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死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第3章 僕は絶対に、この手を離さない!
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-1-

「おはよう、白花さん」


 朝、僕は教室に入ってカバンを置いたあと、すでに席に着いていた白花さんに声をかけてみた。

 辛酢には関わるなと言われている身だけど、ちゃんとおにぎりを食べたかどうか、気になったのだ。

 なんたって僕は、お節介なやつだから。


「あ……おはよう、臼実くん。昨日は、おにぎりありがとう」


 白花さんから、挨拶と感謝の言葉が返ってくる。


「食べてくれたんだね。よかった。あんなものだけで、悪かったかもだけど」


「そんなことないよ。美味しかった。……冷めてたけど」


 と言われ、今さらながらに気づく。

 そうか。考えてみたら、起きる前に冷めてしまうのは当たり前だ。

 白花さんの家には電子レンジもないみたいだったし、温め直すこともできない。

 それなら、炊飯器で保温されたご飯を、目を覚ました白花さんが自分で握ったほうが、よっぽどマシだったじゃないか。


「うわっ! 僕、余計なことをしちゃったよね……。冷たいおにぎりなんて食べさせちゃって、ごめん!」


「ううん、嬉しかったから。それに、ほんとに美味しかったし。だから、ありがとう」


 にこっ……と。

 今まで見せたことのないほど屈託のない笑顔を向けてくれる。


「そ……そっか。だったら、いいんだ」


「うん……」


 なんだか、恥ずかしい。

 白花さんもそれっきり、なにも喋ってくれなかった。


「じゃ……じゃあ、僕は席に戻るね」


「う……うん……」


 どうも調子が狂う。

 べつに僕は、白花さんを女の子として意識してるってわけじゃないはずなのに……。

 白花さんは死亡請負人なんて不条理な役目を負わされて、死ぬほどの痛みを受けないといけない身の上。

 僕はかわいそうだと思って、なにか少しでも力になれたら、と思っている。

 それだけでしかない、はずなのに……。



     ☆



 授業中も、僕はずっと白花さんのほうに目を向けていた。

 前にも考えたことがあったけど、これでは本当に、白花さんに恋しているのとなんら変わりないのかもしれない。

 いやいや、そんなことはない。

 もう恋なんてしない。僕はそう思っているのだから。


 小学校六年生の頃、僕には好きな女の子がいた。

 その子はすごく大人っぽくて、クラスのマドンナ的存在だった。僕なんかとつり合う相手ではなかった。

 密かな恋心を胸に秘め、授業中にチラチラと視線を送っては、幸せな気分に浸る。それだけの毎日だった。

 でもある日、クラスメイトの男子六人ほどで遊んでいるうちに、みんなで好きな子を言い合おうという流れになり、その密かな思いを口にしてしまった。


 ここでの話は、絶対に内緒だからな。

 そう約束していたのに、翌日、僕が好きだということは本人の耳にまで届いていた。

 誰が喋ってしまったのか、それはわからない。喋ってしまったやつを恨んだりもしていない。

 ただ、結果として僕は失恋した。


「あいつが私を好き~? キモッ! ありえないよね~!」


 もちろん、面と向かって言われたわけではない。休み時間に廊下で駄弁っている声が聞こえてきたのだ。

 好きな子の声だから、聞き間違えるはずもない。


 そうか。僕はキモいのか。

 もともと元気いっぱいな性格ではないけど、しばらく沈んだ重苦しい気分の日が続いた。


 学校に行けば、あの子の姿がいやでも目に入る。だから仮病を使って何日か休んだりもしたっけ。

 こんな思いをするなら、好きになるんじゃなかった。恋なんてするもんじゃない。

 結論として、そう考えるようになっていった。


 あれから三年以上経ち、随分と傷は癒えた。

 もとよりあの程度、傷とも言えない。よくあることだ、と思えるようにもなっている。

 それでも、無意識レベルで身構えてしまう。

 だからこそ、中学生だった三年間、誰も好きになったりはしなかったのだろう。


 好きな子なんていなくても、とくに問題はない。

 友達と他愛ない話でもして、楽しく過ごしていければいい。

 今の高校に入ってからは、あまり親しい友人もできていないし、中学時代の友人との交流もご無沙汰になってしまってはいるけど……。


 そうだ。白花さんは、友達と言っていいんじゃないか?

