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初めての世界で出会い

 まだ薄暗い朝の街道を少女は軽快な歩調で歩いている。

 一歩、一歩踏み出すたびに石畳にブーツがカツッカツッと心地よいリズムを刻む。

 いつもなら賑わっているメインストリートもこの時間では露店の屋台も出ておらず閑散としている。

 しかし少女はこの時間帯の街を散歩するといつもとは違う街の一面を見ているようなお得感を感じて好きだった(いわゆるギャップ萌えというやつだろうか)。ゆえに寝起きの運動がてら毎日の日課としていた。

「ん~~~、今日もいい天気」

 少女は雲一つない澄み切った見空色の空を眺め、軽く伸びをして深呼吸。肺に新鮮な朝の空気を取り入れ、息を吐く。

「さてと、そろそろカウスさんのパン屋さんが開く時間だし、今日は寄って行こうかな」

 少女はいつもの散歩ルートを外れ、大通りから少し狭い(人二人がすれ違うのに少しゆとりがある程度)脇道へと入る。

 脇道は大通りとは違い建物の陰になり一層暗いが、住み慣れたこの街のことは彼女が一番よく知っている。だからといって不気味なことに変わりないので、足取りが気持ち早足になるのは仕方のないことだ。

 脇道に入って一つ目の十字路を右に曲がろうとした、その時―――。

「―――――!?」

 少女は立ち止まると、驚きの光景に目を見開き言葉を失う。石畳の上で寝転ぶ人影。髪の長さからしておそらく男性、というより少年という方がしっくりくる。見た目から十代半ばであると判断し、少女は恐る恐る近寄り囁くように呼びかける。

「あの、大丈夫ですか? あの……」

 少年に反応はない。微かな呼吸音が聞こえてくる。どうやら寝ているだけのようだった。

 少女は軽く胸を撫で下ろす。だが、そこで一つの疑問が浮かんできた。

「この人は一体……」

 この街は比較的貧富の差がない方だが、どんな街にもお金がなく家を借りられなかったり、食料が買えず飢えに苦しむ者は少なからずいる。だが目の前の少年は白いシャツに黒のスラックス姿で、特に薄汚れた感じは見受けられない。むしろ出で立ちだけなら下級貴族並みの出で立ちである。

 となれば、考えられるとすれば旅人という可能性が最も高い。旅人が行き倒れるなんて珍しい話でもない。街の自警団事務所に相談すれば、身柄の保護にその後の手助けもしてもらえるのだから当然そうすべきだ。

 しかし、今の少女は何故かそうしようと思わなかった。不確定要素満載の少年の些細なことが彼女の興味を引いたのだ。それは少年の髪の毛がこの世界では非常に珍しい純粋な黒色をしていたという、ただそれだけのことだったのか。それとも。

 その時、少女は何か覚悟したような目をしていた。



 目の前に座る黒いスーツを着た茶髪の女性が渋い顔でこちらに向かって何かを言っている。場所は学校の空き教室。一つの机を挟んで向かい合って座っている響とフォーマルな出で立ちの女性。言うまでもなくこれは進路相談面接での光景だった。

 担任教師の麻賀(あさか)雅美(まさみ)の声はとても聞き取りづらく、視界の端が白く霞んでいる。つまりこれは夢か幻。

 響は窓から差し込む夕日で教室が朱色に染まるのをここ数日見続けている。そのせいもあって夢にまで見てしまったのだろう。見続けてトラウマにならなければいいのだが。

 変わり映えのしないその光景がどのくらい続いていただろう。

 響は少しずつ夢が終わりつつあるのを予感していた。視界の端の白が段々と広がり、視界が完全にホワイトアウトする。

 もう朝か……。


 目蓋に淡い光が当たる感覚を覚え、まだ鉛のように重たいそれを押し上げる。

 ぼやける視界には白い天井が映る。しかしそれは彼の自室の天井よりも少し淡くベージュがかっており、寝起きでまだ起動シーケンス中の響の脳は軽い違和感(エラー)を検出した。

 ゆっくりと、だが確実に脳が覚醒していくのを感じ、飛び起きようとしてもう一つの違和感に気付く。手をついた感触が響のいつも寝ているベッドのマットレスとは肌触りが明らかに違っていたのだ。いくら寝起きとはいえ毎日使っている寝具の感触を間違いはしないだろう。

