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01_07_ルアナ「魔女に睨まれましたけど、頑張ります」

「魔女に睨まれるとカエルに変えられるそうです」

 その日は晴れていました。

 曇り無い晴天で、アゲノス平原と魔女の深き森の境に沿って目的地に向かっていました。

 目的地は友国である、水のギャリア帝国です。


「気分が優れないのか、ルアナ?」


 火のメイスフィールド帝国にて、第一王女である私は馬車の中から森を眺めていました。

 父である王から『政務』を言い渡され、泣く泣くこの旅路をノロノロと進んでいるのです。第一王子にして権威継承権第一位のレイバン兄様の勧めもありましたが、正直、嫌々でした。

 何が嫌かと申しますと、自国の政治に不満を持っているからです。

 貴族は金を使わず貯め込んでしまい、国内で循環せず、平民に行き渡らない。

 その貴族を強く弾圧出来れば良いのですが、その貴族によって我が帝国は支えられているのも事実。

 せめて問題を解決してから政務に従事したかったものです。


「……いえ、ちょっと馬車に酔ってしまったみたいで」


 私が憂鬱気な顔で、森を眺めていたせいでしょうか。

 第二王子であるヒース兄様が、心配そうに私の顔を覗き込みました。

 ヒース兄様の蒼瞳に私の顔が移り込みます。

 私は自身の碧眼を伏せました。


「少し休むか? 近くに小川があったはずだ。そこで少し涼むことにしよう」


 ヒース兄様の勧めもあり、私は陰鬱な気分を引きずりながら、小川へ向かったのでした。



 私が陰鬱な気分になっているのには、深い訳がありました。


 古の勇者召喚に、失敗したからです。


 そもそも何故、そんな真似をしなければいけなかったのかと、何も知らない王の家臣や国民は首を傾げるでしょうね。実際、複雑で多数の問題があったからなのです。

 過激な言い方で且つ十把一絡(じっぱひとから)げに申しますと、我が帝国は貴族という病魔を患っているのです。


 それはもう戦時であれば、帝国が直接徴兵し出兵させた兵士よりも、貴族が有する戦力の方が期待できます。


 しかし、戦の時代が過ぎ去ってみれば、褒賞である土地の不足、後継者問題、賄賂、脱税、富を求めようと領民を使い捨てるような貴族の圧政が蔓延り始めたのです。


 王は君臨して統治せず。領民の世話は領主である貴族の仕事。貴族が集めた税金を王に集約する。名ばかりの王な訳です。


 見るに堪えませんでした。凡人の才しかなく保身に走る王の姿と、野心に狂う第一王子の姿は。そして、飢えて死ぬ民というのは。


 私も王女です。周りから姫や殿下ともてはやされても、自身の国を良くしようと必死でした。けれども、女の身では出来ることなど限られております。出せるカードを切っても、民を救えませんでした。


 そこで劇薬にして治療薬になり得る、勇者召喚を試みたのです。


 勇者とは国の危機に際して、その窮地を救ってきました。時に武力で、時に賢者ですらたどり着けない知識で。


 古の儀式であり、禁書庫を漁ってみれば最後に召喚されたのが二百年前。詳しい事は失伝していましたが、条件の一つとして、召喚者は清らかな乙女でないといけないことが分かりました。処女である今しか、我が帝国内にいる今しかないと、私は情報を繋ぎ合わせ、儀式を一人で強行しました。


 結果、私は処女であっても、清らかではなかったということが分かりましたが。


 小川で身を清めながら、我がメイスフィールド帝国の問題を思い返していました。貴族という病魔、保身に走る王、そして後を継ごうとする野心に燃えるレイバン第一王子。


 この帝国は、もうダメかもしれません。亡き友人に誓った約束は果たすこと叶わず、慰み者になるしかない。そう、このまま小川で頭まで水に浸かり死にたくなりました。


 その時でした。


 血塗れの彼と出会ったのは。


♪♪


 最初は刺客かと思って身構えましたが、彼は魔女の深き森から這い出たクレイウルフから逃げていました。私と目があった時、急に背を向けました。私を守ろうとしたのです。しかし血だらけで満身創痍な身体では限界だったのでしょう。


 だから、何となく、私が守りたくなったのです。きっと、私を心配し愛情を注ぎ続けるヒース兄様の背中に似た、そのボロボロの背中を。


 久しぶりの魔法名(マギナ)解放で魔力を大量消費した気がしましたが、私の呼び声に一早く気付いたヒース兄様のおかげで、彼は一命を取り留めました。


 ただ、バーレン神父の魔法名で傷を癒した後、ヒース兄様は怪訝な顔を浮かべていました。


「バーレン神父、この傷は普通ではないのだな?」


「そうですな……レイピアでもこのような傷は付かんじゃろうし。何より、何者かが行った応急処置の後から見て、火傷の跡のようなもの見受けられる。上級魔物の水怪スライムが入っておったし、何が原因なのか分かりませんな。いろいろと奇妙でなりませんのぉ……」


「加えてこの服は、見たことが無いな……」


 上質な布を使ったと思われる洋服、見慣れぬ硬貨や紙幣が入っていた黒皮製の入れ物、彼が握っていたツルツルとした物体、高尚な鍛冶師が打ったであろう短剣等々。


 そして、我が帝国内の住民とは思えぬ黒髪と黒眼。


「クハン共和国の間者ではないだろうな?」


 我がメイスフィールド帝国とクハン共和国は長年冷戦状態でした。お互いに間者を送り込み、物資輸送などで不具合を起こさせ、内乱を引き起こそうとしたこともあります。


 まだ大きな戦にはなっていませんが、ヒース兄様は心配していらっしゃるのでしょう。


 周りの使用人やバーレン神父も眉間に皺を寄せたりなど、各々不安そうな顔をしていました。


「殺した方が良い」


 即決即断。

 ヒース兄様は剣を抜こうとしていました。


 それは仕方ないことだったのかもしれません。

 あの暴略にして貪欲なレイバン第一王子と、保身に逃げる王に口で負け、私を守ろうとして新兵である歩兵百名と、騎兵五名を押し付けられたのです。しかも、そんな新兵たちも守ろうと立ち回り、一人で魔物や盗賊を相手にし続けていれば精神もすり減ります。

