捕まったら何気に危ないからね……」

 この国で子供のことを隠していると、「教育義務法」に抵触する。

 この法律は、 “全ての子供には教育を受ける義務があり、初等課程六年・中等前期課程三年・中等後期課程三年の計十二年間は確実に学ばせなければならない。もしこれを遵守しない場合、保護者には二十年以下の懲役、もしくは三千両の罰金を科す。また、子供は習熟度に合わせ、保護者から隔離した場所で保護し、学習を行うものとする ”と定められている。

 この法律のせいか、隠し子を持つ人は、相当厄介な事情、というよりも他にも犯罪に触れるようなものがある人に限られるため、普通の人はそんな危険を起こしはしない。だから、湊が相当に疑うのも頷けるのだ。

 湊がそんなこんなで思考を巡らせていると、ふと頭に思い浮かんだ言葉を呟いた。

「西から来たってことは、まさか異世界人の可能性も……」

 その言葉に友彦がかみついた。

「それこそ、ありえないんじゃねぇか? だってよ、それはもう三百年以上も前の話だし、子供の頃は思ってたけど、俺もお前も良い歳だ。正直、信じていない訳でもないが俺は半信半疑なんだよ」

「それもそっか……」

 淡い期待もはずれ、少しがっかりする湊。彼女は……いや二人とも子供の頃から、異世界の話や物語、昔語り等の類が好きだった。その為、そういった方面には心を躍らせるのだが、大人になって少し疑り深くなったのだろう。湊が少し落ち込んだ。

 ――やっぱり、物語のようにはいかない、か……。

 はぁ、と溜息をついて、もう一度、少女の駆けていった方向を見つめる。もうすでに点となった姿を見つめていた湊の視界が――

 端に何かを捉えた!

 それは、若い三人組の男たちだった。彩夏の方向を見てニヤニヤしている。明らかに対象は彼女に定められていた。

 ――まさかとは思うけど……。

 嫌な予感が湊の脳裏をよぎる。女の勘が彩夏の末路を予見していた。

 昔から湊の勘は当たると言われており、そして、そのほとんどが悪い方に働くことでも知られている。

 不安になったその顔に、友彦が気付いた。

「お前、何か嫌なことでも起こるのか……?」

 黙って見ていられるほど、冷酷になれなかった。何でか分からない。それでも、あの子を、彩夏を助けたい感情が、湊の中に生まれていた。

「ちょっとごめん! 店の方を任せても良い?」

 伝票の束を友彦に預け、彼らにばれないよう追跡を始めた。「湊、お前何やってんだ!?」と止めようとする旦那の声なんかには聴く耳を持たず、人垣を縫うように追いかけた。


 行ってしまった方向を茫然と眺めながらも、友彦は色々とこの後の湊の行動を予測していた。

 はっ、と短く息をつき、

 ――全く、根っからの世話焼きで、お節介焼きなんだからよ……。

 そう思い、渋々といった感じで店じまいの準備を始めた。


 追う、とは言ったものの、相手の力量が分からないうちは、かなりの距離を取って追跡を行わなければならない。

 離した距離は、単位にしておよそ百脚(約二百m)。これは、湊の経験上、どんな手練れでも絶対に気付かれずに尾行できる距離となっている。

 それを保ちながら追っていたため、彩夏が襲われ、左側の道に連れて行かれたところまでは見たものの、そこから見失ってしまった。

 ――しまった、ちょっと距離を離しすぎたかな……。

 めんどくさがってしまったが、過ぎたことを考えている暇はないことを湊は分かっている。やることはただ一つ。彼女を……彩夏を救うことだけ。

 湊は手の甲を見やって、印字されている「水」の文字を正確になぞる。

 まず、連れて行かれた路地に入る。そこで全神経を集中させて、路地を見つめる動作に移った。しかし、ここは石畳だ。足跡が見えるわけじゃない。

 じゃあ、彼女には何が見えているのか?

