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死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第5章 ぐだぐだ言わずに、やれ! 黒天使ってのは無能なのか!?
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-4-

 僕はまず、クチナシを家まで送り、それから自分の家へと帰った。

 背後に乗っていたクチナシの重さと、背中に感じていたクチナシの温もりが消え、なんとも寂しい気持ちに包まれる。

 静かな路地を抜け、静かな自宅へと入っていく。

 家の中が静かなのは、誰もいないからだ。

 もうかなり遅い時間だというのに、両親とも帰ってきていなかった。

 修羅場の開発会社ってのは、本当に大変なんだな。


 こういう場合、夕飯は適当に食べておいて、と言われている。

 お金も戸棚の所定の位置にある分は、いつでも使っていいことになっている。

 でも、僕には食べる気力もなかった。

 部屋に入り、ベッドに飛び込む。


 すごく疲れてはいた。

 にもかかわらず、眠りに就くこともできない。

 クチナシのことを考えていたからだ。


 あんな役割を続けていたら、クチナシはいつか壊れてしまうかもしれない。

 あんな役割を人知れずこなしていることを知ってしまった僕だって、精神的に壊れてしまうかもしれない。

 それでも、クチナシ自身はこの過酷な運命から逃げ出したりはしないのだろう。

 だったら僕も、逃げ出すわけにはいかない。


 ただ、クチナシは僕を完全に頼ってはくれていないように思える。

 マンションから転落する子供の身代わりになったときは、まだ僕が痛みを半分引き受けられると知らなかったし、仕方がないと思うけど。

 姫女苑さんが窓ガラスに突っ込む運命の身代わりになったあのときも、クチナシは僕にそのことを伝えてくれていなかった。


 今日だってそうだ。

 爆発に巻き込まれる僕の身代わりになれるか不安だという理由で、引き止めようとはしてくれたものの、死亡請負人としての役目があることについては教えてくれなかった。

 僕が死ぬ予定だなんて、本人に対して言えるわけがない。クチナシはそう考えたに違いない。

 たとえそうであっても、僕としては伝えてほしかった。


 知ってしまったら無意識に身構えて、死ぬ予定となる運命が変わったり、事故の起きる場所がずれたりする可能性もある。

 それを考慮してくれたのだとは思うけど。

 僕をもっと信用してほしい。

 僕をもっと頼ってほしい。


 だけど、そうか。

 今回に限っては、結局僕は役立たずだった。痛みを引き受けられなかったのだから。

 とすると、もしクチナシが頼ってくれていたとしても、なにも変わらなかったことになる。


 ベッドの中で、僕は悩み続けた。

 いつになっても眠りの世界にワープできない。

 深夜、両親の帰宅する音が玄関から聞こえてきた。その時間になっても、僕はまだ眠れずにいた。

 さっきから同じ考えが堂々巡りしている。


 あんな役割を続けるクチナシが不憫だ。

 死亡請負人なんてやめさせたいけど、それは無理。

 ならば、僕が支えてあげないと。

 そう思っているのに、クチナシは頼ってくれない。

 僕はなんと情けないのか。

 情けなくとも、痛みを引き受けることだけはできる。僕はそれを頑張ろう。

 クチナシだって頑張っているのだから。

 それにしても、どうしてクチナシがこんなに頑張らなくてはならないのか。

 クチナシはやっぱり不憫だ。


 こんなことばかり、延々と考え続けている。

 無限ループ。

 終わることのない思考のはざまに迷い込んでしまった。


 ……否。

 終わりは訪れる。


 死亡請負人の役目は、死神王デストによって与えられている。

 すなわち、悪いのは死神王デストなのだ。

 僕の憎悪は、すべてそこへと向かって集約していく。


 そうだ。

 死神王デストこそが、諸悪の根源。

 死神王デストこそが、くさいニオイのもと。

 元凶から絶ってしまうのが、一番手っ取り早い対処法だ!


 これでクチナシさんを助けることができる!

 そう思い込んだためか、僕はようやく眠りの世界に身を委ねることができた。



     ☆



 結論を導き出したこと自体が、すでに夢の世界での出来事だったのかもしれないけど。

 翌朝目を覚ました僕は、昨夜の結論をしっかりと記憶していた。

 いても立ってもいられず、まだ早い時間であるにもかかわらず、僕は家を飛び出していた。


 向かうはクチナシの住むアパート。

 激しくチャイムを鳴らし、乱暴にドアを叩き、クチナシの名前を呼び続ける。

 ドアを開けたクチナシは、パジャマ姿だった。眠そうに目をこすっている。

 そんなの、関係ない。


「辛酢、いるか!?」


「ん? ここにいるぞ。まったく、朝っぱらから騒々しいな。いったいどうしたんだ?」


 状況の呑み込めていない辛酢の胸倉をつかみ、壁に押しつける。

 黒天使である辛酢ですら、抵抗できないほどの力で。

 それだけ僕の思いが強かったのか、はたまた痛みを引き受ける力と同様、なんらかの特殊な能力でも備わっているのか。

 そんなことを悠長に考えている余裕なんて、今の僕にあるはずもない。


「辛酢! お前、死神王デストのところには行けるよな!?」


「はぁ? そんなの、当たり前だろ? 定期的に状況を報告する義務もあるしな」


「だったら、僕とクチナシを連れていけ!」


「な……なんだよそれは!? どうするつもりだ!?」


「ぐだぐだ言わずに、やれ! できないのか!? 黒天使ってのは無能なのか!?」


「無能呼ばわりするな! それくらい可能だ!」


「よし! なら今すぐ、僕とクチナシを連れてデストのもとへと急ぐんだ!」


「……わかったよ。あと、デスト様、だからな!?」


 渋々ながら、辛酢が僕のお願いを聞き入れてくれた。

 お願い、というよりも、脅迫に近かったかもしれない。

 ともかく、僕とクチナシは辛酢の黒い翼に包まれ、一瞬にして空間を転移した。


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