01_02_詐欺師「白々しい」
「白か黒かと言えば、グレーラインの方が逆に安心しません?」
一晩寝て、鳥の鳴き声で目を覚ました。
腹はまだ痛むが、自身の怪我を考えればだいぶマシと思える。
状況的に余裕は無いが、現状を確認できなければ、打開策も浮かばず、妥協もできないだろう。
床に置かれたジャケットから、物を取り出し始めた。
魔女フラウと共に、使える物を確認するためだ。
グロッグ17……拳銃である。先生が『トカレフは安いが見た目が嫌だ。銃はやはり無骨な形状でなければ』と、珍しくワガママを言ったので入荷した一品。残数五発、マガジン二本だけ。ここぞという時にしか使えないし、俺の腕では無用の長物だろう。大体、異世界で銃弾の補充とか無理。
軍用ライター……オーストリアのイラコン社が製作したライター。風に強い。これも愛煙家だった先生の趣味で、俺も同じ物を買ってみたのだ。海風にも耐える一品である。
陽炎型・鴉刃丸……短刀。先生が打った一品。黒塗りの鞘に銀色の百合一輪を咲かせている。これまた黒く極薄の刀身で、儀礼用だと言われた。先生から「結婚したいほど愛している女に渡してやれ」と、ある種の婿入り道具として渡された。まぁ……そんな予定は未定なわけでして、お蔵入りであった。斬った事はないが、俺の剣術だと、たぶんポッキリいく。
新月型・兎喰イ乃影狼……これも先生が打った短刀。シンプルな白樺の鞘。波紋も無い真っ白な刀身だ。折れず・曲がらず・切れず・刺さらずの防御専用のナマクラだった。先生、趣味で使えない刃物を打たないでください。いや、ボーナスとは別支給だったし、嬉しかったけどさ。
黒皮の財布……主婦から巻き上げたポイントカードやら、偽造運転免許証と偽造クレジットカード。この異世界では使用できないであろう偽札等々。
黒皮の名刺入れ……前の世界では財布よりも使用頻度が多かったぐらいか。
後はコンビニで買った日本酒とつまみが少々、ハイライト(煙草)が二カートン。これ、フラウが回収したのか? 嗜好品を持ってこられてもなぁ。
「……短期決戦なら、なんとかなるかもしれのぉ」
「慰めはいらねぇよ」
短刀二本は儀礼用と防御用。拳銃だって弾が残り少ない。これで弱肉強食の異世界で戦い、生き残れというには厳しい。
横で魔女フラウも『干渉さえなければ』『座標さえ再指定できれば』『こんな苦労は……』と、何か悲嘆に暮れている。
泣きたいのは俺の方だ。
武闘派の組にいた関係もあって、武術も先生から習った。だが、才能が無かった。カチコミがあった時も俺は真っ先に逃げてたし、拳銃を弾いても、ほとんど当たらない。武術や戦闘の才能はからっきしだった。
金があれば、用心棒や傭兵を雇えるかもしれない。
しかし、日本円は異世界で使えない。
この異世界で使える金があれば良いが、無一文である。
「俺には騙すことしかできない。そういう訳か」
もう、人を騙すことに意味を感じられないのに。
溜息が零れる。他に何か、理由のような物があれば良い思った。だが周りを見渡してみても、薬品や調合用の薬剤、本棚に収まった書籍ぐらいな物で、食料すら見当たらない。
とりあえず、広げた所持品を一箇所にまとめておく。
「病弱な妹を守り救うために主は、周りを騙し続けてきた。他に出来ることなどなかろう? それとも、亡き若頭から教えを請うた武術でこの世界で生き抜くかのう……童すら魔法名を扱う、この異世界で」
「どんな魔法が飛び交うか分からないが、無理だろうな」
この異世界では、生きとし生ける者は、生まれた時から『魔法名』を持っているらしい。その魔法名を唱えることで魔力を解放し、魔法を使用できるとのこと。
……俺の魔法名は借り物で、魔力もほぼゼロという状態らしい。
もし俺が一人立ち向かえば、筋力ゼロの素手で、拳銃を持った奴に挑むということだ。
「うむ。最悪、スラム街の童一人に即死じゃな」
「少なくとも、争い事は避けつつ、人を騙して金を得るところから始めるべきかな。それで、このメイスフィールド帝国の人って、クルルみたいな羽耳族が多いのか」
文化レベルが低そうだし、簡単に騙せそうではある。いや、クルル個人を騙すのは気がひけるけどなぁ……傷付いて泣いているところはみたくないし。
「何ておぞましい笑みを浮かべておるのだ、主様」
苦悶の表情と表現して欲しいところである。