 湊は、彩夏達のにおいの跡を追っている。これは、湊だけに備わる特別な能力でも何でもない。物操力を基盤とするものなら、五感の一つが通常の十倍以上の、下手をすれば五十倍もの感覚を強化することができる。湊の場合は嗅覚が発達するため、においを追うことが得意だった。

 拉致を行った人数は三人。全員男。歳は二十歳をまず超えていないことは、姿を見て既に分かっていた。

 ――若いのが馬鹿な真似を……。

 若者たちは先二番目の十字路を右に曲がり、それからは結構複雑な経路を彼らはたどっていったみたい。正直、普通の人――この世界の住人――でも、追いかけるのは難しいものである。

 ただ、湊は違う。他の人よりも更に通常の三十倍もの嗅覚を持ち、探し物を頼まれた時の発見率はかなりの物である。

 大体の情報が分かり、若い男の臭いなんざを追いかけたくもなかったから、彩夏のにおいだけを目標とした。分かった情報をもとに、追跡を開始する。

 ゆっくりと歩き始めてすぐに湊は、においの道筋が考えていたよりも複雑なものになっていることに気が付いた。

 ――ここら一帯を知っている輩か……。

 厄介な連中ではあるものの、においで位置は特定できるから、心配はしていない。においの道筋をたどり、慎重に足を運ばせる。

 壁伝いをゆっくりと歩き、もう一つ曲がろうとして足を踏み入れようとした瞬間、彼らがいた。素早く隠れた後、辿り着いた場所を見ると、そこはちょうど袋小路になっていた。

 ――なるほど、ここに連れてきて、襲うことが目的か。

 様子を窺っては見るものの、話している声は聞こえてこない。彩夏が一人で対処できるなら大丈夫なのだろうが……(まぁ、無理だけどね……)。

 どうなるか分からないこの状況では、下手に手出しをすると彼女を人質に取られてしまいかねないと湊は考えて、人差し指で水の玉を作り、路地の様子を見ることにしたのだ。

 しばらく見ていると、若者たちが動き始めた。段々と彩夏に近づく輩に、湊は今にも飛び出そうとする勢いではあったが、何とか思いとどまる。確信的なことが起きないと、動いたところでしらを切られるから、もどかしいながらも待っていると、不意に若者の一人が顔を押さえて後ろに倒れる。何事と思って見てみると、目元付近に赤い何かが覆っていて、そこを押さえながらもがき苦しんでいる。

 ――あれは、私があげた赤茄子!

 一瞬驚き、ちょっと腹立たしい感情が沸き上がりはしたが、考えてみれば彼女は武器を持っていなかった。正当防衛のために使ったのであれば、しょうがないと湊は納得する。

 その直後、彩夏が若者たちの横から飛び出してきた! 一心不乱にこっちへと向かってくるその姿を見て、湊は少し安心したが、後ろから赤茄子を当てられていない二人が追いかけてきた。すかさず彩夏が二つ目の赤茄子を投げつける。

 しかし、赤茄子が当たらなかった瞬間、二人が一気に襲い掛かり、服を破く姿が見えた。それが彼女のタガを外した行動であった。

(仕置きの時間だね……。)

 そして、隠れていた場所から姿を見せ、この路地一体に広がる声で脅すように叫んだ。


「おい、ちょっと待ちな! 悪ガキどもよ!!」


 そして、ずんずんと若者たちと彩夏の元へと肩を怒らせながら歩いて行った。


 ***


 ナレーさん、ありがとう。ここからは再び私こと、川上彩夏が語ります。


 おばさんが来た瞬間、彼らは一瞬静かになったけど、すかさずおばさんの方に向き直り、叫んだ。

「なんだよ、ババァ!! 一体どうやってこの場所を見つけた!!」

 その問いにおばさんはさも当然のように、悠々と答えた。

「お前らみたいな若造を追っかけるのくらい、造作でもないよ! 大体、誰かついてきているかもしれないという疑いを持たなかったあんたらは、どんだけあほなのよ……。普通は見張りの一人位を付けるのにね」