 恐る恐る上体を起こし部屋を見回した響は一瞬の硬直の後に、言葉を失った。そこは響の記憶にはない全く見知らぬ部屋だったのだ。

 部屋はかなり落ち着いた雰囲気で、淡いベージュの壁紙に木製のベッド、白塗りの三段のタンス。ベッドの傍には窓があり、レースの白いカーテンが風に棚引いていた。

「えっと、ここは……」

 そこで突如脳裏に過ったのは黒ずくめの得体の知れない者に狙われ、短剣で一突きにされた時の恐怖心と耐え難いほどの痛みだった。

「うおぉあぁっ―――――――!!」

 響は悲鳴を噛み殺したような呻き声を上げ、自分のシャツをまくり上げ腹部をまじまじと見つめるがそこに短剣はなく、白いシャツにも血の痕跡すらない。腹部にも傷一つなく、治療された形跡も見られない。

 あれは一体何だったんだ……。夢か、それとも……。

 そんなことを思いながら響は床に足をつくと木製の床板が軽く軋むが気にする余裕もなく、そのまま近くの窓に近づいてゆく。

 風に揺れるカーテンを開け、外の景色を見やる。

 そして訪れる二度目の絶句。頭の中は完全に思考が停止してしまい、これが頭の中が真っ白になるという事かと響は半分呆れながら思う。

 窓の外に広がっていたのは見慣れた住宅街特有の屋根のコントラストでも、電柱から延びる電線の束でもない。都会の一等地なら超高層ビルや赤い電波塔も見えるかもしれない。それくらいの景色ならそれなりの仮説を立てて、もっと冷静でいられただろう。

 だからこそ突然この景色を見せられて驚かない者はいないだろうと響は思った。

 目線の高さからして建物の三階くらいだろうか。カラフルな木組みの建物、石畳の街道が眼下を左右に横切っていた。

 それはテレビや雑誌などで見た中世の様相を残したヨーロッパの街並みを彷彿とさせる。

 さらにサプライズはまだ終わらず、彩り豊かな髪の色をした者や動物の耳が頭に乗っている者、二足歩行の蜥蜴(見ようによっては竜にも見えなくもない)のような生き物がごく当たり前のように通りを行き交っている。

 まるでその光景が平凡な日常の一コマだとでもいうかのように。

「何だよ、これ!? 何が、起こって……」

 響はコスプレのイベント会場にでも迷い込んでしまったのではないかという錯覚に陥ってしまったが、記憶の途切れ方からしてその線は捨てるべきだろう。

 それにこれがコスプレイベント会場のセットなのだとしたら明らかに規模が大きすぎるし、歩行者たちの格好もリアルで手が込みすぎている。特殊メイクならアカデミーショーものだろうな。

 響の脳内では疑問が疑問を生み、脳のストレージをすごいスピードで侵食していた。加速する思考。仮説が浮かび、消えてゆく。結論から言えば信憑性の薄い無駄な憶測のみで空回りを続けているだけ、答えなんて出るはずもなかった。

「痛っ……」

 ほぼ無意識だったのだろう。響は自分の頬を力いっぱいに引っ張り、激しい痛みのフィードバックに顔をしかめる。かなりベタな夢かどうかの検証方法だが、実際に夢で頬をつねったことがないので本当に痛くないのかは不明なのだが。

「なるほど。夢の続きってわけでもなさそうだし、これはあれか。異世界転生とかいう、ライトノベルなんかのお決まりのやつなのか?」

 自分で言いながら響は呆れを感じずにはいられなかった。

 異世界なんて所詮はフィクションの中だけの話。どう転んでもそれが現実と交わる事なんてないし、だから彼もそこ惹かれ、のめり込んだ。

 だからこそ響はそれを、この状況を都合良く解釈して受け入れそうになった自分が恥ずかしかったのだ。もし受け入れてしまった瞬間に「ドッキリでした」なんて言われたら恥ずかしさのあまり自害は不可避だ。だから今は馬鹿げた考えは捨てて、客観的にならなければならない。

「今は浮かれてる場合じゃないよな……」

 こういう時こそ正気を保たないといけない。

 響は頭を強引に切り替え現状を理解することに専念しようと、手始めに窓の外から視線を部屋に戻し改めて見回す。

 本棚にはハードカバーの難しそうな本が並び、手に取ってパラパラと捲ってはみるが何が書いてあるかは一切読めない。見たことのない文字のような記号のようなものが延々と書き綴られている。だが申し訳程度に散らされた挿絵からして神話のような物語が書かれた書物なのだろうということは推測出来る(現実ならラノベという可能性もあったかもしれない)。