「まぁ帝国領内においては、羽耳族は元より獣人系は奴隷と相場が決まっておるよ。ここの主だった人種は……はて何というんだったかな……顔立ちは、そうメリケン寄りなのじゃ」
「欧米か?」
「うむ、髪金で鼻が高く、目の彫りも深いぞ。安心せい、魔法名があるだけのただの人間なのじゃ。主様にとって、騙すには苦労せん」
「苦労ねぇ……」
「息を吐く様に嘘を吐ける詐欺師が、何を不安そうな顔をしておる」
「いや、常識を知らないし。何より心許ない。生き抜くにしたって、目標がない」
嘘を吐くのも、人を騙すのも、結局は手段でしかない。以前は妹の治療費を稼ぐという、絶対に引けない理由があった。今はそんなものは無いし、ぶっちゃけモチベーションが上がらないのだ。
「目標地点ならばあるぞ」
「はい?」
「エルフの里に興味は無いかの?」
♪
エルフの里――サシルランド。
もしくはエルフの隠れ里と呼ばれ、エルフが統治する国とも言える。
大地と森の里であり、この工房のような家が立ち並ぶ。日光は木々と薄い葉を抜け、水はその光を乱反射させる幻想的な風景がある。絶景の里とのこと。
エルフにも会ってみたいし、綺麗な風景であれば一度行ってみたいとも思えた。
何より驚いたのは、その里には俺とフラウの協力者がいるというのだ。
どうにも異世界に興味があるらしく、話を聞かせて欲しいので、是非とも来て欲しいと言われているそうだ。
ただ、気になったのは、
「妾に劣るが美姫揃いのエルフじゃ。さらに彼女は種族特性を無視して巨乳。正直、魂のメソッドに別のコードが混じったとしか思えん」
「彼女の前では絶対に他の女の話はするでない。わ、妾が殺されるのでな。フリではないぞ!?」
「心根の優しさは恐らく、エルフの中では群を抜く。嘘を吐いても、責めはせんじゃろうが……主様がいないところで三日三晩泣き続けるじゃろうな」
「長命なエルフにしては、かなり、かなーり繊細な乙女じゃからな? その辺は誠実な対応を心掛けるのじゃぞ? 妾のためにも!」
等々、ちょっと意味深な証言が多くて人物像が掴み辛い。
「ちなみにおいくつ?」
「最低でも百五十歳ぐらいじゃな……精神年齢的には女子高校生だと考えておけ。思春期じゃろうし」
心根が優しく、思春期、ちょっと危ない巨乳。うん、情緒不安定な巨乳女子高校生エルフか? どこの企画ものですか?
「何を不安に思っているのか知らんが、主様もきっと喜ぶじゃろうて」
「謎が深まったんだが……もう少しヒントを」
ふふっと、
「ないしょっ」
イタズラをするから覚悟しておけ、そんな少女みたいに。魔女は無邪気に笑ったのだった。
♪♪
当面の目的は旅費を稼ぎつつサシルランドへ向かうのだが、距離があるらしい。メイスフィールド領内を出て、二つ国を経由しなければいけない、とか。
「いや……座標が狂わなければ、サシルランドに落ちる予定じゃった。予想外と想定外が重なり合って、妥協してここに落としたというわけじゃな」
共犯者はかなり説明が不足している。
いや説明を求めていないわけではないのだが「元いた世界の座標を(X、Y、Z、T)として、この世界の目標座標を(X1、Y2、Z3、T4)とする」「さらに主様の変数は(A、B、C、D)を定義して」「ゲートは直径は0.6ミクロンなので身体圧縮するG78ルーチンを適用」「圧縮すると魂のメソッドも劣化するので、非可逆式のS78とK04を引っ張り出し」「ここでバタフライエフェクトの可能性を潰すべく、B45で定義した変数で代用して……」などと聞いていたら眠くなるようなフラウ教授の講義が始まってしまった。
分ったことは、地球とは別の惑星に転移する際に、何かしら問題が起きたという事だけだった。
無理、いきなりSFチックな話をされても、文系には理解できねぇ。専門用語を多数出す奴は、大体理解させる気もないのだ。相手の理解する間も置いてけぼりにしやがる。三流詐欺師の手口だよ。
詐欺師ってのは、相手が少し理解した上で、机上の儲け話をするもんなんだ。
って、こんな詐欺手法の話をするつもりはない。
「フラウさんや」
「なんじゃ詐欺師殿」
「……血が足りない」
結構な血を流していた物だから、実は貧血気味である。肉とか糖分かとか欲しい。
「嗚呼、飯か」
「エプロンを来て、和食を作って欲しい」
ケサランパサランになった魔女フラウに、それは無理な相談かもしれない。しかし、海の中で黒猫から魔女に変わったとき、顔が見えなかったが美人だと思った。フラも長い黒髪だし、きっと東洋人の顔立ちだ。エプロンをぜひ、いいやここは割烹着も捨てがたいな。