 それを言われて、若者たちはちょっと怯んだ。今ならこの言葉の意味が分かる。当時の彼らは本当に考えなしの行動をしていたんだと思った。

 更におばさんは付け加えるようにして、こうも言った。

「後、ババァ、と言ったことを悔いた方が良いよ……」

 その時のおばさんの表情は……、若者たちをどん底に叩き起こすのに十分な形相だった。私も首に死神の鎌をかけられたみたいな恐怖を受けて、冷や汗をかいた。

 でも、助けが来たことに安心もした。これで嫌な目に合わずに何とか行けそうと思ったその時……若者たちが私を捕まえて、首にナイフを当ててきた!

「ちょっ……! やめて……!」

「うるせぇ、黙ってろ!! おい、ババァ!! そのまま近づいてみろ、この女の命はないぞ!!」

 映画やドラマでよく見る台詞だけど、私を怖がらせるのには十分だった。おばさんもさすがにこれでは動けないと思った。

 けれど、おばさんはなおも近づいてくる。しかも、眉間のしわがさっきよりも深く刻まれているような気がした。それは若者たちに恐怖を与えるのに、良い表情であった。

「あんたら、脅す相手は実力を見てからにした方が良いよ。あんたらとあたしとじゃ、実力の差が違うんだからね。それに……、忠告から警告に変更するわ……。ババァと言ったことを、後悔しな……」

 くそっ、と一声を発してナイフを持っていた男がおばさんに突進していく。すごい速さだった! 避けられるわけがない!!

「おばさん! 危ない!! ……あぐっ!」

 私は力一杯叫んだけど、残った一人に押し倒されて、動けない。もう駄目だと思った……。

 けど、ナイフを持った右手を若者が振りかざした瞬間、おばさんはその手を右手で掴み、それから手を引いて掴んでいた手を離し、その勢いを自身の右側に受け流した。

 勢いが凄かったため、若者はつんのめり、そのまま回転しながら倒れてしまった。

 そして、そのまま私の上に乗っているもう一人を成敗しようとしたとき、急に後ろを振り返った! 見ると、さっきおばさんから攻撃を避けられた奴が、起き上がっておばさんの方に手をかざしている。そして――

「くっそう!! これでもくらえ!! 炎導(えんどう)!!」

 ――えっ??

 そう言った瞬間、彼の右手が赤く燃えて、その炎が柱のようになり、一直線におばさんの方向に向かってきた!!

 突然の出来事で、何が何やら分からなかった! おばさんはそのまま炎の中に飲み込まれてしまい、姿が見えなくなってしまった! あまりにも衝撃的なことに、頭が付いて行かない。

「ちょっと何してるのよ……。一体、何がどうなっているの!?」

 そんな問いを投げかけると、上に乗っている奴がため息混じりに応えた。

「おいおい嬢ちゃん。あんたは一体何を見て過ごしてきたの。あれが俺らの常識じゃんよ。だって、」


 ――魔人(まびと)なんだろ?――


 ??????

 全く聞き覚えのない言葉に私は更に訳が分からなくなった。

 ――まびと?

 ――何それ?

 ――そんなの知るわけないじゃん!!

 そう心の中で叫んだ。

「魔人か何か知らないけど、こんなのひどいじゃない!! 殺す必要があったの……」

 既に声が涙声だった。見知らぬ土地で見知らぬ環境で、見知らぬ人に囲まれて、しかも訳が分からない力を使われて、親切にされた人を殺されて……。

 私は……、いや私の周りは何でこんなにも不幸何だろうと思ってしまった。自分の人生も含めたそれが、涙となって流れ、自分の不運を呪ったのである。

 炎を放った男――私は炎野郎と読んだ――は、勝ち誇ったような顔で見ていた。おばさんの体を包んでいる炎はなかなか消えてくれない。早くおばさんを助けたいけど、この状況では助けにいけない。

