第二章 出会いと災難
季節は少し薄寒かったから、秋か初冬くらいかと思った。
日はまだ高くて、昼くらいなんだろうなぁ、とは思っていたけど、午前・午後までは分からなかったが、山を下りるに連れ、日が傾いてきた。ということは、午後だと必然的に分かる。
時間の流れは地球と一緒みたいだったから、てっきり地球のどこかに飛ばされたのかと思ったけれど、今思えば、日本にいた時と同じ時間にほぼ一緒の高さに太陽があることが不自然であることに気付くべきだったんだけど……。まぁ確かに、寒かったからこそ、日本の別の場所に飛ばされたのかなと考えても不思議ではないんだけど……、この時の私はついぞ疑問にも思わず、ただひたすらに山を下りていた。
目的のために、あの人に会うために。
焦っても仕方なかったから、とりあえずゆっくりゆっくりと進むしかなかった。
着地地点を出てからしばらくして、舗装された道に出ることができた。それまでは、うっそうとした森の中、しかも低い木もずっとあったから、その間を縫うようにして抜けてきた。
舗装された道はとても歩きやすく、不自由なく歩けたけど、道に使われている素材が石畳のタイルで、若干古い感じがした。
今思えば、スニーカーで来たのは運が良かった。何せ、石畳で作られているせいでサンダルやヒールできたらこけやすい足場だったから、歩きやすい靴でよかったと思う。
……話が脇道に逸れてしまった。ごめんなさいね。
宮殿が見える方にただ進めばいいと言われたから、その方向に伸びている道をひたすら進む。
行き交う人はみんな何かしら荷物を持っている。重そうなものから、軽装備のものまで。基本的に、歩きやすい服装:浴衣に羽織袴を着た人まで様々だが、履いているのは……足袋だ……。その頃は、それの名前も知らなかったけど、変なの、とは思っていた。
そして、みんな片方(主に左)の手の甲に何か書いている。
――入れ墨?
何でそんなものを?とは思ったけど、ファッションの一部だろうと思い、そこまで気にすることなく通り過ぎる。
彼らもまた、私の格好に不自然さを覚えているみたい。そもそも、通り過ぎる女の人達みんな、私のようなスカートをはいていない。それでも気にせず、お互いにすれ違っていく。
そして、いよいよ平坦な道が近づき、森の木々が私の視界から取り払われた瞬間……。
――私はその光景に目を奪われた……――
唖然としてその場に突っ立っていると、右の方から音が耳に入ってきた。
カポコポカポコポ……――
何だろう?と思って右を向いた瞬間。
「おい、そこのガキ!! ここは馬道だ! 退かねぇと、ひき殺すぞ!!」
へっ? と拍子抜けしてしまったけど、さすがにびっくりしたから、咄嗟に後ろに自分の身を引いた!
右から聴こえてきた音は、馬の歩く音だった。馬なんて私の街にいなかったから、本物を見るのは初めてで、とても驚いたことを覚えている。その馬達は二頭で並び、足並みそろえて歩いている。
しかもその後ろには馬車があり、その荷台の前におじさんが馬を操り、私の前を通り過ぎた。
すると、そのおじさんが去り際に――
「親から馬道に入るなって、言われなかったのか!! 気を付けろよ、チビ!!」
と、怒気を含ませながらとても汚い言葉を吐いて、離れていった。
――はぁ……。
最初から、前途多難な道程になってしまったので、頭が痛くなった。
とりあえず、さっき注意されたことを意識しながら、馬道?を渡った。
目の前にあった道にとりあえず入って、ひたすら真っ直ぐ進むことにした。人通りはまばらで、歩きやすく、あちこちをきょろきょろしていても怪しまれることはなかったから、私はこれ見よがしにキラキラした目を上下左右へと向ける。
