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01_04_クルル「魔女と黒兎」

「魔女って名乗るには、少し人が良すぎると思いました」

 この世界は歪だ。


 北、紅蓮の城を中心に町並みを広げていた。火のメイスフィールド帝国。雪すら溶かす紅蓮の業火は、人々に圧政を強いていた。


 東、金色の砂漠に覆われたクハン共和国。暴虐と知略、血と闘争の歴史は優越感という盃を満たすことなく、常に乾き続けていた。


 西、緑のエルフの里。サシルランド。この森に人は入ること叶わず、出会いと新しい文化を拒絶し、子供が減り、エルフが減っていった。


 南、海と森に覆われた水のギャリア帝国。水を吸い上げ木々を生やし交易で栄華を求め、常に他国に狙われることになった。


 極東にして虚島国ザウエル。北極大陸で力を蓄える魔族領。


 それらの歪な国々に囲まれるように、深い深い森があった。


 神話の時代、神を陥れようとした魔女の住処、闇深ダーク・フォレストだ。

 神に敗れた、人を救わない魔女フラウレアが死んだ今でも、魔力は残っている。その膨大な魔力は、森を焼き払おうと、木々を切り倒そうと元に戻ってしまう。人の手が入らないある種の聖域であった。


 そこに、魔女に手を貸してしまった獣人の末裔、今は白い毛並みを持つ羽耳族が隠れ住み、集落を築いていた。


 正確にはメイスフィールド帝国領内として人間が勝手に線引きした森の一部だった。


 魔女の気まぐれか、魔物よりも人間の狡猾さを恐れた臆病者たちは、受け入れられてから八年が経過していた。無論、魔物との遭遇が多く総数は大して変わらなかったが。


 クルル・フェザー。

 そこで、私は産み落とされた。



 あの頃の私も酷く歪だった、と思う。


 神話では、黒い羽耳族は卓越した魔法を駆使して信徒を虐殺したそうだ。その上で、神との戦いに負け、獣人は魔力を失い、巻き添えに人間は魔法名(マギナ)で魔力を縛られた。


 その先祖返りと目された私が生まれたのだ。私は同年代の子供からは石を投げられ、千切れそうになるくらい耳を引っ張られた。大人たちは祟りに触れるなかれと、無視を決め込んだ。


 対して父と母は、私に優しくしてくれた。上の兄と姉も、私を大事にしてくれた。


 外界(ソト)が怖くなった。集落を出たらもっと虐められる、と。

 内界(ウチ)に篭りたくなった。家族が優しくしてくれるから。


 この頃からだろう……私の感情が「恐怖」と「安心」の両極端になったのは。


♪♪


 その日は、いつも通りだったのはずだった。


 この黒髪が夕闇に溶け込み、常夜に紛れて隠してくれるから、夕方になるまで、いつもの場所で時間を潰そうと思っていたのだ。


 禁断の紅い果実を実らせる大樹、魔女フラウレアの工房だ。皆は怖がって、家族すら近づかない場所だった。


 中は昼夜問わず、ランタンの火が灯り、不思議と一人でも寂しくは無かった。嗅いだこともない薬品の匂いで満ちていたが、魔女とは思えない温かみを何故か感じていた。木の作業台やら椅子やらが置かれていたし、丸テーブルに椅子二つがあった。客人をもてなせるようになっていたからだ。


 何より見たことのない文字が書かれた本が沢山あったのだ。意味なんて分からなかったが、当時の私にとっては、読み解こうと躍起になって楽しくなっていた。


 いつも通り、ほぼ日課となっていた事を始めた。魔女の机上に座って、両足をブラブラとさせていた。読めもしない本を開いて、頭が良くなった気でいた昼下がり。


 異変が、その日そこで、起こった。


 ランタンは急に明滅を繰り返し、薬品棚はガタガタと音を立て、本棚から重い本がバタバタと落下していった。


 私は耳を隠しながら、自分が悪い子だから、家族に黙って工房に入り浸っているから、バチが当たったんだと思った。


 さらに眼前で大きな光の玉が現れた。私は遂に泣き叫びながら、大黒柱の陰に隠れた。魔女が私を食べに来たのだと、そう思えたのだ。


 柱の陰から盗み見るように様子を伺っていると、光が優しく霧散していた。そして、現れたのは……黒いローブを羽織った、黒い長髪の成人女性だった。彼女は金色の瞳に焦りを写し、真っ赤なルージュで塗った唇を歪ませていた。


