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第6話 若き二人の行き帰り 22

―――――――――


昔々、伊邪那岐(いざなぎ)という男神と伊邪那美(いざなみ)という女神がいた。

二柱の神は力を合わせて、日本を、そして多数の神々を創り出した。


ある日、イザナミは炎の神を産んだことで焼け死んでしまう。それを嘆き悲しんだイザナギは、イザナミを連れ戻そうと、あの世である黄泉の国(根の国)へと向かう。


イザナギはイザナミの下までたどり着くが、彼女は姿を表さない。ただ声だけで、黄泉神に相談するから、それまで覗かないで欲しいと彼に告げた。


しかしイザナミに会いたい一心で黄泉の国まで来たイザナギは、ついコッソリと彼女の姿を覗いてしまう。

そこで彼が見たものは、体が腐り、虫や蛇が(たか)った醜い死体となったイザナミだった。


約束を破られ、そして醜い姿を見られたイザナミは怒り、イザナギを捕まえようとヨモツシコメとヨモツイクサをけしかける。


イザナギは捕まらないよう必死に逃げた。

逃げても逃げても追ってくるので、被っていたつる草の冠を投げた。するとそこから木が生えブドウがなり、それを追手が食べているうちに逃げた。

それでもまだ追ってくるので、今度は髪に挿していた櫛を投げた。するとそこからタケノコが生え、それを追手が食べているうちにまた逃げた。

ようやく黄泉の国の入り口まで来たが、それでもまだ追ってくるのが見えた。そこで今度は、入り口の横に生えていた木になっていた桃を取って投げつけた。

桃には邪気を祓う力があるので、追ってきていた黄泉の軍勢は逃げ出した。


そしてイザナギはその桃の木に名前を与えてこう告げる。


「私のように困っている人間がいたら、どうか助けてやっておくれ」


―――――――――


サキの力によって、巨人の中にあった桃の木は生命力を取り戻し、急速に成長していった。さらにそこへ、キスイが泥の巨人と大蛇達から奪った力を注ぎ込む。


巨人の体中から突き出した木の枝はどんどん伸びていき、細い枝は次第に太くなり、そして若葉が芽吹きだした。

さらに蕾ができたところで枝の伸びは止まったが、その時にはすでに巨人の原型はなくなり、一本の桃の木とそれにへばりつく泥の塊でしかなくなっていた。


「おお、なんということだ。母様の依代(よりしろ)が桃の木になってしまうとは」


キスイに巻き付いたままの大蛇が、あんぐりと口を開けて桃の巨木を見上げる。


「見事なものだろ?でももうちょっとだけ力が足りないから、またお前らからもらおうか」


「危ない!みな、継承者から離れろ!」


キスイは自身に巻き付く蛇へと再び剣を向けるが、大蛇達は素早く離れて距離をとった。

五匹の大蛇は半円状にキスイ達をとりかこむと、鎌首をもたげて警戒する。

キスイはサキを背中から降ろし、悪心切りの一本を彼女へ預けると、大蛇達と向かい合った。


「逃げるなよ。斬ったらちょっと痛いかもしれないが、どうせお前らはすぐに復活するんだろ?」


「ばっ、馬鹿かよ継承者。俺らは母様の使いだぞ。仮の体とはいえ俺らを斬って、ただで済むと思ってるのかよ」


「そうでもしないとお前らずっと追いかけてくるだろ?」


「当然ですわ。そうしないと、私たちが母様に怒られてしまいます」


「だったら、どっちにしたって同じだろ?何度も言ってるように、俺はここから出ていくつもりだし、お前らは俺をここに留めたい。最初から、お互いを屈しないと目的は叶わないって分かっていただろうがよ」


「……その通り、だ……」


「だろ?せめてお前らの力は無駄にしないで使ってやるさ。さあ、かかって来いよ」


大雷(おおいかずち)、もうやるしかありませんよ」


キスイの挑発を受け、大蛇達はゆっくりとその包囲を狭めてきた。

一匹だけ、瞑目して考えていた大雷と呼ばれた大蛇も、覚悟を決めたように目を見開く。


「ええい、こうなってはもう悠長なことは言っておられん。手足を折るくらいのことはせねばならん。継承者殿、ご容赦なされよ」


大雷の決断とともに、五匹の大蛇は一斉に動き出した。

それぞれ円を描くようにキスイの周囲を回りはじめ、隙あらば飛びかかるという殺気を隠そうとしていない。

キスイはゆっくりと呼吸しながら身構えている。


そんなキスイの背後から、一匹の大蛇が飛びかかってきた。

予測していたキスイは振り返りるように回転しながら避ける。背後からの一匹はかわしたが、体勢が崩れたそこを狙って次の蛇が飛びかかる。しかしキスイはバク転してそれを躱し、避けられたことに戸惑っていた大蛇の胴へと斬りつけた。

