-2-
クチナシに対する姫女苑さん意地悪はなおも続いた。
しかも、どんどんエスカレートしている。
嫌味を含んだ言葉を向けるだけに留まらず、徐々に陰湿なものへと変わってきていたのだ。
最初は消しゴムやらシャープペンがなどの小物が隠される程度だった。
それからペンケース自体が隠されるようになった。
そしてノートや教科書まで隠されるようになった。
隠し場所は、クラスのごみ箱と決まっていたため、探せばすぐに見つけられた。
それにしたって、あからさまな嫌がらせの数々。
クチナシもさぞや気に病んでいることだろう……と思ったのだけど。
屋上へと出るドアの前のスペースまで連れていき、僕が「大丈夫?」と声をかけたときのクチナシの反応は、こうだった。
「私は全然気にしてないから」
実に冷めたお答え。
クチナシらしいとも言える。
「でもさ、クチナシだって、やっぱり嫌だよね?」
「嫌がらせなんだから、そう思うことをするのが当然でしょ?」
「だったら、姫女苑さんに言ってやめてもらおうよ」
「言ってやめるような人だと思う? 余計にこじれるだけなら、なにも言わないほうがマシよ」
確かにそうかもしれない。
だとしても、黙ってやられているだけっていうのは、クチナシがかわいそうだ。
「どうして姫女苑さんは、こんなにクチナシを目の仇にするんだろう?」
「さぁ……。私みたいに暗い人間が嫌いなだけじゃない?
あんな人のことなんて、まったく興味ないけど」
「そんな言い方しなくても……。
姫女苑さんが悪いのは明白ではあるけど、クチナシにだって悪い部分はあると思うよ?」
「そうね。自覚してる」
自覚してるのか。
「だったら……」
「でも、性格的なものだから、どうにもならないの。姫女苑さんだって、きっと似たような感じだと思う」
性格のことを持ち出されたら、気弱な僕にはなにも言えなくなる。
「さっきも言ったけど、私は気にしてないから。翌檜も気にしないで」
クチナシは淡々と声を響かせる。
狭くて静かな場所だから、小声で話していてもそれなりに反響する。
ここに連れてきたのは、話す内容を考慮したってのもあるけど、クラスメイトに仲のいいところを見られて誤解されないようにするためでもあった。
少しくらい声が響いたとしても、教室まで届くことはないだろう。
「死亡請負人の役目だけでも大変なのに、その上さらにいじめられるなんて、そんなの耐えられないよ!」
「耐えてるのは、私のほうだけど」
「ほら! 今、耐えてるって言った! 我慢してるんじゃないか! 気にしてるってことだよ!」
「うっ……」
僕の指摘はクチナシの心の的の中心をバッチリと射抜いていたようだ。
それでも、クチナシは素直にならない。
「べつに、いじめってほどまで、ひどいことをされてるわけじゃないし」
「そんなに強がらなくても……」
「強がってない!」
クチナシは頑として認めようとしなかったけど。
僕の勢いは止まらない。
「やっぱり、死神に言ってクチナシの役目を解いてもらってよ! 辛酢、いるんだろ!?」
言葉の矛先を辛酢へと向け、以前棄却された提案を再び口にする。
死亡請負人の役目と、姫女苑さんからの嫌がらせ。
どちらがよりクチナシにとってつらいか。
そんなのは比べるまでもない。
よりつらい現実のほうを解決できないか、改めて挑戦しようと考え、僕はターゲットを変えたのだ。
……単純に、クチナシと言い争いになって勝てるとも思えない、という気弱な部分が出てしまった結果とも言える。
「おいおい、それは無理だと言ったはずだぜ? それに、クチナシ本人も納得しない」
黒天使がバサリと羽音を伴い、空気の中から湧き出るように姿を現した。
「あと、死神じゃなくて死神王だ。ここ、一番肝心なとこな!」
辛酢は全然関係ない部分に噛みついてくる。
「そんなの、どっちでもいいじゃないか」
「よくない! お前、デスト様を愚弄するつもりか!?」
「いや、そんな気はないけど……」
どうしてそこまでこだわるのやら。
「死神王って、普通の死神となにが違うんだ?」
普通の死神からして、僕にとっては謎の存在ではあるのだけど。
「死神ってのは、自分が一番だって気持ちが非常に強いものでな。
いつしか全員が、死神王を名乗るようになっていたってわけさ」
「全員が王なのかよ」
なんだか脱力感に襲われる。
と同時に、もうひとつの思いも生まれてくる。
「それじゃあ、死神ってのはたくさんいるってことなのか?」
「死神王だっての!」
「同じだろうに……」
「ま、たくさんいるってのは事実だ。だからこそ、縄張りがあるんだからな」
「なるほど」
縄張りの件は、以前にもちょっとだけ聞いた記憶がある。
クチナシの死亡請負人としての役割がこの近辺だけに限られているのは、その縄張りがあるためだと。
死亡請負人から解放される、というのは、やはり期待できなさそうだ。
とすると、姫女苑さんのほうをどうにかするしかない。
僕が再びクチナシに向き直り、話し合い……というか言い合いを再開しようとした、そのとき。
「とにかく、翌檜は余計なことを考えなくていいから」
クチナシはピシャリと言い放つ。
僕では役に立たない。
そう言いたいのか。
情けなさで、無数の流氷が浮かぶ冷たい海の中へと突き落とされたような、そんな気さえした。
だけど、
「……心配してくれるのは嬉しいけどね」
微かな笑顔とともにつけ加えられたクチナシの言葉は、僕の心を充分に温め直してくれた。