 トマトを当てられた男――トマト野郎も立ち上がり、二人がこっちに向かってくる。

 ――今度こそ本当におしまいだ……。

 拭うための手は塞がれているため、涙が視界を奪う。一度した覚悟をもう一度奮い立たせることができず、どうすることもできないから、ただただ、泣くしかなかった。

 私の目の前に二人が並び――

「じゃあ生意気なお嬢ちゃん、さっきの続きでも始めましょうか……」

 とトマトにやられた男がいやらしい目をして話しかけてきた。そして、スカートを思いっきり破く! 両親姉弟には見せたことのない恥ずかしい部分が露わとなった。私は悔しくて、目をギュッと瞑り、体に力を入れた……とその時!!

「だから、あんたたちは実力差をもう少し考えた方が良いんじゃないのかい?そんなちんけな技を出したところで、あたしを殺すどころか、怪我一つ負わせることもできんよ」

 溜息交じりの声が耳に届いた。まさかと思って顔を上げると、いつの間にか炎が消え、代わりに何事もなかったかのような姿のおばさんが、右手を突き出してそこに立っていた。

「それに、初っ端から力を開放しているとか、分かりやす過ぎて話にもならない。もっと隠す努力をしないと、あんたら一生浮浪者の身だぞ」

 若者たちも振り返って唖然としている。

「驚くほどでもないだろう? ただ、普通のことをしたまでさ」

 さらっと言いのけたその声に私は安心感を覚えた。根拠はなかったけど、でもこれで大丈夫だろうと私の中にいる本能がそう叫んでいた。

「嘘だろ!? 俺の炎を受けて、無傷だなんて……」

「あぁ、確かに威力だけは確かだよ。だからと言ってそれが直接、力の強さに比例しているかというと、そんな訳ないからね。もっと技術と駆け引きを磨きな!」

 それで彼らは焦ったのだろう。私から離れていって、おばさんの方に足を進める

「その娘は後回しにするぞ……! 今は、このババァをやっちまうのが先だ!」

「「あぁ!!」」

 そして、三人でおばさんを取り囲む。

「言葉遣いには気をつけなよ。手加減出来ないかも知れないからね」

 当のおばさんは、この状況でも余裕そうな表情をしていた。

 二人がナイフを手にし、先程炎を打った一人がおばさんの様子を窺っていた。おそらく、炎を打つタイミングを計っていたのかもしれない。合間を少しずつ詰めてから……。

 一斉に攻撃を仕掛けた!!

 ナイフを持った二人が前後からおばさんを襲う。前のトマト野郎より後ろの奴の方がやや出遅れる形で飛び出し、前の奴がナイフを左から右に横切りをするように一閃を入れた。

 しかし、おばさんはその攻撃を軽々と避け、代わりに地面に着いた足を躓かせて、体勢を崩させた。その時、後ろから来た奴がおばさんを捉え、ナイフを頭上から振り下ろす。そんな攻撃もおばさんは涼しい顔で見つめ、やってきた男の懐に入り込み、鳩尾に一発、大きい一撃になるアッパーをかました。走ってきたスピードも相まってダメージが増幅したのか、男はその場でのたうち回る。

 おばさんは更に一撃、左拳で鳩尾辺りに攻撃を加えると、痛みが意識を上回ったのか、そのままそいつは気絶した。痛そう……。

 体勢を崩していたトマト野郎はようやく立て直し、もう一度おばさんを見つめた。今度は警戒して近づいてこない。おばさんも近づこうとはしていない。少し沈黙が続く。

 その途端、これまで様子を窺っていた炎野郎が、動いた!!

「さっきのようにはいかない……波炎(はえん)!!」

 そして、今度は両手を地面に置く。すると、炎の壁――いや波か――がおばさんと近くの二人を襲う! 距離を取っていた奴は逃げたけど、もう一人の気絶している方は当たり前だけど逃げ出せずにいた。

 ――仲間も一緒に!?