「それはサシルランドで待っている彼女に言ってやるが良い。乞えば、主様の世界の和食どころか洋食・中華、何でも作る――その為に、筋肉を鍛えて待っていると言っておったし」
「ちょっと待とうか」
エルフに関して、今のところ聞くことはないだろうと思ったが、気になることが出てきた。
「何故、筋肉を鍛える」
「主様の世界で、主婦は筋肉を必要とするじゃろ?」
「しねぇよ!?」
「謀るでない詐欺師。妾も俗世には疎いという認識はある。故に主様の世界で認識を改め、見分を広げた――炊事に洗濯とやらは体力を使う。日々、主婦達が日中寝ながらワイドショーや昼ドラとやらを見て、菓子を食っているのには理由があると」
理由なんかあるのか? 怠惰に過ごしたい主婦の感覚的な何かではなかろうか。
「多くの菓子は糖分が多い。つまりエネルギーを蓄えて、次の家事に備えているのだと、妾は悟った。それを親友であるエルフに教えたところ、毎朝五キロのマラソンをこなしておるよ。加えて腕立て三百回、腹筋三百回、背筋三百回、スクワット三百回を毎日三セットするようになったのじゃ――全ては主婦になるために」
「どこの筋肉ソルジャーさんだよ! 誰と戦うの? 家事か!? 油汚れか!? 筋骨隆々の乙女がエプロンなんて着たらピチピチすぎて想像するのも嫌過ぎるわ!!」
「最後の記憶では巨乳じゃったなぁ」
「見誤るな、それは大胸筋だ!」
脂肪でなく、もはや硬い筋肉である。
美姫になるはずだったエルフ娘に、何てことを吹き込むのだろうか。エルフは種族的に貧乳が多いというのだから、相対的に見て彼女は大胸筋を鍛えすぎただけに違いない。
なお、お世話になった先生は女性のボディビルダーを見て「無駄のない無駄な筋肉。それを一層無駄に鍛える無駄な努力。素晴らしいな」などと訳の分からない事をいっていた。しかもそのボディビルの大会があれば、必ず大会を観戦していたとか、口説き落としてさわさわと触れては、悦に浸っていたとかいないとか。先生の趣味趣向は、常人に度し難い物であった。
「じゃが、巨乳は好きじゃろう?」
「乳で人を選んだ事はない。人はハートだ」
「人の見た目は九割で決まると豪語する、詐欺師が何を」
「……見た目だって大事だよ?」
本当だよ?
この平凡な顔だったからこそ、詐欺師として稼ぎまくっていたわけだし。
共犯者でありクライアントであるフラウと馬鹿話を続けていると、階段を踏みしめる音が聞こえてくる。
ギシ……体重の軽い奴だなと思えば、階段から昨日見た兎耳がピョコンと現れた。
「何の話?」
「おぉ、クルルか。よう来たのぉ、こっちへおいで」
自身が祖母であるかのようなフラウのセリフに内心苦笑する。時間が経ったせいか、クルルは少し遠慮がちに近寄ってくる。
見れば細く薄い木の板を編み込んだカゴを、腕に下げていた。
カゴの上に掛かった木綿の布を取ると、色とりどりの果実があった。
「美味しいよ?」
リンゴのように丸く赤い果実を差し出された。それを受け取ると、今度は膨らんだ獣の皮を渡された。それを掴むとふにょんと形状を変える。何の毛皮だろうと思っていると「お水」と言われた。どうも水筒の代わりらしかった。
「……このままだと味気ないかなぁ」
俺は脇に置いていた短刀、鴉刃丸を抜いた。相変わらず薄くて黒い刀身だった。これで物や人を切ったことがないが、念のため拭う。そして、赤い果実に切れ目を入れていく。一口大に切り取り、さらに切れ目を入れていく。
「何をしているの?」
「ウサギさんだよ」
残していた薄皮を少し持ち上げる。
簡単なウサギを作ってクルルに渡した。
懐かしいな。妹のお見舞いのたびに作ってやったっけ。
手の中に収まるウサギを見ながら、
「可愛くてたべれない……」
クルルが難しい顔を浮かべていた。
良い家庭で育ったのだろう。
命のやりとりや駆け引きなどを教えず、平穏な生活だったに違いない。俺の妹にも、そのような輩が近付かないように、配慮していた。妹には清純で優しく大人になって欲しかったのだ。俺のような、薄汚れた大人になってしまえば、生活するも大変だからな。
クルルの頭を一撫。濡れた烏羽のように艶の良い頭髪と一緒に耳まで触れる。兎耳は感覚器官、かなり敏感だったようでビクリと震えた。しかし、もう一度撫でると、ホッと息を吐いた。安心したのか、目尻も下がり兎耳がヘタレてしまいなすがままだ。
