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将と真実

「ヒビキさん、おかわりはいかがですか?」

「うん、貰うよ」

 響は少女に珈琲のおかわりをカップに注いでもらい、並々に注がれた珈琲を啜る。猫舌な響だったが、一口目に舌を火傷していた為もう熱さに慣れてしまっていた。

 ユニは数十分前とは打って変わって、白のシャツにショートネクタイを締め、黒いロングスカートに同色の前掛けエプロンといった出で立ちで、ウェイトレスがとても板に付いていた。

 今響はユニの職場でもある喫茶店『ル・マオリル』のカウンター席に腰かけ、まったりとした時間を過ごしていた。

 目の前のアンティーク調の木製カウンターには空になったクラブサンドの皿と珈琲のカップが並んでいる。

 そのクラブサンドは野菜が五種類ほど入っておりかなりボリュームだったことは記憶しているのだが、あまりの美味しさにあっという間に平らげてしまった。ただ一つ言えることがあるとするなら素材の良さを最大限まで引き出し、少し刺激のあるソースが病みつきになりそうなサンドだったということ。

 すると背後でカランカランッと心地の良いドアベルの音が店内に響き渡り、新たな客の来店を告げる。振り返らずとも話し声と足音からして二人以上であることは分かる。

「いらっしゃいませ」

 目の前のカウンター内でグラスを磨いていた白髪の老紳士、店主のエドワード・スワルムンドが低い、渋めのダンディーな声で歓迎の意をそっけなく伝える。それを聞いたユニが厨房から現れ、客をボックス席へ案内し水を運んでいる。

 響はそんな様子を眺めながら珈琲を啜り、店内をまじまじと見回す。

 店内はあまり広くはないがかなり落ち着いた雰囲気で、アンティーク調な家具や小物から昔ながらの喫茶店といった印象。

 カウンターには椅子が等間隔で六つ並び、四人掛けのボックス席も六つある。更にそんな店内で圧倒的な存在感を放ち、一際目を引くのは木製の大きな柱時計だ。

 店主であるエドワードは短く切りそろえられた白髪と同色の髭が印象的だ。身長は軽く一八〇センチを優に超え、ウェイター服の上からでも筋肉質であることが分かる。どちらかというと武闘家に近い佇まい。老紳士という言葉にはかなり違和感のある風貌だが、目が細くて、声からも感情が読み取りづらいので怖いというより不思議な人といった印象が強く滲む。

 そんな彼がグラスを磨いているのは響から見るとかなり異様な光景なのだが、常連客からしたら何気ない日常の一コマなのかもしれない。ユニも例外ではなく。

「そんなにこの店の内装が珍しいかね?」

 響があまりにも周囲をキョロキョロと見回していたからか、口数の少ないエドワードが響に声を掛けてきた。

 ちなみにこの店に来てから言葉を交わしたのはこれで二度目。一度目は入店時に挨拶とお礼を言った時だ。

「いえ、僕の故郷にもこういう店はあるんですけど、あまり行ったことなくて。実際とても落ち着く雰囲気だなって思ったので」

 もちろんこれは響の本心だった。しかし多少退屈しているのも事実だった。

 この店に来店した際に挨拶とお礼を済ませた時に今の響の現状(もちろん異世界転移してしまった事については触れず)も話した、ユニが。その上でユニ以外からも話を聞きたいと思っていた響はエドワードにその旨を伝えた。

 すると「訊きたいことがあるなら仕事が終わってからにしてくれないか」と言われてしまったので、響は店が一旦閉店する時間までカウンターで待たせてもらう事にしたのだ。

 ちなみにこのル・マオリルは十九時に一旦閉店して、二時間後にバーとして一時まで営業するらしい。

 最初はその間街を探索してみるのも悪くないと考えたが、獣人や盗賊などに絡まれて生命の危機に曝されることは本意ではないし真っ平御免だった。

「こういう雰囲気も悪くないだろう。今巷では派手な装飾が流行しているようだが、あの手の物は目の保養にはなるかもしれないが気疲れしてしまう。地味で素朴なのが一番だと私は思っているんだ」

