私たちの馴れ初め
登場人物の名前が決まりました。
主人公 八杉 哀
ヒロイン 洞島 凛
校舎の端にある部室棟で私たちは文化祭に向けての作業に励んでいた。そうはいっても、私たちの入っている部活は部員がたったの2人だけ、つまり私と凛しかいない状況だ。多分同好会に引き下げられるのも時間の問題だろう。
だから、文化祭までまだ時間はあるのだけどこうして仕事を早めにやらなくちゃいけなかった。
私たちが今やっているのは文化祭に校舎に張り出すことになっている壁新聞の制作だ。以前はもっと活発に活動していたらしいが、大口の仕事は本家の新聞部の方に回される。私たちには四半期に来ればいい方、ってぐらいだ。
「せんぱ〜い、もう飽きましたー。なんでこんな仕事あるんですか」
「凛、真面目にしなさい。早め早めにやっておかないとあとで痛い目に遭うよ」
凛はすでに机に突っ伏して小言を吐き始めていた。
「こんなことあるなんて聞いてませんよ。そもそもワタシこんなことのためにこの部活に来たわけじゃないんですからね」
そうだ。もともと彼女も私もこんなことがしたかったからこの部活に入ったわけではない。この学校は学費こそ安いが、部活動には絶対に入らなければならないという決まりごとがある。だから私は当時から部員がほとんどいない部活をわざわざ選んだ。もしも何かあったときに自分の体質を知られるわけにはいかなかったから。あんな思いになりたくなかったから。
そして彼女がなぜこの部活に入ったのかというとーー。
「ワタシは先輩とずっと一緒にいれるからこの部活に来たんですよー」
「ああ、うん。そうだったね」
「あの日のことは昨日起きたことのように思い出せますよ。先輩の痛みで苦しむ顔は」
「もう、あの時は本当に怖かったんだからね。生きた心地しなかったんだよ」
「何言っているんですか。先輩は死なないんだから生きた心地がしないなんてことないでしょ」
「それもそっか、っていうか! バカ!」
私もあの日のことはよく覚えている。
私と凛が初めて会った日。
それは私の、いや私たちの人生が大きく変わった日でもあった。
ーーーー
四月初め。その日は学校全体で部活動の勧誘会が行われていた。部員が多いほど多くの部費がもらえるとのことでどこの部活も張り切って勧誘していた。
そんな彼らを尻目に私は1人で読書に勤しんでいた。部員は私1人しかいなかったけど、そもそも私は誰もいないからこの部活を選んだのだ。たとえ誰かが来ても本職の方に流すつもりだった。
そんなことを考えていたとき、彼女はやって来た。
「あの、八杉先輩はいらっしゃいますか」
オドオドとして可愛らしい子だと思った。恥ずかしそうに頬を赤らめしどろもどろになりながら手を後ろに回したまま私に声をかけてきた。
「私がその八杉だけど……。もしかして入部希望?」
私は手に持っていた本を置いて彼女に近寄って行った。
「ゴメンけどさ、ここよりも他のとこの方がいいよ。あっちの方が設備もしっかりしてるし……」
「いやいや、別に入部希望というわけじゃないんですよ。八杉先輩、実はわたし、」
その時になってやっと私は気付いた。彼女が後ろに隠し持っていたそれに。
彼女は私の首元にそれを突き出し、スイッチを入れる。とっさのことで反応できなかった私はその強い衝撃で意識を失いかけていた。朦朧とするなか、彼女は言葉だけが鮮明に聞こえてきた。
「先輩のことをどうしようもないくらいに好きになってしまったんですよーー」
目を覚ますと私は椅子に身体を縛り付けられていた。どうにか動こうとしても椅子の脚が小さな音を立てるだけでどうすることもできない。
「先輩、やっと目を覚ましてくれましたね」
小柄な少女は満面の笑みを浮かべて私の目の前に立っている。まるで新しいおもちゃを前にした子供のように、その手には赤黒い何かで柄が滲んだ彫刻刀が握られていた。
痛みへの恐怖、そしてそれ以上に恐れている記憶から逃れようと、私は必死に彼女を説得しようとした。
「こんなことをして何がしたいの? 今ならまだ大丈夫だから早く縄を解いてくれないかな?」
「何って、言ったじゃないですか。ワタシは先輩のことを愛してるんです。一目惚れしてしまったんです。どうしようもなく好きになってしまったんですよ。だからワタシはーー」