 次に白塗りの三段タンスの一番上、その引き出しの取っ手に手をかけて一旦は引こうとしたのだが……静止。

 あれっ……。ここは僕の部屋じゃないし、普通に考えてこの状況って空き巣とかそういう犯罪行為に当たるんじゃ……。

 瞬時に響はとてつもない罪悪感に襲われた。

 ここが誰かの部屋だと仮定して、たとえ状況が状況であっても他人の部屋を物色していい

 という道理はない。そう自分に言い聞かせ、響は名残惜しくも取っ手から手を放す。

 タンスは諦めて外の様子を確認することにし、窓の対角線にある部屋を出るための唯一の扉の前で足を止める。

 開けるのは実に簡単で鍵などの類はなく、レバーを下げ押すか引くだけで簡単に開くことだろう。しかし、問題は部屋の外に人がいた場合だ。

 このワンルームだけで生活するのは不可能ではないが、色々と不便が多い。風呂なし物件など珍しくないが、キッチンがないのはかなり不便といえる。さらにトイレや水回り関係の設備すらないのだ。となると答えは簡単。

 つまりここは一物件の一部屋に過ぎないということになるのだ。

 そうなると部屋を出てすぐ家主と鉢合わせ、なんて最悪のシチュエーションも優に考えられる。

 残念ながら響にはこの状況を的確に説明できる自信もないし、何より初対面の相手と会話できるコミュニケーション力も持ち合わせてはいない。文字が異なったようにコミュニケーション以前に会話が成り立たないことだってあるだろうし、話が通じるような文化人であるとも限らないのだ。筋骨隆々の大男や蜥蜴人でいきなり鉄拳制裁なんてことも……。

「どうしたら、ん―――――――っ……」

 響は頭を抱えてしゃがみこむ。

 慎重で柔軟性があると言えば聞こえが良いかもしれないが、悪く言えば優柔不断で決断力がない。それが響の性格を語る上で一番単純明快な説明だった。

 響はありもしない正解を探して、一人で抱え込んで自滅してしまうどうしようもない性格なのだ。もちろん本人も自覚済みだが、こればっかりはなかなか直らない。

 しかし今回の答えはいとも容易く出た。いや、外部的に出されたのだ。

 扉の向こうでコツッコツッと床板を踏む音がしたと思うと、音は徐々に大きくなり扉の前で止む。扉の向こうには何者かの気配があり、この扉を開けようとしているのは容易に想像出来る。

「―――――――!?」

 どうする。隠れるか……? いや、間に合わないっていうか、第一隠れる場所なんてないし……。なら扉を押すか引くかして開けさせないようにすれば……、ってそれじゃ何の解決にもなってないじゃないか――――。なら、開いた瞬間に間をすり抜けて逃げるとか、相手によっては戦う羽目になったりしたら……。

 自問自答からいつの間にかネガティブ思考に流れてしまった事に気付いた頃には、時既に遅し。ノブが下がり、扉が部屋の内側に押される。

 どうやら引き戸だったらしいそれはゆっくりと部屋側に開かれ、響は激しく狼狽した。心拍数は急上昇し息が苦しくなる。一瞬の出来事のはずなのに、自分の思考、扉の動きまでもまるでスローモーションのように感じた。

 そこで瞬時に過るのは黒ずくめの得体の知れない暗殺者の姿だった。


 も、もうだめだあああぁぁぁぁぁ―――――――――――――――。


 響は心の中で絶叫した。そして死を覚悟し、その時を待つ。だが、

「えっ……!?」

 すぐに気付いたことはそれが人間であるということと、身長が響と比べ若干劣るということ。目の前にいたのは一人の少女だった。

 生命の危機から死すら覚悟した響は肩すかしを食らった気になり、間抜けな声が出てしまった。

 しかし安心したのも束の間、相手の顔をハッキリと認識してすぐ響は強い雷に打たれたような衝撃を受けた。それは青天の霹靂。脳内が完全停止し、口はパクパクと動くだけで言葉は出ない。つまり金魚の如くアホ面を曝していたに他ならない。