 先程から客数は多くないにしろ常連っぽい人たちが何度か入退店を繰り返していた。馴染みの店というのはあまり経験のない響だが、この店を見ているとそういうのも何だか悪くない気がしていた。

 店の雰囲気もあって時間の流れがとてもゆっくりと感じられたが、柱時計に目をやると既に十六時を回っていた。時間が中途半端なのもあって店内には客の姿は見られなかった。

「何だか平和だな……」

 響はぽっと呟いただけのつもりだったが、それを聞いていたらしいユニがくすっという笑い声と共にカウンターに近づいて来る。

「まるで今までの生活が平和じゃなかったみたいな言い方ですね」

「いや、そういうわけじゃなんだけど。何ていうか毎日が慌ただしいというか、時間感覚がここより早く感じるんだよ」

 現代人は技術の進歩によりスマートフォンなどの電子機器を手放せなくなっており、スマホ依存症などという言葉まである始末だ。響もその気があるためあまり偉そうなことは言えないのだが、それが体内時計を狂わせる原因になっていることは自覚していた。

 四六時中芸能人のブログや掲示板サイトを閲覧したりSNSや、スマホゲームばかりをして、気づいたら三時を過ぎていることなんてざらだ。

 そういう点ではこの世界はとても時間を有意義に使えているのだろうと思う。

「のんびりするのは良いことです、心も休まりますしね。そうだ。明日は仕事が休みなので、この街をご案内しますよ。良い所がいっぱいあるんです」

「ありがと」

 このまま十九時まで何事もなく過ぎてゆくのだろうと思っていた矢先、ドアベルが新たな来客を告げる。

「いらっしゃいま……、あっクレアさん!!」

 ユニの今までの客とは明らかに違う反応を見て、響も振り返り新たな客の姿を確認する。

 そこには大人びた女性の姿があった。しかし、今までの人とは明らかに違うオーラのようなものを感じた。

 切れ長の目が特徴的で、ユニを可愛い系とすれば彼女はは綺麗系に分類されるだろう。腰辺りまでありそうなブロンドヘアを結い上げており、体を包むのはかなりの重量なのが見て取れるほど屈強でいて女性らしさも残された騎士甲冑。腰には一振りの剣が吊るされていることから剣士なのだろうと推測できる。

 響が様子を窺っている間も二人は立ち話に花を咲かせていた。

「彼女は王都のアジール聖騎士団、団長だ」

 不意に後ろから声を掛けられ振り返ると、エドワードが複雑そうな顔をしていた。だが、今の響にその真意を読み取る事は出来なかった。

 ユニは響の視線に気づくと、手招きのジェスチャーで『こっちに来てください』と訴えてくる。恐らく紹介してくれるつもりなのだろうと思い、響は席を立ちゆっくりと入り口のドアまで歩き二人の前で止まる。響からすればこれ以上の他人との関わりはあまり望ましいものではなかったが、ユニはその事を知る由もない。

「紹介しますね。この方はクレイル・アンダルートさん、私はクレアさんと呼んでいます。王都の聖騎士団の団長で、聖騎士の中で最高位の称号【(パラディン)】を与えられた偉大な方なんですよ」

【将】という称号については分からないが、おそらく聖騎士の中でもトップクラスという事だろうと響は解釈する。クレアの紹介が終わり、ユニは響の説明に移る。

「そしてこちらがヒビキさんです。旅人で、この街に来た際に何らかの理由で記憶を失くしてしまったらしいのです」

「よ、よろしくお願いします……、クレイルさん」

「旅人か。確かにこの街は旅行者も多いからな、珍しい話でもないだろう。こちらこそよろしく頼むぞ。あまり堅苦しいのは苦手でな、私のことはクレアと呼んでくれ」

 響は一瞬クレアの目に疑いの様を見た。流石歴戦の騎士は頭もきれるようだ。

 それに改めてよく考えると、旅人で記憶喪失なんて不審な輩を友人が助けようとしていたら警告するのが至極当然だろう。

 響はむしろクレアがユニに警告をする仕草を見せなかったことに裏があるような気がしてならなかった。帰りに背後からブスッと腰の剣で心臓を一突き、なんてことがないとは言い切れないのが異世界物のお約束だ。

