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01_08_詐欺師「初めましてこういう者です」

「ファーストインパクトが実は大事なのです」

 ヒース第二王子の甲冑がずり下がる様を見て、


「ここはどこですか?」

「私は誰なのですか?」

「誰か教えてください」


 と矢継ぎ早に且つ、少し情緒不安定な人間になってみせた。

 ここで泣き喚くと逆に怪しまれるのは経験上分かっている。


『主様は芸達者じゃのぉ』


 嘘は吐いていないさ。

 本当にここがどこか分からないし。

 本当にここで何と名乗れば分からないし。

 本当に誰かにいろいろ(・・・・)と教えて欲しいくらいなのだ。

 駆け寄って来る足音が聞こえる。

 ドレスを振り乱して、俺よりも不安そうな少女――ルアナ王女だ。


「どうされたのですか!?」

「あ、あ……」


 俺は黒猫を落とし、胸を強く押さえた。痛みで顔がゆがみ始めるのが分かる。

 脂汗も流れてきた。恐らく内出血が始まったのだ。

 呼吸も細かく荒くなっていく。

 頃合だと思い膝折って、手を地面につこうとした時だ。

 ルアナにまた抱き止められた。


「誰、か……助けてっ」

「バーレン神父、早く!」


 ――自分の希望通りに人を騙すのには、然るべき要因と順序というのがある。

 要因なんて路傍の石と同じで、そこらに沢山転がっている。

 例えば、人の善意だ。

 ルアナ姫は見るからに困っている人間を、見て見ぬふりなどできない。

 俺が取り乱し「記憶喪失」だと分かれば、手を貸すだろう。

 俺が痛みで苦しみ、医者のような神父を呼ぶのもダメ押しだ。

 こうして人の善意を利用する。

 そして順序だ。

 俺は明らかに彼女より年上だが、精神的に身体的に弱者だと分かれば彼女とその周囲の人間の保護欲を刺激させる。

 云わばこれは信用の土壌作りなのだ。そして自分の要望と言う種を蒔き、信頼という水をやって――詐欺という果実が実るわけだ。

 まぁそれだけではないのだが。



 地平線の向こうから、太陽が顔を出した頃だ。

 朝焼けに気付いて目が覚めた。

 どうやら神父に治療されテント内のシートに寝かされていたようだ。

 身体を起こそうとした時に、胸部に疼痛が走る。

 この世界に銃弾というものが無いのか、摘出されずに残ったままだった。


 何度目か分からないが、気絶して目を覚ますと、またあの天井が見えた。

 今後のことを考えれば、少なくとも後一回は気絶する予定だ。貧血気味なのでやりたくないのだが、これを乗り越えないと今後の計画に差し支える。

 しかし、異世界に落ちてから本当に俺TUEE展開に恵まれんな。やっぱりネット小説みたいなテンプレは無いわけだ。


「現実ってしょっぱいな」

『その辛酸を舐めさせ続けた主様に、多くの被害者は抗議するじゃろうて』


 また同じ位置にフラウがいた。

 黒猫のときに出会ったから、俺としてはこちらの姿の方が馴染み深い。


『外部から魔力を補充できたのでな、流石に人型は無理じゃったが』


 え、ちょ、あれ? 俺の考えていることはだだ漏れですか?


『うむ。念話なのじゃ。ちなみに思考言語は日本語じゃから、もし盗聴されてもこの世界の住人には理解できんから安心するのじゃ』


 思考言語。

 思考する際に使用される言語は、通常母国語になる。例えば日本人が英語を習い、アメリカ人と会話するときも、英語を耳に入れて、脳内で翻訳するときは日本語になるものだ。当然、脳内で発せられる言語を隠し立てできるわけ無いのだから、俺の考えている事はフラウに漏れているということだ。


『それにしても詐欺師だというのに、クルルのため世界を変えようなどと考えるとは、いやはや、主様は恐ろしいロリコンじゃ』


 やめて、これ以上俺の心を読まないで!


