表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第3章 僕は絶対に、この手を離さない!
11/24

-3-

 気がつくと、僕は布団に横たわっていた。

 体中がまだ痺れているようにも思える。

 といっても、今現在、痛みがあるわけじゃない。それに、自分自身の心臓の鼓動も、しっかりと感じられる。


 どうやら僕は、ショックで死んでしまうことなく無事に生還できたらしい。

 白花さんの痛みを、半分引き受けることができた。あのあと僕は気を失ってしまった。

 それから……どうしたんだっけ?

 布団で寝ているということは、自力で家まで戻ってきたのだろうか?


 思い出そうとしても、一向に記憶から引き出すことができない。

 そこで違和感を覚える。

 僕がいつも寝ているのは、自分の部屋のベッドの上だ。

 でも今は、床にじかに敷いた布団の上で横になっている。


 おかしい。

 しかも、ほのかに甘い香りすら感じられるような……。

 部屋の様子も変だ。僕の部屋にしては少し狭い。

 壁には制服がかけられている。

 ブレザーの制服にリボン、そしてスカート……。


 って、ここは僕の部屋じゃない!

 焦って上半身を起こしたところで、部屋の主が声をかけてくる。


「あっ、起きた?」


 それは白花さんだった。

 ここは前に一度お邪魔したことのある、白花さんの住むアパートの部屋だ!