話は通じなかった。
彼女はゆっくりと、私に近づいて彫刻刀を頰にあてがう。刃の先が当たって血が滴り始めてきた。
「ーー壊すんですよ」
そして彼女は、手に持ったそれを私の顔に強く押し付けた。
「ーーーーっ‼︎」
言葉にならない痛みが走る。自分の思っていたことを全て忘れるほどの衝撃だった。私は顔を苦痛で歪めるが、彼女は気にする様子もなく、むしろこの顔を見て喜ぶかのように私の顔を何度も何度も突き刺していった。
目が、鼻が、口が、頰が、顔のいたるところに彫刻刀の刃が刺されていく。常人なら死んでもおかしくない激痛。それでも私は死ぬことはなかった。死ぬことなど出来なかった。
彼女もその違和感に気付き手を止める。その直後、私の顔は今まで何もなかったかのように、元の顔に戻っていた。
「先輩、それって……」
あぁ、これだけは誰にも見られたくなかったのに。
どうしてこんな体質なのかは知らない。生まれついた時から、どんな大怪我を負っても私は死ぬことはなかった。そんな私を見て家内は私のことを『化け物』と呼んだ。最初は私をかばってくれていた両親もいつしか私の存在に怯え始め、私は一人ぼっちになっていた。
期待なんてしていなかった。友人も理解者も誰もいらない。失う悲しみなんて欲しくなかったから。
でも、彼女はーー。
「やっぱりワタシたちってお似合いだったんですね」
ーーこんな私を認めてくれた。
「あなたは私のことが怖くないの? どんなに傷ついてもすぐに治る体。気持ち悪いと思わないの?」
「確かに最初はびっくりしましたけど、そんなこと思いませんよ。わたしはパパみたいに上手に壊すことができませんけど、先輩ならワタシの愛をずっと受け止めていられるんですから」
正常な思考ならイカれていると思うかもしれない。狂っていると思うかもしれない。
だけど、きっと私もおかしくなってしまっていたのだろう。
この時彼女に言われた言葉が、彼女にされた行動が、全て愛おしく思えてしまったのだから。
「さてと、じゃあ続きを始めちゃいましょうか、先輩ーー」
ーーーー
たった数ヶ月前の話だというのに、なんだか随分と懐かしい思い出のように感じてくる。それだけ私が凛と過ごした日々は充実していたものだったのだろう。赤く染まった記憶が大半を占めているように思えるけど。
「せーんーぱーい」
「ん? どうかした?」
「実はちょっと……」
何事かと思い作業を止めて凛を見てみると、凛はモジモジと頬を赤らめていた。もしかしてこれは……。
「先輩との馴れ初めのこと思い出したら、体が火照ってきちゃって……」
彼女はそう言いながら立ち上がって私の方へと近づいてくる。手には作業で使っていたカッターナイフが握られたまんまだった。
「少しだけヤりませんか?」
「ちょっ、今日は時間がないって言ったでしょ。あとでいくらでも付き合ってあげるからーー」
結局、私はいつものように凛になされるがままに蹂躙されてしまった。
少し甘やかし過ぎてるような気がするけど、凛は私にとって一番大好きな人だから、これぐらいなら問題ないよね。
人の理を外れた者たちの恋物語はいったいどのように進むのでしょうかーー。
前作から投稿がだいぶ遅れてしまってすいません。
リアルの方が忙しかったんですよ〜。文化祭とか部活とかで。これ書いてるのは楽しくて好きなんですけどね。
とりあえず、前作で言った通り二人の過去編です。本当は二人が出会う前の話書こうと思ったんですが、哀ちゃんの方がどうもシンプルになっちゃいそうで、後々本編に織り交ぜなから語らせていただこうかと思います。
あと、友人にこの作品見せたら『これは絶対にR-18指定にかかる』って言われたので泣く泣く対象年齢をあげることとなりました。まぁ、こんな作品見てくれるような人なら気にしないとは思いますけどね。
次は凛の友人回です。こんなやつに友達なんていてたまるかと思いますが、凛は社交的で普通にしてたら可愛い女の子なので問題ありません。ただ、好意を持ったらやばいだけです。
とりあえずながくなりそうなのでここまで。
お読みいただきありがとうございました。できれば次作もよろしくです。