『冗談はさておき、記憶喪失なんて真似をどうするつもりじゃ?』


 うんまぁ、この世界のことをちゃんと知らないんだよね。フラウが知っている事は多いだろうけど、それはあくまで魔女。そこに住んでいる人の視点じゃない。これから俺自身が生き抜くため、まずは学ばなければいけない。


『なるほど、そのためか。非力でひ弱であることを逆手に取り、王族に取り入る訳じゃな』


 弱きものに同情した人間は親身になるし、騙しやすくなる。実際に、強い人間よりも弱い人間を守り助けたくなるものだよ。経験則だがな。


『じゃが、彼奴にそれが通用するかのぉ? 警戒心が強過ぎて、主様と相性が悪いのではないか?』


 何よりも腕っ節で物事を片付けそうな男、メイスフィールド第二王子、ヒースが椅子に座っていた。寝たまま首を傾ければ、


「寝てるのか?」


 剣を握ったまま瞳を閉じていた。俺の声にも無反応で揺すっても起きなさそうに熟睡しているように見える。


『ぐっすりじゃ。オーガの雄叫びでも起きぬだろうよ』


 仮にも王子だろうに。護衛も付けずに何をしているのだろうか。いやまぁ、初めて会った時から妹であるルアナ王女を大事にしている様子だし、俺を監視していたのだろう。

 これはこれで騙しやすいタイプの一人なのだ。取り入り、甘い蜜を吸う為には段階を踏む必要があるが、それはもう一段階を登っていたりする。

 俺がニヤニヤしながら眺めていると、天幕が押し上げられる音がした。

 ルアナ王女とバーレン神父が入ってきた。


「お加減はいかがですかな?」

「おかげさまで。まだ腹は痛みますが、だいぶ良くなりましたよ」


 バーレン神父の気遣いに愛想笑いを浮かべたが、当の神父は訝しげに眉を潜めた。どうも治療をした身からしたら、プライドを刺激される言葉だったらしい。

 良いプライドを持っている。医師として完治出来なかったことに対して、自分の腕に疑問を持った時の顔だ。世話になった闇医者も同じ顔をすることがあったのを覚えている。だがな……本当に腹に弾が残ってるんだよ。魔法も万能ではないのだろう。


「起きられたのですね、良かった」


 ルアナが腰を屈め、目線を合わそうとしてくるので、俺は身体を起こした。

 そのままで良いと手で静止させられそうになったが、そうはいかない。

 この国では最上位に位置する人間だ。いくら怪我人とはいえ、寝たままでは失礼だろう。

 俺が身体を起こすと、フラウが膝の上に乗った。何かを警戒するように、ジッとルアナとバーレン神父を見つめ始めたのだ。

 その様子に二人は冷や汗を浮かべ、何と言葉を出せば良いのか迷っているように見えた。

 何したんすか、フラウさん。


『そこの坊主が剣を抜こうとしたのでな、少しばかりお灸を据えてやったまでよ』


 溜息が零れた。

 俺を守ってくれたらしいが、ほぼ脅すような方法を取ったらしい。もう少し穏便にやって欲しい。ヒースだけならば良いが、この二人には警戒心を解いてもらわねば困る。騙しづらくなるからな。


 膝の上に乗った黒猫をなだめる様に、色艶が良い毛並みを撫でた。

 クルルに比べると撫で心地は劣るものの、悪くはないかな。


『にゃっ』

『にゃ……』

『にゃぁ~』


 黒猫は脱力し『なんてテクニシャンなのにゃっ! もっと撫でるが良いぞ!』などと言っている。ご丁寧に尻尾がユラユラ揺れ、右腕に絡みついて来る。

 魔女なのかねぇ、これ。威厳とか尊厳とか、そんな物は微塵も感じられない。こんな黒猫が何をしたのか検討がつかないが、ここは首傾げてから、申し訳なさそうにするべきだろうな。


「どうやら黒猫が何か粗相をしたようで。申し訳ありません」

「いえ、そのようなことはっ。むしろ、兄であるヒースが何かしたのではないかと……」

「そうなのですか? どうも私を守るように夜通し起きていらっしゃったのでは?」


 二人の目が丸くなった。そらそうだ。監視していた事実を、守っていたと誤認してみせたのだ。ここで二人が「ヒースが監視しながら、良からぬ動きを見せた瞬間首を刎ねようとしていた」なんて言ったら、気まずいに決まっている。


