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第6話 若き二人の行き帰り 23

最後の蛇が森の中へ消えるのを見届けてから、キスイは桃の巨木の下へ戻った。そして悪心切りの一本とともに待っていたサキの横に座り、うなずき合ってから手を重ねた。

大蛇から奪った力を、悪心切りを通して木へと注ぎ込む。

桃の木は枝葉を広げ、そして幹に近い方からゆっくりと蕾を開かせた。


「うわぁ、綺麗」


下から見上げる2人の視界の中で、次々と桃色の花が広がっていった。


「一気に満開になったな」


「すごいね!私、桃の花がこんなにたくさんあるの初めて見た」


桃色の花が咲くと同時に、桃の巨木から光が立ち昇った。

淡い可憐な光はそのまま上へと昇って行き、そして薄暗いかった天井が朝のように明るく輝き始めた。

陰鬱な気配は押しやられ、澄んだ空気が流れて来た。華やいだ空気に、思わず笑顔がこぼれる。


その時、どこからともなく笛と太鼓の音が聞こえて来た。

囃子(はやし)は桃の巨木を目指して、次第に近づいてくるようだ。


「今度はなんでしょうか?悪い感じはしないけど……」


「たぶん大丈夫だ。こんないい陽気でキレイな花がある時に、血なまぐさいことをしようとする奴はいないさ」


「そうですね。聞こえてくる曲も、とても楽しそうな感じですし」


そんなことを話しているうちに、桃の花は満開を過ぎ、少しずつ散り始めていた。

木へと注ぎ込む力も終わりに近づいている。


桃の花びらが舞う中に、雅楽を奏でる集団が姿を表した。

白い(かみしも)姿で、それぞれ笛や太鼓や琵琶を持ち、顔には絵のような文字が描かれた紙を垂らしている者たち。

彼らは桃の巨木を囲むように並んで座り、それぞれの楽器を奏で続けた。

そして彼らの後方から同じような姿の男が、自分の背丈ほどもある酒樽を担いで現れた。その男は雅楽団の前に出ると桃の巨木の根本へ酒樽を降ろし、大きな(さかずき)を取り出した。


「継承者殿。我ら根の国の管理者一同、継承の完了を寿(ことほ)ぎに参った。まずは貴殿らの未来を祝福したいと思う」


不思議な文字の描かれた紙の奥から、しわがれているが楽しそうな声が響いてきた。

男が腕まくりをすると、そこからは古びて固く締まった、木目の浮き出た腕が出てきた。その腕を振り上げて酒樽の上に落すと、景気のいい音とともに木のフタがキレイに割れ、酒の匂いが広がった。

男は酒を盃に汲み、それを巨木の根本――泥の巨人の顔だったはずの場所――へ振り撒いた。


「かしこみかしこみ。偉大なる我等が母君よ、貴女の血潮は日ノ本の地に根付き、こうしてまた新たなる後継を現した。貴女は国を産み、神を産み、人を産んだ。貴女の子もまた、人を産み育て、またその子もこの国を守り続けるだろう。

 偉大なる母君よ、安らかに眠りたまえ。貴女の魂は引き継がれ、その呪いも成就し続ける。貴女の子はその子等を祝福する。貴女もまた、その子等へ幸いを恵みたまえ。かしこみかしこみ」


男は泥の巨人へ一礼すると、再び酒樽の横に立った。そしてまた盃に酒を酌み、今度は自分がぐいっと一息で飲み干した。

息をついて口元を拭うと、紙がめくれ上がり口元が喜びに上がっているのが見える。


「継承者殿、我等は貴殿を止めはせぬ。貴殿がどこで生きようが、継承者である限り、必ずここへ戻ってくることになるからだ。だから、生きるがいい」


男はそう言って再び酒樽から直接酒を酌んで、飲み干した。


「そして戻って来たならば、酒をともに汲み交わそうぞ」


その、次々と酒を飲み干す様子に、キスイはある情景を思い出す。

かつて彼がこの世界に迷い込んだ時に最初に出会ったモノ。大きな木造の偉人。かつての草薙剣(くさなぎのつるぎ)の持ち主。キスイに力を与えた者。


「あんたは、スサか」


「うむ、そうだ。我はスサ、須佐之男命(スサノオノミコト)なり。草薙剣は我の力の一片にすぎん。それがなくとも、我がいる間はこの国に心配はない。お主が死ぬまでの間くらい、我等にとっては一瞬に過ぎんわ」