 なんて最低な! と思った。外道の極み、本当にくそ野郎だと思った。そして、それ以上におばさんも危なく、このままだとさっきのように避けられるとは思えない攻撃が来ているから、今度こそ……!

 しかし、おばさんはこの状況でも冷静に対応した。そして、気を失っている若者に近づき、彼と炎の波の間に立ち、そして、袋小路の壁から壁を猛スピードで駆け抜けてから、地面に手を置き言い放つ。

「水壁を築きなさい!!」

 途端におばさんと炎との間に水が現れて、水の壁が造られた! それは壁から壁まで一つの抜け目なく、そして、炎の壁よりも大きな壁を築きあげていた。

 その壁に炎が当たった瞬間、ぼしゅうっ、という音を立てて消えていく……。

 そして、炎が消えていったのを見届けてから、おばさんは水の壁に手を置き、壁を消した。

 鬼のような形相で炎野郎を睨みつける。その顔を見たとき、私は恐怖を覚えた……。そして、炎野郎に――

「あんた何考えてんのか分かってんの!! 仲間も巻き添えにして、そんなんで勝てるとでも思ったら大間違いだよ!! 頭を冷やしな!!」

 説教をかました。

 そう言って、おばさんは炎野郎に突っ込んでいく。しかもその速さが、さっき若者が見せた速度よりも一段と速く、百mの世界記録と同じくらいのスピードで向かう!

 炎野郎は仰天してもう一度技を繰り出そうと右手を突き出すが、時すでに遅かった。むしろ、その右手を掴まれ、引っ張られた瞬間に膝蹴りを入れられてしまう。

「かはっ……!」

 入った瞬間、口から声が漏れ、その直後おばさんが掴んでいた手を引いたため、地面に体が投げ出されそうになる。それをおばさんは服の後ろを掴んで、地面に倒れるのを防いだ。それでもおばさんは、ぐったりしている炎野郎を冷ややかな目で眺めていた。

 その隙を狙ってか、今度は逃げていたトマト野郎がおばさんの死角からナイフを振りかざす。

「おばさん、危ない!!」

 私は咄嗟に叫んだ。

 だけど、おばさんはやはり表情を崩さず、後ろを振り向き、その流れで掴んでいた炎野郎を、攻撃してきた男に投げつける。

 投げた勢いの方が強かったのか、攻撃を仕掛けた男が後方に飛ばされる。後ろの壁に当たる直前、何とか足を着いて激突を免れた。

 しかし、その瞬間におばさんは彼の後ろに回り込んで、首へと腕を回し、絞め上げ始めた。

「二度とこの子に近づかないと誓うかい?」

 そう言うと、絞められている男は二度頷き、おばさんの腕をタップする。

 だけれど、おばさんは絞め上げるのをやめない。そしてそのまま、彼はガクッとなり、気絶した……。

 この間、たった五分少々の出来事であったと思う。でも私には、あまりにも情報量の濃い五分間だった。頭が追いつかない。何が起こったのか良く分からなかった。

 ただ一つだけわかるのは、助かったということだけ……。

 ふぅっ、と溜息をついて、おばさんが私の所に歩み寄る。その顔からは、さっきまでの冷酷な表情は消え、店先で見せた優しい笑顔をしていた。そして、右手を出して――

「彩夏ちゃん、大丈夫?」

 そう語りかけてきた。

 しかし私の脳内は、あまりにも多すぎる情報量と、ここまでの心労が祟ったのか、手を取ろうとした瞬間に……。

 意識がブラックアウトした……。


 ***


 ヤッホー、ナレーだよ!

 ……確かに、お呼びじゃないかもしれないけど……。

 まぁまぁ、そんな顔をしないでくださいよ。ちゃんと話を進めていくから。


 手を取ろうとした瞬間に倒れてしまったため、湊は驚いてしまった。

 ――えっ?

