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第一章 導きの夢

 ――私はいじめられていた――


 というか、正確には今もいじめは続いている。

 暴力を振るわれていたとかそういう類じゃないから、体に傷を負うことはなかったけど、言葉に関しては本当に精神的苦痛を伴い、心には癒えない傷が無数につく程、酷い状況にあった。

 いつからかは分からない。だけど、小学校へ上がってすぐに、私はその標的にされた。

 別に目立つようなことはしていない。むしろ大人しかったというべきであろう。根暗な感じは自覚していた。そんなにコミュニケーション能力も高くなく、運動神経も良くないし、頭も良い方じゃなかった。

 まぁ、それが原因だったのかもしれないけどね……。

 雰囲気が暗いだ、足が遅いだ、頭が悪いだ……。そんなことから始まり、二年前に至っては彼らの脳内ボキャブラリーが増えたのか、

 ――近づくな!

 ――触んな!

 ――穢れる!

 ――腐れる!

 ――川上菌が付くだろう!!

 ――こっちみんなブス!!

 ……グスッ――

 …………あぁ、ごめん……。言ってて、悲しくなってきちゃったから……。少し待ってて……。


 そうこんな感じで私は小学校の六年間、罵詈雑言渦巻く小学校の教室に毎日通っていた。廊下を歩いても学年中のほとんど全員から、場合によっては上級生、下級生からも前述のようなことを浴びせられた。毎時間、休みになるたびに捲し立ててくる奴も少なくない。

 私は必死になって耐えた。耳を塞ぎ、目を閉じ、抵抗することなく事をやり過ごしていた。

 こんなことが続けば、益々、コミュニケーション能力なんて育つわけもなく、もちろん、人間不信を患っても仕方がないもので、私は負のスパイラルに陥ってしまった。

 一応、勉強だけは何とかついて行けていたものの、運動だけは厳しく、からっきしよくなる気配はなかった。

 親には?と聞かれても話すわけにもいかない。話した瞬間、血相を変えて学校へ突入し、職員室、もしくは校長室で暴れかねない。超が付くくらい心配性の、超が付くぐらい導火線が短いから本当に怖くなる。だからいつの間にか、親の前では作った笑顔で何事もなかったかのように振る舞う癖が……ついてしまっていた。


 唯一の居場所は本の世界。子供の頃から読書は好きだったけど、小学校に入ってからはますます読書に埋没するようになっていった。

 どんなにいじめられようが、本に入り込むことができればそんなことを気にすることなく、その世界の主人公たちと自分を重ねて、惨めな感情が渦巻きつつも、その夢物語に憧れていた。そう、いつしか彼女――いや、私はこう思うようになっていった。


 ――私もいつか異世界でお姫様や勇者のようになれたら……。


 そう、こんなことは夢物語だとは知っていた。そんなことは決してあり得ない……。でも、そう思いたくなる程、自らの境遇があまりにも悲惨だった。

 ……流石に重苦しい雰囲気になってきたなぁ……。続けるけど。

 昼休みや放課後は図書室に入り浸り、学校が閉まるまでそこで過ごした。(因みにそこにいても、暴言を吐いてくる奴がいるけど……)帰っても、ご飯や風呂を終えたらそそくさと自分の部屋へと引き上げ、本の世界に没頭するのが日課となっていた。

 勉強は? と言われても、あの環境で勉強なんてする気も起きないし、帰っても学校のことは思い出したくなかったから、やる気になれなかった。宿題だけは終わらせることにしていたけれど、終われば当然ベッドにダイブで物語にダイブ……。大分ひどい小学生だとは、語ってて思った。


 学校そのものも嫌いだった。小学校低学年頃は何かある度に先生に相談していたけど、先生にはうっとおしく感じたのか、最終的に――

『そんなものはな、ただの遊びにしかならないんだよ? 分かるかい? 一定の時間があれば、どうせ飽きてすぐに止めるさ……。それよりも、みんなと仲良くする方法を探した方が良いよ……』

 こんなあしらわれてしまう始末。それ以降一切、先生を信用しなくなった。(それどころか、徐々にエスカレートしているしね!!)

 こんなこともあってか、「学校へ行きたくない病」が朝から発生しており、朝の起床はホームルーム開始前の三十分で、支度から朝食を取って歯を磨いて家を出る頃には始業一分前。因みに、私の家から学校まで歩いて十五分、走って十分ってところかな(てへぺろっ!)。

 ……完全遅刻確定である。その為今でもあだ名は「遅刻魔」。しょうがないじゃない!行きたくない衝動が朝から渦巻き、体の神経を鈍らせているのだから!だいぶ減ってはいるけど……。

 親からは急げとどやされ、先生からはこっ酷く叱られ、クラスの連中からは嘲笑われて、こんな調子の毎日を送っていた。(コラそこ、それも原因とか言わない!! 行ってるだけマシでしょ!!)