「旅人と言ったが、故郷は何処なんだ?」

 ほら、おいでなすった。さすが聖騎士様は切り込み方が一味違うな……。

 いきなり核心を突かれ、響は一瞬肩を震わせる。

 響は冷や汗が止まらず、気づけば背中がかなり濡れているように感じる。

 もし不審者という事になれば、極刑に処されないとも言い切れない。だからといって本当のことを言ったとしても状況が良くなるとは限らないし、かといってこのまま黙っているわけにもいかず必死で逃げ道を探す。

 そこで状況を察したようにユニが代わりに答える。

「ニホンという国らしいです。大陸外の国らしいのですよ」

「ほう、大陸の外ということは周辺の島国から来たのか。それでは勝手も分からず大変だろう。困っていることがあれば何でも相談してくれ」

「あ、ありがとうございます……」

 何故自分で答えないのだろうという不自然な印象を与えてしまったかもしれないが、今を乗り越えられるならそれも仕方ない。

 そこで今まで黙り込んでいた店主が業を煮やしたようにドアの前に立つ三人に言葉をかける。

「立ち話はそれくらいにして、席についてはどうだ。扉の前で立たれると他のお客が入れんだろう」

「そうですね」「あ、すみません……」

 響は先程までとは違い敬語のクレアに騎士ともなると上下関係が厳しいからかもしれないが、クレアは年長者への配慮がしっかりしているなと思った。

 ユニの誘導でボックス席に通され、響はクレアと向かい合って座る。

「クレアさんはいつものですか?」

「ああ、頼む」

 ユニはそのまま駆け足で厨房へと消え、二人で向かい合う形になってしまったことを響は激しく後悔していた。元のカウンターに戻れば、もしくはカウンターならば面と向かって話す必要もなかっただろうにと。

 初対面の二人にはなかなか会話が生まれず、代わりに地獄絵図が展開されていた。下手なことを口走るわけにもいかず、だんまりを決め込んだ響にとって一秒がどれ程引き延ばされて感じただろう。

 そこでようやくクレアが口を開く。

「君は武術などはするのか?」

「昔剣道……、えっと剣術を少しかじってました。使ってたのは竹の剣でしたし、その中でも最弱でしたけど……」

 響は苦々しい記憶を思い出しながら口にする。それを察したのかクレアは優しく返す。

「いやいや、剣術は何も腕っぷしを強くするためだけのものではない。精神力、集中力、礼儀作法など学ぶことは様々だ。もし君が途中で断念してしまったのだとしても、決して無駄ではなかったはずだ」

 クレアはまるで先生であるかのように諭した。

 騎士団の団長ほどになれば他の者に何かを教える機会も多いのだろう。響はクレアから不思議と安心感のようなものを感じ、今までの何処か含みのある笑顔から自然な笑顔に変わったように感じた。共通の話題を見つけたからかもしれないが。

 それを境に響の中で何か感情の変化が起き、気づくと口が動いていた。

「あの……変なことを聞くようですけど、クレアさんは僕を怪しまないんですか……? 旅人で、大陸の外から来て、記憶喪失なんて自分でも明らかに不自然だと思います……。なのに、貴方は問い詰めたり、捉えて尋問しようとはしない。どうしてですか……?」

 響は言い終わってから自分の失言に血の気が引いていくのを感じていた。

 それもそのはず。響の発言は自分が怪しい者だと改めて認識させるもので、クレアがもし発言や態度、所作から探ろうとしていたのなら今更そんなことをするまでもなくなったわけだ。何せ本人が全て自白したのだから。