 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、慌てて彩夏の体に駆け寄り、座って声をかける。

「彩夏ちゃん、しっかりして!」

 反応はないけど、呼吸はしっかりとしていたため、湊は少し安心した。

 ――良かった。とりあえずは無事みたいね……。

 脈をしばらく取ってみても、規則正しく鼓動しているから、どこかで安静にしておけば時期に目を覚ますことも分かった。

 ――でも、どうしたのかしら急に?

 少し疑問に思っていたけれど、そういえばと思いだし――

 ――私達の戦いにとても驚いていたわね。まるで初めて見るかのような感じだったし……。

 と考えた。

 このくらいの歳なら、小学生の喧嘩にも、強くはないけど操力は使われる。そして何より、実技指導( “戦闘訓練”というのが響き的には合っているかも)が行われているのだから、彩夏自身も使っているものだと、湊は思っていた。

 もちろん、そんな訳がないんだけど。

 彩夏は根っからの日本人。戦争も何もない日本で育ったのだから、尚更驚くのも無理はない。実技なんてせいぜい、体育・図画工作・音楽といったものが関の山だ。

 平和的ですね……。

 ――うだうだ考えてもしょうがないか。とにかく、彼女を安全な場所に運ぶのが一番だろうね。

 まぁ、そんな事情なんて知る由もない湊は、そこまで深く考えるのをやめて、とにかく自分の家に彩夏を運ぶ事を優先した。

 ――と、そういえばこの子の服、破かれちゃったわね……。

 今から運ぶというのに、女の子が下着姿というのはどうかと思う。そう思って湊は、自身の着ていた羽織を上半身に、前掛けを彼女の下半身にかけ、見えないようにした。

 まぁそれは私自身も人前で下着姿・裸になりたくはないしね。

(えっ? 私が人間かって? どうでしょうね……〈フフッ〉)

 伸びている若者たちを湊は心配していなかった。何せ彼らも魔人。あと数分したら誰かは目を覚ます。致命傷は与えていないから、大丈夫だろうと思っているのであった。

 実際に彼らは、この十分後に目を覚まし、とぼとぼと家路についたそうな。

(どうでもいいけど)

 そして湊は彩夏を背負い、まずは旦那のいる店に行くことにした。幸い、においの筋はそんなに消えていなかったから、複雑な道をもう一度歩き、元の道へと戻って、真っ直ぐ店を目指した。

 着いた時、店は閉まっていたけど、その前で友彦がやれやれといった顔で待っていた。

「まぁ、大方予想通りだが、まさか気絶しているとは……」

「そんなことは良いから、家に帰るよ。看病もしなきゃならないし、この子の事情も聴いてあげないとね」

 湊は端的にそう述べ、友彦を急かした。と、不意に思いだしたかのように友彦に向き直り――

「それと、店を閉めてくれてありがと」

 少し笑みを浮かべた顔で感謝の言葉を述べる。友彦は、ふんっと鼻を鳴らして、笑いながら文句を言う。

「感謝はついでか(笑)。まぁいいや。ちょっと待ってな。玄宗を連れてくるから」

 そう言って、店の裏へと周り、移動用の馬こと「玄宗」を連れ、荷馬車の前に馬を置き、荷馬車を曳かせるための道具を着せた。

「これこれ分かったから。すぐだから落ち着きな……」

 そんなこんなで宥めながら、おじさんは準備を整えていく。

 あらかたの準備が終わると、湊は荷馬車に乗り込み、椅子に彩夏を寝せてから、その横に座った。そして友彦は、玄宗を動かすため、荷馬車の一番前に座った。

 一声、友彦が合図を出すと馬は歩き出し、我が家へと歩みを進めた。


 正直に言うと、私はこれでよかったんだと思う。

 この出会いがなければ、彩夏は一生、王宮に辿り着けていなかったことを思うと、意外とこの経験は重要だったのだろうと、私は考える。

 まぁ、私はただのナレーションだから、何ともいえないけどね。

 時間もないから、次の章でまた彩夏に引き継ぐわ。私の出番はあるのかしらね……。


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