 泣かない日なんてなかった。朝起きて枕を見ると、水を含んでいた、なんてことは日常茶飯事で、私にはそれが日常だった。起きてる時は泣くこともないんだけど、寝ている間に心が代弁するかのように泣いてくれていたようだ。


 こんな感じの日常を過ごしていると、自殺願望すら私の心情に入り浸っていた。というか、中心にいた。それでも死なずに来れたのは、私が死んだ後の親のことや兄弟たちのことを思い、死への渇望を抑制してくれていたからだ。絶対に家族が悲壮感に暮れる映像が勝手に脳内再生する。それを、私の心は許してはくれなかった。それでも虚無感が支配する心は、死の淵に近い所には間違いなくいたと思う。

 それほどに危険な状況であった。

 ――何でこの世界は、辛く苦しいものなんだろう……。

 ――何で私みたいな奴が生まれているんだろう……。

 ――本当にこの世の中に必要なの……。

 ――生きていても意味なんてないじゃない……。

 無限ループのように心の中では、こんな言葉が湧いては消えて湧いては消えてしていた。

 これから先の人生を憂いて、私には一生良いことが無いんだ……と、諦めモードへと既に突入していた。


 そんな地獄のような日々の中で

 私は運命の女性に会うことになる

 未だに鮮明に思い出せる

 そう……あれは、

 私の誕生日が迫っていた

 七月の夜のこと――


 この日も私は宿題を済ませてすぐにベッドへと飛び込み、最近見つけたファンタジー物の厚い本を読んで、意識を物語に投下していた。

 今日も今日とて学校に行けば、散々な一日でありまして、相変わらずクラスのみんなからはハブられ、先生も見ぬふり知らんふりされるし、他クラスからも罵倒され、今日は机も蹴られたし、すれ違いざまに「キモい」「学校に来んなよ、空気が汚れるから」「大気汚染って、知ってる?(笑)」等々言われるがまま……。酷いものでございますね(お前らの口から吐く雑言の方が汚いんだよクズども……)。

 まぁ、それは良いとして、そんな憔悴しきった心を持ち帰っても、親にはいつも通りだよ、と上辺だけの笑顔で答えて、弟や妹達と食卓を囲み、お風呂に入って自室へ。

 翌々考えたら、こんな生活をしていて体調を崩したことが無いことに驚いた。中々体は頑丈だったんだなぁと今になって見れば思う。

 自室に入って宿題を済ませ、すぐさま布団に突入して、本の世界に没入する。

 で、しばらく本を読んでいるうちに睡魔が襲ってきた。面白い小説ではあるけど、小学六年生の憔悴しきった体は、休息が必要だと訴えてきたため、寝ることに。

 布団を目深に被って、しばらくすれば精神は真っ黒な闇に包まれていき、夢など見ずにそのまま朝を迎えることになるんだけど……。

 ――……うん?

 この日だけは違った。気が付いたら辺りが薄明るくなっており、目を開けようとしたら、とある異常に気付いた。

 ――あれ、私確か布団をかぶって寝ていた気が……。それに、下がなんだか冷たい……。

 その違和感が私の意識をじわりじわりと起こしていく。そして、薄目を開けて確認をする。

 ――??? へっ?

 見えた光景に私の目は見開き、頭は光が弾けたように覚醒した。思わず飛び起きて。もう一度確認してみる。

 ――…………何ここ……??

 そう思うのも無理はない。だって、自室で寝ていたはずの体が今いる空間は――


 真っ青に澄み切った空間だったから……。


 茫然として周りを見渡してからふと気づく。

 ――……。あぁ、夢……?

 何故か夢と気付くのに数秒を要した。まぁ、夢は当時からあんまり見ない方だったんだけど、見る時は大概悪夢が多い。だから、夢と気付かなかったのかな……

 とか考えてみたけれど、そんな感じじゃない。根拠はないけど、どうやら現実に近い夢であり、悪夢じゃないような気がする。つまり、夢現という感じがした。いや、もしかしたら現実かもと考えたりもした。

 ……だからと言って、何かするわけでもないんだけれど。

 当時から、色んなことを受けすぎて、この位のことで驚くことがなくなっていた。というよりも、心がもう死んでいた……。ほとんど何も感じることもなく、何にも期待することもなく、心はその位擦り減っていた。

 ――夢ならすぐに覚めるよね……。じゃあ、もう一回目を閉じれば……。

 そんなことを考えていると、辺りの明るさが増していき、後光が指してきたような雰囲気を醸し出してきた。その現象に目を見張っていると――

「あら?まだ案外若いわね。もう少し、大人だと思っていたんだけど」

 不意に、後ろから声をかけられた。

 ――???

 振り返って確認すると、薄いピンクの下地に、黄色の花柄の着物を着て、髪は耳の下程にしか伸ばしておらず、私よりは年上だけど、しかし、年齢的には二~三歳程度しか離れていない。凛とした佇まいで、どこか高貴な方を思わせるような雰囲気を纏っている女性がそこにはいた。

 身長は当時の私がまだ百四十cmあるかないかくらいで、少なくともその人は、十cmは高かった。顔立ちもすっきりと整っており、特徴としては左目の目尻下に泣き黒子がある。

 彼女はしっかりと私を見据えて、再び口を開いた。

「初めまして、異世界の物操力保持者。私のことが認識できる?」

 ――???????

 夢にしてはやけに現実味を帯びすぎて、驚くというより意味が分からず首を傾げた。そして、それ以上に疑問も多い。

 ――イセカイ? ブツソウリョク? 何で認識できるか聞いているの?