イメージとしては、西洋の煉瓦造りの街並みだけど、建物は現代のビル、プラス道の真ん中には土が敷き詰められていて馬の蹄跡が道に記されていた。歩道は煉瓦で舗装されており、何だかちぐはぐな感じがした。
今はもう見慣れてしまい、流れていく風景の一部でしかないけど、日本にそんな街が存在しているはずもなく、ましてや馬なんて牧場か観光地でないと見ないものだったから、当時はとっても心が弾んだことを未だに覚えている……。
子供の関心は途切れることを知らない。知らない場所、知らない土地。それだけで、楽しみは尽きない。小6とはいえ、子供心が強い時期である。しょうがないと言えばしょうがない。
(恥ずかしいったらありゃしない……)
人々は何故か明治の日本人と同じ服装をしている。それにしたって、袴や着物とか色々なものを着てはいるけど、足元にはいているのはみんな足袋だった……。カラフルではあるけど、また何でこんなにもいろんなものがちぐはぐなのやら、理解が未だにできない……。
そんなこんなで、道を歩いていると、前方に人影と開けた場所が見えてきた。
逸る気持ちを抑えられず、私は走ってその地点まで行き着いた。けれど、背が低かったから人混みが明らかに壁となって、私の視界を遮っていた。
見えないのは不満だったから、近くにあった箱に乗ってそこから背伸びをして、その場所を見ることにした。
――……何だろう? ここ……。
さっきの通りとは比べ物にならない程の人が、その場所に溢れていた。
円形の大きい広場の中に露店(この時は屋台と思った)がたくさんあり、真ん中には噴水と池が、その周りには喉が渇いているのか、馬がちらほらと水を飲んでいる。傍らにはその主人だろうかその人達もゆっくりと休んでいた。
はぁ~、と感嘆の声を上げると、周りからじろじろ見られているのに気付き、急に恥ずかしくなった。ということで、赤面した顔を隠すようにして、私は箱から下りて、人混みに紛れることにした。
とは言ったものの……、当時も今もそうだけど、人混みはあまり好きじゃなかったし、あんなことをされていたから人そのものがあまり好きじゃない。その為、人の中を歩くのは息苦しく思う。背も低かったから、なおさらそれは顕著だった。
いくらか歩いては見たものの、人混みは動きづらく、周りを見回しても大きい大人達ばかりで、恐怖の念に苛まれた。
――ダメ……。もう限界……!!
そう感じた時に、目の前から集団で人が押し寄せてきた。私は怖さのあまり右側に避けて、人混みを出ることに。(いや、本当に怖かったんだからね……)
出た瞬間、ほっと息をついた。人垣から出られたことと、広い場所に出ることができたことの二重の意味で安堵していた。
改めて出てきた人垣を見てみる。これだけ多くの人がここを行き交っているけど、みんな何しているのかなと疑問に思った。こんなにも多くの人がひしめきあっているのに、誰一人としてぶつかる気配がない。子供たちも危なげなく、人混みをすり抜けていく。
これはやっぱり経験の違いなのかなとは考えた。今はこの人混みを、私も難なく通り抜けられるようになったから、大きくなると慣れてくるものなんだと、そう感じた。
とりあえず、行先は決まっているのだから、くよくよしている暇はなかった。他に目的なんてないなら、もう一回挑戦するしかない……! そんな気持ちで、もう一度、人混みに挑むことに決めた、その時……――
「おぉい! そこの嬢ちゃん!」
後ろから突然声をかけられたのよね。
思わず後ろを振り返ると、そこには、無精ひげを生やし、頭は頭頂部まで禿げ上がり、少し小柄な体型をしたおじさんがいた。服は前掛けと紺色の着物という出で立ちだ。
「赤茄子いらんかい? お嬢ちゃんかわいいから、おじさんもてなしちゃうよ!! 今日は今年一番おいしい赤茄子が手に入ったから、君にだけ特別にあげるわ!!」
――へっ!? 急になんだろう?
