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死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第2章 僕にはこれくらいしかできない
7/24

-2-

「白花さん、今日……あるんでしょ?」


「…………」


 放課後、僕は白花さんに詰め寄った。

 辛酢が口を滑らせたことで、知ってしまった事実。それを確かめたかったからだ。

 クラスメイトがいては話しづらいと考え、放課後まで待った。


 どの部活にも所属していない白花さんは普段、帰りのホームルームが終わってしばらくすれば、席を立って帰宅の途に就く。

 なのに今日は、ずっと席に座ったままだった。

 おそらく、死亡請負人としての任務を遂行する時間まで、待機している状態なのだろう。


 ただ結局、他に誰もいなくなるまでは我慢できなかった。

 僕はまだ数人のクラスメイトが教室に残っている中、白花さんに話しかけた。

 だからこそ、言葉を濁して伝えたのだ。


 白花さんは沈黙を貫く。


「僕とは喋らないつもり?」


「…………」


「辛酢から、そう言われてるの?」


「…………」


 なにを言っても、反応なし。


「休み時間のあれは、なに? 姫女苑さんにわざわざ言い返して火に油を注ぐなんて。白花さんらしくないと思うけど」


「…………」


 話の内容を変えてみるも、やはり効果はなかった。

 だったら、さらに方向性を変えてみよう。

 僕は白花さんの机の前でしゃがみ込み、身を隠す。そして、


「ばぁ~!」


 勢いをつけて机の陰から顔を出した。


「…………」


 無論、そこに僕がいることを知っていた白花さんが驚くはずもない。

 でもそれで作戦は終わりではなかった。


「今日の下着の色は白なんだね」


 しゃがんだタイミングでのぞき込んだ。そんなふうに装ってみる。

 実際に見たわけじゃない。

 いや、もし見えたらそれはそれでラッキー、くらいに思ってはいたのだけど。

 白花さんのスカートは膝下まである標準丈。見えるはずもなかった。

 仮に短めのスカートだったとしても、お行儀よく膝を揃えて座っているみたいだから、どのみち見えはしなかっただろう。


「…………」


 ちょっとエロスを含んだ話題を振っても、白花さんは表情ひとつ変えない。

 完全無視。

 ある意味、僕がいじめられている、とも言える。

 とはいえ、僕のほうだってあんなセクハラまがいの発言をぶつけてしまったのだから、お互い様って感じかもしれない。



     ☆



 まったく喋ることのない白花さんに対し、僕が一方的に話しかける。

 どれくらいの時間、そうしていただろうか。


「…………!」


 突然、白花さんが立ち上がった。


「うわっ!?」


 驚きの声を漏らす僕には目もくれず、白花さんは素早く駆け出すと、教室から飛び出していく。


「ちょ……っ、白花さん! 待ってよ!」


 慌てて追いかける。

 三階の廊下を駆け抜け、階段を急ぎ足で下り、一気に昇降口へ。

 靴に履き替えて外まで出た白花さんは、真正面に見える校門ではなく、横道へと逸れて一直線。

 目指すは中庭か。


 いくらぬぼーっとした印象の僕ではあっても、小柄な女の子である白花さんに、駆け足で負けるわけがない。

 白花さんの背中をずっと視界に捉え、余裕を持って追いかけることができた。


 教室棟と並行するような形で、裏門や校庭へと続く一帯へと続いているこの中庭。

 片隅には花壇なんかもあり、この時期だとなんとも言えない香りが辺りに漂っていて、とても清々しい気分に浸れる。

 ここ白鳥ノ森学園の中では唯一と言っていいほどの、憩いの空間となっている場所だった。


 そんな放課後の中庭を、白花さんが駆け抜けていく。

 その進行方向に目を向けてみれば、ふたりの女子生徒が並んで歩いている姿が確認できた。

 片方は、ごくごく普通の黒髪ストレートで、後ろ姿からではこれといった特徴が見えてこなかったけど。

 もう一方の縦ロールの髪型で、すぐにわかった。

 あれは、姫女苑さんと春紫苑さんだ。


 白花さんはふたりに向かって、ものすごいスピードで走り込んでいく。

 まさか、嫌味を言われた腹いせに、姫女苑さんを殴る気なんじゃ!?

 一瞬浮かんだ予測は、すぐに振り払う。


 白花さんはそんな子じゃない。

 それに、きっと白花さんは、死亡請負人としての役目を果たしに来たに違いない。

 とすると……またしても姫女苑さんが死ぬ予定になっていて、その身代わりとなって白花さんが怪我を負うのか!