 日本語であったことはこの際気にせず、その言葉について思案を巡らせていた。良く分からないことが多すぎて、何を話せばいいのやら考えていたけど、まずは彼女のことから聞くのが普通かと思い、その女の人を睨みつけて

「あなたは? 何しにここに来たの? 私をどこへ連れて行ったの? すぐに警察が来るよ?」

 矢継ぎ早に次々と質問してみた。しかも、ご丁寧に怒ったような口調で、相手から嫌われるように。

 というより、この小学生、人を見て早速犯罪者扱いしているとは、どれだけ人間不信だったんだろうね……。

 まぁ、私のことなんだけど……。

 そんなこんなで、次の言葉を待っていたら、見ると彼女の表情がパァッと華やいでいき……、そして、私の元に駆け寄ってしゃがみ、両手を思いっきり握ってきた。

「へぇ~!! こっちの世界でも“警察”ってあるんだ!! 結構驚きかも!」

 まさか、歓喜されるとは……。思わず口を閉じるのを忘れてしまっていた。

「音声言語も一致しているみたいだし、会話は問題ないみたいだね!(ニコッ)」

 しかも、どこに驚いているのか分からないし、会話ができるから何なのか?正直この状況下でこのやり取りはおかしいと思う。それよりも、私はどこにいるのか教えてほしかった。表情には出さなかったけど、内情はいろいろのなものがないまぜになっていた。

 そんなこととは露知らず、彼女はじろじろと私を観察してきた。

「体のつくりは一緒……、音声言語も一緒……、何だか私達と変わらないわね……」

 何を言っているのか全く理解ができなかった。そんなの当然じゃない、と当時の私は思った。

 ――だって、同じ日本人なんでしょ?

 心の中でそんな疑問を呟いて、上目遣いにジ~っと彼女を眺めていると、彼女がゆっくりと近づいてきて……

 バフッ!!――

 急に抱き着かれた!!

 さすがに驚きを隠せず、私は必死になって抵抗した! もがいていると、腕がちょっとゆるくなったのを見計らって振り解き、這う様にして彼女から離れる。

「ちょっと!急に何するの!!」

 ハァハァッ、と息を切らしながら捲し立てても、目の前の本人には何も響いていないようで、むしろ安堵したかのような顔をされた。

「良かった。感情がないのかと思っていたけど、そういうことはないようね。安心した~」

 試されたことに少し腹が立った。ただ、まるで人を、感情のない人形のような感じで見られたことに……私は余りショックを受けなかった。

 この時は事実そうだったからだ。

 そして彼女は満足のいく結果が得られたのか、陽だまりのような、でも裏に一物を持っているような顔で再度話しかけてくる。

「器量よし。動きよし。見た目もそんなに悪くないし、何より微かに良い感じの操力を持っている……。うん、やっぱり……」

 何かを確信したようで、キッと私を見つめて彼女はこう叫んだ!

「私の目に狂いはなかった!!(どやっ!)」

 ビシッ!――

 と右手人差し指を突き付けながらそんな発言を平然と叫んだ。

 ……そんな顔で言われても、とは思ったけど、口にはしていない。というより、逆に唖然としちゃっていたから、できなかった。

 ――何なんだろうこの人……?

 変な人であることには間違いはないんだけど、不思議と嫌な雰囲気を感じなかった。抱き着かれたことには流石に驚いたけど、それ以外であればむしろかなり安心のできる人だと……。そう正に――

 陽だまりの当たる野原に咲く一面の花畑のように、穏やかで温かなオーラを持っている人だった。

 ……くさいセリフって言うな……。

 そして、彼女はもう一度向き直って、私の両目を覗き込む。その顔には好奇心と何か覚悟を決めた顔が、はっきりと映っていた。

「さてと……、時間もないから、早速本題に入るわね。あなた、私達の世界に来てみない?」

 ――……私の現実逃避思考も、ついにここまで来ちゃったかな……。

 あまりにも物語の世界に埋もれてしまったらしい。その為か、夢以外では絶対にありえないような発言をされて、しかもそれが異世界への転移なんて……。狂ってしまったと思った。

 ――そういえば、これは夢なんだよね。つまり、彼女は私が作りだした幻影……。それなら説明が付く。

 何となく幻滅してしまったような、期待を裏切られたような感情が、胸に渦巻く。ショックだったなぁ、と小学生の心のながらそう感じた。

 ところが彼女は私の心情を察したのか、違うよ、と前置きして、

「安心して。私はあなたの夢が作り出したものじゃない。あなたの住んでいる世界とはたぶんだけど、遠くかけ離れた地から、精神だけ飛ばして探しに来たのよ。だから、私にも元に戻る体はきちんとあるし、あなたは狂ってなんかいない、それだけは確かだから」

 妄想もここまでこじらせると現実に近づくんだと、心はすでに疑心暗鬼と化していた。まぁ、当たり前だとは思うけど、こんなこと言われたって信じる訳もない。早く目が覚めないかなと考え始めていた時だった。

「ちょっと失礼……」

 突然、彼女が近づいてきて、私の胸に手の平を添えた。

「百聞は一見に如かず、って言うしね。まぁ、一回体験してもらった方が早いか」

 目を閉じて、顔を伏せたのちに何かを呟きだした。

 《汝の魂に問う。そなたが我が力を感じるのであれば、その秘めし力を我が元に示せ……!》

 良く分からない呪文を言い始めて、ポカーンとしていた――

 瞬間!! 私の中から何かが溢れだしてくる感覚を覚えた!

 ――なっ、何っ??

 その衝撃に私の頭の中は疑問符で一杯になった!体の内から力が、勇気が、気力が爆発を伴って覚醒する!!