 だったら、僕が今まで寝ていたこの布団は……。


「死んじゃったのかと思って、すごく怖かったよ……。

 息はしてたし、辛酢も心配ないって言ってはいたんだけど……。

 それでも、もしこのまま二度と目を覚まさなかったらどうしようって……」


「えっと、ごめんね。心配かけて」


「あ、ううん。起きてくれてよかった。今、紅茶入れるね」


「うん、ありがとう」


 僕は布団から出て、リビングまで移動する。


「臼実くん、大丈夫なの? まだ横になっててもよかったのに」


「それだと紅茶も飲めないじゃないか」


 というか、白花さんの布団で寝ているなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。


「座った状態なら飲めるでしょ? まぁ、大丈夫ならいいんだけど」


 白花さんは苦笑をこぼしながら、紅茶を用意してくれた。ティーバッグの紅茶ではあったけど。


「でも、ほんとにごめんね。布団に寝かせてもらっちゃって。

 というか、白花さんだって大変だったのに、寝ないで看病してくれてたの?」


「んっと、そういうわけじゃないよ。うちまで帰ってきてから、まだあまり時間も経ってないし」


「ふ~ん、そっか……」


 紅茶をありがたくいただきながら、ふと考える。

 うちまで帰ってきた。

 僕たちがいたマンションからここまで、かなりの距離がある。

 どうやって帰ってきたのか、僕にはまったく記憶がない。

 とすると、まさか……。


「あのさ……僕って、ずっと気を失ってたんだよね……?」


「うん、そうだよ」


「だったら、ここまで……どうやって運んだの?」


 聞くまでもないことかもしれない。

 辛酢が僕を運ぶなんて、ありえないのだから。

 可能性としては、タクシーを呼ぶ、といった手がないわけでもないけど、それはないだろうと考えていた。


 両親の遺産があるから家賃や光熱費の支払いは大丈夫だとしても、白花さんが質素な生活を心がけているのは間違いない。

 紅茶がティーバッグだったり、電子レンジがなかったり、他にも探せばいくらでも推測に足る証拠は出てくる。

 そのわりに、プリンはたくさん買ってあると、以前話していたけど。おそらくそれは、白花さんにとって唯一と言っていい贅沢、ということになるのだろう。

 つまり……。


「私が、おぶってきた……」


 白花さんは僕の質問に、思ったとおりの答えを返す。

 男の僕が……しかも、ぬぼーっと背丈ばかりデカい僕が、小柄で華奢な女の子である白花さんに、おんぶされていただなんて。

 カッコ悪いとかそんなことを言うつもりはない。

 単純に、申し訳ない。


「ほんとに、ほんと~にごめん。こんな、図体ばかりデカい男で。重かったよね……」


「えっと、うん、正直に言うとちょっと重かったけど……。

 私のほうこそ、ごめんなさい。というか、ありがとう、かな? 痛みを半分受け持ってくれて……」


「あれは、その……必死だっただけで……。

 でも、よかった。あのとき僕が感じていたのは、やっぱり白花さんから引き受けた分の痛みだったんだ」


「たぶん……。すごく痛かったのは確かだけど、いつもと比べたら、ずっとマシだった気がする」


 僕にはなにもできない。

 そう思っていたけど、それは違ったんだ。

 少しだけかもしれないけど、これからは白花さんの痛みを和らげることができるんだ。


 白花さんを過酷な運命から解き放つことまではなできない。

 それでも、白花さんの痛みを半分引き受け、同じ苦しみを分かち合うことができる。

 僕にはその事実が、とても嬉しく思えた。


「まったく、無茶しやがる。クチナシのナイト様気取りかよ?」


 辛酢が悪態をつく。


「べ……べつに、そんなんじゃないよ!」


「ま、いいけどな。ただ、ひとつ問題があるかもしれない」


「問題?」


「ああ。クチナシが意識を取り戻しても、お前は気を失ったままだった。だからクチナシが、ここまでおぶってきたわけだが」


「うん、そうだよね。白花さんに迷惑をかけてしまった……」


「いや、それだけじゃない。

 お前らふたりが痛みを受けてもだえ苦しんでるあいだは、周囲の人には見えない状態だったからいいんだが……。

 クチナシが意識を取り戻したあとは、普通に周囲の人からも見えていた。気を失ったままの、お前も含めてな」


「え……? じゃあ……」


「クチナシが必死こいてお前をおぶって歩いている姿を、そこらにいる人間には見られていたってことだ。

 もっとも、視線を向けられてはいたが、さほど気にしているようなやつなんていないみたいだったがな」


 白花さんに背負われている姿を、もしかしたら知り合いに見られていたかもしれない。

 その可能性を考えると、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

 しかも、逆だったらまだしも、僕のほうが背負われていたなんて。はたして見た人はどう思うか……。


「だからといって、お前を放置して帰るわけにはいかないって、クチナシがそう言っていたからな。オレは止めなかった」


「そうだったんだ……。ほんとに、ありがとう、白花さん」


「ううん、いいってば、それくらい。臼実くんがしてくれたことに比べたら、全然大したことじゃないよ」


 僕がしてあげたこと、か。

 無意識に思い出してしまい、激しい痛みまでもが記憶の中から掘り起こされる。

 実際に痛みがあるわけでもないのに、まだ痛んでいるように感じてしまう。


 あんなの、できれば二度と味わいたくない。

 だけど、そんなわけにはいかない。


 白花さんが死亡請負人としての役目を果たすたび、僕は駆けつけて半分の痛みを引き受ける。

 それはこの先、何度となく繰り返されていくはずだ。

 考えただけでうんざりしてくる。

 逃げ出したくなってくる。


 こんな思いを……いや、ひとりきりだったのだから、もっとつらい思いを、白花さんはずっと抱えていたのだ。

 それなのに、逃げなかった。

 逃げようという僕の提案にも、まったく乗ろうとしなかった。

 小柄でおとなしい印象の女の子なのに……。


 白花さんは強いな。

 僕も強くならないと。

 少しでも白花さんを支えられるように。

 改めてそう強く心に誓った。



     ☆



「それにしても……僕はどうして、痛みを半分引き受けることができたのかな?」


 ぽつりと疑問をこぼす。

 答えられるとしたら、辛酢をおいて他にはいないだろう。


 傷を負って苦しんでいる白花さんの姿を僕が見ることができる理由は、辛酢にもかわからないと言っていた。

 だから、万にひとつの望みにかけ、藁にもすがる思いで口にしてみた、といった感じだったのだけど。

 辛酢は答えてくれた。


「想いの強さってやつだろうな。手をつなぎ、心もつながったことで、お前の強い望みを実現できた。そんなところか」


 漠然とした推測でしかなかったものの、不思議と納得がいった。

 つないだ手。

 僕とクチナシの心をつないでいた手。

 血で濡れたぬるぬるの手ではあったけど、それに痛みで感覚も麻痺していたかもしれないけど、なんだかやけに温かく感じられていたからだ。


「さらに言えば、なんとなくオーラでわかるというか、そんな感じでしかないが……。

 おそらくお前は、クチナシの遠縁にあたるんじゃないか?」


「え? そう……なの?」


「オレが知るわけないがな」


 少なくとも、親戚一同が集まるような場に、白花さんがいたことなんてないけど。

 遠縁ということは、今では親戚関係の認識すらなく、何世代もさかのぼっていけばつながりがある、って程度なのだろう。

 それならば、充分に可能性はある。


「でもそうすると、僕だって呪いを受けた巫女の血を引いてることになるよね?

