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精霊術

 ユニに促されるまま彼女の部屋を出るとそこは木張りの床の廊下に漆喰の壁。今は十分に明るいため点いてはいないが等間隔にランタンが吊るされていた。

 廊下を歩き、現れた幅広な螺旋階段をフロア二階分下り、すぐの扉から外に出るとそこは中庭だった。

 四方を建物の壁に囲まれており、屋根はなく空を仰ぐことが出来た。陽は真上から降り注いでおり、もう正午が近いと予想出来る。

 中庭は広さがおおよそ百メートル四方で、物干し竿に干された洗濯物、色とりどりの花が咲いた花壇、真ん中には簡素で控えめな噴水があった。幸いにも人影はない。

「ここは中庭といいますか、住人なら誰でも使える共有スペースなんです」

 そう言うと、ユニは響を中庭の真ん中辺りまで誘導し、それに響も従う。

「では、早速はじめましょうか。どんな術を御所望ですか?」

「えっと……。あんまり分からないけど、派手目な方が良いかな。攻撃系というか」

「派手目の、攻撃系ですか……」

 響には知識がないため分かりやすさを重視して『派手目』や『攻撃系』という言葉を使ったものの、流石に今から派手な攻撃されると思うと止めておいた方が良いのではないかと思えてくる。ユニも渋っているようだし。

「あの……、やっぱり……」

「分かりました」

 最初はかなり躊躇っていた様子だったが、響のためにと諸諾してくれた。

 これで断る事は出来なくなったわけだ。覚悟を決めなくては……。

 ユニは響と対面して立ち、仁王立ちで動かないでと何度も念押しをする。

 その後受け身の取り方などいくつかの注意事項と対処法を伝授され、響は今から起こる事が想像していたものより遥かに危険なことなのだと改めて思い知らされる。これで死んでも自業自得以外の何ものでもない。

 そして、一通り説明し終えたユニは深く深呼吸を一つ。

「では、始めます。くれぐれも動かないで下さいね」

 目を閉じ、詠唱を始めるユニ。


「《大気に宿りし風の聖霊よ、我が願いを聞き届けたまえ》」


 二人の距離は十メートル程度。ユニが両掌を開き響に向けかざす。その瞬間空気が変わった。

 さっきまでは四方を囲まれた中庭は無風に近かったが、今は明らかに空気の流れが出来ていた。そしてその流れはユニの手の中に吸い込まれるように収束してゆく。

 集められた風流は手元で球形へと変化し、その規模拡大していく。もちろん空気の塊は目にはほとんど見えないが、存在感は肌からビンビンに感じる。

 その時、堕落しきって失くしてしまったと思われていた響の野生の勘とでもいうべきものが、脳内でこれまでに聞いたことのない程の警笛を鳴らしていた。今すぐにこの場から逃げろと。

 身体中の毛穴から冷や汗が吹き出し、少しでも気を抜けば腰が抜けてしまいそうだった。もしかしたらもう既に脚はガクガクと震えていたかもしれない。

 次の瞬間、ユニが目を見開くと風流の収束が止まる。それは準備が整ったことを示していた。

「いきます」

 響は生唾を飲む(実際は口内が緊張でカラカラだったため、飲む生唾もなかったのだが)。


「《風の咆哮(ほうこう)》」


 ユニが唱えると同時に、手元の風の球体が目にもとまらぬ速さで打ち出される。到達までにかかった時間は瞬きをすることすら間に合わないほどだった。

 前方からの激しい衝撃に響の体は易々と宙に浮き、踊る。例えるなら軽トラックにでもはねられたかの様に後方に激しく軌跡を描き飛び退る。

 響はそこで重要なことに今更ながらに気付く。受け身についてレクチャーはされたものの、空中では全く身体の制御が利かない。つまりこのままだと響は後方にあるレンガの壁に激突し、運が良くても打撲以上の負傷を負うことになるだろう。

 しかし言い出したのは響からだったので、それも仕方ないと半分諦めモードに突入していた。

 死にはしないだろう……、多分。いや、恐らく……。そうだといいな……。

 今更考えると死さえ回避できれば魔法なり精霊術なりで癒してもらえるはず。もしかしたら死んでも生き返れるかもしれない。ゲームなんかでは蘇生魔法とかあるし。

 そんな悲観を通り越し楽観的な思考に陥っていると、ユニの新たな詠唱が耳に届く。


「《大気に宿りし風の精霊よ、我が願いを聞き届けたまえ。いかなるものも通さぬ暴風の壁よ、我を守りたまえ》」


 すると風の流れが一瞬にしてガラリと変わる。


「《風の障壁》」


 その直後に響は何か柔らかいものにぶつかり、後退運動が止まった。しかも驚くべきは身体が空中で完全に静止してしまったこと。

 足は地面から三十センチほど浮いており、だが体を支えているものは視認できない。

「お怪我はありませんか?」

 辺りをキョロキョロと見回していると、呼び掛けられ前方に向き直る。そこには右手を軽く握り前に突き出したユニの姿があり、その瑠璃色の瞳の瞳孔辺りに心なしか淡い翡翠色を見た。