「な……んなの……これ……!!」

 抑えきれない衝動に息が苦しくなる! それと同時に何か別の感情が渦巻く……!

 ――何だろう!! 凄く……、凄く気持ちが良い!! この力を使いたい!!

 そう「快感」だ。とてつもない快感、甘い誘惑が私を引きずり込もうとしている。誰でもいいこの力を今すぐ試したい……!! その思いが、心を覆う。

 自分の顔が歪んでいるのが良く分かる。もしかして、笑っている?

 目の前にいた彼女を見やると、引きつった笑顔でこちらを見ていた。

「何てすごい力なの!! これ程の力の持ち主、そうそう私達の国にもいないわ!! そして、それに動じない、あなたも中々やるわ……ね……!」

 突如、彼女の表情が苦痛を訴え始めた。辛そうに顔を歪める。

「ま……ずい……! この……まま……じゃ、抑……えきれ……ない……!!」

 力を開放させ過ぎたのか、抑え込もうと必死になっているのが良く分かる。

 ただ私はそんなことをお構いなしに、この力を堪能していた。

 ――この力……、今まで私をいじめ・罵倒してきたあの連中にぶつければ、私はこの傷を癒すことができる!! そして二度と、私に逆らわせないようにすれば……。

 ……今思えば、力を持った時の私は相当危ない奴のようね。とんでもない危険人物と言える。こうやって見てみると、今の私でも怖いと思ってしまうから。

 ただ、それくらい私には衝撃的で衝動的になりやすい状態だったことは、ここで説明しておこう。何せ、小学校に上がってからの五年以上、死ねだ、消えろだ、腐るだの言われてきた者にとって、そいつらを圧倒できる力を持ったら、そりゃあどんな危険そうな力にでも縋るというものよ。

 そして私は、いない連中の代わりに彼女を蹂躙したい衝動に駆り立てられた。この力を駆使して屈服させれば、自分の苦痛を少しでも埋められると考えて……。

 しかし、彼女は私をしっかりと見据えて、私に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「何……考えている……かは……知らない……けど、やめ……といた方が……良い……わ……! このままい……くと……あな……た……、力……に飲ま……れて、死んで……しま……うわ……よ……!!」

 その言葉を聞いた途端、逆に冷静になり、そのままその言葉を受け取ることにした。

「死ねるの……? それならそれで構わない……! どうせこの世に、私は必要とされていないのだから。死んだって、誰も悲しむこともないしね……!」

 いや、少し嘘を吐きはした。両親と姉弟たち、親戚の人くらいは悲しんでくれるだろうけど、この時の私は溢れ出る快感に脳を支配されていたから、そのことを考える余裕がなかった。

 そんな時に出てきた選択肢として、

 ① このまま衝動に乗って、彼女を倒す。

 ② このまま力を制御せずに、死ぬ。

 という最悪のシナリオを展開させていた。そしてこの場合だと、二番を選択肢として選びそうな勢いだった。

 だけど彼女はそれを許してくれなかった。一息ついて少し考えてから、言い放った。

「……ごめんっ!」

 ――何で謝るの?? って、えっ?

 その瞬間、私の視界が天地を逆転した!彼女が私の体勢を崩すために、足をかけて後ろに倒したのだ。痛みはなかったものの、地面に倒された感覚だけはあった。

 彼女は片手で私を制して、別の行動をしていた。

「ちょっ、何すっ……、離して!!!」

 そう叫んでみるものの当然ながら、彼女は私を離すことはない。さっきよりも強い力を発現させて、必死にもがいて彼女から離れようとした時――

「――んむっ!?」

 何かに口を……いや、彼女の唇が私の唇を塞いだ!そして、そのまま何かを流し込まれる!!

 苦しいと思ったのも束の間、続いて強烈な睡魔が襲ってきた!それに意識を持っていかれないようにと抵抗したが空しく、脳の全思考回路が完全にシャットアウトした――。


 数時間だろうか? いや、もしかしたら、十分と経っていなかったかもしれない。私は強烈な頭痛と吐き気で目を覚ました。

 しかし、この場合の目を覚ますは夢からではない。そう、さっきの夢の中で、ということだ。視界には、揺らいではいたが夢の風景である青い空間が映っていた。

 すると、誰かが心配そうな顔をして覗き込んできた。

「大丈夫……? よかった、気が付いてくれて……」

 少しの間思考が停止したが、大波のように倒れる前の記憶が思い出される。

 ――そういえば、私は……。

 暴走しかけたんだっけとは、繰り返さなくても分かる事項である。

 それと同時に、あの衝動を考えてみた。恐怖のような、それでいて甘い誘惑を含んだ複雑な衝動……。

 ――もう一度、体験したい……! そして、そのまま爆発させれば……。

 死ねる……、と思ってもう一度イメージしてみたものの、何故かさっきの力を今は感じられない。何で、と首を傾げていると、私の意識を刈り取った張本人が強い口調で語り掛けてきた。

「今はもう、あなたの力を封じてあるわ。さっきの睡眠薬には、あなたの力を強制的に封じるための薬も同時に混ぜてあるから、使用しようとしても引っ込んでしまって何もできないわよ」