 新たに浮かんだその予測もまた、外れていた。

 白花さんが飛ぶ。

 一直線に。

 姫女苑さんではなく、

 春紫苑さん目がけて。


 白花さんの小柄な体が、ゆったりと歩いていた春紫苑さんの背中を直撃する。

 数メートルほど、弾き飛ばされる春紫苑さん。

 隣にいた姫女苑さんは、なにが起こったのかわからず少しのあいだ呆然としたのち、地面に倒れてむせ込んでいる親友のそばに駆け寄り、心配そうに声をかける。

 僕の目の前で起きた、ふたりのお嬢様に関する出来事は、それくらいだったのだけど。


 もうひとつ別の光景が、僕の網膜にはハッキリと映し出されていた。

 いや、ほとんどそれしか目に入っていなかった、と言ってもいい。


 春紫苑さんを突き飛ばした白花さんは、バランスを崩しながらも倒れたりはしなかった。

 今の今まで春紫苑さんがいた位置に、身代わりとして立つ。

 後ろ姿だから、顔は見えなかった。

 たぶん、ぎゅっと目をつぶり、襲いかかってくるであろう衝撃に備えて身構えていたはずだ。


 そんな白花さんのもとへ――、

 なにかの塊が真上から落下してくる。


 塊はまっすぐ落ちてきて、白花さんの脳天を……打ち砕いた。

 やけに重く、鈍い音を響かせて。


 白花さんがその場に倒れる。


 落ちてきた塊は、大きめの植木鉢だった。

 植木鉢は衝撃で割れ、中の土や植えられていた花が辺りにまき散らされる。


 割れたのは植木鉢だけではなかった。

 倒れた白花さんの頭から、真っ赤な血が激しく噴出している。

 切れただけではない、割れたのだ。

 頭蓋骨も大きく損傷し……真っ赤な血にまみれた脳みそまでもが無残に露出していた。


 即死。もしくは、一瞬で気を失う。

 普通ならそうなるであろう悲惨な事故。

 それでも白花さんは意識を失わない。いや、失えない。


「うぐがあああああっっっっ!」


 頭を押さえ、のたうち回る。

 すぐにでも駆け寄りたい。

 僕にはなにもできはしないけど。

 せめてなにか、気を紛らわせる言葉くらいかけてあげたい。


 でも、今は姫女苑さんと春紫苑さんがいる。

 白花さんの姿が見えない彼女たちの前に出ていって、不審な行動を取るわけにもいかない。


 ……正確に言えば、僕にはそんなことを考える余裕もなく、飛び出していこうとしていた。

 それを止めたのだ。辛酢が。

 僕は辛酢に促され、花壇の隅へと身を潜める。


「うううう……ぐうっ! ……がっ! あああああっ!」


 苦しそうにもだえ続けている白花さんを、ただ見ていることしかできないなんて。

 悔しさで涙がにじんでくる。


「あ……あのっ! 大丈夫でしたか?」


 そのとき、頭上から声が聞こえてきた。

 三階のベランダから、数人の生徒が顔をのぞかせている。


「ちょっと、危ないじゃないですか! わたくしの親友が怪我でもしたら、どうするつもりなんですの!?」


 頭上を見上げる姫女苑さんが、両手を腰に当てながら文句をぶつける。

 その横では、倒れていた春紫苑さんが立ち上がり、三階にいる生徒たちに向けて微笑んでいた。

 姫女苑さんの体につかまってはいるけど、どうやら大事には至っていないようだ。

 そう悟った生徒たちは、安堵の表情を浮かべつつも、謝罪の言葉を続ける。


「すみません、ベランダの植木鉢を移動してたら、手が滑ってしまって……」


 その後、音に気づいた生徒や教師も中庭へと集まってきて、ある程度の騒ぎにはなったものの。

 植木鉢が割れてしまった以外、とくに被害がなくてよかった、と簡単に片づけられてしまった。

 すぐそばで、頭蓋骨から脳みそをのぞかせ、大量に血を噴き出して苦しんでいる白花さんがいることになど、まったく気づく様子もなく……。


 周囲から人がいなくなるのを見計らって、僕は白花さんに駆け寄った。


「白花さん!」


 大丈夫? なんて言葉は、意味がない。

 大丈夫なはずがないのだ。死ぬほどの怪我をしているのだから。

 その痛みを、あれからもう三十分近く感じ続けていることになる。


 今さら僕がなにを言ったところで、気を紛らわす効果すら得られないかもしれない。

 それでも、声をかけずにはいられなかった。

 呼びかけずにはいられなかった。


「白花さん、僕がついてるからね」


 僕がついていたところで痛みが和らぐわけじゃない。

 自分で言っておきながら、その無意味さにほぞを噛む。

 もっと気の利いた言葉が出ないのかよ、僕。

 この場面での気の利いた言葉なんて、存在しているのかどうかもわからないけど。


「ぐあうっ……! んんんんっっっ!」


 白花さんの苦しみは続いている。

 どんなに声をかけようとも、応えてはもらえない。

 僕は成すすべなく、やりきれない気持ちを抱えながら、白花さんのそばについていてあげることしかできなかった。


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