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01_06_詐欺師「記憶喪失ですが、何か?」

「記憶喪失って存外にテンプレだと思うのです」

 目が覚めたパート2。

 知らない天井、と言うか中央の一点から四方八方へ垂れ下がる布の弛みが目に付いた。

 どうも地獄に落ちると、一人に付き一個のテントっぽい何かが割り振られるらしい。

 ……いや、それはちょっと待遇良すぎやしないだろうか。


「やっと目が覚めたか、馬鹿者」


 右耳に凛とした女の声が入った。

 首を傾けると、視界に真っ黒な猫が座っていた。クリっとした金色の瞳が俺を見ていた。

 これまたふてぶてしく、どっかで見たように我が物顔だった。

 うん。もう一度寝よう。猫が喋るなんて夢だ。そうすれば、おどろおどろしい地獄の風景に……。


「寝るな、馬鹿者」

「ぎゃー!?」


 目蓋を閉じた上から引っ掻かれた! 切り裂かれた痛みで七転八倒寸前で、踏み止まり悶絶し顔を抑えた。

 痛い……あれ、現実かこれは。


「大丈夫ですか!?」


 テントの入口を押し上げて、飛び出して来たのは一人の少女だった。上質な布と思しきドレスをヒラヒラと袖と裾をなびかせ、金色の長髪が揺れていた。顔も西洋風、まるで腕の良い蝋人形師が造形したように整っている。

 何よりも印象的だったのは、深く吸い込まれそうな碧眼だ。

 痛みを忘れて見つめてしまった。


「顔が! まるでシザーキャットに切られたみたいに!?」


 確かに血がダクダク流れてるな。

 血が止まったら「顔に傷か、確かにヤクザらしくて良いかも知れないな」と死んだ先生がクツクツと笑うかもしれない。いやまぁ、実は詐欺師って顔が命なんだよ? 一般的で無害そうな感じで評判だったのよ? 死んだ父よ母よ、何故俺をイケメンに生んでくれなかったのか……せめてイケメン詐欺師だったら顔に傷が付いたぐらいなら、カッコ良さが増したかもしれんのに。


 一人流血しながら遠い目をしていると、視界にどっかの神父のコスプレをしたハゲたおっさんが駆け込んできた。ついでに少女に少し似た……イケメン騎士まで入って来た。兄妹だろうか。


 コスプレしたおっさんは俺のフツメンへ手をかざす。そして瞳を閉じ……その手に淡い光が集まり始めた。


「我が魔法名(マギナ)は『癒し手は平和を司る』血の誓約に従い、この者の傷を癒せ」


 すると俺の顔の表面が僅かに熱を持つ。

 黒猫に引っ掻かれた個所から、痛みが消えて行く。掛けられた毛布に滴っていた血痕も広がらず、止血もされたようだ。

 おっさんは安堵した溜息を吐き、少女はペタペタと遠慮無しに触り「良かったぁ」と微笑んでくれた。


 ……こんな顔をしてくれるのは死んだ妹とクルルしか居なかった。

 そんな妹は、もう居ない。

 クルルとも別れてしまった。

 そう思うと涙が、零れた。


「え、えぇ!?」

「ルアナ、落ち着きなさい!」

「ほ、他に怪我とか残っていたのではありませんか!?」

「バーレン殿、貴様よもや!」

「いや……ワシはちゃんと直したはずなんじゃが……」


 誰も心配してくれるようなことはなかった。

 嗚呼、これは夢なんだ。

 温かい夢の中で、俺は再び意識を手放した。もしかしたら、黒い天使であるクルルに会えるかもしれないと思って。



 再び目が覚めたら同じ天井だった。ただ違うのは、少し外が暗くなり始めて、傍には黒猫ではなく先程の少女と騎士が並んで座っている。


 少女の名前はルアナ・メイスフィールド。メイスフィールド帝国の姫君だそうだ。どうも話を聞くと、水浴びをしている最中に俺とクレイウルフが乱入したらしい。嗚呼、やっぱり白い天使はこの娘だったのか。合点がいった。意識を失う俺を引きずり上げたのが、その隣にいるイケメン騎士……もとい第二王子であるヒース・メイスフィールドだった。手当てをしたのが、あのハゲ神父であるバーレンだったということも分かった。


 ルアナ姫は俺の身体に大事が無いか心配し、包帯の上からペタペタと胸部や腹部を触って確かめている。

 え、なにこのプレイ。いくら払えば良いの? 少女の心配はプライスレス、お金に変えられない価値がここにあった。


 まぁ……バカな事を考えて現実逃避をするのは止めようか。触られたところが痛くて顔を顰めかけたが、少女が心配するので耐えた。どうやら弾が埋まったまま傷を塞いだらしい。またかっ。この土地では銃弾を取り出さないで治療するのがトレンドなのか。


