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死亡請負人クチナシ  作者: 沙φ亜竜
第3章 僕は絶対に、この手を離さない!
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-2-

 放課後。

 白花さんは帰り支度を整え、席を立った。

 家に帰るのだろう。

 とすると、今日は死亡請負人としての役目はないということか。


 ご先祖様の罪を償うため、身代わりとなって死ぬほどの痛みを受ける。

 遥か昔から代々ずっと続いているというのだから、そうそう頻繁にあるわけではないに違いない。


 一度にひとりだけしか死亡請負人になれないにしても、もし毎日のように役目が課せられるのなら、一代で数千回という計算になる。

 本当に毎日だったら、一年で三百六十五回。

 子供ができたら引き継がれると考えて、仮に二十年間続けたとすれば、合計七千三百回だ。

 それなら十代ちょっとで終わる。

 十代……一代が二十年として二百年。普通ならもう少し長いとは思うけど、それを考慮しても二百五十年くらいか。

 今から二百五十年前だと、江戸時代ということになる。おそらくそれでは、遥か昔なんて表現にはならないだろう。


 それよりもっと前から続いていて、しかも辛酢がまだまだ役目は終わらないと語っていたのだから、頻繁に起こる事態のはずがない。

 だからこそ辛酢は、監視している白花のもとを離れ、別の仕事(という表現が正しいのかは知らないけど)をしていることもあるのだと考えられる。


 今日は白花さんが痛い思いをしなくて済む。

 安心しきって帰宅している途中の僕の視界に、違和感のある場面が映り込んできた。


 下校中の白花さんがいる。

 それ自体は、べつに問題ない。

 ただ、白花さんのいる場所に問題がある。


 なぜ白花さんは、自分の住んでいるアパートとは別の方角へと向かう道を歩いているんだ?


