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プロローグ

 空は闇が支配し、星の一つも見えない。

辺りを照らすのは等間隔にいくつも配置された頼りない篝火のみ。砂埃が宙を舞っていて、口の中は少しザラザラとした感触が実に不愉快だ。

 周囲を囲むは僕の背丈よりもかなり高い石壁。そこは闘技場。腕に覚えのある猛者たちが己の力を惜しみなく振るい地位と名声を手に入れる剣闘士たちの聖地とも言える場所だ。

 観覧席は人で埋まっているにも関わらず不自然なほどに静まり返っていて、中には両手で顔を覆う者もいる。

 僕の視界には観覧席の大観衆と正面の一番奥、玉座のような華美な装飾の施された天蓋付の椅子に腰かけニタッと気味の悪い笑みを浮かべる男が映る。そして深緑色の騎士甲冑に身を包んだブロンドの女が刃を鮮血の滴る剣を右手に握り、僕の目の前で仁王立ちになり憐みと蔑みの入り混じった視線で見下ろしている。

 この場で行われているのは力や技能を競い合う決闘などではなく、強者が弱者を狩る一方的な虐殺。拷問そのものだった。

 狩る者、翼はないが正真正銘神の眷属である(ヴァル)乙女(キュリー)の一角。狩られる者は、僕。

 そして今僕は地面に伏し、身動き一つ出来ずにいた。

体内を循環していたはずの血液が腹部の刀傷から流れ出すと赤黒い血だまりと化し、倒れた体を浸していた。流れ出した血液と共に熱まで流れ出しているのか、体温低下による酷い寒気にも襲われ五感が鈍くなっていくのを薄れゆく意識の中で感じていた。

 次第に視界は霞み、視野が狭く、暗くなっていく。それは死が迫っているということ。


 僕は、こんなところで、死ぬ……のか……。


 不思議と恐怖よりも呆気なさの方が大きく、人の死がこうも簡単なものかと思わずにはいられなかった。

 すると、薄れ消えそうな意識の中で鈴の音のような声が耳から滑り込む。

「――――――キ、ヒビキ…、ヒビキッ!」

 声の主は傍まで駆け寄ると、冷たくなり始めているであろう僕の体を抱き上げ呼びかける。何度も、何度も僕の名前を。

 既に鉛のように重くなってしまった目蓋に渾身の力を込め持ち上げる。傍から見れば半目くらいしか開いていなかったかもしれないが、そこには一人の少女がぼやけながらも確かに映っていた。

 白を基調としレースと繊細な刺繍が華を添えるワンピースが雪のように白く華奢で今にも壊れてしまいそうな肢体を覆う。暗がりでも異彩の輝きを放つ艶やかな髪が肩辺りまで垂れ、幼さが強い相貌には大粒の涙を湛えていた。

 時折大粒の涙が僕の頬に落ち、そこから熱が、彼女の体温と感情が染み込んでくるのが分かる。その度僕も目頭が熱くなり、視界の少女の顔が歪む。どうやら僕も泣いているようだ。

 自分にまだ泣けるだけの力が残っていたことに驚きながらも、胸の底から熱い感情が溢れ出す。それを言葉にして伝えたいが、いざ話そうとすると上手く呂律が回らず、口の中は鉄臭い強烈な血の味がするだけ。音を紡ぐので精一杯だ。

「―――っ、ご、ごめ……ん。君を、守りだ……がっだのに……」

 僕は見つめる少女の名を呼ぼうとするが、もう声にならない。声にならないなら目で訴え掛ける。それが駄目なら今度は心で呼び続ける。いつまでも、何度も。自分という存在が消えるその瞬間まで。

 そして僕の全てが遠ざかり、消えていく。残るのは後悔と悲しみ。しかしそれすらも剥がれ落ちていく。


 僕は、僕はあの時誓ったんだ……。それなのに……、また、大切なものを失ってしまうのか……。


 最後に全てが消えた無意識の中でその喪失感だけが何度も巡る。

 だが、それも乾いた夜風にかき消されてゆく。


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