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死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第4章 したほうじゃなくて、されたほうか
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-4-

 僕たちが痛みにもだえ苦しんでいるあいだに、作業着姿の男性が戻ってきて、ガラスが割れていることに気づいた。

 当然、驚いていた。

 周囲には誰もいないのに、交換予定だった新品の窓ガラスが割れていたからだ。

 別の窓を抱えて戻ってきたことから、何ヶ所かの窓を一斉に交換するつもりだったのだと考えられる。


 ふたりの男性がホウキとチリトリを用意してきて、割れたガラスを掃除している最中も、僕とクチナシは激しいうめき声を上げ続けていた。

 姿が見えず、声も聞こえない状態ではあるものの、僕たちはすぐそばの廊下で横たわっていたことになる。

 にもかかわらず、男性たちは最後まで、僕たちの存在に気づくことはなかった。

 そういうものだと理解してはいても、なんだか悲しい気分だった。



     ☆



 僕は帰宅後、ずっと考えていた。

 あれは姫女苑さんが言っていた仕掛けだったのだろう。

 窓ガラスが立てかけてあったのは、おそらく想定外だったのではないかと思うけど。

 水浸しになっていた廊下は、姫女苑さんの仕業だったと見て間違いない。


 まず、廊下の一部……半分ちょっとくらいの範囲に、水をこぼしておいた。

 バケツを置いておいたのは、水のこぼしてあるほうへと誘導するため。

 自分はバケツを飛び越える方法を取るけど、普通は避けて通ろうとする。

 飛び越えたあと、廊下の反対側に移動して走り続けることで、クチナシをそちら側に誘導しよう、という魂胆だったに違いない。


 ただ、僕がバケツにつまずき、水をこぼしてしまった。それで姫女苑さんは足を取られ、転びそうになった。

 とすると、僕が原因を作ってしまった、とも言える。

 ……いや、たとえそうだとしても、姫女苑さんがクチナシを怒らせたりしなければ、あんなことにはならなかった。

 下敷きを取り上げたりせず、追いかけっこなんかに発展していなければ、あんなことにはならなかった。

 今回の件を総合的に考えてみれば、姫女苑さんが悪かったのは疑いようもない。



     ☆



 翌日、僕は教室に着くなり、姫女苑さんのもとへと詰め寄った。


「姫女苑さん、あんな無茶なことするなよ! そのせいで、またクチナシが……」


 前置きもなく、思いっきり怒鳴りつける。

 その途中で気づいた。姫女苑さんは覚えていないのだから、僕がなにを言っているのかわからないはずだ、と。

 隣の席から、春紫苑さんも不思議そうな目を向けてくる。

 どうやってごまかしたものやら。

 僕が焦って思案していると、姫女苑さんは思っていたのとは別の方向で食いついてくる。


「どうして翌檜さんは、クチナシさんを下の名前で……それも呼び捨てで呼んでますの!? まったく、いやらしいですわ!」


「い……いやらしいって……」


 ついクチナシを下の名前で呼んでしまったのは僕のミスだけど。

 姫女苑さんはいったい、なにを言っているんだか。


「だいたい、ふたりが一緒にいるところ、わたくし見てましたのよ? おんぶまでしてましたし……」


 おんぶって……。

 うわっ! あれを見られていたのか!

 僕の焦りもまた、別の方向へと変わっていく。


 おんぶしていたということは、このあいだのマンションでの一件のあと、気を失ったままの僕をクチナシが自分の家まで運んでくれた、あのときの様子を見られていたのだろう。

 あっ、考えてみればその前にも、僕がクチナシをおんぶして家まで連れていったことがあったな。

 春紫苑さんを植木鉢の直撃から守ったあとだっけ。


「姫女苑さん、いつ、どこで見たの?」


「え……? えっと、数日前、郵便局の辺りですわ」


 ということは、マンションの一件があった日のことだ。


「じゃあ、したほうじゃなくて、されたほうか」


 思わず口走ってしまう。


「そ……それって、どういうことですの!? あっ、わかりましたわ! 逆もあったってことなんですのね!?」


「いや、その……」


「それに……あのあと、いったいどうしたんですの? まさか、クチナシさんの家に一緒に行ったんじゃないですわよね!?」


 事実をズバリ言い当てられていた。

 だけどここで認めるのは恥ずかしいし、それ以前に、なにかヤバそうな雰囲気をひしひしと感じる。


「そそそそ、そんなわけないじゃないか! なにおかしなこと言ってんだよ、姫女苑さん! あははははは!」


 ついどもってしまい、ダメ押しにわざとらしい笑い声まで響かせる。

 そのせいで、姫女苑さんには余計に不審がられる結果となってしまった。


「じい~~~~~っ!」


 春紫苑さんは春紫苑さんで、さっきからずっと、まるで犯罪者を見るような勢いで僕の顔をのぞき込んできているし……。


「そ……そろそろホームルームが始まる時間だよね! 席に着かないと!」


 僕は逃げるようにふたりから離れ、自分の席へと急ぐ。

 ふと視線を送ってみると、クチナシが「なにやってんだか」と言いたそうな呆れた目を向けていた。


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