大蛇はとっさに反応したが避けきれず、悪心切りの刃がその尾を浅く傷つけた。

別の大蛇がまたキスイを襲おうとしたが、体勢を立て直したキスイがすぐに周囲を警戒し、それを許さなかった。


仕切り直して五匹の大蛇は距離をとり、再びキスイの周囲をゆっくりと回り始める、しかし切り付けられた一匹の動きが悪く、そのせいで連携に乱れが生まれていた。


伏雷(ふすいかずち)、お前大丈夫か?」


「ごめんなさいね、なんだか、力が入らないの」


「継承者、お前何をした?」


大蛇達は動きを止めて、キスイを睨みつける。


「悪心切りは実体ではなく魂を斬る剣だ。だから、魂そのものであるお前らにはよく効くんだろ……おっと」


話しているキスイの背後から、別の大蛇が飛びかかって来た。

キスイが身をひねって躱すと、その大蛇は滑るように着地して、傷を負った大蛇の前に立った。


「特攻武器とはなかなかえげつないですね、継承者殿」


「たった今背後から奇襲してきたお前が言うことかよ。あと1対5だからな。俺が1の方だからな」


「やれやれ、戦いに卑怯も何もありませんよ。ただ勝者と敗者がいるだけです」


「今俺のことえげつないとか言ってたよな?」


「褒めたんですよ。私は貴方が悪いとは一言も言ってませんよ」


心なしかドヤ顔に見える大蛇。キスイはぎりりと歯を食いしばりながら睨みつけた。

その時、別の大蛇が三たびの奇襲を仕掛けてきた。今度はキスイは避けきれずにとっさに防御する。その結果、悪心切りを持った右手にがっちりと食いつかれてしまった。


「よいぞ土雷(つちいかずち)。今じゃ、皆かかれ!」


大雷の号令で、三匹の大蛇が一斉にキスイに飛びかかった。

怪我を負っていた伏雷は出遅れ、しかしそれでも続こうとした時には、すべてが終わっていた。


飛びかかった大蛇達が空中で動きを止める。そして悲鳴もなく、そのまま地面へと落下した。

キスイの左手には、もう一本の悪心切りが握られていた。


「三本目だなんて……」


「二本出せたんだ。なんでそれ以上は無いって思えるんだよ」


そう言いながら今度は、右手に食いついたままの大蛇へ剣を突き刺した。

実体を通り抜ける剣は何の抵抗もなく大蛇の首を突き抜け、引き抜かれたそれには赤黒い魂がまとわりついていた。


切りつけられた大蛇はキスイの右手を離して地面に力なく伏し、そして土塊へと姿を変えた。

キスイは悪心切りの一本を消すと、傷ついた右手へと手を当てた。そこへ赤黒い魂がまとわりつき、怪我をあっという間に塞いでしまった。


「これだけ力があれば、多分足りる。お前の分はいらないから、帰っていいぞ」


キスイはもう伏雷に興味を無くしたように背を向けて、サキの方へと歩きだした。


伏雷は辺りを見る。かつて仲間の大蛇達だった土塊が、無造作に転がっている。

理由は分からないが、キスイは背後からの襲撃に、ことごとく反応して見せた。今襲いかかっても、また躱されるかもしれない。しかし、それでも自分だけ逃げたのでは、仲間に申し訳が立たない。


伏雷はそう思い、気力を振り絞ってキスイの背後へと近づいた。

キスイはゆっくりと歩きながら、悪心切りの刀身を眺めている。草薙剣から能力を分けた剣らしいが、それを複数創り出すなど、尋常な力の使い方ではない。己の力を理解し、それを使いこなすために相当の努力をしてきたのだろう。

イザナミの手足である八雷神(やくさのいかずち)をことごとく退けるなど、その実力は底知れない。それが戦が終わったと勝手に宣言して敵に背を向けて、さらに自分の剣に見とれるという隙を晒すなど、どうしてもちぐはぐな印象がぬぐえない。


傷つき臆病になっているだけだと思いながらも、伏雷は飛びかかるのをためらっていた。

そして、見てしまった。悪心切りの刀身に映ったキスイの目が、自分をじっと見ていることを。

キスイは油断などしていなかった。わざと背中を向けて、こちらの攻撃を誘っていたのだ。

そういえば、と先ほどの戦闘を振り返る。

キスイは目の前を通る大蛇(こちら)の目を、じっとのぞき込んでいた。あれがもしかしたら、こちらの瞳に映る、キスイとその背後を見ていたのだとしたら……!


それに思い至った伏雷は、自分一体だけではキスイに勝てないと悟った。

そして悔しげにキスイの背中を見つめると、静かに暗い森の中へと消えていった。

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