「バーレン神父、私は今とても胃が痛いです」

「ルアナ殿下……この者を疑う前に、ワシらの心が善意で潰されそうじゃ」

「私は疑われているのですか?」

「えっとですね……」

「何でも構いません。私について分かることがあれば、教えていただけないでしょうか?」

「兄が、他国の間者ではないかと。黒髪や黒目は我が帝国の者ではありませんから……」


 間者とは、また物騒だ。確かに二人の頭髪や目の色を見れば、俺が他国の者であると言う認識になるだろう。

 そもそも異世界から落とされたので、異国人どころではないのだが。


「ふむ……私はこの国の者ではないのですね。確か、土色の狼に追われているところまでは思い出せたのですが……いやはやあの狼を思い出すと、ゾッとします」

「……確かに狼ですが、魔物について何もご存知ではないのですか?」

「魔物……とは何でしょうか?」

「これは思ったより重症ですぞ」

「それなら私が少しお話をしましょう。朝食も一緒にいかがでしょうか?」

「よろしいのですか? 私のような、どこの馬の骨かも知らない人間と一緒に食事など」

「猜疑心に囚われて人の本質を見誤るようでは、王女の資格無し――これは私が尊敬する人の言葉です」


 さぁ、こちらへ。あ、歩けますか? そんな風に連れられて外へ出た。

 あれ、ヒースは放置ですか?


♪♪


 四つの柱で支えられたテントの中に、ルノアとバーレン神父、そして俺が椅子に座る。テーブルに乗せられた食事を見て、ちょっと残念に思った。

 王族の料理というから賢覧豪華または珍味でも食せると少し期待していたのだが、目の前に置かれたのは干し肉を水で戻して焼いた物。ホウレン草のような蜂蜜のお浸しのような何か等々。

 実際に食べてみると、まずい。

 肉は水で戻しているようだが、黒コショウで味を調えようとしてただ辛いだけだし、野菜は蜂蜜で甘くしているが、萎びたのをごまかしているだけだ。

 一見まともそうなパンも少し黒い……白いパン粉とか無さそうである。


「政務で移動中のため、この様な食事しか出せませんが」

「いえ、最近食事を取っていなかったようですし、食べられれば何でも」


 食器も木材で使いまわしているようだ。水も潤沢に使えないのか、カビが生え始めているのもある。


「……木材ですか」

「えぇカルバ製です」

「漆は?」

「ウルシ?」

「えっと、陶器ではないのですね?」

「道中ですと馬車の揺れで、陶器は割れますし」

「なるほど」


 そして、銀のフォークとナイフだが……これは不味いなぁ。銀中毒というのもあるし、俺としてはあまり使いたくない。


「それは王宮職人の品です」

「……そうですか」


 ナイフを持ち手から刃先を点と点で結ぶように見てみたが、僅かに左側へ沿っている。行儀が悪いのを承知でクルクルと手で回してみると、やっぱり重心がおかしいのかしっかり綺麗な円を描かない。

 こいつは先生に見せられたものではない。あの人は刃物に対して並々ならぬ情熱というか職人気質だ。もし先生が使っていたら普通のナイフから、投げナイフに姿を変えて「ふむ、これは駄作だな」と言って給仕役のメイドの手を貫いていただろう。堅気ではないヤクザは常にヴァイオレンスである。

 それから白く濁ったスープをすする。味が、分からん。試しにパンを千切って浸して口に運んでみる。ますます味が分からん。

 こんなものを食事というのか、この世界は。


「ごちそうさまです」


 俺はほとんど手を付けられなかった。

 失礼だと思ったが、今後の展開を考えると腹に物を入れておくのは好ましくない。食べるとしたら、もう一度気絶してからだろうな。


「お口に合いませんでしたか?」


 ルノアは不安そうになり、威厳溢れる執事が困った顔を浮かべる。

 まぁ、そうだよね。


「いえ、ろくに食べていなかったようで胃が萎縮しているのかと。それでも活力は戻りそうです」


 ここで笑顔を浮かべ見せる。

 恐らく、平民では口にできないような食事なのだろうが、文化水準が違うとこうまで味が違うらしい。

 参ったな……本格的に文明開化でも起こさないと俺のストレスがマッハだった。

 先生はあの細身で沢山食べる人だったからな、釣られて俺も一緒に食べていた。しかも先生の作る料理は中華か和食がメインだったが、これまた美味かった。

 舌が肥えすぎたというのもあるだろうが、俺自身の舌と胃腸のためにも頑張らないとな。


「にゃー」


 ストレス緩和のために、黙想でもしてやろうと考えていたら、フラウが組み立て式のテーブルに飛び乗ってきた。俺の目をまっすぐ見て、ぺろぺろと毛を舐め始める。すっかり猫の真似が板に付いてきたな。