 その言葉を聞いた途端、得も知れない絶望感が心を支配した。何に、ってそりゃもちろん……。

 死ねなかったことに。

 それを感じ取ったのか、彼女は私の両肩に手を置き、しっかり見据えて、諭すように語り掛けてきた。

「今のあなたは死のうと考えているかもしれないけど、それだけは許さないから。だからこそ封じたのよ」

 その言葉を聞いて、絶望が怒りに変わった。そして私はその感情に身を委ねて、言葉を吹っ掛けるように彼女に吐き出した。

「何で、そのままに……してくれ……なかった……の……!」

 口から出た言葉には、嗚咽が混じっていた。それは人への、この世への、そして何より、何もできなかった自分への……。

 怒りと絶望……。

「何でって、それはさっき話した通りの……」

 その言葉で、私は勢いよく立ち上がり、彼女を見下ろす。目の前の女は戸惑いの表情を浮かべていた。

 そのまま私は、感情の高まりを抑えきれず、胸の内に溜まっていた黒い空気を叫ぶかの如くぶつけてしまっていた。


「どうせ誰も私のことなんかいらないのよ!

 私が死ねば、この世は安定するでしょうね!

 だって、しょうがないじゃない!!

 私は頭が悪いし、根暗だし、コミュニケーションだって苦手なんだもの!!

 運動もできない!

 友達なんてもっての外!

 顔も性格も悪い!!

 家族にも嘘を吐いているのよ!!!

 そんな奴がこの世の中に必要とされていると思うの?

 いらないに決まっているでしょう!!

 馬鹿じゃないの!?

 そんなごみクズみたいな奴に何を期待しているの?!

 期待したところで、無駄に決まっているじゃない!!

 どうせこんなところで死んだって、誰も気づきはしない!!

 そう、誰も悲しまないのよ!!

 だから……、」


 もう涙が止まらなかった……。ありったけの思いを、会って間もない人にぶつけるのは、御門違いも甚だしいものだった。それでも口は……、いや、体は止まることを知らなかった。握った拳には爪が、固く結んだ口には犬歯が刺さり、血が滴り落ちていくのが分かる。体へと力が入った状態で、最後は絞り出すような涙声となり、こう締めくくった……。

「だか……ら……お願……い……。死なせ……てよ……」

 ――嫌われただろう、引かれただろう。それでも良い。

 彼女がこっちへ近づいてくる。その表情は暗いものだった。

 それはそう。こんなにも役に立たない奴を手元に置いたところで、彼女には気の毒であろう。そう感じて、私は懇願するような口調になったのだと、今になって考える。そして――

 ――これで、興味を無くしてくれれば……。

 そう思った瞬間――

 パシッ……!――

 左頬を何かが引っ叩いた。

 いつの間にか右側に顔を向けていた。突然のことに目を丸くする。音は大きい、けど痛みはそんなにない。ただ、心がずきりと痛む感覚があった。

 目の前に視線を移す。私はそれを見てハッとした。

 そこには怒りと悲しみの表情を浮かべつつ、そして、涙を流している彼女の姿があった。そこから、私に近づいていき――

 優しい力で私を抱きしめた。

 その抱擁を今度の私は拒まな……いえ、"拒めなかった"。その身を預けて良いと思ったその感触はまるで、子供をあやす母親のそれに似ていた。そのまま彼女は私の耳元に囁き掛けるようにして、言葉を紡ぐ。


「そんなこと言わないでちょうだい。

 あなたがどんな人生を歩んできたか、私は知ることができない。けれどもさっきの言葉から、決して幸福と呼べる人生を描いて来れなかったことは分かるわ。

 だけど、あなたはまだ十と少しの年齢しか経っていないのでしょう? それなのに死にたいだなんて言わないでちょうだい!

 あなたに死んで欲しいと思っている親はいないし、私もあなたに死んで欲しいとなんて思っていない。

 そんなに自分を貶めないで……」


 何故だろう? その言葉だけで私は、自分の心がすうっと落ち着いていくのが分かった。このまま突き飛ばして、彼女を夢から追い出せばいいものを、何故かこの時の私はそれをしようとしなかった。

 ――何でだろう?どこか、懐かしい香りがする……。

 絶対に知らない人だった。明らかに初対面の人だった。なのに、私はこの感覚を知っている。それが何なのかは終ぞ分からなかったけど、自分の感覚に、ただただ従った。頬を何かが伝っている気がしたが、それもそのままにして……。


 しばらくして、彼女が私から離れた。ただその際、何故か離れがたい衝動があったが、理性で「あの人は他人」と鞭打って制御した。もう一度、お互いが対面に向き合う。

「落ち着いたかしら……?」

「はい……」

 気持ち的に胸が軽くなった。少し自分の気持ちを吐露したからなのか、前よりも表情は明るくなった……と思う……。

 彼女も心なしか表情が穏やかとなり、再び元の陽だまりがそこにはあった。

 よし、と一言、言い放って、彼女は言葉を続けた。

「とりあえず、私……私達の国まで来てくれることを要求していいかしら? 確かに突拍子もないことかもしれないけど、死にたいと思ったかもしれないけど、まずは私に会うことを目標として来て欲しい。折角永らえた命だもの、私にあってからでも遅くはないでしょ。後のことはそれからでいいから、考えて頂戴」

 ――う~ん……。どうしようかな……。

 確かに不本意ながらも助けられた。それは事実だ。だがこれは、等価交換ということでもない。今さらながら思ってしまうのだが、別に拒否をしても良かったはずだ。ただ……――