最初の一声で圧倒されて、更に弾丸のごとく言葉が来たから、頭の中がパニックを起こしていた。疑問符がとにかく湧いてくる……。
「あぁ、ごめんよ! 別に怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、このおいしい赤茄子の宣伝とこの店を贔屓にしてもらいたくてな、声をかけさせてもらったんだよ。何もしないから安心してくれ……」
段々と落ち着きを取り戻してきた。びっくりはしたけど、悪気があってしたことじゃないと分かったら、少し安心した。だけど――
「まぁ、うちで仕入れている野菜は基本的に安心安全を売りにしているから、それも伝えたくてな。今回薦める赤茄子も、無農薬で肥料も必要最低限にして、あとは植物の力で育つようにしてあるんだよ。更に収穫前には水を止めて、甘さを最大限引き出しているから、苦手な子でも大丈夫。おっ、それからこの甘藍は……」
TVショッピングがスタートしていた。
おじさんは説明を止める気配がない。しかも、当時の私では分からないような言葉でつらつらと話していた。
――まるで呪文みたい……。
そんなことを考えていると、おじさんの後ろから人影がすっと現れた。少しずつおじさんの方に近づき、やがてピタリとおじさんの後ろに着いた。手を組んでいて良く見えていないけど、紙の束を持っているみたい。
「……西瓜に関しては、あえて海水を与えることによって果実自体に塩の圧力をかけさせて、糖をどんどん作らせるんだ。そうすることによってな……」
と、おじさんは説明をやめる気がなく、後ろの人影にも気づかないようだった。相当気分が良くなっていたのかもしれないなぁ……。
その時、人影が右手を後ろに引いて、持っていた紙束を――
スパンッ!――
一気に振り下ろした。
「……痛っ!!」
……すごく良い音が響き渡る。後ろの人影は良く見ると女性で、少し小太りの恰幅の良い、まさに肝っ玉お母さんみたいな人だった。
叩かれたおじさんは、痛がるなんてものじゃなく、悶絶していた。叩かれた部分をさすりながら、振り返って人影をにらみつけた。
「何すんだよ……! 折角、野菜のおいしさについてお嬢ちゃんに教えていたのに。痛いじゃねぇか!」
そう反論するものの、その女性はそんなのお構いなく、それ以上に大きな声でおじさんを怒鳴りつけた。
「そ・れ・は、こっちの物言いだよ!! 馬鹿じゃないの!! 何幼気な女の子に対して、恐がらせるようなでかい声で声をかけたと思ったら、アホみたいに自分の知識ひけらかしてさ! そんな客引きを行うのは、そこら辺にいるあほな男共だけにしときな! この子や私みたいな妖艶な美女にはもっと優しく声をかけるんだよ!!」
周りが何事かと騒ぎ始めるくらいの声の張りに、私は圧倒された。明らかにおじさんよりも強そうで、おじさんはすっかり尻に敷かれていた。
おじさんはそのことにとても不満げな顔をしていた。
「だからと言ってよ、そんなに強く叩かなくてもいいじゃないか。悪いことは何もしてないんだし、ちょっと興が乗ってしまっただけだろう。それに……」
と若干声を低めて反論し、「何が“私みたいな妖艶な美女”だよ……」と、私にでも分かる、絶対に言わなくていい一言を発した。
おばさんは、少ししわの入ったその顔に、さらに深いしわを刻み、にっこりとした笑顔でおじさんを見ていた。というよりにらみつけた。そして――
ズパンッ!!――
……案の定、すごい勢いで叩かれたのよね、おじさん。悲惨すぎる光景に思わず目を瞑った。
「………………っつ……!」
もう声も出ない位の衝撃だったみたいで、頭を抱えるようにして唸っていた。
「あんた、少しは学習したら……。余計なことを言うたびに、私の攻撃はどんどんと強力になっていくことにさ。そんなことになるけど、大・丈・夫?」
声は明るいのに、何だか喉に刃を突き付けられているみたいな感覚があった。ここまでの一連の流れから私はというと――
――このおばさん、恐いんじゃ……。
とびくびくしていた。
突然、おばさんがこっちを向いたとき、私の身体はビクッと跳ねて後退った。
でも、私を見る表情は、優しさで溢れていた。
「ごめんね! アホ亭主が怖がらせちゃったみたいで。本当、根は良いんだけど、顔は怖いし、声がでかくて調子に乗りやすいから、たまにこうなっちゃうのよね。大丈夫? 変なことされていない?」
私に語りかける声はとても優しく、とてもさっきまで怒鳴っていた人とは別人だと思った。そのおかげか私も気持ちを落ち着けることができた。
「はっ、はい大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで……」
正直、ちょっとどころじゃなかったけれど、つい口をついた言葉がそんなことだった。おじさんが怖がらせるつもりじゃないって言っていたから、恐怖心も薄れていたのかもしれない。
ただ、それ以上におばさんが怖かっただけなんだけどね……。
