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僕、臼実翌檜は、病院で簡単なCT検査などを受けたあと、すぐに帰された。
仕事先に連絡が行ったらしく、お母さんが病院まで駆けつけてくれたけど、僕にはとくに怪我もないということで安心しているようだった。
怪我なんて、あるわけがない。僕はただ、近くにいただけなのだから。
そんな言葉を吐き出す気力もなかった。
なにを言っても聞き入れてもらえなかったのが、ある種のトラウマとなってしまったのかもしれない。
病院を出た時刻は、まだ午前中。
「大事を取って休んだら?」と言うお母さんを振り切り、僕は学校へと向かうことにした。
白花さんがどうなったのか、気になっていたからだ。
このまま家に帰っても、そのことばかりを考えて悶々とするのは目に見えている。
あれは本当に現実だったのだろうか?
自信が揺らぎ始めていた僕は、自然と足取りがゆっくりになっていた。
それでも、しばらくすると立派な校舎が見えてくる。
僕の通っている学校――白鳥ノ森学園高等学校。
比較的新しく、まだ綺麗で凛とした印象を受ける正門を、僕はひとり寂しく通り抜けた。
正門の中にはロータリースペースがあり、時計塔が建っている。見上げれば、今は午前中最後の授業時間だとわかった。
静かな廊下と階段を抜け、自分のクラスを目指す。
教室棟の三階、すなわち最上階の一番奥。我がクラスがいつも以上に遠く感じられた。
考え事をしていると、教室にたどりつかない。そんなオカルト染みたことがあるはずもない。
すぐに自分のクラス、一年七組の教室までたどり着く。
僕は軽く深呼吸をしたのち、静かに後ろ側のドアを開けて教室内に足を踏み入れた。
視線を巡らせても、姫女苑さんの縦ロールは見えない。病院から戻ってきていないのだろう。
ひどい怪我ではなさそうだったけど、タンカにも乗せられていたし、今日は戻ってこないと考えられる。
僕は一番気になっている白花さんの席のほうへと目を向けてみた。
そこには、白花さんのショートカットの後ろ姿がしっかりと存在していた。
せっせと手を動かし、板書をノートに書き写している。
普段どおり。なにも変わりない……と思う。
実際のところ、クラスメイトではあっても、僕はこれまで白花さんのことを気にしてなどいなかった。
だから、仕草や動作が本当にいつもどおりなのか、確実なことまでは言えないのだけど。
少なくとも、大量出血するほどの交通事故に遭った人間とは思えない。
白花さんはごくごく自然に授業を受けている。
何事もなかったかのように。
怪我も交通事故すらもなかったかのように。
僕は混乱しつつも自分の席に着き、ちらちらと白花さんに視線を向けたりもしながら、途中からとなる授業を聞き始めた。
☆
「白花さん」
「はい?」
授業が終わってすぐ、僕はお弁当を広げようとしている白花さんに声をかけた。
当然、きょとんとした顔をされてしまう。
「大丈夫なの?」
「え……? なにが?」
「今朝のことだよ。白花さん、姫女苑さんを助けて、車にはねられたよね?」
「っっっ!?」
その言葉を聞いて、白花さんは驚きを隠せないといった表情に変わった。
「しかも、血がたくさん出て、腕とか足とかも骨折してるみたいだったのに、もう治ったの?」
「ななななな、なに言ってるのよ? 臼実くん、幻覚でも見たんじゃないの?」
白花さんはどもりながらも、そう主張してくる。
確かに普通ならば、そんな結論に達するところだろう。
朝だったし、寝ぼけていただけだった。そう考えたほうが、まだ納得のできる解釈と言える。
だけど、今の僕には通用しない。
白花さんは必死にごまかそうとしている。僕はそれを確信していた。
なぜなら……。
「でも、ほら。机の横にかけてあるバッグ、中に血のついた制服が入ってるよね?」
「な……っ!?」
焦りまくる白花さん。
ファスナーが少しだけ開いていて、バッグの中にある制服が見えていたのだ。
しかも、真っ赤に染まった制服が。
「なに変なこと言ってるの!? そんなわけないじゃない! ……ちょっとこっちに来て!」
白花さんは、バッグのファスナーを閉め直すと、強引に僕の腕をつかんで教室から飛び出す。
僕は引きずられるように階段を上り、屋上前のスペースまで連れ込まれた。