 不安が渦巻く。

 僕は白花さんを追いかけることにした。


 ごくごく普通の住宅街。

 だからといって、どこに危険が潜んでいるかなんて、わかったもんじゃない。

 突然車が突っ込んでくるかもしれない。

 突然頭上からなにか落ちてくるかもしれない。

 突然地面が陥没するなどして転落してしまうかもしれない。

 突然大爆発が起こって巻き込まれるかもしれない。

 ……住宅街で大爆発は、普通はありえないような気もするけど。


 ともかく、いつなにが起こるかなんて、誰にもわからない。

 だけど、白花さんは今日、なにかしらの事件や事故に巻き込まれ、被害を受ける。

 正確には、被害を受けて死亡する予定だった人の身代わりとなる。

 僕はほぼ確信していた。

 そうじゃなければ、白花さんがこの辺りまで来るはずがない。


 その予想が外れてくれることを願いながら、遠巻きに白花さんの背中を見つめて追いかける。

 しばらく追跡を続けていると、白花さんはとあるマンションの中に入っていった。

 少し古めのマンションらしい。セキュリティーがしっかりしているような感じではなく、誰でも簡単に入っていけるタイプだ。


 僕も小学校低学年くらいの頃には、友達と一緒に似たようなマンションに入り込み、勝手に階段を上って外廊下の部分を走り回ったりしていたっけ。

 外廊下の手すりに身を乗り出し、眼下に見える町並みや往来の流れを眺めるのは、なかなか楽しい遊びだった。

 今考えれば、かなり危なかったと思う。加減を知らない幼い頃だったし、勢い余って転落していてもおかしくなかっただろう。


 白花さんは黙々と階段を上っていく。

 八階建てのマンションだから、当然ながらエレベーターもついている。

 それを使わないのは、勝手に侵入している身だというのを自覚しているからなのかもしれない。


 白花さんは四階で、外廊下のほうへと向かう。

 ここで、単純に知り合いの家を訪れただけなのでは、といった可能性が頭に浮かんできた。むしろ、そのほうが自然だとも言える。

 でもそんな考えは、すぐ消え去ることになる。


 慌ただしい足音。

 そして子供の無邪気な笑い声。

 数人の小学生が、マンションの廊下を駆け抜けていったのだ。


 外廊下は大した幅がないとはいえ、人がすれ違うくらいなら難なくできる。

 子供たちはスピードを緩めることなく、僕の横を通り抜け、白花さんも追い抜いていく。

 あまりにもスピードを出して走っていたから、白花さんとぶつかるんじゃないかとハラハラして見ていたけど、それはいらぬ心配だったようだ。


 不意に、一番先頭を走っていた子供が立ち止まり、手すりに身を乗り出した。

 いや、身を乗り出した、というよりも、飛び上がった。

 手すりは僕から見ても結構な高さになる。

 そこまでジャンプし、おなかを手すりの上に乗せ、上半身は完全に外に出ている状態だ。


 僕もよくやっていた。眼下を眺めるには、小さい子供だとそうするしかない。

 だとしても、やはりこれは危なすぎる。なにせ、足が床から完全に離れているのだから。

 ちょっとバランスを崩せば、地面に向かってまっ逆さま。

 最上階ではなく四階だから安全、ということにはならない。充分に致命傷となりえるだろう。


 先頭のひとりだけじゃなく、続いて走っていった数人も、同じように手すりに身を乗り出す。

 そこへ白花さんが近づいていく。


 僕はハッとする。

 そうか、今回はあの子供たちの身代わりに……。


 顔が青ざめていくのが、自分でもよくわかった。

 充分に致命傷となりえる。

 自らそう考えていたというのに。

 もしあらかじめわかっていたとしても、僕にはどうすることもできないとは思うけど……。


 手すりに身を乗り出している、数人の子供たち。

 ひとりがバランスを崩す。

 その子の手がぶつかり、他の子供もバランスを失う。

 引きずられるように、子供たち全員の足が浮き上がり、反対に上半身は手すりの外側へと投げ出される。

 すかさず、白花さんが手すりに手をかけてジャンプ。

 一番手前にいた子供の胴体を押し返す。

 その勢いにつられる形で、他の子供たちも次々と手すりの内側へと押し戻され、全員が見事、四階の外廊下に着地する。


 そして――。

 視界の中に白花さんの姿はなかった。


「うわ~、危なかったな~!」


「うん、びっくりした!」


「でも、助かった! それにちょっと楽しかった!」


「なんか、いきなり体が後ろに飛ばされた気がしたんだけど……」


「へ? そうなのか? それはあれだな、きっと奇跡ってやつだ!」


 わいわいと騒ぐ子供たち。

 彼らには白花さんの姿が見えていなかったのだ。

 僕は手すりに軽く身を乗り出し、恐る恐る下へと目を向けてみる。

 そこには、まるで潰れたトマトのように真っ赤なものを四方八方へと飛び散らせた、白花さんの無残な体が横たわっていた。



     ☆



 僕は急いで階段を駆け下りた。

 あの子供たちに文句を言いたい気持ちはあった。

 でも、そんなことをしても、なにも解決しない。

 今現在、白花さんは苦しんでいる。

 痛みを堪えて頑張っている。

 せめてそのそばに、ついていてあげたかった。


 白花さんはひどい状態だった。

 正視できない。

 たぶん内臓は破裂、骨もどれだけ折れていることか。

 周囲は血の海で、顔面だって見るに耐えないほど。頭蓋骨も陥没している。

 僕は真っ赤に染まった白花さんの右手を握りしめ、必死に呼びかける。


「白花さん、痛いよね……苦しいよね……」


「ぅぁぅ……ぐ……が……っっ!」


 声にすらならない。

 どうして白花さんが、こんな目に遭わなきゃいけないんだ!

 代われるものなら、僕が代わってあげたい!

 それが無理なら、以前辛酢にお願いしたように、痛みを半分引き受けてあげたい!


 どんなに願ったところで、叶えられるはずもない。

 そう考えていたのだけど……。


「……ん?」


 大量の血でぬるっとした白花さんの手を包み込んでいる、僕の両手。

 いや、両腕か?

 いやいや、肩とかおなかとかも……。

 んんんっ!? 足も腰も、っていうか全身が……、


 痛い!