 つまり今響は窮地に立たされた。いや、自分から立ったという方が正しい。

 しかし、クレアは響の浅い考えに収まるほどの人間ではなかった。

「そうだな。確かに君の素性はかなり怪しいかもしれない。だが、私だって今までだてに何人もの修練生を見てきたわけではないさ。言葉を交わせば君が記憶喪失でない事も、何か隠し事をしていることも粗方のことは悟る事が出来る」

 もしかしたら記憶喪失の件だけにはとどまらず、異世界から来たことすらもばれてしまっているのかもしれない。そう考えると少し心の荷が下りたような、不安が増したような複雑な感情が響の中で渦巻く。

「だが、君が悪い奴でない事も分かるのだ。人にはどうしても他人には言えない秘密もあるだろう。私だって例外ではない、全てのことを皆に打ち明けているわけではないからな。心配せずとも君のことは信用している。何せ我が友人の中で最も人を見極める力を持っているあの子が一目置いているようだからな」

「そ、そんなことは……」

 響は何だか気恥ずかしくなり、クレアの目を直視できなくなる。

 そこで響は自分のことをクレアになら話してもいいのではないかと考え、数秒の迷いを経て話すことを決意する。この決断はクレアを信用したというだけでなく、この現状を共有してくれる他者が欲しかったという泣きの理由から来たものかもしれない。

「あのクレアさん、実は僕は……ここではない世界から来た……かもしれないんです」

「……ほう。詳しく話してくれるか?」

 あまりにも突拍子もない事で流石のクレアも驚くか呆れられるだろうと思った響だったが、彼女は至って冷静で顔色一つ変わらなかった。そして響に話の続きを促す。

「あの……、疑わないんですか? 僕かなりぶっ飛んだこと言ってると……自分でも思うんですけど」

 神がいた世界ならその手の話は慣れっこなのか……? もしかして異世界渡航者がそこら中にいるとか、街中が召喚された勇者でごった返しているのかも。

 そこまで考えて流石にぶっ飛び過ぎているし、ユニの反応からしてもその線はないだろうと却下する。

「確かに疑ってかかるのが普通だろうな。おとぎ話などで聞く勇者召喚などがそれにあたるのなら尚更だ。だが、君は覚悟を決めて私に話しているのだろう? 目を見れば分かる。なら疑う必要なんて失礼に当たる。それに、何より面白そうだ」

 クレアは慣れて少し本性を現してきたのか、表情がかなり豊かになっている。

「面白そうって……。僕からしたらあまり笑えない話なんですけど……」

「あぁ、すまない。そういう意味ではないんだ。その現象が面白いというか、魔法の域を超えた超常現象。これは私の探究者としての面からしての感想だ」

 クレアはコホンと一度咳払いし、表情を改める。

「では君は突然異世界からこの街に飛ばされたと、そう言うんだな?」

「突然っていうか、襲われたというか。死にかけたらこの世界にいたみたいな……」

 あれっ、そういえば襲われた時意識を失ったからその後のことは覚えてないけど今生きてる以上死んだなんて考えはまずなかった。でも、これってどっちかというと転移っていうより転生に当たるのか?