「分かった。あなたに会うまで死なないよう頑張る。生かされた恩には報いる」

 それでも当時の私は、彼女の優しさにやられてしまっていた。夢かどうかも分からないのに。

 そして、この要求を呑むことにした。

「ありがとう……というのも何か変な感じがするけど、今はそう言うことにしといてね」

 パチッ――とウインクをしてきた。何て軽い人なんだろう。だけど、この人は何となく信じられるかもしれない。理由はなく、本当に何となくだけど……。

 そして彼女は、私の近くにもう一度やってきて手を取り、こう告げる。

「三日後の正午、この近くにある大きな岩までやってきて頂戴。そこに来れば、自ずと分かるから……。じゃあまた……」

 そうして彼女は景色に溶け込むようにして、消えていく。

「あなたのこれからに、幸がありますように……」

 そして、全部が消え切ると同時に、私の意識も溶け、消えていった。


 気が付くといつもの布団、いつもの部屋に戻ってきた。

 まだ薄暗かったけど、昨日読んでいた本が頭の上に置いてあり、何だかほっとした気分だった。

 時刻を確認する。それを見て私は重い溜息をついた。

 ――まだ、朝の五時半過ぎ……。

 学校に行くまで二時間以上、それまで時間がかなりある。もう一回寝るのもありじゃないかなぁ。

 でも、あれだけ鮮明な夢? イメ――ジ? 分からないけど、そんなものを見せられて、すっかり覚醒してしまった頭は、眠ることを拒否していた。

 頭の本を取り、布団から這い出る。そして、勉強机の明かりを点け、途中の場所を開いた。

 三十分くらいしてふと、さっきのことを思い出す。

『三日後の正午、この近くにある大きな岩までやってきて頂戴。そこに来れば、自ずと分かるから……』

 三日後、と思いカレンダーを見てみる。今日の日付を確認すると三日後は明らかに知っている日付であった。

 ――あぁ、そういえば、私の誕生日じゃん……。

 しかもご丁寧に土曜日であった。つまり、学校はなく正午であろうと行けるということだ。まぁ、何という偶然なんでしょうねぇ。

 それからもう一つ、気になることがあった。それはあの人が場所として指定してきたところだった。

 ――どう考えてもあそこのことだよね……。

 思い当たる節はあった。そこは確かに家から近いし、たぶん間違い様がないけど……。

 そして、ある言葉が胸に深く刻まれた。

『そんなに自分を貶めないで……』

 本を読んでいれば、貶めるという言葉はたまに出てくるため、意味は知っていた。

 確かにあの時の私は、それだけ自分のことをクズみたいだと思っていた。だからこそ、この言葉が胸の奥に刺さるのだろう。

「……そんな風に言ってくれる人は、いなかったなぁ……」

 まぁ、嘘を吐きながら生きていたし、自分の感情は隠してきたから、気づいて言ってくれる人なんて、いなかったけど……。

 けれど、そんなことを私の口は、おそらく笑みをこぼして、嬉しそうに呟いた。


 こうして私は、これから始まる修羅の道へと、この時既に歩み始めていた。ただし、小学六年生の脳内に未来予測なんて言葉は、そんなに理解できないであろう。だから、何も気づかなかった。

 そして今ならこう思う。

 ――……やめておけばよかったと……――


 その日、私の生活は代わり映えなどしなかった。

 いや、正確には私の取り巻く環境が変わらなかったというわけで、私自身の心は大きく変わっていた。

 罵倒されようが何されようが気に留めることもなく本を読み、少し体を押されてもこちらから、うざったらしい、と本を勢いよく閉じ一睨みすると、相手は何故か怯えた表情になり、そそくさと私から離れていく。

 そんな様子に川上彩夏・十一歳は――

 ――何だろう? いつもと変わらないのにね?

 そんな疑問形の言葉と共に首を傾げていた。

 いや実際、彼女は気付いていない。というか、あの出来事のせいで忘れていたのかもしれない。今までだったら、その罵倒に怖くて震えていたことに。

 そして、今の相手を睨む目が、本当に人を殺しかねないことに……。

 こうして二日共、私にとっては何ら変わらない日常を過ごし、普通の生活を送った。その二日は、どんなことを言われても惨めにならなかった。

 ――まだ生きてんの?

 ――気持ち悪いんだよブス!

 ――近づくんじゃねぇよ! 穢れるだろうが!

 ――空気が悪くなるから、教室から出ていってくれない?

 そんな言葉達が私の精神を揺さぶろうと頑張っていたけど、そんな雑言はただの風のようにして聞き流していき、既に私の心は別の場所に――彼女が指定してきた日の場所に――置いてしまっていたから、届くはずもなかった。無自覚ながら、行事を待つ子供みたいに内心はウキウキしていたようだ。


 ――そして当日――

 精一杯のおめかしをしていこう! ……なんてことは思わなかった。ただ、少しだけ小奇麗な格好はしていった。薄桃色のスカートに薄緑色のTシャツ、上には黄色の前がボタンで止められるようになっている薄手の上着を一枚羽織って出掛けた。靴は洒落たものはまずいかなと何故か考えて、かわいいスニーカーにした。