 そして、これまた真っ黒な服を着込み、真っ白なシャツを血で染めた人間の男を担いでいたのだ。


 その華奢な体格に見合わぬ格好で、だ。


 女はローブを敷き、男を寝かせる。そして一息吐くなり悪態を見せた。


「――勇者召喚なんてやったのは、どこの売女ビッチよ!」


 見付けたら速攻で潰す、こっちのプランが台無しじゃない、時間的損害に対して金銭を請求してやるとか、かなりイライラしているのが分かった。幸い、向こうは私に気付かなかったようで、しばらく様子を見ていた。短時間で、あらかた不満を吐き出したのか、男の前に跪いた。何かしらの呪文のようなを呟き始めるが、


「えっ……魔力が吸われている!?」


 驚愕の声に変わった。


 私は直感した。彼女は男の怪我を直そうと魔法を使おうしたが、上手くいかなかったのだと。だから、恐怖を隅に追いやって、心の中で頑張れ、と応援していた。まぁ、当時の私は何もできなかったわけだし、仕方ないのだが。


「魔法名――偽典(サヴマ)及び介入者(スァヴムオシャ)を並列起動。魂のメソッドを解析――妨害された? 手順変更、ステータス解析開始……成功。えっと……人間族なのは当たり前として、魔力ゼロなのね……勇者じゃないし仕方ない。儀典の魔法名は後で渡すとして、えっ? 称号多くない?」


 何これ、とこれまた声を上げていた。


「詐欺師……様々な詐欺を働いた者へ。人を騙しやすくなる、か。まぁ妥当よね」


欺罔錯誤(ぎもうさくご)のアンサラー? 魔法名じゃなくて、聖剣の称号とか世界(ルール)が狂ってんじゃないの? 解析後回しにして!」


「若頭の義弟、銀狼の愛弟子、フラグ建築士、幼女キラー、女泣かせ……私も気を付けなくちゃ駄目ね」


「半生勇者……後でビッチ締める」


「生粋のシスコン……知ってるわよ!」


「多岐川流(無手)免許皆伝……おい、詐欺師の癖に格闘家やってんじゃないわよ」


「因幡の呪いを受けし者……えっと、因幡によって血が呪われており、人を騙せる確率が上昇、代償として相手を対象を欺き続けなければその人が害され……はっ?」


 彼女の顔が青ざめていき、息を詰まらせたのが分かった。


「銀月の女神の加護を受けし者――慈悲深く苛烈な女神の寵愛を受けし者に授けられる。効能は……呪いの緩和と呪力変換、これかっ!? ふざけんじゃないわよ、あの銀髪!!」


 魔女フラウに対する挑戦だわ、と声を張り上げた。男から黒い上着を剥ぎ取り、右腕を露出させる。その右腕には刺青が彫られていた。龍のような、炎のような、それでいて何かの記号のような、形容しがたい紋様が腕から流れ、あの人の肩まで達しているように見えた。

 舌打ちした彼女は左手に偽典(サヴマ)を、右手に(スァヴムオシャ)を握りしめる。


「解呪するにも道具が無い。治療を優先。まずはこのふざけた女神の加護を何とかする。偽典にて解析……呪いは体液、血か。それじゃ、加護はどこに……骨、肉、皮? やっぱり刺青よね」


 開かれた偽典から、光を帯びた線が出てきた。線は幾重にも交差し、円を作る。そこに鋏を突っ込んだ。探るように手を動かしていた。


「ビンゴッ! 断ち切りなさい(スァヴムオシャ)! ……あれ?」


 鋭い光を放っていた鋏は、円の奥へと吸い込まれそうになっている。悪戦苦闘しているようで額には玉の汗が噴き出ていた。


「こなくそっ……人の魔力をっ! どんだけ馬鹿食いする加護なのよ。いいわ、予定変更――改変してやる」


 再度偽典から、同じように円を作り出している。違うのは、あの人と似た紋様の魔法陣だった。


「私の加護を滑り込ませて、そこから治癒魔法名を使用して……魔力は三分の二を持っていかれるけど、治療分は残せる。やれない事は無いわ――改変王誤遊戯(ジント・チェズィ)、起きなさい。いけすかない銀髪女神に喧嘩を売るわよ」


 さらにチェス盤を出した。父から、人間達の遊具と聞いていた。ただ話と違うのは盤上の駒の数だ。魔女の操る黒の駒は通常通り十六なのに対して、相手の駒は白銀に輝くクイーンのみだ。