おじさんは、だから悪いことはしてないっての……、とまだ不満を言っていたけど、おばさんは更に上機嫌になって、私を見つめる。
「律義で良い子ねぇ。おばさんの子供たちは大抵アホな子たちだったから、あなたみたいな娘が欲しかったのよ」
……何だか、私のことを誤解し始めたから、慌てて
「い、いえ、その……。私そんな……」
良い子じゃないです、と言おうとしたんだけど、おばさん、ますます大きな声で――
「あら良いのよ! そんなに畏まらなくったってね。本当に女の子らしく、素直でいい子だと思ったんだから」
と付け加えられた。否定させる暇さえ与えない、見事な弾丸トークに圧倒されていた。すると、急におばさんが遠い目をして――
「それに比べて、子供たちときたらねぇ……」
はぁ~、とため息をついた。
何があったんだろうとは気になったけど、その時の私は子供が好きな人、という認識だった。
「まぁ、そんなことを言ったってしょうがないか……。んと、ところであなたは一体どこから来たの? ここいらじゃ見かけない顔だとは思ったけど」
――あっ、しまった。怪しまれている……。
突然聞かれて物凄い挙動不審な動きをしたのか、おばさんは怪訝そうな顔で見つめ、首を傾げていた。
本当のことはどうしようかと思ったけど、絶対信用されないよね、とは思ったもんで、とりあえずごまかすことにした。
「えっと……。あ、あっちから来ました。この街に来たのは、は、初めてです。今日はその、宮殿を見に行ってみようかってお母さんから言われて、それで来ました」
……咄嗟とはいえ、我ながら、怪しい言動を取ってしまったと思った。こんな言い方だと、疑われてもまぁね……。
すると、おばさんは奇妙そうな顔はするものの、ふ~ん、と感嘆の言葉をついた後――
「ということは、西の方からかねぇ……。となると、ドウシンかキコウ国、いやもしかして……」
とブツブツと何かを言い始めた。最後の方は聞き取れなかったけど、私の嘘には気づいていないみたいだった。あながちウソでもないけどね……。
ちょっとおばさんを見つめていたら、おじさんが突然声を発した。
「お嬢ちゃん、宮殿を見に来たのかい? そりゃ、是非とも見ていってもらいたいね! なんたってここは、カンゲン国の中心にして首都、そしてこの国を統べる王が坐街、神都であるぞ!! 宮殿には、神族の方々が住まわれておるから、見たら圧巻させられるかもしれんな!!」
……圧巻なのはおじさんの方なんだけど……、という突っ込みは当時の私にはなかったから、正直、ただただ笑ってごまかすしかなかった。
それにしたって、神族って何?本当に映画かなんかの世界に間違って踏み込んでしまったのかと思う程、簡単にしゃべっていた。
「あんた、まだそんなことを人様に話すのかい? よしとくれよ、恥ずかしいんだからさ」
ややあって、おばさんがそんなことを口にした。国の自慢を話されて、恥ずかしがっているのかな、とも思ったけど違うということを知ったのはそれから後の話だった。
「なんだよ、悪いことじゃないだろう。それに別、話しちゃいけねえことではないんだからよ」
そんな感じでおじさんは弁明を図っていた。おばさんはなんにもおじさんに対して言わず、私の方を向いて話し始めた。
「しかしまぁ、こんな時期に観光だなんてあなたのお母さんも変わっているのね」
「えっ? な、何でですか?」
「だってね、今は宮殿警吏隊や軍の募集は行ってないし、これと言って催し物もあるはずがないからねぇ。あなたみたいなのが不思議なのよ。見たって面白くもなんともない所だからさ」
地球、というよりも日本ではヨーロッパの宮殿等を回るのは普通だったし、結構いい嘘だと思ったけど、ますます怪しまれてしまった。
若干、顔が引きつっていたかは分からなかったけど、とても怖かった。何か得体の知れないものに喉元を掴まれているような、そういう目つきでおばさんは私を見てくる。
咄嗟に私は気になっていることを聞くことにした。
「あのっ、ここは日本……じゃないですよね……?」
良くこの状況でこの質問できたなぁ……、と今考えてみたら笑い話だった。緊張もしていたし、何か話さなきゃと思っていたからと言っても、これはさすがにね……。
「ニホン? ここはカンゲンという国ではあるけど、そういった地名の場所や国はないね」
おばさんが淡々と答える。まだ目は疑いが強かったけど、どっちかというと意外といった表情をしていた。
う~ん、とおばさんが唸って、おじさんの方を振り向いた。
「聞いたことあるかい?」
「いんや、ないな。何かの聞き間違いじゃないのか?」
これを聴いて私は確信した。
――あぁ……。ここはもう……。
違う世界にきてしまったんだなぁ、と心の中で呟いた。何だって自分の誕生日に、よりにもよってこんなことになるのかなとは思ったよね……。
悶々と色んなことを考えていたら、突然――
ゴーン、ゴーン、ゴーン――
鐘の音が町に響き渡った!