 ふとした疑問が浮かぶが、今はそれを考える時ではないので思考を切る。

「襲われた?」

 不思議そうな顔をするクレアに響は黒装束の何者かに襲われた時の状況を掻い摘んで話した。

「なるほど。その何者かが異世界渡航の鍵になったかもしれないと、そう君は考えているのだな?」

「断定はしかねますが、おそらく何かしらの手掛かりにはなると思ってます」

 腕を組み唸るように考え込むクレア。

「お待たせしました」

 厨房から戻ってきたユニがお盆から珈琲カップを机に置きながら、興味深そうに聞いてくる。

「お二人で何を話してたんですか?」

 そこで響はユニに自分が異世界渡航者だということをまだ伝えていないことをクレアに伝え忘れたことに気づく。

 あっ……。し、しまった……。

 もちろんユニのことは信用しているし、恩も感じている。こんなことで彼女の態度が豹変するなんて微塵も思ってもいないし、思いたくもない。

 だが、だからこそ言えないのだ。他人の事まで背負い込んでしまうような彼女には。絶対に。

 何にしても墓穴を掘ったのは響自身だし、クレアが言ってしまってから誤魔化すのは不可能だ。

 クレアが言ってしまう前に強引に話題を変えるべきか、それとも怪しいかもしれないが話を遮って嘘偽りの言葉を並べるべきか。

 しかし、そこで予想もしない言葉が飛び出す。

「いや、大したことではないさ。彼の故郷のことを覚えている範囲で、な。記憶を取り戻すための手掛かりになるかもしれないからな」

 響は言葉が出なかった。

 クレアは響の記憶喪失の偽りについては一切触れず、やんわりと答える。嘘はついていないが、核心を上手く逸らしたのだ。歴戦の騎士は話術も達者なようだ。

「そうですね。ヒビキさんには早く記憶を取り戻してほしいですから」

 ユニの素直さに響はとても胸が締め付けられる。出来ることならこの場で全てを洗いざらい吐いてしまいたいと思うほどに。

「ユニ、すまないがここは外してくれないか。私にちょっとした考えがあるのだ。上手くいけば記憶が戻るかもしれん」

「本当ですか! 分かりました、私は仕事に戻りますね。ヒビキさんをお願いします」

 ユニは顔を綻ばせると、響を一瞥しちょこんと軽く頭を下げ厨房へ戻って行く。

 所作からもユニが響のことを本当に心配しているのだという事が一目瞭然だった。故に響はとても居心地が悪く、落ち着かなかった。

 すると女騎士はそれを悟ったように優しく語りかける。

「ユニを偽ったことを悔いているのか。だが、君にも事情があるのだろ? それに、今の君の実情を包み隠さず伝えた方がユニの心配の種が増えたのではないか?」

 やはりクレアには全てお見通しだった。

 あれだけお節介焼きのユニのことだから、異世界から迷い込んだなんて言ったら「戻れる方法を探しましょう。私も全面的に協力します!」などと言い出すのが目に見えている。

「まずは今分かっていることから状況を整理するのが先決だな」

 響は改めて得体の知れない黒装束の何者かに襲われ、死にかけたにもかかわらず何故かアトワールの路地裏にいたこと。それを見つけたユニがエドワードに頼んで自室まで移動させたこと。ユニに聞いた史実や魔法のこと。さらにそれを実体験したこと。全てを包み隠さずクレアに告げた。

 クレアは終始真面目な表情で聞いていたが、精霊術を身を以て体験したという話になると少し驚きを隠せないようだった。いや、少し笑ってすらいた。

「な、なるほど。状況は理解した。た、確かに…不可解…だな……くっ……」

「笑ってません? そんなに精霊術を受けたのがおかしいですか?」

「す、すまない。まさかこんな状況に置かれている中で、興味本位で精霊術を受けるなんて考えもしなかったというか、不意打ちだったのだ……許してくれ……」

「はぁ……」

「それにユニが【上級(アーク)魔道師(ウィザード)】だったからよかったようなもので、魔術修練生が相手だったら力加減を少し誤っただけで死に繋がってたかもしれん」

 そう語るクレアはいつのまにか表情がかなり真面目モードになっていることから、その行動がいかに軽率だったかを思い知らされる。

「ところで、そのアークウィザードってなんですか?」

「そうか、君はこの世界のことは何も分からないんだったな。簡単に言ってしまえば称号だ。年に二回行われるアトワール魔術闘技大会で三位以内に入賞することで得られる称号だ」

「えっ、三位入賞? ユニが……ですか?」

 響から見てもユニはかなり華奢な身体つきをしていて、性格もかなりおっとり、ふわふわしているように見えるためそんなものとは縁遠いものだと勝手に思い込んでいた。ユニから出場すると聞いた時も思い出づくり程度だと思って疑わなかったほどだ。