『敵勢力確認。自動迎撃システム――ヘスティア起動』

処女神システムのくせに保護者面をするなんて……まともな神経してないわね。ポーンをD四へ」


 まるで意思の無い守護者といわんばかりの台詞に魔女は鼻で笑った。

 盤上の歩兵(ポーン)が指示通り、カチカチと音を立てて動いてく。何手、何十手と繰り返し、次々動く駒はついに、逃げる銀色のクイーンを包囲した。最後の足掻きかと思われた、相手のターンで彼女はほくそ笑む。


「これで終わりよ。さぁ、加護の主導権を私に渡しなさい」


 チェックメイト、のはずだった。


『創造主の仮想人格(ダミープログラム)による干渉を確認。受託――ヘスティア、代わりなさい』


 くるりと相手のクイーンが一回転し、別の形相を見せる。ただの駒が、まるで意思を持ったように喋り始めたのだ。その声は女性のようで、男性にも思えるほど抽象的だ。聞くものを平伏させるほどの澄み切った物で、夜の水面に映る月のようにも思える。これが、加護にあった『銀月の女神』なのかもしれないと私は思ってしまった。


「は?」


『主導権はあくまでこちら側。直接干渉ではなく、チェスに見立てて加護(プログラム)にウィルスを流そうとしていますね。魔女にしては面白い手を打ちます。しかしこのまま勝たせるのは、私が面白くありません。だから、こうしましょうか?』


 銀色のクイーンが、小さな刃物を持っていた。どこに隠してあったというのか。幼い頃の私には分からない。今でも理解できるか分からない。ただ、黒い駒は全て彼女の魔力で出来ており、銀色の駒は加護だという事を、後で知った。


『ゲームマスターとして権限を行使します。クイーン、蹂躙を許可します。喰らいなさい』


「ま、待った!」


『ご存じでしたか? チェスに待ったなんて、無いのですよ』


 その一言を呟いて、銀色のクイーンは盤上を荒らすように刃物で首を次々()ねていく。()ねらる度に、彼女は呻きを声をあげた。力を奪われていくのか、最後に残ったキングになった時、


『良い事を教えてあげます。貴女には救えない――貴女自身が救われない限り、ね』

「だまれえぇッ!」


 彼女は隣接していたクイーンに向けて、一コマ……キングを動かした。最後の一手、力を振り絞るように叫んでいたのだ。絶叫は、工房内に響き渡る。その時の私は、泣きたくなった。幼さ故に、当時の現状を理解出来ていなかったけれど、胸を押さえるほど苦しく思えた。


『よく頑張りました。それでは魔女(フラウ)加護(ウィルス)を取り込んで差し上げます――まぁこの程度で死ぬようでは弟子失格でしょうが――どうか弟子のことを、よろしくお願いしますね』


 盤上の駒は光を帯びて霧散し、チェス盤すらも砂となって崩れていく。しかし、そのいずれかも、全てあの人の右腕に吸い込まれていく。


 静寂が工房内に広がっていく中、魔女が呟いた。


「――魔力が吸われた」


「私の生命を魔力に変換しても、傷を塞ぐことが出来ない。代償が、足りない」


「足りない……」


「ねぇ、ナディア……私には誰も救えないの?」


「ねぇ、サクラ……私はまた救えないの?」


 最初、彼女は無表情のままだった。ぶつぶつと繰り返し何かを呟き続けていた。俯き、床に手を付きながら。実際は短い時間だったと思うけど、私達には長い長い時間に思えた。

 けれども堰を切ったように、


「――助けてっ」


 泣いた。

 あの美しく、時の彫刻家が彫った双眸から涙を流していた。すれ違えば誰もが振り返るだろう、美しい顔をくしゃくしゃに歪ませて。


 私は――後ろ髪を引かれる思いで、工房を飛び出していた。あの神話で語られる、人を救わない魔女フラウレアなのだと、内心では気付いていた。近寄れば祟られだろう。このまま日常に帰れば、温かい家と温かい母と一緒に寝て起きる生活のままだ。

 けれど、あの魔女とあの人は、死んでしまうだろう。

 そう思ったら、父の仕事場に潜り込んでいた。


 生れて初めて――優しくしてくれた血縁者――家族を裏切る事になるのを、知りながら。



詐欺師「一人だと独り言が多くなるタイプだったんですね」

フラウ「ぼやきたくもなるわ……あんなの反則(チート)じゃろ」


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字・ご意見・感想等々、ありましたらよろしくお願い致します。


なお、クルル視点はもう少し続きます。

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