 そもそも、あの魔女の深き森から現れたのですから怪しく見えてしまいます。第三者から見れば、問題が起きる前に殺してしまえば、余計な心配事はなくなると思うのでしょう。


 でも、私は彼に守ってもらいました。同時に守りもしました。政務に同行してくれたバーレン神父の人柄もあって、こうして運良く命を救えました。私には彼が悪人には見えなかったのです。あの切望的な状況でも逃げなかった彼のことが。


 なんとかヒース兄様を説得しようと口を開けた時でした。


 生ぬるい風が、首筋に触れました。

 周りの皆も、身震いを覚え、メイドに至っては身体をさすっていました。


 それも一拍の出来事でした。

 私は、見てしまったのです。


 一匹の黒猫が、テントの布を押し上げて入って来ました。

 真っ黒で、金色の瞳を持つ猫でした。


 猫というのは愛玩動物であり、我が帝国でも王族・貴族・平民問わずに愛されています。無論、愛玩動物ですので生活に余裕が無ければ飼うことなどできません。


 えぇ、分かっています。無駄話です。

 しかし無駄な話や、閑話でも挟まなければ、思い出すだけでも正気を保てる自信がないのです。


 ただの黒猫。ちょっと毛並みが良くて、金色の瞳をした珍しいだけの猫なのに。


 優雅に歩いていました。四足歩行なのにまるで、ローブを少し上げて顔を見せているように。気品溢れる女性が歩いているように。

 その様は、伝説と呼ばれ、神話やおとぎ話で語り継がれる魔女。長い黒髪、金色の瞳、生血を啜って汚れた唇。魔女の中の女王。人を救わない残忍非道な――魔女フラウレア。


 幻視だ、幻覚だ。

 誰しもが目を疑い、否定するのに彼の横に座る猫から目を離せなくなりました。


 誰も立ち上がる事も出来ないのです。まるで私達の双肩が押さえつけられているようでした。ヒース兄様ですら剣を引き抜けず、ガチガチと金属がぶつかる音だけが響きました。


 長い時間が経ったように思える中、彼の隣に座った黒猫は尻尾をペシンと地面に叩き付けたのです。


 私を一瞥しながら、


「この坊主に何かしてみるが良い。その時はぬしらの腸を引き抜き、代わりに親族の首を納めてやろうぞ」


 そう言ったのです。

 幻聴だと、そう思いたいぐらい、はっきりと。


♪♪♪


 彼が目を覚ましたとき、私は何度驚かされたことか。

 魔女に殺されないように、親身に接していたら突然泣き出すわ、挙げ句の果てに、


「私は誰なのですか?」


 と聞いてきたのです。

 その顔は忘れられるものではありません。自身が今どこにいるのか、自分が誰なのか、何もかもが分からない。そうなると、人は居場所を手探りで求めるそうです。それ故か、頬を引き攣らせ、瞳孔を広げ、額に冷や汗を張り付かせて。笑顔でも泣き顔でもない、そんな顔でした。

 私には、過去を失ったの人の顔ようにも見えました。


 自身を証明する記憶がないという事は、穴だらけの身体に、訳の分からない魂が篭っているということ。いわば、難破しかけている船の上にいるという感覚。生きながらにして存在証明がないというのは、怖いものです。


 正直にいいましょう。

 私は彼に同情しました。如何なる理由で魔女の庇護を受けているのか分かりません。けど、あの冷酷な魔女が助けるほどの「何か」があったのだと思いました。


「ここはどこですか?」

「私は誰なのですか?」

「誰か教えてください」


 それが何か、如何なる理由があったのか分りません。

 怪我を負い、魔女の深き森でクレイウルフに追われていたのは見ています。食べやすい私を囮にすれば、逃げ切れたかもしれないのに、彼は私を守ろうとしました。いつどのように記憶を失ったのか、今日出会った私では知りようがありません。けれども善人なのでしょう。そんな彼を守れた。王族なのに何もできない私にとって、初めての経験でした。


 もし、魔女に策謀があって彼を手中に収めているのだとしても、あまりにも哀れではありませんか。善人ほど早く死ぬ……そう友人は哀しそうにいっていました。私はそんな世界を認めたくはありません。神が救ってくれないのなら、私は魔の手から救い出したい。


「誰、か……助けてっ」


 と、胸と腹を抑え、血を流し始める彼。黒猫である魔女はピョンと飛び降り、心配そうな顔で見つめていました。

 私は誰よりも早く駆け出します。

 膝は崩れ落ちましたが、私は間に合い彼を抱き留めます。高い服が血で濡れてしまいますが、構いません。人の命は金では買えませんから。


 瞼を閉じて意識をまた手放す彼に、私は決心しました。


「バーレン神父、早く!」


 この人を救って見せると。



詐欺師「優しい人なのですね」

◯◯「人を善意を食い物にする詐欺師はこちらです」


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字・ご意見・感想等々、ありましたらよろしくお願い致します。


今後は読みやすいように短めにして行こうかと。あとは1~6話を短く改稿予定です。

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