 しかし思い出づくりどころか上位入賞経験者だとは……。

「あぁ、三大会連続準優勝という好成績を収めているんだ。私が見るに優勝者のグレイス・トレーメイルのレンジの短い近距離(イン)肉弾戦(ファイター)法はユニとの相性が悪いだけで、単純な技術なら間違いなくユニがトップクラスさ」

 クレアが言うには攻撃魔法は(ショート)距離(レンジ)タイプ、中距離(ミドルレンジ)タイプ、長距離(ロングレンジ)タイプの三つに分けられ、タイプによって攻撃の射程範囲が異なるため相性もあるのだという。

 ユニは基本長距離攻撃を得意としており、近距離攻撃を得意とするグレイスなる人物とは相性が悪く、毎回苦戦を強いられているらしい。

「だが今回は対策として中距離攻撃の特訓をしたと聞くし、そう簡単に懐には入らせないさ。私は今年こそユニが優勝すると信じているよ」

 何だか大会のことで白熱しているクレアだが、完全に話が脱線してしまっている。

 そこで響の視線に気づいたクレアは、カップに注がれていたコーヒーを啜り、軽く息を吐く。どうやら珈琲で興奮を落ち着かせたらしい。

「すまない、話が逸れてしまったな。つまり上級魔道師とは魔術闘技大会で入賞することによって得られる称号だ。ちなみに優勝者は王都で開かれる王都魔術闘技大会に出場でき、優勝者には【伝説(レジェンド)魔道師(ソーサラ―)】という称号が与えられる」

 そこで響はふと思いつく。

「あの、クレアさんは王都聖騎士団の団長なんですよね?」

「あぁ、私にはまだ荷が重すぎる役職だ。少し前までは聖騎士訓練生指導係だったというのに、王都剣術闘技大会で優勝し、気づけば今に至る。いやはや、人生とは何が起こるか分からないものだな」

「つまりクレアさんは王都とアトワールを行き来してるんですよね?」

「無論だ。騎士団長専用の竜車があってな、六日ほどで王都まで行ける優れものだ」

「失礼を承知でのお願いなんですけど、その竜車で僕を王都まで送ってもらえませんか?」

 数分前に会った相手にいきなりこんなお願いをするなんて失礼この上ないだろう。だがクレアは今の響唯一の理解者であり、王都へ行くために最善の手段を持つ人物だからこそ、ここに縋るしかなかった。

 それに対するクレアの返答は騎士らしく、至ってシンプルだった。

「あぁ、無論構わない。だが今は領主邸の近衛騎士団と街の自警団の剣術指導をしているから、それが終わってからになるだろう。今のまま順調にいけば一週間後の予定だ」

 一週間後、つまり竜車での移動時間も考えるとやはり王都まで半月はかかってしまう。だが竜車で行く場合はお金がかからない。時間は惜しいが今はこの選択が最善だと響は判断する。

「分かりました。クレアさんが王都に戻るついでに乗せてくれればそれだけで」

「ところで、君は先程聞いたユニとのやり取りからしてもやたらと王都に行きたがるが、王都に何かあるのか?」

「分からないです。でも、もしこんな現象を起こすことができるとしたら神の血を引くという神血族だけじゃないかと思うんです」

「うむ、なるほどな……」

 そこでクレアの表情が急に険しくなる。

「ど、どうかしたんですか……?」

 響の問いかけにどう答えたものかと迷うような仕草の後、クレアは重たげに口を開いた。

「確かにそんな現象を起こすことができるとしたら、人知を超えた神の力を受け継ぐ神血族だけ。その考えには私も賛成だ」

「なら……」

「だが、王都に行くまではいいとして、ただの平民に過ぎない人間は神血族に謁見すら出来ない。聖騎士でも選ばれた数人の者しかお会いすることは出来ないからな」

 ユニと話した時に一応の覚悟はしていたが、王都事情に詳しいクレアに言われてしまえば認めざる負えない。手詰まりだと。

「まあ、そう気を落とすな。もしかしたら神血族以外にもこのことに関与している者がいるやもしれん」

 確かにクレアの言うことも一理ある。

 それにどうせ竜車も一週間は出せないことだし、その間に集められるだけの情報を集めるしかない。もしかしたらそこで有力情報が得られるかもしれないし、灯台下暗しとはよくある事だ。