 親にはちょっと出掛けてくるねぇ、とだけ言って約束の二十分前に家を出た。

 行先はもう決まっている。そう、あの人が言った「この辺りで大きな岩」といえば一つしかない。

 ――たぶん、「戸隠岩」だろう……。

 この街ができる前からあるとされている巨大な一枚岩で、この街の待ち合わせ場所として有名な場所だ。そして、

 ある伝説が残されている、訳ありの岩でもあった。

 私が小さい頃、おばあちゃんが良く話していたから、逸話は良く覚えている。

『少なくとも七百年以上も前、まだこの辺りが荒野であったころからこの岩は存在した。狩りをする人や迷った人の話から推測するにそれくらいにはあったと聞く。

 今から約六百年前、この地を開拓するために入植者が入ったのだ。彼らはまず手始めに岩をどかすことから始めたが、人力でも畜力でも動かすことは不可能だった。爆発させても見たが岩は無傷でそこに立ち、これは無理だ、仕方ないと諦めた入植者たちは、とりあえずほっといて周りの入植から始めた。

 そして、そのうちの二人の入植者が岩の陰で休んでいると、突然他の人の目の前からその二人が消え去ったのだ。驚いた入植者たちはその場所を徹底的に調べたが原因が分からなかった。

 その後も、その近くで休んでいた者たちが忽然と姿を消すといった事件が多発した。その為、村人としてきた人々は、この岩には黄泉への扉が隠されているかもしれないと考え、“戸隠岩”と名付け、恐れ奉った』とのこと。

 ――なぜ彼女はこの場所に来させたんだろう?

 まるで遊びに来て!という感覚で私を呼びつけた。思わず、軽っ!と突っ込んでしまいたいくらいだ。そして、それにほいほい乗る私も軽い奴ではある。


 家から徒歩五分程の神社、戸隠岩はそこに祀られていた。と言っても、ほとんど剥き出しの岩にしめ縄が一本絞めてあるだけ。昔は囲いがされていたんだけど、今ではその杭や紐は無残な姿でそこにあり、誰でも触ることのできる状態にあった。

 とりあえず、私はこの岩に背を預けて、待つ間を読書の時間に当てることにした。この前読んでいた本(あの二日でもう既に読み終わっていた)とは別の持ち運びに便利な文庫本で、最近流行りの「ライトノベル」。中でも、比較的内容がしっかりしている奴をチョイスして持ってきた。(他のラノベが悪いという訳じゃなくて、比較的読みごたえのあると自分が思っているものだから……)絵が綺麗というのもあるけど、普通の小説よりはささっと読めるから、こういう待っている間の読書にちょうどいい。

 おっと、関係ない所に行きかけているから、これまでにしとこう。本について語り出したら、文字数オーバーは避けられないからね……。

 そんなこんなで待っていることにした。空は夏らしく向こう側に入道雲が見え、気温は今日も三十度を軽く超える予報となっていたから、暑いだろうなぁ、と物思いにふけってみる。

 時刻はもうすぐ約束の十二時であろう。時計はないから分からないけど、何となくその位になりそうだった。本も半分弱を読み終えたところで、何が起こっても良いようにスタンバイしていた。

 さてと、といった感じで岩へと背中を預け直す。どこから来るのか分からないけど、ここで待てば自ずと来る……はず。そう思いながら、周囲を確認する。

 人影はない。もう既に十二時を過ぎているだろうと、少し苛立ちを覚え始めた頃だった……。

 グラッ!――

 ――えっ!?

 突然!!後ろにあったはずの岩の感触が、すっぱり消えて、私は後ろに倒れた!!いや、正確には放り出されたといった方が良い。本が手から離れる。

 ――ちょっ、待って!!

「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァ…………!!」

 叫んでみるも誰もいない状況では意味がない。抵抗もできず、そのまま岩の中に?引きずり込まれていく!

 思考回路はもうこんがらがり、ショートしてしまったのか、一旦視界がフェードアウトした。


 どの位の時間が経ったのだろう……。思考が混乱の渦から浮かび上がり、再度目を開いてみる。そこには――

 ……果てしない闇が広がっていた……。

 当時の私の闇より深いその場所は、何というか死に近い感じがした。

 ――騙された……。

 それが最初の印象だった。ここに来てまさか人を信じるなんて、何て愚かなんだろうと自分を罵った。これでは、これからも騙されてしまうのではないだろうか?そう感じもした。

 落下の速度は、スカイダイビングをしたらこんなものかなと思うくらいのスピ――ドで落ちていく。真っ逆さまに……。

 ――このまま死ぬのかな……。まぁでも、それはそれで別に……。

 そう思っていたら、自分の左側がやけに明るくなってきた。そこから出てきたのは、紅葉色の浴衣を着てきた……。

「よかったあああああああ~~~~~~~!!

 もう来ないかと思ってた!来なかったらどうしようとか考えてしまっていたのよぉ!!」

 それは、涙でグッショリ顔を濡らしてはいるものの、例の夢の中の彼女だった。飛びついてきたので避けたかったけど、空中にいたから無理だと判断し、なされるがままになる。その顔は嬉しそうだが、どこか不安を残した顔をしていた。彼女もどうやら、約束を反故されるかもしれないと思っていたようだ。

 ――なんだ、お互い様か……。

 こっちもそう感じ、何だか安心、というか気抜けした。でも、彼女の姿を見て少し不思議に感じる。

「あなた、透けているように見えるんだけど……」

 そう、この前の夢の時ははっきりとしていたけど、今は少し向こうの闇が見えるくらい透過している。

 彼女は涙を拭ってしまってから、私の質問に答えた。

「それはね……。あの時は夢の中だったじゃない?つまり、どちらも本体はいない状態だと、現実にいることと変わりなく接することができるけど、今回、私はここまで精神を飛ばして、あなたは現実にいるから、精神だけの私が透けて見えている。それだけだよ」

