失くしたくないもの
「ご婚約、ですか?」
いつもと同じ時間、同じ仕事。だけどそれはいつもと違っていた。
「まだ正式には決まっていないけどさ」
私がお世話させて頂いているこの国の第二王子様が深く溜め息を吐かれる。乗り気でないのは誰の目から見ても明らかだ。
といっても、今この部屋にいるのは私達二人だけ。
「けれどそれを何故私にだけに? 他のメイドの耳に入れてもよろしい内容ではありませんか」
人払いをしても、すぐ耳に入る。それがおめでたい話題なら尚更だ。
そう、これは良い話。この話を聴いて胸が張り裂けそうだなんて悟られてはいけない。
「お前の意見を訊きたくて」
「私の意見、ですか?」
「俺はどうすればいいと思う?」
この方は、私に何を求めているのだろう? 背中を推して欲しい?
「……悪いお話ではないと思います。確かにお会いしたことのない、よく存じ上げない方とのご婚約はお嫌かもしれませんけれど、あなた様はこの国の王子なのですから」
この想いを、知られるわけにはいかない。
大丈夫。傍にいられれば……想いを凍らせて仕えることは出来る。
「……本当に?」
「え? ……!?」
ドンッと壁に押し付けられ、肩がゴリッと鳴る音がする。
「い、痛ッ!!」
「俺が聞きたいのは、そんな建前の言葉じゃなくてお前の本音なんだよ!」
「ほ……んね?」
そんなの、見分不相応もいい所だ。言えるわけがない。
「俺達の母親は、仕立て屋の娘だ。父上が見初めて結婚したんだ」
「存じて……おります」
「だから身分なんて関係ない。自分の好きな人が自分を好きでいてくれたらその人と一緒になればいい。婚約の話も気にしなくていい。父上はそう言ったんだ。だから俺は……!」
兄弟の中でも一番喜怒哀楽のはっきりしている方。でもここまで感情的な姿を見たことがなくて、そして肩の痛みもあって、私はただ呆然と目の前の顔を見上げることしか出来ない。
「解っていたさ。俺の片想いだってことくらい……。平気そうな顔で言われたら、諦めざるをえないな……」
ゆっくりと肩から手を離される。
私の顔を見ないようにし、背中を向けて歩き出す。
「………父上に、お受けすると伝えてくる」
これで、いいんだよね?
私なんかよりも、その方との方が幸福せになれるよね?
ホントウニ?
気持ちを伝えなくて後悔しないの?
誤解されたままでいいの?
「…………気じゃないです」
気が付くと視界が歪みかけ、震えた声が出ていた。
「平気なわけないじゃないですか! 私だってずっと……!!」
その後の言葉は、優しい腕により出るのを止められる。
「……本当に?」
「……本当です」
「父上に、お前がメイドを辞めて花嫁修業するって伝えないと」
そうか、メイド辞めなきゃいけないんだ。お給料良かったし、仕送りだってし……って、え?
「ちょっと待って下さい。それはいつから、ですか?」
「うーん、明日から?」
「いきなりですかー!?」
私が正式に第二王子妃になるのは、それから半年後の晴天の日。
実際にあるのかは分かりませんが、よく書かれるネタでしょうか?
でもこれ、いつか長編に……ゴホンゴホンッ