 だが、それも無理からぬこと。なぜなら目の前にいたのは【天使】だった。

 もちろん天使というのは比喩的表現で少女は翼や天使の輪など持たない普通の人間だったのだが、普通でなかったのはその容姿だ。

 一番に目を引くのは晴れ渡る青空を彷彿とさせる空色の艶やかな髪の毛。それを肩上までのボブヘアにし、幼さを際立たせている宝石のような輝きと深みを感じる瑠璃色の瞳。白雪のようにきめ細やかな肌。しなやかで華奢な肢体を包むワンピースは白を基調とし、所々を紺色で飾られている。そしてその上からオルテガ柄のような濃紺のフード付きポンチョを羽織っている。

 どう見ても日本人離れした少女の美しさは今まで響が出会った女性の中で、比べるまでもなく頭何個分も抜きん出ていた。

 あっ……。これ、やっぱ死んでるかも……。

 仮に彼女が天使だとするとここが天国という説も成り立つ。そんなバカなことを考えてしまうほどの衝撃だったのだ。

「………すか」

 どうやら無意識のうちに彼女に見惚れてしまっていたようで、何度も声をかけていたことに気づけなかった。

 響が声の主に視線を向けると大きな瑠璃色の双眸がこちらを見返していることに気が付いて、軽く目を逸らしてしまう。

「あ、ごめん。その……」

 そこで響は思い出す、目の前の少女は明らかに日本人離れしているという事実に。窓の外の街並みだって日本とは似ても似つかない。

 つまりもしここが日本でないのだとしたらこのまま話し続けても言葉が通じず、意思疎通が出来ない可能性が高い。

 その場合、色々とややこしくなって……。うん、完全に詰むな……。

 しかし、そんな心配はすぐに打ち消される。

「意識が戻って何よりです。何処か痛い所はないですか?」

 そう言い、少女は柔らかな微笑みを浮かべる。これがアルカイックスマイルかと感動しつつ、ふと引っ掛かったことがそのまま口から漏れる。

「あれ……!? 普通に日本語……」

「えっ、何がですか?」

 少女は響の意には気づいていないようだ。

「えっと、君が日本語を話してるってことはここは日本なんだよね?」

 少女はキョトンとした顔で響の予想外の答えを口にする。

「ニホ…ンゴ……? いいえ、これは大陸(セ・)共通語(アルカ)ですよ」

 聞き覚えのない単語に次は響が惚ける番だった。

「せ……あるか……? ってことは、やっぱりここは日本じゃなくて……」

「ここはアトワールです。その、ニホンっていうのは何ですか?」

 彼女は平然とそう言ってのけた。嘘など言っている風でもなく、本当に日本という国の存在を知らないというごく自然なリアクション。

 つまりここは日本ではなく、彼女の言う『アトワール』という国、または街であるということになる。響はそんなに地理や歴史に詳しくはないが、そんな単語に聞き覚えはなかった。

 しかし、そうなると言葉が通じているのはなかなかに不可解だった。

 日本の存在すら知らない少女の口から紡がれているのは、響が幼い頃から慣れ親しんだ日本語そのものだ。考えられる可能性としては、本当に偶然言葉のニュアンスが似ていたという可能性。

 そしてもう一つは外部的な何らかの力でまったく別の言語が日本語に変換されているという可能性だ。百歩譲ってもしこれが異世界召喚だとしたら、それくらいのオプションはないと話を進めるのが難航するため与えられて当然の特権とも言えなくはない。だが至って非現実的であることには変わらず、前者の方がまだ現実味がある。

 だが、もし何者かが僕を本気で勇者的な存在として選んだのなら見る目のない召喚者もいたものだ(選定がランダムなら話は別だが)。

 もし伝説級の武器を手にしても、特殊な力を授けられても、どんなことがあろうとも僕は主人公になれやしないのだから……。

「えっと、なんて説明したらいいんだろう。日本っていうのは、僕の住んでた国なんだけど……」

 そこでようやく思考が追いついて来て、忘れていた方が良かったかもしれないことを思い出す。

 あれっ、この部屋にこの娘がいるって事はこの娘が家主ってことで、つまり僕は女の子の部屋を物色しようと――――――――。


 ああ、これ……終わったわ……。


 よく考えれば今会話が成立していること自体が不自然なのだ。自分の部屋に知らない男がいたら、出会い頭に悲鳴とビンタがあって然るべき。通報されても文句は言えまい。なのに彼女は至極当然のように会話を始めた。そして今も会話は進行形で続いている。