「分かったよ。とりあえずこの世界の知識が必要なんだ。この世界のことを教えて欲しい」

 先程までの落ち込みモードから頭を切り替えた響を見て、クレアは少し安心したように緊張の表情を解く。

「私で分かる事なら納得がいくまで答えよう」

「なら、どうしてクレアさんは僕にそこまでしてくれるんですか?」

 クレアもその質問は予想していなかったのだろう。だが然程驚く仕草も見せず、当たり前のように語る。

「そんなことか。友の信頼する人が困っていたら助けるのは普通のことだ。それに君はなかなかに不器用なようだ。上手く嘘もつけず、特別一芸に秀でているというわけでもなさそうだ。思考もあまり前向きという感じではないな。だが、私は君を気に入った。それだけでは不満かな?」

 クレアの答えは彼女の私情だけを詰め込んだかなり強引なものに聞こえる。だが、それは文字に起こした場合に限るだろう。彼女の言葉にはそれだけの説得力が感じられた。

 結果としてあまり褒められた感じがしないが、響は何だか嬉しかった。その時沸き起こった感情は現実世界では感じたことないもので、それに対する答えを今の響は持ち合わせていなかった。

「いえ、十分です……」

 少し気恥ずかしくなり、響はクレアの目から視線を逸らす。

「では、私からも一ついいかな?」

 響はクレアから質問されるなどとは考えもしていなかったため、咄嗟にクレアに視線を戻す。そこで視線がぶつかったが、照れる間もなくクレアが続ける。

「私に真実を語ってくれたのは嬉しいが、なぜ私が最初なんだ? 君を最初に見つけたのも、介抱したのもユニだ。あの子の性格からして放っておくはずないことは想像に難くないが、それは裏を返せば頼りになるともいえる。なのに他人の君があの子のことを気にするのはどうしてかと気になってね」

 言われてみればそうだが、響はそうはしなかった。

「確かに最初に出会ったのがクレアさんみたいな人だったらそうしたと思います。でもユニを見てると何だか危なっかしいというか、こんなことに巻き込んだらいけない人なんじゃないかって思えた。変ですよね、初対面の相手に、こんな状況下でそんなことを考えてる余裕なんてないはずなのに……」

 響は自分で言いながら照れ笑いが止まらなくなる。クレアも笑っているかと思うと、意外にもクレアは真剣な面持ちだった。

「なるほど。こんな状況でも自分のことより他人のことか。確かに変だが、殊勝な心がけじゃないか。尚更気に入った。これから私のことは呼び捨てで構わない、もちろん敬語など不要だ。私もこれからはヒビキと呼ぶことにしよう」

 騎士ということを抜きにしてもクレアはかなり律儀な性格なのだろう。

 基本的に年長者を呼び捨てにするなど響にはできない。が、相手は騎士だ。騎士にそこまで言わせたのだから、それを断るという事は侮辱に等しい、かどうかは知らないが。

 響は勇気を振り絞る。

「わ、分かったよ。クレア……」

 かなりたどたどしい気はするが、響なりに誠意を尽くしたつもりだった。それを察したのか、クレアは「うむ」と納得気に頷くと珈琲カップに手を伸ばした。

 響はため息を吐き、これからもこんな苦難に何度もぶつかるのかと思うと気が重くなる。

 しかしこの時、心の何処かでこの状況を楽しみ始めている自分がいた。

 それから響はクレアの時間が許す限り王都やこの世界について話を聞いた。


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