 白花さんの代わりに、僕が死亡請負人になることもできるんじゃないか?」


 白花さんをひどい責務から解放することができるかもしれない。

 そう考え、辛酢を問い詰める。


「いや、それは無理だ」


 あっけなく撃沈。


「死亡請負人になるのは女性に限られる。巫女が受けた呪いだったからな」


「そうか……」


 希望を打ち砕かれて項垂れる僕に、白花さんが優しく声をかけてくる。


「私は今まで、ずっとこうやって生きてきたんだから。もういいよ。臼実くんが気に病む必要なんてないの」


 ずっと……。

 その言葉に、僕は気の遠くなるような思いを感じた。


「生まれてからずっと、ってこと?」


「あ……、ううん。十歳になってからかな」


「そのあたりは、オレが解説してやる」


 白花さんの言葉を継いで、辛酢が勝手に解説した内容によると、死亡請負人としての役目は、長女が十歳になった時点で受け継がれるらしい。

 子供ができない、もしくは女の子が生まれない、といった状況の場合、母親が四十歳になると、次に血の濃い十歳以上二十歳未満の女性へと役目が自動的に移行される。

 ただし、母親が四十歳になったときに娘がいれば、長女が十歳になるまで母親の役目として継続される。

 なお、十歳になるまでに長女が死んでしまう、というのはありえない。不死身の体になっているからだ。


 死亡請負人は、病気になったりもしない。なっても死なない。

 今まで僕が見てきた限りでは、白花さんは事故死する人の痛みを肩代わりしている感じだけど、病気の肩代わりもできないわけではないそうだ。

 もっとも、その場合には下準備が必要となり、事は簡単に進まない。病気のもととなる細胞や病原菌などを白花さんの体に移さなければならないからだという。


 辛酢やデストの力があれば、そういった対処も可能ではある。でも忙しい身であり、なかなかそんな時間は取れない。

 それ以前に、基本的には余計な手出しができない決まりとなっている。

 だからこそ、事故など突発的な死の肩代わりをすることが圧倒的に多いのだとか。


 ともかく、長女が十歳になると、死亡請負人としての役割が発生する。

 死亡請負人が身代わりとなり、事故の場合できっかり一時間、病気だとさらに長い時間になるみたいだけど、痛みをすべて請け負うことで、対象者は死の運命から逃れられる。


 といっても、日本中、あるいは世界中の誰の身代わりにでもなれるわけじゃない。

 この近辺だけという制限が設けられている。

 死神にも縄張りがあり、その範囲内にしか能力が及ばないためだという。


「だったらやっぱり、遠くに逃げれば……」


「それはダメだってば。私は逃げない。逃げたくないの!」


 白花さんは力強く言い放つ。

 なぜそこまで頑なに死亡請負人としての運命を受け入れるのか。

 その理由も、白花さんは語ってくれた。


「私の両親は、事故で死んだの。私が中一のときに。仕事で出張先に向かう飛行機が墜落して、ふたりとも帰らぬ人に……」


 白花さん自身は、学校があるためこの地に残った。

 そして、両親が亡くなったと知った。

 白花さんは悔やんだ。両親の死の身代わりになれなかったことを。


「実際には両親がこの地から出た時点で、死亡を請け負う対象にはならないんだがな」


 たびたび辛酢が口を挟んでくる。

 さすがにいつもの軽い口調ではなかった。

 黒天使といえども、白花さんの気持ちを配慮できるくらいの分別は持ち合わせているようだ。


「私は悲しくて、ずっと泣いていた。

 だけど、決めたの。私が身代わりになることで助かる命があるのなら、全身全霊をかけてその役割を果たそうって。

 たとえそれが、私自身とはあまり関係のない、遠いご先祖様の罪滅ぼしだとしても」


「白花さん……」


 強い意思。

 そこには、心の傷から立ち直ったという経緯があったのだ。


「あ、そうだ。それもそろそろやめてほしいかも」


「え? それって?」


「んっと、白花さんって呼ぶの。クチナシでいいよ」


「クチナシ……さん」


「さんもいらない。呼び捨てでオッケーだから」


「ク……クチナシ……」


「うん」


「だったら僕も、下の名前でいいよ。……って、覚えてるわけないか」


「ううん、わかるよ。えっと、痛みを半分引き受けるなんて大変かもしれないけど、これからもよろしくね、翌檜」


「こちらこそ、よろしく。クチナシ」


 僕たちはお互いの名前を呼び合い、固く握手を交わした。

 死亡請負人と半分だけの痛み引受人、というパートナーとしての絆を、しっかりと確かめ合うように。

 照れくささはあったけど、とても温かな気持ちに包まれていた。


「な~んか、恋人同士みたいだな、お前ら」


 辛酢が軽い口調に戻ってツッコミを入れてくる。


「ななななな、なに言ってるんだよ、辛酢!」


「そそそそそ、そうよ、まったくもう!」


 僕とクチナシはともに、赤鬼さえも白旗を上げるくらい真っ赤な顔になっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