こういう無防備なのがいけない。
見た目から羽耳族はきっと金は無いだろうし、誘拐なんてしないがな? もう少し、こう、警戒心とやらを持つべきだと俺は思うぞ。
「ちょっとは人を疑うという事を覚えた方がいいな」
「お兄さんは悪い人なの?」
そんな事を微塵も思っていない純朴な視線だった。自分が薄汚れた詐欺師である、そんな自覚が強まる。何よりも、澄み切った瞳で見つめられるほど、萎縮してしまう自分がいる、如何に小物な悪党か分かってしまう。
「……悪い人だな。だから、ここに落とされた」
「悪い人だから、クルルに優しくしてくるの?」
ウサギを手の平に乗せ、空いた片方の手でジャケットの襟を掴まれた。
俯向く少女の声は、震えていた。
「クルル、みんなと違う。みんな白くて綺麗なのに、クルルだけ黒くて薄汚れた、裏切り者の色だって」
「……フラウ、どういうことだ?」
今まで静観し、黙したままだった魔女フラウに聞く。
羽耳族はどんな種族なのか、と。
「羽耳族といっても、様々おるよ。クルルの血筋的は、雪のように白く、それはもう美しい血筋じゃ。それこそ捕まって奴隷となれば、貴族がこぞって買い求めるほどに」
そして、重々しいため息を吐く。まるで後悔を吐き出すように。
「じゃが、現代に黒い羽耳族は存在しない。一人の黒い羽耳族が神に喧嘩を売って負けて、代償を背負った。それが少女の祖先」
「代償は魔力を失った。そして、巻き添えに人間も魔法使用制限――魔法名が無ければ満足に火を出すこともできん呪いを、な。故に、黒い羽耳族は異端であり憎まれる。先祖返りが生誕直後に首を絞めて殺される事も、珍しくは無い。じゃから、居ないことにされる訳じゃな」
要は、過去の黒い羽耳族は、異端者であり犯罪者であったらしい。昨日、魔法名もどうのこうのと言っていたが、今詳しく聞こうとは思わなかった。
何よりも大事なことは、そんな昔話のせいでクルルは他の獣人から迫害されていることだ。
「クルルは、何か悪いことをしたのかい?」
「黒いから……」
「黒いだけだよね? クルルは誰か傷付けたことはあるかい?」
「無いっ」
「だったら、クルルは悪く無いよ」
俺は少女に、目線を合わせた。震える瞳に胸が締め付けられる。
「いいかい、悪いのは昔話に出てくる獣人なんだ。クルルが悪いわけじゃ無い。人は見た目だけじゃ無いんだよ」
「黒いから、みんなクルルに石を投げる。大人もクルルを避けるのに?」
「石を投げられたら、避けるんだ。大人に無視されても、気にしてはいけない。見た目でいじめてくる奴は、その程度だ。自分は違うって、行動で示すんだ」
「行動で?」
深く頷いて、頭を撫でる。
「クルル、キミは怖い人間である俺を助けてくれたじゃないか」
「うん、死にそうだったから」
「見た目で怖がる奴は、臆病者だよ。けれど、キミは怖くても俺を助けた。なぜだい?」
クルルの視線は、一瞬だけ漂うフラウを見て、すぐに俺に戻した。
「そこの妖精さんが、助けてって……見たら血だらけで……クルルと同じ黒い髪だったから……酷いことされて逃げて来たんじゃないかって」
「そっか。やっぱりクルルは、優しく強い心を持っているんだよ」
「優しくて強い心を?」
「普通、怖いのに助けられない。けれども、クルルは心配して、助けてくれた。果物も届けてくれた。優しくて強くなければ、こんなことは出来ないんだ……キミはキミのままで居て欲しい」
手に持った赤い果実を齧る。シャクリと音を立て、甘く芳醇な香りが口に広がっていく。やはりリンゴに近いと思った。
俺が食べるのを見ていたので、同じように食べるように促す。可愛くて切った兎耳リンゴを食べるのを躊躇うも、ゆっくりと口に含む。
思った以上に甘かったのだろう。顔が綻ぶものだから、俺も笑みをこぼしてしまう。
「それにね、黒色は特別な意味もあるんだ」
「裏切り者じゃないの?」
首を横に振り、静かに、けれども心に刻んで欲しくて言った。
「何者にも染まらない――全てを受け入れる優しい色でもあるんだよ」
○○「思えば幼女キラーの称号を持ってましたね」
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字・ご意見・感想等々、ありましたらよろしくお願い致します。
※4/20(水)、一部改稿しました。