何だろうと気になってきょろきょろすると、おばさんが教えてくれた。
「あぁ、初めて来た人はびっくりするのよね。これはある一定の時間に鳴る鐘で、私達はこれを基準にしてから行動するのよ。ちなみにこの鐘は、三時を表しているわ」
確かに鐘の音は三回響いた。なるほど、こっちでいうところの十二時のサイレンみたいなものなのね……。
ふと、あることに気付いた。
――……えっ? もうそんな時間!?
正直、焦った。夜になると知らない街だから、尚更危ないことが当時の私にも予想できたから、話を切り上げて目的を遂行することにした。
「ごめんなさい! 母がもしかしたら私を待っているかもしれないから、もう行きます」
あまりにも唐突だったから、おばさん達はびっくりしていたけど、事情を察してくれたみたいで、あぁ、と感嘆の息をついて
「あら、こっちこそごめんなさいね、いつまでも話につき合わせてしまって。あっ、ちょっと待ってて!」
とおばさんはそう言って、裏へと行ってしまった。
少しすると、腕に二つの赤く丸いものを抱えていた。そして、その二つを私の両手に持たせてくれた。
「これは、今年一番おいしい赤茄子を、更に裏の井戸水を使って冷やしたものだよ。今日は暑いから、冷えているものの方がおいしいし、水分補給と思って道中で食べて頂戴」
私はありがとうございます、と言ってから、ふと頭に浮かんだ疑問をおばさんに聞いてみることにした。
「あの、これって"トマト"じゃないんですか?」
「あぁ、あなたの地方ではそう言うのかしら? これは"赤茄子"って言うのよ。見た目が茄子みたいだから、そう呼ばれているのかもね」
へぇ、と口にしつつ、私はもう一度ありがとうございますと言って、去ろうと思った。けど、そういえばと思い――
「宮殿はどうやったらいけますか?」
方向は分かっても、どの道を進めばいいか分からなかったから、聴いてみることにした。
「若干迷子ではあったのかい?だったら、ここを進んで二つ目の路地を進めばいいよ。そこから先は真っ直ぐだから、迷うことはないだろうさ」
この疑問にはおじさんが答えてくれた。ここまでしてくれるなんて、とても親切な人達だなと感じた。
「道中気を付けなよ。治安はまだ安全ってくらいだから、変な奴に捕まる可能性があるからな」
とおじさんは更に付け加えてくれた。
「はい!ありがとうございます」
「そういえば……」
とおばさんが突如、話し出した。何かな、と思い待っていると――
「あなた、名前はなんていうの?」
疑り深い性格だったけど、この時はすっかりおばさんたちの親切心に感化されて
「川上彩夏といいます」
と答えることができた。するとおばさんは、優しい笑顔になり
「そう、彩夏ちゃんか……。良い名前ね。お母さんと早く会えるといいわね」
そう返してくれた。それがつい嬉しくって私も笑顔になっていた。
「はい!!」
と元気にあいさつして、八百屋さんから離れていき、人混みをもう一度行くことにした。
まるで、大きな戦に行くような心構えだったけど、おばさんたちのおかげで勇気をもらったこの足は、力強く踏みしめていた。
しばらく人混みにもまれながらも、何とかおじさんの言った二番目の路地に入ることができた。
入ったら、人がどっと少なくなり、歩きやすくなった。
ほっと溜息をついて、再度歩き出すことにした。空は本当に伸びあがるように突き抜けた青さがあり、人混みからの解放感が実感できた。と言っても、建物のせいで空は小さくしか見えなかったけど……。
先を見てみると、宮殿までは距離があり、歩くのは大変だなぁと予想はできた。とりあえず、目標があったから良かった。目的がないとやっぱりやる気は出てこないからね。
さぁ、と思い歩き出した時――
いきなり後ろから何者かに掴まれてしまった!