「いや、全然大丈夫……。この体が浮いているのもユニの精霊術のおかげなの?」

「はい、風の精霊の力を使ってヒビキさんの体を包んでいるんです」

 どうやら吹き飛ばされた響の体を風の壁で反動を殺し、壁を浮力に変換し体を包んだのだと言う。理屈は全く以て不明だが、恐らくあの右手で操作(コントロール)しているのだろう。

 数秒後ユニの拳とリンクしたように響の体は少しずつ降下し始め、足が地面に着くと体を包んでいた見えざる力が飛散していくのを感じる。

 響が精霊術を体感してみて案外呆気なかった、というのが素直な感想だった。見えなかったからというのもあるが、実質的にははね飛ばされただけで実害はなかった。

 それは良かったともいえるが、アニメやラノベなどで派手なライトエフェクトを散らす魔法戦闘を脳裏に刷り込まれてしまった響には逆効果だった。響には現実的すぎたのだ。

 そんな思考が浮かない顔として出てしまったのか、それとも単に勘が鋭いだけかユニは響に新たな提案をする。

「もし今のでは物足りなかったようでしたら、四日後に闘技場で年に二回開かれる魔術闘技大会があるのでよかったら見に()()()()か?」

「うん。是非見に行……。ん……見に、来ま…せんか……?」

 見に行きませんかなら分かるが、見に来ませんかなんて。まるで、まるで……。

「はい、私も出場するんですよ」

 その瞬間、響の頭の中でクイズ番組などでよく聞くピンポーンという正解を示す音が鳴った。

 もちろんユニはそんなこと知る由もないし、それ以前にこの世界にクイズ番組などという概念が存在しているのかと考えてしまう。

 その思考を断ち切るように、突如鐘の音が何度も鳴り響く。

 それを時報なのではと思い、響は咄嗟に左ポケットからスマホを取出し、電源を入れる。液晶には相も変わらず圏外という非情な表示と共に十二時という時刻が映し出されている。多分時報という考察は間違いないだろう。

 響が目覚めてから一時間以上は軽く経過しているのに一度しか聞いていないという事は一時間の間隔で鳴るものではないようだ。

「もうお昼ですね。ヒビキさん、お腹空いてませんか?」

 響が視線を戻すと、ユニは右手に銀の懐中時計のようなものを握りしめていた。異世界にも時計という物があることに驚きを感じる一方で、朝起きてからユニに淹れてもらったハーブティーしか口にしていないことを思い出し、今更ながらに激しい空腹を感じる。もしかしたら緊張の糸が切れてしまったからかもしれない。

「確かに空いてる、かも……」

 もちろん生理現象に抗えるほど響は人間が出来てない。だがそれを素直に伝えてしまうと史上最強に純粋で世話焼きな目の前の少女にまた迷惑をかけてしまうのではないかと考え、軽く濁すように告白するしかなかった。

「なら、今から私の働いている喫茶店に来ませんか? 軽い御飯なら食べられますし、もっとアトワールや王都、魔法のこと、史実をもっと詳しく教えてくれる物知りなマスターがいるので聞いておいて損はないですよ」

 そう言われてしまえば断る理由は響にはない。腹が減ってはなんとやらとも言うし。

「それに……」

 ユニは少し言葉を選ぶような仕草をし、声トーンを少し抑えぎこちなく呟く。

「ヒビキさんを私の部屋まで運んでくれたのはマスターなので、現状報告といいますか」

 そこでようやく合点がいった。いくら精霊術を使えるといっても男一人を運ぶのはそう簡単なことではないはずだ。精霊術を実際に体験した響はその線を疑っていなかったのだが、やはり助っ人がいたらしい。

 確かに響は多少社会不適合な所がある(自分でも自覚しているつもりではいる)が、助けてもらった恩を感じないような人間でもないつもりだった。

「うん、そうだね。そのマスターも命の恩人ってことなら御礼の一つも言わないと」

「はいっ!」

 響が肯定の意を示すとユニは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 響はついついその屈託のない笑顔をスマホのギャラリーに保存したいという激しい衝動に駆られ、『盗撮』というこの世界では恐らく起こりえないであろう犯罪行為の名を何度も自分に言い聞かせてその衝動を必死で消化する。

 これはかなり厄介だな……。


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