 どうやって取り除いた物かと試案していると、仏頂面のヒースが切り出した。


「お前はどうして魔女の闇深き森からやって来た? どこの所属の者か、名前は? 出身は? 何があった?」


 マシンガンから弾き出される銃弾のように文脈や人の体調などお構いなし。


 このイケメンは少女と顔が少し似ているが、心配する素振りは見せない。むしろ警戒しているようにさえ思えた。その証拠に腰下げた鞘に入った剣を握っている。


 俺の経験上、このような奴は短気ではない。しかし躊躇わない。

 直感六感、即決即断、失敗したら後で考えようとするタイプだ。

 仕事では足を引っ張るような感じではあるが、それ抜きに考えれば好ましいものだ。


 とりあえず、海外の人は遠慮が無いなぁと天幕を見上げ、ルアナ姫に視線を下ろした。

 彼女は心配そう目線をヒースと俺の間をいったりきたり。年相応に幼く、純真なのらしい。


「何を黙っている? まさか言葉が通じ無いのか?」

「いや……」


 三人とも西洋風の顔付きなのに日本語が流暢だとは思うだのが、ここでようやく違和感を覚えた。


 外国人もそうだが、このテントも物珍しい。まるでモンゴルに住まう民が使うそれに似ているが、所持しているものや服装や顔付きからアジア人ではない。


 嗚呼そうか、フラウから貰った魔法名のおかげかと、気が付いた。クルルとのやりとりも思い出した。


 ――俺には、やることができた。

 故に、敢えて聞いた。


「ここは、どこですか?」

「は?」


 詐欺師として生きるには、必要なものがある。

 先生のように刀一本で銃弾の雨を潜り抜けるような技能もない。

 現代日本のヤクザのように銃を潤沢に使えるような状態でもない。

 クルルのように優しく強い心を持っている訳でもない。

 ましてや、亡き妹のように愛らしくもない。

 俺にとって武器は、、情報とこの舌先だ。


「待て、どこへ行く!?」


 ヒースの腕を振り払い、テントを飛び出す。

 まず情報が欲しかった。

 人にとって最大の情報源は、視覚情報だ。

 外に出たとき、夕焼けで目が眩んだ。

 慣れていくと、そこに広がるのは地平線。

 大草原だった。


♪♪


 外に出たとき、まず空気が美味い事に気付いた。

 東京に住んでいたから、まるで山頂に着たような澄んだ空気だと思えたのだ。


 さらに綺麗な夕日が目を霞ませる。

 草原があり、遠方にはクルルと出会った森林がある。

 ここが欧米諸国であれば道路が整備されているだろうし、道路標識ぐらいはあるだろうと思うのに、人工物が近くのテントや馬車しか見当たらない。

 遠くには鳥が飛んでいるのが見えたと思えば、それがトカゲに羽が生えたようにしか見えなかった。


 夢、なのだと思いたい。

 例えばそう、あの港で一命を取り留めたが意識が戻らない。これはその夢想世界。クルルと出会った事から今に至るまで、自分にとって都合の良い夢なのだ。


 胸に手を当てて考えてみるが、ジクジクと痛む。

 ……まだ弾が中に入っているのだ。

 どうしたものかと、思わず煙草が吸いたい思いに駆られていると、足に擦り寄る何かが居た。

 黒猫フラウだった。


『どうじゃ、あの世界では見られぬ大自然は』


 喋ったように見えた。

 けれども口は動かしていないし、ただ慈悲深く見つめられた。


『それとも傷が痛むかえ?』

「……いや、やっぱり異世界なんだと、信じるのがやっとだな」


 今更かと呆れられたが、同時に妾を抱き上げるが良いと、促されるまま拾い上げる。

 黒猫の体温が痛みを和らげているのか、少し気分が楽になった。


『手当てとはな、治療ではなく文字通り手に傷を当てて温めることなのじゃ』

「そうだったか……博識だな」


 伊達に何百年と生きとらんわ馬鹿者め、と苦笑されてしまった。


「綺麗だな、異世界ここは」

『そうじゃろう? あちらでは金では買えん、まさにプライスレスじゃ』


 この景色は現代日本では拝めることは無かっただろう。

 同時に二度とコンクリートジャングルを見上げて過ごす事も無いだろう。

 俺はもう既に、決めてしまったのだ。


「――どこへ行く気だ?」


 後ろを振り返ると、ヒースと呼ばれる第二王子とルアナ姫を筆頭に人々が立っていた。彼らはどっかの王国の王子と姫、そしてその従僕達だ。

 そうだな――とは声に出さず、俺は困ったような顔をしてやった。


「私は、誰なのですか?」

 こいつは騙しやすそうだと、と心の中でほくそ笑みながら。



○○「こうして詐欺師は踊り始めると……頼みますから幼女キラーは発揮しないでくださいね」

ルアナ「無理じゃないかなぁ、と思います……」


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字・ご意見・感想等々、ありましたらよろしくお願い致します。

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