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爆発のあった現場から少し歩き、静かな物陰まで退避した僕は、クチナシをその場に横たえた。
いつもどおり、きっかり一時間、クチナシは苦しみ続けた。
そのあいだ、痛みを引き受けられないことで、僕も精神的な苦痛を受け続けていた。
言うまでもなく、クチナシ本人と比べたらそんな苦痛などあってなきがごとしだけど。
僕は手のひらだけでなく、クチナシの体全体をぎゅっと抱きしめ、少しでも苦痛を紛らわせることができたら、と願った。
死亡請負人としての使命をしっかりと果たし、眠りに入ったクチナシ。
ついさっきまで全身焼けただれ、腕も足も千切れていたはずなのに、気づけば何事もなかったかのように完治していた。
吹き飛ばされていた腕や足までくっついて、傷の痕跡すら残っていないというのは、とてもすごい能力だ。
クチナシが不死身の体を持っていることを改めて実感する。
とはいえその不死身能力は、死亡請負人の役割に必要だからと、本人の意思を無視して勝手に与えられたもの。
もし能力がなければ、身代わりになった時点で死んでいる。だから、あってよかったとは思う。
だとしても、罪を償うためという大元の理由からして、クチナシ自身にはまったく関係がない、遠い先祖の話でしかない。
こんな痛みを味わう必要性など、どう考えてもない。
役目を終え、安らかに眠っているクチナシを、僕はじっと見つめる。
せめて僕が痛みの半分を引き受けられたら、少しはマシだっただろうに。
クチナシが死ぬ予定だった人の身代わりになっているときには、いつも必死に痛みを堪え、歯を食いしばって耐えている。
それは死亡請負人としての使命を受け入れているからに他ならない。
そんなクチナシが、今日は堪えきれず、泣き言を漏らしていた。
痛い痛いと泣いていた。
僕の身代わりとなって、腕と足を吹き飛ばされ、激しく泣き叫んでいた。
僕さえ存在しなければ、クチナシはあんなに苦しい思いをしなくて済んだのに。
あるいは、僕が死神の作ったシナリオどおり死んでいれば……。
そう言ったら、クチナシは激しく抗議してくるだろう。
自分が身代わりになることで死を回避できたんだから、これでよかったんだと主張してくるだろう。
なんともやりきれない気持ちだった。
僕はクチナシが起きるまで、ずっと待ち続けた。
クチナシを放置して帰るなんて、できるはずがない。
だからといって、背負って帰るには遠すぎる。
自転車はあるけど、意識を失ったクチナシを荷台にくくりつけて……なんて方法が取れるわけもなかった。
意識が戻れば、クチナシはすっかり元気になっている。そうしたら、ふたりで一緒に帰ればいい。
いつ目を覚ますかはわからない。
ひたすら黙って待つ。
太陽はとっくにその姿を隠し、宵闇が辺りを包み込んでいた。
街灯は存在しているものの、市街地から少し離れていることもあってか、随分と暗い印象を受ける。
このまま真っ暗闇に取り込まれ、死神の世界にでも連れていかれるのではないか、と錯覚してしまうくらいだった。
「死神の世界は、べつに真っ暗闇ってわけじゃねぇよ」
辛酢が僕の思考にツッコミを入れてくる。
「だったら、どんな世界なのさ?」
「それぞれの死神ごとに、全然違ったイメージだからな、一概には言えない。
……おっと、死神王と言わないといけなかったな」
僕には死神王だと怒っていたくせに、自分だって似たようなもんじゃないか。
といった文句は口にしない。
ついさっきツッコミが来たことから考えれば、思い描いただけで辛酢には筒抜けなのかもしれないけど。
☆
どれくらいの時間が過ぎ去っていっただろう。
かなり肌寒さを感じるくらいの時刻になって、クチナシは目を覚ました。
調子はどうか訊いてみると、もうすっかり治っているとのことだった。
本当にすごい能力だ。
そのあと、僕はクチナシを後ろに乗せ、ふたり乗りで自転車を走らせた。
途中、クチナシは今日のことをいろいろと語ってくれた。
僕を家に呼ぼうとしたのは、手料理をご馳走するつもりだったわけでも、ましてやふたりきりであんなことやこんなことを……と考えていたわけでもなかった。
どうにかして僕を爆発から回避させることができないか、頭を悩ませた結果だった。
確かに市立図書館に行かなければ、爆発に巻き込まれることなんてありえない。
死亡請負人の役割を受け入れているのに、どうしてクチナシは止めようとしたのか。
それは、爆発という事態は初めてのことだったため、本当に僕を助けて身代わりになれるのか不安だったからだという。
「そんなことをして大丈夫なの? 死亡請負人としては、違反になりそうな気も……」
「うん、違反になると思う。だから翌檜が図書館に向かうのを、私は強く引き止められなかった」
「そうだったんだ……」
クチナシの気持ちに気づきもせず、僕はお母さんとの約束を優先してしまったのだ。
今さらながら、激しい後悔の念に襲われる。
「翌檜を誘導するのも、ちょっと大変だった。ある程度は距離がないと、爆発に巻き込んじゃうし……」
「そういえば、曲がり角でいきなり消えたよね?」
「うん。曲がり角に隠れて、見つかる前に飛び出していったの」
そこで辛酢が解説の声を響かせる。
「死亡請負人としての役割を果たしやすいよう、目にも止まらぬ速度で行動できる。
クチナシにはそういう能力もあるんだ。身代わりになる直前だけではあるがな」
「そうか……あのとき感じた風は、クチナシが駆け抜けていったことで起きた風だったんだ」
そしてクチナシは、僕の身代わりとなって爆発に巻き込まれた。
申し訳なさで胸がいっぱいになる。
やっぱり、お母さんとの約束を優先せず、素直にクチナシの家に行っていれば……。
「ま、結果としてはよかったと思うべきだ。
もしあの爆発を回避していたら、任務を放棄したと見なされ咎められる。
ペナルティーとして、死亡請負人の役目の残り回数が増やされてしまうところだったからな」
辛酢が再び解説を加えてくる。
翼と同様に真っ黒に染まった夜空の下、僕たちの乗る自転車と同じスピードで颯爽と飛びながら。
「辛酢はそれがわかってたんだ。ならどうして、クチナシが僕を家に呼ぼうとするのを止めなかったの?」
「いや、やめとけ、とは言った。だが、無理強いまではできない。
あくまでオレはオブザーバー。監視するだけの身だからな」
その辛酢の声には、なんとなく不満めいた感情も込められているように思えてならなかった。
死神の使いである黒天使にも、苦悩はあるということか。