 そこまで仲よくなってはいないのかもしれないけど、死亡請負人という秘密を共有していることにもなるし。


 ちらりちらり。

 視界の中心に、何度も白花さんの後ろ姿を捉える。


 白花さんは真面目に授業を受けていた。

 ノートを取る際に邪魔になるのか、モミアゲの毛を耳の裏側に何度もかけ直す。

 そんな仕草も、なんだか可愛らしい。


 ……可愛らしい、と考えていて、ただの友達?

 自問が浮かぶ。

 白花さんは友達だ。それ以上でも以下でもない。

 自答。そしてスパッと頭を切り替える。


 そういえば、辛酢の姿が見えないな。

 授業中でも白花さんのそばに現れることが結構ある辛酢。とはいえ、いつでもベッタリくっついている、というわけでもない。

 以前、黒天使もいろいろと忙しい、みたいなことを言っていた。用事があって離れることも多いと考えられる。


 だったら……簡単に逃げられるんじゃないか?

 僕はその意見を、休み時間になってすぐ、白花さんに伝えてみることにした。



     ☆



「私はこの役目を受け入れてるから。それに、きっと逃げられないよ。辛酢は空だって飛べるし」


 案の定、否定的な言葉が返ってくる。


「でも、どうにかなるんじゃない? 黒天使だって、万能じゃないでしょ」


「私はこの地に縛られてるから、無理だよ」


「離れようとしても、引っ張られるとか?」


「そういうのはないけど……。まだ両親がいた頃は、普通に家族旅行もしてたし」


「なら逃げようよ! 僕と一緒に!」


 つい熱くなってしまう。


「ちょ……ちょっと! 声が大きいよ! それに、一緒にって、その……」


「あ……」


 それじゃあ、なんというか、駆け落ちみたいになってしまう。

 そのことに気づいて、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。

 白花さんも頬を真っ赤に染めていた。


「えっと、一緒にってのはともかく、この地に縛られてるなら、離れてしまえば死亡請負人なんてしなくて済むんじゃ……」


「いや、それは無理だな」


「辛酢!」


 くっ……。

 いないと思っていたのに、帰ってきてしまったのか。


「ここから離れても、死亡請負人としての役目は消えないってことか……」


「そうじゃない。だが、クチナシの気持ち的に無理だと言ったんだ」


「白花さんの気持ち的に?」


「ああ、そうだ。

 確かに、旅行なんかでこの地から離れることは可能だ。

 ただ、死神王デスト様の指令によって、オレが死亡の請け負いに関する詳細な情報を伝えるんだが、それは早くても前日となる。

 つまり、長期の旅行などでクチナシがいない場合、死を免れるはずだった人が死んでしまうことになるってわけさ」


「でもそれは、本来なら運命なんだろ?

 ご先祖様の罪滅ぼしとはいえ、ボランティアでやっているようなものなんだから、そうなっても白花さんが咎められるのは筋違いだよ!」


 黒天使である辛酢に、真っ向から立ち向かう。

 そんな僕を、白花さんは控えめな声で止めに入った。


「臼実くん、いいの。私が助けたいって思ってるんだから」


「だけど……!」


 そのせいで白花さんが死ぬほどの痛みを受けるなんて、僕にはやっぱり納得できない。

 という言葉を、白花さんは伸ばした人差し指を僕の唇に当て、そっと遮る。


「この話はこれでおしまい。ね? ……みんな見てるし……」


 気づけば、クラスメイトが何人も、こちらに不思議そうな視線を向けていた。

 しまった。辛酢の姿はみんなには見えないのだから、僕がひとりで熱くなっていたようにしか思われない。

 それ以前に、白花さんまで巻き込んでしまった。一緒に逃げよう、だとか、駆け落ちまがいの言葉を伴って……。


「ご……ごめん……」

「ううん。心配してくれてるのは、充分に伝わってきた。でも……私は大丈夫だから」


 白花さんが改めて力強く言いきる。

 ここまで強い意思を込めた瞳で見つめられては、僕には黙って自分の席に戻る以外、成すすべがなかった。


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