『ここらで彼奴らに取り入るタイミングではないか?』


 うんまぁ、そうだよね。


「……そうですね、困った事が沢山ありますね」


 なんとなくそう呟いた。

 困った顔を浮かべ、肩を竦めてティーカップに注がれた紅茶に口を付ける。紅茶だけは良い香りだ。


「私には記憶がありません」


 あの取り乱した様子を見れば、彼らも騙されていた。誰しもが頷くか、目を伏せて同情の視線を向けてくれた。


「それでも分かった事がありました。これをご覧ください」

「これは?」

「名刺と呼ばれる身分を申し上げる時に使われる紙片です」


 読めないだろうが、テーブルの上に名刺を置いた。


『宍戸商事 須藤(スドウ) 正樹(マサキ)


 俺が日本で使用していた偽名、その名刺だった。よくある『佐藤』でも良かったのだが、詐欺師になりたての頃に使っていたら、偽名と疑われて以降、使用はしていない。

 まったく全国の佐藤に悪いと思わないのかね、あいつらは。


「これは……」


 ルノアは名刺を手に取って感触を確かめ、目を丸くしていた。ツルツルしている紙幣なんて見たこともないのだろう。驚いて神父や執事たちに素材は何かと意見を求めるぐらいだ。恐らく、この世界の科学水準では作り出せない品物だ。こんな紙切れ一枚だけでも人を騙す道具に成り得るのだから、異世界万歳。


 俺は名刺の内容を読み上げた。

 そして、ぽつりぽつりと呟いた。

 曰くどこかの国の商人だった、かも。

 曰くどこかで様々な教育を受けた、かも。

 曰く最近何か失敗して命を狙われていた、かも。

 まるで散らばった記憶の欠片(ピース)を手探りで集めたように。


「暫定的ではありますが、私はこれより『マサキ・スドウ』と名乗ります。付きまして、商人として私は、私を売り出します。私の記憶はこの通り不確かです。ですが、皆様に無い知識を持って、皆様のお役に立てればと存じます」


 言葉にはしなかったが、暗にギブ&テイクだといった。

 保護を求める代わりに商人として、何かを売る。

 ルノアは王女だ。見た目以上に聡明で頭が回るように見えたし、他者に向ける同情や優しさも垣間見える。ならば、ここで保護を求めるだけではなく、自分は有用であると示せば彼女の信用度も上がるだろう。

 逆にここで失敗しても、自由度は減るが保護は受けられる。どこかの町にでも下ろして貰えればいいだけだ。


 ここまでの(すが)るような物言いに、ルノアはきっと同情度が増すはずだ。

 俺は確信していた。


「私で良ければ、その商談お受けしますわ。マサキ様」

「――ルノア殿下のご慈悲に感謝を」


 あからさまに安堵した溜息をしてみせた。

 彼女や周りのメイド達もほっと息を吐いた。

 感情というのは伝染するものだ。


「それでは商談といきたいのですが……ヒース殿下は、まだ?」

「おかしいですね……流石にヒース兄様も起きてくると思うのですが」


 ここで不測の事態が分かる。

 ヒースがいまだに起きてこないのだ。既に一時間は経っているし、いくら疲れているとは言え、いつまでも妹とこんな胡散臭い商人を一緒にするわけがない。


『あ、忘れとった』


 何でしょうか、魔女フラウさん。とても嫌な予感がします。


『魔法名で眠らせたわ。解除せぬかぎり目覚めぬよ。このまま永眠させた方が良い。起きたら刃を向けるに決まっておるのじゃ』

「起こしてください……今すぐ」

「マサキ様、どこへ!?」


 これから騙す人を永眠させちゃだめだろ。

 俺は黒猫の首根っこを掴んでテントへ走ることになったのだ。

 ……相変わらず人生ハードだなぁ、おい。

○○「フラウちゃんってお茶目ですよね」

詐欺師「お茶目で済んだら警察なんていりませんよ?」


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字・ご意見・感想等々、ありましたらよろしくお願い致します。

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