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辛酢には、これ以上関わるなと言われた。
でも……知ってしまったのに、無視できるはずがない。
僕はどうしても気になってしまい、授業中もチラチラと白花さんに視線を向けるようになっていた。
この高校に入学して同じクラスになってから、まだ一ヶ月も経っていない。
もの静かで目立たない子だから、これまでまったく意識していなかったけど。
あんなことを知ってしまったら、気になるのも当然というものだろう。
授業中に女の子のほうをチラチラ見ているだなんて、小学校六年生の頃以来だ。
その頃はクラスに好きな子がいて、ついつい見てしまう、といった感じだったっけ。
だから今の思いとはまったく違う。
それでも、今の僕がしている行動自体は、白花さんに恋している男子生徒そのものだな。
なんて考えると、無意識に笑みがこぼれる。
……いやいや。笑ってる場合じゃない。
本人が受け入れているみたいではあっても、死亡請負人としての役目を果たす際には、死ぬほどの痛みが小柄な白花さんの全身を襲うことになるのだ。
どうにかして、やめさせたい。
辛酢の言っていたように、それは単なるお節介でしかないのかもしれない。
自己満足にしかならないのかもしれない。
だけど、僕は白花さんのために、なにかしてあげたい。
そんなふうに思うようになっていた。
白花さんが姫女苑さんの身代わりになったとき、大量の血で辺り一面が真っ赤な海のようになり、腕や足もあらぬ方向に曲がっていた。
口からも血を吐き出していた。車にはね飛ばされたのだから、外傷の他に、内臓も破裂していたと考えられる。
内臓破裂に複数箇所の骨折、それ以外にも怪我があった可能性はある。
どれだけ痛かっただろう。
どれだけ苦しかっただろう。
骨折の経験すらない僕には、まったく想像もできない。
でも、あんな思いをしなくて済むように、せめて少しでも痛みが和らぐように、どうにかできないものだろうか?
入試でも使ったことのないほど脳みそをフル回転させてみるも、結局なにも思いつきはしなかった。
それにしても……どうして僕には、白花さんが死亡請負人として姫女苑さんの身代わりとなり、大怪我した場面が見えたのだろう?
辛酢はわからないと言っていた。
黒天使にわからないのなら、僕なんかがいくら考えたところで無駄か。
そういえば、白花さんはバッグの中に血のついた制服を隠していた。
あれを見せれば、他の人にも白花さんが怪我をしている状態だったと知ってもらえるんじゃないか?
……いや、大量の血が流れている状態でも気づかれなかったのだ、制服の血も見えないに違いない。
仮に見えたとして、白花さんが姫女苑さんを助けて身代わりに怪我を負っていたなんて、誰も信じてくれない。
また、それを知ってもらったところで、事態が好転するわけでもない。
あのとき流れた大量の血がどうなったのか一瞬だけ気になったけど、もともと見えないなら誰も気づくはずがないか、とすぐに思い至る。
やっぱり、僕にはなにもできない、ということか……。
苦悩しながらも、視線は常に白花さんを捉えていた。
白花さんをずっと見つめていて、ひとつ気づいたことがある。
授業中にもたびたび、辛酢が白花さんのそばに現れては、なにやら声をかけたりしている、ということだ。
あんなに全身真っ黒くて翼まで生えた男が現れたら、普通は騒ぎになると思う。
だけど、授業は滞りなく進行していた。誰も反応しない。
クラスメイトや教師には、辛酢の姿が見えていないのだ。
死の痛みを請け負って苦しんでいるときの白花さんと同じように。
黒天使であり、白花さんを監視しているオブザーバーでもある。
辛酢はそう語っていた。
と同時に、いろいろと忙しいとも言っていた。
どうやら年がら年中つきっきりで監視している、というわけではないみたいだな。
本当につきっきりの監視だったら、お風呂やトイレまで見られることになるし、そんなの白花さんだって嫌だろう。
もっとも、黒天使がそういった場面を見て興奮するとも思えないけど。
……ついつい白花さんがお風呂やトイレに入るシーンなんかを想像してしまい、僕はいったいなにを考えてるだか! と、ひとりで赤面する。
そんなバカなことがあったりもしつつ、それから数日が経過していった。