「ちょっ! 何す……! むぐっ!!」
すぐさま口を塞がれて、私はしゃべることも叫ぶこともできなくなってしまった。そのまま、近くの狭い路地へと連れて行かれてしまう。
道は奥に行くにつれて狭くなり、そして、複雑に入り組むようになっていた。最後に着いた場所は袋小路で、私はコの字になった所の一番奥に放り出され、ようやく犯人の……いや犯人達の顔を見ることができた。
私よりも年上だけど、まだ十五~六歳くらいの若い三人組が道を塞いでいた。全員ニヤニヤと私を見て笑っていた。……とても気持ちが悪い……。
「ちょっと、何するんですか!! こんなところまで連れてきて!!」
そう叫ぶと一人が近づいて話してきた。
「いやなぁに、あまりにも可愛い女の子がいたもんだから、ちょっかいを出そうかなと思ってね」
――……えっ?
意味が一瞬、分からなかった。kawaii? 誰のことを指しているの? 馬鹿じゃないかな? と思った。
「……人違いじゃないですか? 私はどこにでもいる普通のブスな女ですけど……」
言ってて悲しくなってきたけど、事実を言ったんだからもういいでしょと心の中で思っていると、後ろから違う奴が話してきた。
「何言ってんの、紛れもなく君のことだよ(キラッ)」
うざったらしい笑顔をこっちに向けて話してきた。何だって私なんだろう? 別に、私より可愛い女の子はたくさんいたと思うけど……。
――……しまった。こんなことを考えている場合じゃない!!
とにかくこの状況を打破しないといけなかったから、どうしようか考えて――
「今から何するつもりですか?」
目的を聞いてみることにした。そうすると、最後の残った男がこう言った。
「俺たちは君と遊びたいだけだよ。まぁ、ついでに女としての喜びも教えてあげようと思ってね」
今なら、この言葉の意味が分かる。本当にくそみたいな集団だったんだと。あぁ、気持ちが悪い……。
そして、同時に悔しかった。力がない自分にも、この状況に気付かなかった自分にも本当に嫌だった。今なら抵抗どころか、手の一本でも使えなくさせられるのに、当時の私ときたら本当に弱過ぎる。
だから、これ以上の抵抗は無駄だと思って、私は諦めて彼らのなすがままにさせた。
「おっ、抵抗しないのかい……。それなら、良いってことだよな……」
無言で下を向く。もうこれまでなのかな……と思ったけど……。
私の反抗心は、それを許すことができなかった。
――やっぱり嫌だ!!
私はポケットに入れていたトマトを近くまで来ていた若者の一人にぶつけた! 見事に顔面に命中!! ぶつけられて、若者が後ろに下がり、倒れる。
「おい! 大丈夫か!?」
他の二人が心配そうに彼の周りに集まる。意外と仲間思いだなと思った。
――って、そんなことを考えている場合じゃなかった!
その隙をついて、彼らの横をすり抜け脱出を試みる。袋小路の出口まで、後二十メートル。このまま行けば、彼らから逃げられる……。
しかし、逃してくれる訳がなかった。攻撃を受けなかった二人が、疾風のごとき速さでこっちに迫ってくる! もう、その差は五mなかった。
賭けで私は、もう一つのトマトを追いかけてくる奴らの左の方に投げつけた。
――当たれっっ!!
けれど、それはやすやすと避けられ、あと十mの所で捕まり首根っこを掴まれてしまう。
――くっ、苦しい…………。
流石に振りほどくことができなかった。万力のような力で締め上げられて、息ができない。死ぬかと思う程、この時の私は絶望を感じていた。この時は切迫した状況だったためか、死にたいとまでは思わなかったけど、冷静に考えてみたら……ね……。
「てめぇ、よくもやってくれたな!! もう優しくしねぇぞ!! 強○して、お前の大事な処○を奪ってやるよ!!」
言っている意味は分からなかったけど、酷い目にあわされるのは目に見えた。
――あぁ、ここまでかな……。
諦めた方が楽だと思い始め、私は目を瞑った。本当に最悪な人生だったと、出てくる走馬灯も悲惨な日常ばかり……。
地面に押し倒され、服を無理矢理はがされる。まだ発育途中の小さな胸が露わとなり、男たちが興奮気味に私を見て手を伸ばす。気持ちが悪かったけど――
『これも運命』
と涙を流しながら呟いた。
「おい、ちょっと待ちな! 悪ガキどもよ!!」
小さな路地に腹から押し出された声が、耳につんざく形で響き渡った。
響いた声には、聞き覚えがある。少し低い女性の声……。
若者たちの向こう側を透かし見る。
路地の入口に誰かが仁王立ちしているのが見えた。
そこに見えたのは、一番初めに出会い、親切にしてくれた……。
そう、八百屋のおばさんだった!