 ……? とは思ったけど、要約すると……――

「じゃあ、あなたはこの場所に来ていないのね」

「まぁ、ざっくり言っちゃうとね。(ニコッ)ごめんなさい」

 何を笑っているのか分からなかったけど、彼女にも悪気はなかったみたいだから、それ以上言うことはなくなった。

 代わりに当初から兼ねてから疑問だったことを聞いてみる。

「そういえば、これ、落下してるよね……。このまま、どうなるの?」

「あぁ、そのことに関して言えば、大丈夫よ。この後は、落下する速度は緩やかに徐行していって、最終的に光の先へは立って降りられるようになっているから」

「光の先?」

 と思っていると、彼女は落下方向を指さす。下の方向を(いや、頭上かな?)見やると、なるほど、まだ小さいけどポツンと白い光が見える。入った時にはなかったから、もしかしたら、終わりが近いのかもしれない。

「もうすぐ終点に着くわね」

 そして正に、私が思っていたことを代弁するかの如く、彼女が口にした。更に続けて彼女が話を進める。

「この先はきっと、私達の国の首都のどこかに通じていると思うの。どこに出るかは分からないんだけど、とにかく――

 宮殿を目指してほしい」

 ――へっ? 宮殿??

 思わず心の中で突っ込んでしまっていた。何故かって?彼女の格好を思い出していただきたい。夢の中では着物だった。そして、今回も浴衣を少しお洒落にしたような格好で来ている。明らかに和風の御殿とか寝殿造りとか、そっちの方が似合うじゃん。

 そんな彼女から、宮殿という言葉は予想外でしょう!?

 相当目を丸くしていたのかもしれない。彼女は面白いものを見るような悪戯を含んだ笑顔を向けていた。

「そう! そこを目指してくれれば、大丈夫だから。どこからでも目立つし、そんなに迷うことはないと思う。本当に真っ直ぐ向かうだけで大丈夫だからね」

「……うん、分かった……」

 とりあえず、そう答えることしかできなかった。というよりも、今はこの人以外に指示を出す人がいないから、従うしかないと思う。まぁ、目標がないよりはいいか……。

「さて、そろそろ私はお暇するね」

「えっ?もう行っちゃうの??」

 そう言うと、申し訳なさそうな顔を浮かべ、彼女は私の問いに肩を置いて答えた。

「私も自由に動ける身分じゃないから、最後まで一緒に落ちるということは出来ないの。本当にごめんね。ただ、一つだけ約束して」

 人差し指を立て、いつの間にか諭す口調になっていた。

 私もこくんっ、と頷く。

「何が起きても、絶対に死のうとしないで! お願いだから。せめて、私に会いに来てちょうだい。それが約束」

 そして、右小指を差し出し、指切りをした。

「それじゃあ、またすぐに会いましょう……。待っているからね……」

 そういって、夢と同じように景色に溶け込むようにして、私の眼前から消えていった。

 かく言う私も、段々と近づく光に思いを募らす。

 この先に何が待っているのか?

 どんな困難が待ち受けているのか?

 まるで本の世界に入り込んだ主人公みたいで、私は胸を高鳴らせていた。恐怖もあったけど、どっちかというと好奇心の方が強かったような気がする。

 本の読み過ぎだね。

 いよいよ、目前に迫った出口。すると、段々とスピ――ドが落ち始めて、落ちても安全な速度に移行していった。

 ――この先は、一体どこなんだろう……?

 幼い心はそんな好奇心で埋め尽くされていた。

(あぁ、幼心って、なんて自由なんだろうな……。)

 振り返って思うことは、そんな感想だろうか。おっと、そんな郷愁に浸っている場合じゃない。

 私は抵抗することもなく落下に身を任せて、そして、光へと吸い込まれていった。


 気が付くと、仰向けに大の字になって倒れていた。背中から伝わる感触から、ここが草地だということに気付く。青空は遥か彼方。空気も、私が住んでいるところよりも澄んでいるようであった。(おっとダジャレだ……)

 身を起こして確認する。どうやら、どこかの森の窪地の草原に落ちたようだ。いや、落ちたのかは分かっていないけど……。周りの木々は薄く黄色に染め上げられ、紅葉の準備を終えており、落葉に向かって最後の命を燃やすかのようだった。

 そんな木々の隙間からふいに何かが見えた。立ち上がりその方向へ進み、しっかりと視認した。そしてそれこそが、彼女の話していた建物であろうことは間違いなかった。

 ――あれが、宮殿……。

 確かに宮殿だった。まごう事なき宮殿だった。

 イギリスにあるバッキン○ム宮殿を思い出して欲しい。イメージ的にはあれが分かりやすいだろう。それが遠くではあるものの、私の目の前にあるのだから、驚きであった。

 ――すごい! 日本にこんなところがあったんだ!!

 まだこの子は、こんなことを言うんかい!! あっ、二年前の私か……。

 コホンッ――

 まぁ、そんな訳で全く日本だと疑わず、勘違いしたまんま彼女(私)は、言われた通りにあの宮殿に向けて足を進めだした。


 ある意味それは、困難へと歩みを進める、という比喩だったのかもしれないけれど……。



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