「んがっっっっっ!」


 急激に膨れ上がってきた全身を襲う凄まじい痛みに、僕はその場でのたうち回った。


「な……なんだと!?」


 辛酢がうろたえ、驚きの叫びを上げている。


「お前、どうやって……! いや、しかし……!」


 僕はそんな辛酢に反応を返すような余裕など、持ち合わせていなかった。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!

 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!

 なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ!?


 ローラーで押し潰されるような、激しく揺さぶられ続けるような、内臓の内側から無数の針が突き刺さってくるような、ありとあらゆる痛みが、僕の全身を駆け巡る。

 否、そんな生易しいもんじゃない。

 言葉では表現できないほどの痛み。


 いっそ殺してくれ!

 そう思ってしまうほどの強烈な衝撃が、毎秒何十回もの頻度で襲いかかり続ける。


 痛い……痛すぎる……!


 ぼやけた頭で、懸命に考える。

 よくはわからないけど、僕が手をつないだことによって、白花さんの受けている痛みが僕のほうへと移された?

 さっき願ったように、半分の痛みを引き受けることができたのか?


 ふと、白花さんと目が合った。

 陥没した頭蓋骨からほとんど飛び出してきている状態の、血まみれとなった白花さんの目と……。


 これが、白花さんの受けている痛みなのか。

 これが、死亡請負人としての使命なのか。

 こんなことを、これまで何度も繰り返してきたのか。

 涙が溢れてきた。

 痛みによるものだけではなく……。


 一方、白花さんの表情は、微かに和らいでいるように思えた。

 といっても、苦しんでいるのは間違いない。

 僕は、白花さんの痛みを引き受けることができたみたいだ。

 願ったとおり、半分の痛みを。

 これで、半分……。


 死ぬほどの痛みとひと口に言っても、状況に応じてまちまちなのかもしれない。

 それにしたって、こんな痛みを……違う、これの倍の痛みを、白花さんが毎回受けてきていただなんて。


 ぎゅっ。

 力いっぱい、白花さんの手を握る。

 ぬるっ。

 血で滑りはするけど、絶対に離さない。

 僕も白花さんも痛みに身もだえてはいる状態だけど、死んでもこの手は離さない。

 たとえ半分だけだとしても、この痛みは僕が引き受ける!


「お……おいっ、やめろ! お前はクチナシと違って、不死身じゃないんだぞ!?」


 辛酢が叫んでいる。

 やけにエコーがかかったように聞こえてくるのは、僕の意識が飛びかけている証拠だろうか。


「無茶をするな! 怪我自体がなくても、痛みによるショックで死んでしまう!」


 だからなんだって言うんだ。

 白花さんのためにできることを、僕はようやく見つけたんだ。

 死ぬほど痛くて苦しいけど……僕は今、すごく嬉しいんだ。


「お前の気持ちは、クチナシにも充分に伝わったはずだ! だから、これ以上はもうやめておけ!」


 うるさい!

 僕はなにがあっても、この手を離さない!


 黒天使に言われようと、

 死神に言われようと、

 悪魔に言われようと、

 誰に言われようと、自分の意思を貫き通す!


「もぅ……ぃぃよ……」


 かけられた、かすれた声。

 血を吐き出しながらも――気管にも損傷を受けているのか空気の漏れ出すような音を響かせながらも、意味を成す言葉を懸命に紡ぐ。

 白花さん本人が、僕を止めにかかる。


「これは……私のっ……んんっっ! ……役目……だから…っっ!」


 抑えきれなかったうめき声を織りまぜ、必死に僕を説得しようとする。

 手を……振りほどこうとする。

 そんな白花さんの手を、僕はより一層力強く握った。


「絶対に……離さない……! 離してなんか、やるもんか……!」


 誰に言われようと、自分の意思を貫き通す。

 白花さん本人に言われようとも、それは同じことだ。

 薄れゆく意識の中で、白花さんが僕に微笑んでくれる光景が見えたような、そんな気がした。


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