「そうか。なら、しばらくこの国はスサ殿に頼むとしよう。俺はここに戻るまでの間、もっと強くなることにする」


「うむ、任された」


スサは高らかに笑って、再び盃に酒を満たした。

その後ろでは裃姿の者たちが、桃の巨木に捧げるように雅楽を奏でる。そして、桃の巨木も彼らに応えるように、サラサラと葉を揺らした。

花はいつの間にか全て散り、葉はその色を濃くしている。

サキがキスイを見て、もういいと言うようにうなずいたので、キスイは力を送り込むのを止めた。


「キスイ君、あれ見て」


サキがふいと、枝の1つを指差す。キスイがそれを見上げると、そこには葉に隠れるようにして、青々とした桃の実がいくつもぶら下がっていた。


「本当だ。あ、あっちにも、あそこにもあるぞ」


よく見れば桃の枝のそこらじゅうに、青い実が鈴なりにぶら下がっていた。


見上げる2人の後ろで、白い裃の楽団が奏でる音のリズムが変わる。

優雅にゆったりと流れるようだったそれが次第に速度を上げ、ロックサウンドのようなスピード感あふれる曲を奏でだした。


2人が振り向くと、スサが立ち上って指揮者のように腕を振り回している。そして段々とヒートアップしていき、全身を使って踊り始めた。


曲が速度を上げるにしたがって、桃の実が成長を始める。

ゆったりした曲のときは小さく青かった桃は、エイトビートを刻み始めたときは大人の拳の大きさになっていた。


陽気なリズムに引き寄せられるようにして、木々の奥から様々な者たちが出てくる。

動きやすい服装になっているヨモツシコメ、鎧を無くしたヨモツイクサ、半透明の影、白装束を着た土気色の肌の亡者たち。

有象無象の者たちが、次々と桃の巨木の周りに集まり始め、そしてリズムに乗って踊り始めた。


曲が佳境に入ったところで、天井からの光が強くなり、青い実を赤く染めてゆく。


有象無象の集団の中、すっかり出来上がったスサノオが楽しそうに酒を飲んで踊っている。

酒樽から次々と酒が汲まれ、大小様々な盃が有象無象の間を渡ってゆく。歌え踊れのどんちゃん騒ぎ。

歌も踊りも酒も人も尽きもせず、桃の巨木の周りはすっかり宴会場と化していた。

キスイとサキは桃の巨木に寄りかかりながら、その楽しそうな様子を眺めていた。


どのくらいの時間が経ったのだろうか。キスイがふと上を見上げると、そこには赤く色づいた桃が、いくつもいくつも下がっていた。サキもそれに気がつき、枝へ向けて手を伸ばす。

すると、その手に向かって桃の実の1つが、自ら飛び込むように落ちてきた。


手のひらに収まらないくらい大きな、見事な桃の実。

サキはその実を高々と掲げ、


「えいっ!」


力いっぱい遠くへ放った。


「えっ?投げるの?」


「古事記には、イザナギノミコトは桃の実を投げて、追跡者を追い払ったって書いてあるんです。だからこれでいいんですよ」


そう話しながらサキが手を伸ばすと、再びその手の中に桃の実が落ちてくる。

それをまた投げ飛ばすと、放物線を描いて有象無象の中へと飛んでいった。


桃の実が投げ入れられると、有象無象達はそれに一気に群がる。1つの桃の実に、何十もの者たちが走り寄り、それを手に入れようと争っていた。


「よし次!さあキスイ君もいっしょに!」


「え?ああ、おう」


言われてキスイも手を伸ばすと、落ちてきた桃を受け止める。

意外としっかりとした手触りの桃の実を、力いっぱい遠くへ放った。


投げられた桃の実を追って、正面にいた有象無象たちが大量に移動する。そして開いた空間には、たくさんの者達が歩き回ったからだろうか、地面の中に埋まった大きな岩が姿をのぞかせていた。


「あ、あれです。キスイ君、もっと投げて、あの岩が全部見えるようにして下さい」


「よし、わかった。遠くに投げればいいんだな?」


キスイは次の桃を受け止めると、おおきくふりかぶって投げ飛ばす。

桃を追って有象無象が右往左往し、地面に埋もれた岩をさらに掘り起こしていった。


キスイが次々と桃を投げて有象無象を誘導し、岩を露出させてゆく。

一方サキは、いくつかの桃をスサ達の雅楽団へと渡し、何事かを依頼していた。


20くらいは投げただろうか。

有象無象ははるか遠くで桃に群がっていて、巨木の正面、雅楽団のすぐ後ろには、地面に埋まった大きな岩が、はっきりとその姿を見せていた。


「それじゃあスサさん、お願いします」


「うむ、お前らは下がっておれよ」


サキが頭を下げると、スサは腕まくりをしながら岩の前まで来た。そしておもむろに大岩を掴むと、渾身の力を込めて持ち上げ始めた。

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