「あなたの住んでいた国なんですか。聞き覚えがないので、やはり遠方から来られた旅人の方なのですね」

「旅人……?」

 そこで響は少女が勘違いをしていることに気付く。しかしそれは響も同じだった。

「ええ、今朝は驚きましたよ。路地裏で倒れているんですから。もし、変な人たちが先に見つけてたら身ぐるみ剥がれていたかもしれませんでしたよ」

 彼女はかなり物騒な話を笑い話のように言う。もしかしたらこの街はかなり治安が悪いのかもしれない。

 だが、響が引っ掛かったのはそこではなかった。

「路地裏に倒れてた?」

「はい、なので私の部屋まで運びました」

 平然と言ってのける少女。だが身長も響より低く手脚は華奢で、見るからに非力な彼女がどうやって男一人をここまで運んだというのか。謎は増すばかりで、響が路地裏にいたという事実は依然として変わらない。

 黒ずくめの何者かに襲われ死を覚悟し意識が薄れていったところで記憶が途切れている響にとって告げられた事実は食い違っている。少女が嘘をついていないと断言出来るわけではないが、そんな嘘をつくメリットがあるとも思えない。しかしそれは少女が虚言壁を持っていない場合と、彼女が響を襲った張本人でなければだ。

 だが響が刺される瞬間に見た黒ずくめの何者かは自分と同等かそれ以上の背丈だった。つまりシークレットブーツでも履いていない限りはその線は薄いだろう。

 そうなると意識を失ったまま異世界に紛れ込んだ可能性が高いってことか……。

 そう考えるとこの状況もよくアニメやゲームでありがちな異世界召喚物で定番の冒頭チュートリアルとも思えなくはない。かなり愚図ついてはいるものの。

「うぅ……。むぅ………」

「どうかしました? 顔色が優れないようですが」

 そうやら短剣で刺された時のことを思い出しただけで血の気が引いていたようで、少女が心配そうに訊ねてくる。響も心配をかけてはいけないと必死に取り繕う。

「いや、今ちょっと混乱してて……」

「もしかして、記憶喪失ですか? もしかしたら頭打ったりしたのでしょうか」

「まあ、そうなのかも……」

 かなり強引な誤魔化し方だとは思ったが、話を進めるにはそれに乗っかるのが今は最善策。少女もそれ以上深掘りするでもなく、結局響は旅人ということで落ち着いた。

 窮地を脱したのも束の間、響の頑張り所はここからだった。相手が女の子で緊張するとか、コミュ障で会話が弾まないし続かないとか不安要素しかないのだから。

「で、君に聞きたいことが多々あるんだけど、いい……かな……?」

「もちろんです。あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はユニ、ユニ・フローリアンと申します。ユニとお呼んで下さい」

「ユニ……。良い名前だね。僕は越智響」

「ヒビキさんですね。聞きたいことがあるのでしたら、立ち話もなんなので隣の部屋にどうぞ。大したもてなしは出来ませんが、お茶くらいはお出ししますよ?」

 そう言ってユニという少女は笑顔で隣の部屋へ響を促す。

「あっ、そうだ。裸足だと足が汚れてしまいます。こちらを」

 そう言って差し出されたのは響愛用のローテクスニーカーだった。使い古されて若干の傷みはあるものの、まめに手入れしているため傷みは見られない。

「この靴変わった模様が付いていて、随分と軽いんですね」

 そう言ってユニが示すのはスニーカーブランドのロゴだった。

「あぁ、確かシンセティックレザーだったかな。これでもスニーカーの中では普通なんだけど」

「シンセティックレザー? スニーカー?」

 ユニの姿を見ればわかるのだが彼女の身に付けているものは機能性を追求した近代様式とは異なり、それは恐らく文明の発展具合の違いだろう。少し心は痛むがそんな相手に現代のことを語るほど野暮なことはない。何より話が前に向いて進まないし。

「いや、何でもないんだ。今言ったことは忘れて」

「そ、そうですか?」

 名残惜しそうにしながらも、それ以上この話題に踏み込んでこなかったユニに感謝する響。

 そしてこの出会いは響のこれからを左右するものであったことは言うまでもない。

 もちろん良くも、悪くも。


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